調査隊 - 旅(2)
「威勢がいいねぇ」
と、呟くルルに思わずわたしも頷いた。
室内には奥のほうでお酒を飲んでいる人もいるけれど、どうやら村の人らしい。
他に、わたし達と同じく調査隊で来ている騎士がいて、お父様が軽く手を上げるとお辞儀を返してきた。
「そういえば、馬車に家紋がなかったということはお忍びですか?」
「ああ、さすがに調査隊ということは隠している。表向きは隠居した貴族の旅にしておいたほうが、下手に訊かれなくて済むからな」
「なるほど」
確かに『調査隊です』と言えば誰だって『なんの調査ですか』と訊いてくる。
それならいっそ、早くに隠居した貴族が道楽で旅をしているだけということにしておけば、誰も気にしないだろう。
貴族なら騎士や魔法士をそばに置いていても不思議はない。
「でもお父様、よくバレませんね」
お父様は大金貨にも横顔が描かれているし、お土産用として販売された木製の大金貨の模造品にも彫られていて、多くの人がお父様の顔は知っているはずだ。
「こんなところに私がいるとは誰も思わない」
厨房から出てきた女性がお盆を手に近づいてくる。
「はいっ、まずはシカ肉の赤ワイン煮だよ! 鶏のほうもすぐに持ってくるから!」
お父様の前に木製のお盆がそのまま置かれる。
木製のお盆にお皿も食器も木製で、なんだか、屋敷に置いてきたニコとファイディ──クマのヌイグルミだ──を思い出した。
言葉通り、すぐに女性は残り二つのお盆も持って来てくれた。
大きめの深皿にたっぷり入った鶏のミルク煮は、野菜も入っている。
それと黒くて硬そうなパンと、チーズ、四分の一カットのオレンジ。
「それじゃあごゆっくり! おかわりは声かけてね!」
女性は忙しいのか言うだけ言って離れていった。
お父様が懐から出した小さな包みをテーブルに置いた。
包みを開けると銀色の薄く平たい小さな板が何枚も入っていて、お父様はその一枚を取ると食事に差し込んでいた。
……あ、毒見の代わりかな?
銀食器なら毒物が入っていれば変色するが、木製の食器類ではそれがない。
全てを確認するとお父様は木製のスプーンとフォークをハンカチで拭い、使う。
「はい、リュシー。どうぞ〜」
というルルの声に顔を戻せば、ルルがわたしのお盆と自分のお盆を交換した。
「あ、ありがとう、ルル」
屋敷ではルルが毒見をすることはあまりないので、久しぶりだった。
ルルはニコリと微笑み、自分の料理に口をつける。
わたしも心の中で『いただきます』と手を合わせて食事を摂ることにした。
鶏のミルク煮はシチューに近く、ミルクとバターに鶏の旨みがあって美味しい。
野菜も色々入っているし、まろやかで、食べていると体があったかくなる。
バキッと音がして横を見れば、ルルが黒パンを器用に片手で割って食べている。
……え、すごく硬そう……。
どうしようか悩み、わたしはシチューに入れた。
結構硬めに焼いてあるらしく、しばらく浸けておいたほうが良さそうだ。
一緒についてきたチーズをかじってみる。
クセがあまりなくて、しっとりとしていて食べやすい。
余っている黒パンにつけて、試しにかじりついてみた。ガリリとした食感がする。
……味は美味しいけど、やっぱり硬い。
ゴリゴリ音を立てながら食べていると、わたしに気付いたルルが小さく笑った。
「リュシー、リスみたぁい」
つん、と頬をつつかれる。
思いの外、口いっぱいに入ってしまっているので喋れない。
「ルフェーヴル、食事中はやめなさい」
「はいはぁい」
お父様に注意されるとルルは素直に手を引いた。
……ルルってお父様の言うことはちゃんと聞くよね。
お兄様の言葉はわりとスルーしがちなのに。
よく噛んでから口の中のものを飲み込み、今度こそ、シチューに浸した黒パンを食べる。チーズをつけて食べたものより、こちらのほうが美味しい。
黒パンはしっかりと焼かれているから、かなり香ばしいが、シチューに入るとその香ばしさが丁度良く感じられる。柔らかくなっていて食べやすい。
「リュシー、オレンジあげるぅ」
もう食べ終わったのだろうルルが、自分のオレンジの皮を剥いてわたしのお皿に置いてくれた。ついでとばかりにわたしの分のオレンジの皮も剥く。
「ありがとう。ルルはいいの?」
「うん、オレはこっちをおかわりするからねぇ」
オレンジの皮を剥き終えるとルルがカウンターに声をかけた。
鶏のミルク煮をもう一杯食べるようだ。
