誕生パーティー(1)
そして十二歳の誕生日。
朝からわたしは大忙しだった。
それまでにも沢山の招待状を書いて送ったり、貴族達から届けられたプレゼントの目録などを纏めたり、そのお礼のお返事を書いたりと大変だった。
プレゼントは全て王城に届き、広い部屋にこれでもかと置かれたそれらに全て目を通すのは時間がかかる。
前以て騎士達が全て開けて中身に問題がないか確認をした後とは言えど、わたしは数日、王城に泊まることになった。
お兄様に訊くと「私の時はこの倍くらいあったぞ……」とやはり疲れたような顔をされた。
そう考えると半分くらいで良かった。
お兄様の時には先に立太子すると告知されていたため、誕生日と立太子のお祝いとでプレゼントが増えたそうだ。
プレゼントの大半は宝飾品、繊細なレースや高価な布地、高級な食材や珍しい品物などであった。
中にはわたしに相応しくないと判断された物もいくつかあったようだけれど、それについては何も知らされていない。
開封を担当した騎士達に尋ねても教えてくれなかった。
舞踏会に関しては、専属の担当者というか、相談役のような人がおり、その人とお父様が話し合って準備してくれたらしい。
それとわたしの生活場所はこの十二歳の公務を境に、王城へ移ることとなった。
後宮が元あった場所に新しく建てられた離宮だ。
同じ場所でも、全く違う建物で、美しい庭園が広がっており、初めて行った時はその美しい建物と庭園に感動した。
お父様やお兄様は「もし嫌なら他の離宮もあるが」と心配してくれたけれど、わたしはそこに住むことに決めた。
もちろんルルも一緒である。
リニアさんやメルティさんも来てくれる。
驚いたことにオリバーさんも、ファイエット邸を若い執事に任せて、数ヶ月ほどはわたしの住む離宮へ移ってくれるそうだ。
お父様が「リュシエンヌが快適に過ごせるように取り計らってくれ」とお願いしてくれたらしい。
わたしの離宮の執事に色々教えているそうで、わたしの好みやよく使う物などがファイエット邸と同じように揃えられている。
離宮のメイドや騎士達もかなり厳選してくれた。
誕生日の二ヶ月ほど前に離宮へ居を移してみたが、メイドも騎士も、皆わたしを王女として敬って仕えてくれて、過ごしやすい。
お父様とお兄様は別の離宮で暮らしている。
王族なので、生活はそれぞれ別の宮だ。
お兄様は酷く残念がっていたけれど、頻繁に遊びに来て良いか訊かれたので頷いておいた。
この二ヶ月の間、お兄様は公務や授業がなければ毎日わたしの宮でティータイムを楽しんでいる。
時々、予定が合えば王城でお父様とお兄様と三人で夕食を共にすることもある。
お兄様との時間は減ったが物理的に近くなったおかげで、お父様とお兄様と家族三人で会う機会は増えた。
色々ありながらも今日を迎えたのである。
朝に軽い食事を摂って、それから入浴した。
リニアさんとメルティさんと、数名のお風呂場専属のメイドに寄って集って身体中を擦られて、薔薇の香りのする湯船に浸かっている間に髪を丁寧に洗われて、出たら今度は全身をマッサージされる。
マッサージはちょっと痛いけど、これをすると体が軽くなるし、全身の浮腫みが消えてスッキリするのでもう慣れた。
マッサージが終われば顔に化粧水などをこれでもかと叩き込まれる。
その間に乾かしながら髪にもオイルを塗られて、何度も何度も、引っかかりがなくなり艶が出るまで梳られる。
わたしはバスローブを着せられていて、手足の爪を整えて磨かれるので手足は動かせない。
その代わりにメルティさんが絶妙なタイミングで飲み物を飲ませてくれるので不便さはない。
それらが終わると普段着のドレスを着せられる。
休憩と称した昼食の時間である。
でも沢山食べると良くないため、食事量はいつもよりかなり少なめだ。
午後はゆったりする時間があったので自室に戻り、ソファーで休む。
ぐたっとしている間に部屋付きのメイドさん達が用意してくれていたドレスや装飾品の説明をしてくれた。
ドレスは柔らかな淡いパステルグリーンで、デコルテが出ている。ドレスの襟には白や淡い緑、緑色の刺繍の花が縫い付けられていた。布に刺繍したものを切り取り、わざわざそれを縫い付けてあるそうだ。
上半身はパステルグリーンの生地の上に細く白い糸で植物の繊細な刺繍が施され、胸元から腰までにやや濃い緑のリボンが連なっている。