女性が来て、ルルの空いた器を下げて新しい器を置く。
たっぷり入った鶏のミルク煮をルルがまた食べ始める。
「じゃあ、パンあげるね」
ルルのお皿に残っていた黒パンを移す。
「ありがとぉ」
と、ルルが言って、今度はシチューにパンを浸した。
浸して食べて、浸して食べてと食べ進めるルルをなんとなく眺めてしまう。
……いけない、わたしもまだ食べてる途中だった。
残りのパンとシチューを食べて、オレンジに手を伸ばす。
「最近、ルドヴィクはどうだ? この間、見た時に思ったが、成長が早そうだな」
お父様に訊かれて頷き返す。
「はい、最近はルルからもらった短い木剣を持ち歩いています。騎士達の訓練を見るのが好きで、たまに木剣も振り回してます。元気いっぱいですよ」
「もう木剣を?」
「訓練の一環だよぉ。今のうちから握力とか腕力とかつけたいしぃ、走り回れば自然に体力もつくしねぇ。……あ、あと魔封じもつけさせたから〜」
お父様の手が止まる。
「もう? ……いや、そうか、お前と同等近く魔力があるんだったな」
「そぉそぉ、放っておいたら絶対魔法使っちゃうでしょぉ? 走り回るのも好きだけど、最近は本にも興味を示し始めてるからさぁ」
「リュシエンヌとお前の子なら、魔法も剣も優秀そうだ」
お父様が愉快そうに笑う。
それにルルが言う。
「優秀そうじゃなくて、優秀にするんだよぉ」
お父様が「ルドヴィクは大変だな」と苦笑した。
* * * * *
昼食後、馬車に戻り、しばらくするとまた調査隊は街道を走り始めた。
リュシエンヌは食後ということもあってか、横でぐっすり眠っている。
起こさないように抱き寄せ、揺れで座席から落ちないようにする。
「それにしても、まさかお前と旅をすることになるとはな」
正面に座る義父の言葉にルフェーヴルは軽く肩を竦めた。
「それはオレもだよぉ」
「屋敷の暮らしで困っていることはないか?」
「ないねぇ」
「そうか」
安心したふうに微笑まれ、ルフェーヴルはなんだか少し背中がむず痒くなった。
義父であるベルナールとは昔からの付き合いではあったものの、あの頃は、まさか義理の親子になるだなんて想像もしていなかった。
金払いが良く、傲慢でなく、物分かりの良い雇い主。
そう思っていたが、今は雇用主でもあり、家族でもある。
……オレが結婚するってだけでも驚きなのにねぇ。
アリスティードとベルナールの存在は、ルフェーヴルにとって不思議と嫌ではなく、軽口を叩ける友人以上の関係で──……こういうのを家族と言うのだろうか。
いまだに時々、家族という繋がりがよく分からないと感じることはあるものの、何かあった時に頼れる相手がいるというのは案外、心強いのかもしれない。
「あの小さかったリュシエンヌも、もう大人になったな」
眠るリュシエンヌを、義父が優しい眼差しで見つめる。
……お腹いっぱいになるとすぐ寝ちゃうのは変わってないけどねぇ。
けれども、後宮にいた頃のリュシエンヌを知っている身からすると、満腹になって気持ちよさそうに眠っている姿は何年経っても微笑ましく感じる。
……あのボロボロでちっちゃかった子が、コレだもんなぁ。
初めて出会ってから、もう十七年経った。
あっという間のような長い時間だった。
「お前は前々からあまり年齢が分かりにくいが……子供っぽいのは変わらないな」
「ちょっとぉ、若く見えるって言ってよねぇ」
ルフェーヴル自身、実年齢より自分が若く見えることは分かっている。
だが、それを『子供っぽい』と言われるのは少しばかり心外だ。
「義父上は年相応だよねぇ」
「私はそれでいいんだ」
ルフェーヴルはアリスティードを思い出した。
よくリュシエンヌが『お兄様はお父様にそっくり』と言っていたが、年を重ねるごとに、確かにアリスティードはベルナールに似てきた。
今のアリスティードは、初めてルフェーヴルが出会った頃の義父とそっくりだ。
あのまま成長したら、やはり目の前の義父のような見た目になるだろう。
「で? ホントのところはどういう魂胆なわけぇ?」
ルフェーヴルの唐突な言葉に、義父は微笑んだままだ。
「やはり気付くか」
「いくら遺跡の調査って言っても、リュシーを引っ張り出すほどではないでしょぉ? 王家の血が必要なら、他にも王族の血を濃く引いてる貴族なんているんだしぃ」
「『正統な血筋』はリュシエンヌだけだ」
義父が言い、もう一度リュシエンヌを見やる。