腰はキュッと細まり、正面から見て右腰の辺りに大きな薔薇のようにドレスの布地が纏められ、そこから三段に布地がふんわり重なって、たっぷり使われた布地のわりに見た目は軽やかだ。所々にある刺繍の花が実に可愛らしい。
……実際は重いんだろうけどね。
スカートの裾は襟と同じ刺繍の花が縁取る。
両腕につける手袋は肘よりやや長く、ドレスと同じ布地に手の甲まで上半身と同じ刺繍がされていた。
首や手首にはドレスのリボンと同じ布のリボンで、大粒のダイヤモンドを金で縁取ったものが縫い付けられている。
靴もドレスと同色の布で作られ、刺繍と花で飾られており、踵はあまり高くない。
わたしは同年代の女の子達に比べると長身らしいので踵は低めにしてもらったのだ。
休憩後に普段着のドレスを脱いで、新しい下着や肌着を身に付け、コルセットをギュッギュッと絞って、数人がかりでドレスを着せて、靴を履かせてもらう。
手袋をして、首や手首にリボンをつける。
そうしたらドレッサーの前へ移動する。
また髪を何度も梳き、髪の上半分を後ろで纏められる。
それをしながら顔に化粧が施される。
まだ子供なので化粧は最低限、薄くだ。
それから纏めた髪や後ろの残った髪をクルクルと巻かれていく。前髪や横の髪は毛先の方だけ巻かれた。
そうするとお姫様みたいな髪型になる。
「お姫様みたいね」
思わず呟くとリニアさんがふふ、と笑った。
「姫様は正真正銘のお姫様でございます」
「あ、そうだった」
ダークブラウンの髪はふんわりクルクルと巻かれて、あっという間にお姫様スタイルになった。
ドレスと同じ布地のフリルと刺繍の花で華やかに飾られた髪飾りをつけ、それに繋がった繊細な白いレースを顔へかける。
「本当にお顔を隠してしまわれるのですか?」
メルティさんが残念そうに問う。
「うん、この目はどうしても旧王家を思い起こさせるから。旧王家のせいで苦しい思いや悲しい思いをしている人がこの目を見たら、きっとその時のことを思い出してしまうでしょ?」
だからわたしは目元を隠すことにした。
公務や外出時など、離宮の外へ出る時はそうすることに決めた。
わたしの琥珀の瞳は旧王家を、前国王を容易に思い出させてしまう。
もしかしたら嫌悪する人もいるかもしれない。
それならいっそ隠してしまおうと思ったのだ。
ルルは即座に「リュシーは可愛いから顔を隠していた方がいいよぉ。みんな見入っちゃうからぁ」と理由は違うが賛成してくれた。
それにレースが一枚あるだけで、精神的にも安心して人に会える。
目元を隠すと人見知りが若干なくなる。
お父様やお兄様も説明したら許可してくれた。
それとなく、わたしが目元を隠す理由を周知させてくれたという。
「姫様の瞳はとても綺麗なのに……」
リニアさんやメイド達が頷いた。
「ありがとう、みんなにそう思ってもらえるだけでわたしは十分よ」
レース越しに微笑みかける。
椅子から立ち上がり、姿見の前で最終確認をする。
目元は隠れているけれど口元は見えているし、レースなので、所詮、距離が近くなれば顔は分かる。
レースはあくまで遠目に分かり難くするだけだ。
鏡の中でパステルグリーンのドレスを着た少女がこちらを見つめている。
……我ながらかなり美人だと思う。
幸い、この歳になっても顔立ちは穏やかなもののままで、原作のリュシエンヌのようなツリ目でキツい顔立ちにはなっていない。
まだ幼さの強く残る顔立ちなので、美人だけど子供の可愛らしさもあって、パステルグリーンのふんわりした雰囲気とよく合っている。
少なくとも原作のリュシエンヌのような派手な原色の豪奢なドレスは今のわたしにはあまり似合わないだろう。
「どこか不備はございませんか?」
問われて頷き返す。
「ないかな。みんなのおかげでとてもキレイになれたわ。これなら今日の舞踏会も自信を持って行ける。ありがとうね」
「勿体ないお言葉です」
鏡の前でドレスを見ていると、メイドの一人が来客を告げた。
誰かと問えばルルらしく、わたしが通すようにお願いすると、すぐに入ってきた。
ルルも正装に身を包んでいた。
しかもいつも放置している髪をきっちり後ろへ撫でつけているため、整った顔がハッキリと見える。
わたしが着ているドレスよりはやや濃い緑色の衣装で、わたしより明るい茶髪なので、まるでお揃いだ。
いや、色を合わせてあるからお揃いなのだ。
わたしが口元に手を当ててルルをジッと見つめると、ルルもジッとわたしを見つめ返す。
……物凄くカッコイイ。
ルルがニコ、と笑った。
「リュシー、誕生日おめでとう。今日はすごくかわいい」
やや大股でルルが近付いて来る。
リニアさんが「抱き締めるとドレスに皺が寄るので控えてください」と注意したことで、わたしの目の前でピタリと動きを止めた。
不満そうに整った顔が僅かに唇を尖らせた。
「ええ〜、どうしてもダメぇ?」
ルルの手がわきわきと動く。
リニアさんが小さく息を吐いた。
「そっと、軽く、触れる程度でしたら。軽くです」
「二度も言わなくても分かってるよぉ」
リニアさんの念押しにルルが返事をしつつも、わたしに更に近付き、そっと抱き締めた。
「こんなリュシーを他の人間に見せたくない」
囁くような声にわたしもそっと抱き返す。
「わたしも、ルルの素敵な姿を他の人に見せたくない。凄くカッコイイよ」
「うーん、二人で逃げちゃう〜?」
「そうしたいけど、そうしたら、婚約発表が出来なくなっちゃう」
「それは困るなぁ」
仕方ないという風にルルが笑った。
わたし達が抱き締め合っていると、ほう、とメイド達から感嘆の溜め息が漏れた。
メイド達はルルが婚約者だと既に知っている。
ただでさえ常日頃からわたし達は一緒でべったりしているので、最初の頃は顔を赤くする者が多かったけれど、今では全員慣れたものだ。
最近では「お姫様と従者の身分を越えた恋」という感じで好意的に受け取られているらしく、時に微笑ましく、時にうっとりと見守られている。
ルルに言い寄るメイドも当初はいたが、そういうメイドは即座に配置換えされてこの離宮を去るか、それでも諦めないとクビにされた。
主人の婚約者に懸想するメイドなんていても困る。
あと、ルルが笑顔でイライラしてるのを見るのは結構怖い。ルルが怖いんじゃなく、ルルの本業を知っているので、しつこく付き纏うメイドの行く末を想像してである。
ルルの場合、こっそり殺ってしまいそう。
そして誰もそれを教えてくれないだろう。
ルルもきっと普段通りだと思う。
正直に言ってしまうとわたしにとって一番大事なのはルルだけだ。
お父様やお兄様、オリバーさん、リニアさんやメルティさんも大事だけど、もし引き合いに出されたら、わたしは迷わずルルを選ぶ。
冷たいと思われるだろうがそれが事実だ。
ルルがいない世界なんて生きる意味もない。
体を離すと、ルルがわたしの顔を隠すレースをゆっくりと捲り上げた。
「今はまだ隠す必要ないでしょ?」
「うん」
視界が良好になり、真正面からルルを見上げる。
……何度見てもカッコイイなあ。
ルルに手を引かれてソファーへ座る。
窓の外はもう日が沈み、藍色が広がりつつある。
そろそろ舞踏会が始まる頃だろうか。
まずは下位貴族達から入場していくので、わたしが入場するまでは大分時間がある。
「そういえば、ルルは男爵になったから、男爵位の辺りになったら先に会場に行くの?」
そうだとしたらもうすぐお別れだ。
横に座ったルルが「ううん」と首を振る。
「オレはリュシーとアリスティードの入場する時に、後ろに側仕えとしてついて行くよぉ。それでぇ、王サマが直々に婚約者として紹介してくれるってぇ」
「そっか、ルルがいてくれるなら安心だね」
しかも国王であるお父様の紹介ということは、王命での婚約と言っているようなものだ。
思う所はあっても、多分、貴族達は祝福の言葉を口にするだろう。
それに今日になった時点で婚約は成立している。
破棄も解消も出来ないこの婚約は、たとえ反対する者がいたとしても、もうどうにもならない。
メイド達がそっと控え室へ下がっていく。
リニアさんとメルティさんだけが残った。
「ねえ、ルル」
呼ぶと、ルルが小首を傾げた。
「なぁに〜?」
「婚約してくれてありがとう」
ルルがふっと笑う。
「オレも婚約してくれてありがとぉ」
頭を撫でようとしたのか、伸びた手が、髪飾りに気付いて止まった。
そして化粧を崩さない程度に頬を撫でられる。
口元に手を添えればルルが耳を寄せて来る。
「あのね、ルルに話したいことがあるの。舞踏会が終わったら聞いて欲しい」
いつもにはない真剣な声で囁く。
するとルルが目を瞬かせた。
「それ、大事な話〜?」
訊いてくる灰色の瞳が真っ直ぐに見つめて来る。
「うん、そう」
「分かったぁ」
ルルはいつもよりしっかりと頷いた。
今夜、わたしの秘密をルルに話そう。
受け入れてもらえるか少し不安はあるけれど、でも、ルルならきっと受け入れてくれる。
そうでなかったとしても知って欲しい。
ルルに隠し事をするのはもうおしまい。