「リュシエンヌは旧王家の血を『悪』と思っているところがあるだろう? 圧政を強い、国を傾け、己を虐げた旧王家──……だが、この子の中にもその血が流れている」
リュシエンヌは旧王家の血筋という点を、実は結構気にしている。
十二歳で王女として公の場に出た時もしばらくは琥珀の瞳を隠していたし、いつだって『旧王家の血筋だから』と言われないよう気を張っていた。
「だが、旧王家の血が悪いわけではない。悪いのは、何もしなかった王であって、その血に問題があるのとは違う。この遺跡の調査で旧王家の血筋が正しく国を治めるべき存在であったという証拠が出れば、この子も少しは自身の血筋を卑下せずに済むかもしれない……そう思ったんだ」
「今更だねぇ」
ルフェーヴルが言えば、義父が困ったように眉尻を下げた。
「分かっている。しかし、私の勘が『リュシエンヌも連れていくべきだ』と言っている。アリスティードも賛成した。だから今回、声をかけたんだ」
「ふぅん? 情報の確実性を求める義父上にしては珍しく感情的だねぇ」
「そう言うな。私も悩んだが、自分の血筋に関係することを私が黙っていたら、この子に良くない。リュシエンヌももう子供ではないんだ。自分の血筋についてもっと深く知っても悪くはないだろう」
ルフェーヴルは腕の中のリュシエンヌを見下ろした。
……それがリュシーにとって良いことならいいんだけどねぇ。
ルフェーヴルにとってはリュシエンヌの血筋などどうでも良かった。
ただ、リュシエンヌが傷つかなければそれでいい。
「まあ、血筋がどうだろうとリュシーはリュシーだからいいけどさぁ」
大切なのは、ルフェーヴルのそばにリュシエンヌがいることだ。
* * * * *
それからの旅も何事もなく、バウムンド伯爵領に到着した。
……前にワインを飲んだっけ。
二日酔いのままルルのお師匠様のお家に行ったあの時の思い出がよみがえり、おかしくて笑っていれば、ルルに声をかけられる。
「リュシー、機嫌がいいねぇ」
「うん、前に来た時のことを思い出して。わたし、お酒を飲みすぎちゃったでしょ?」
「ああ、そんなこともあったねぇ」
そんな話をしていると、お父様が地図から顔を上げた。
「リュシエンヌが酒を? 珍しいな」
「はい、せっかくワインの美味しいところに来たので飲んでみたくて。でも酔っ払ってルルにすごく迷惑をかけてしまいました」
「迷惑じゃなかったよぉ? 酔ったリュシーも可愛かったしぃ」
横にいるルルがニッコニコなので、嘘ではないのだろう。
思い出すと顔が熱くなり、お父様がわたしとルルを交互に見て苦笑した。
なんとなく色々と察してくれたようだ。
「二人さえよければ、夜に少し飲まないかと思ったんだが……やめたほうがいいか?」
「飲みます! お父様とも一緒に飲んでみたかったんです!」
パッと手を挙げたわたしにお父様が小さく笑った。
「そうか」
「オレも別に構わないよぉ」
「そういえば、ルフェーヴルは飲めるのか?」
「リュシーに付き合ってただけで、別に酒は平気だよぉ。っていうかぁ、そう簡単に酔い潰れない程度には強いつもり〜。暗殺者が酒で寝込んで殺られるとか、恥ずかしいからねぇ」
「なるほど」
……なるほど。
お父様の言葉とわたしの内心が重なった。
でも、ルルの『恥ずかしい』ポイントはそこなのか、と不思議になる。
ルルはわたしに肌を見られても、どんな時でも、羞恥心がないように感じる。
でもこういうふうに言うのだから『恥ずかしい』と思う気持ちはあるらしい。
「では、休憩中に美味しいワインを選んで買っておこう」
お父様が嬉しそうに言い、わたしも「お願いします」と笑う。
まさか結婚後にお父様とお酒を飲める日がくるとは。
「甘めのやつ買ってきてよ〜?」
「ああ、分かっている」
……なんていうか、こういうの、すごくいいなあ。
ルルとわたしは離れて暮らしているけれど、家族という感じがする。
「あと、おつまみは干した果物とナッツと、干し肉もヨロシク〜」
「まったく、人の金だと思って好き放題だな?」
「人の金で飲む酒は美味いって言うじゃん。その代わりにオレの秘蔵のチョコレート、出してあげるよぉ」
「それは期待しておこう」
……確かに、これは親子って感じかも。
ルルとお兄様の時は上下関係のない対等な雰囲気だが、ルルとお父様の時は、少しだけルルがお父様に甘えている気がする。
きっとお父様も分かっていてそのままにしているのだろう。
楽しそうに話す二人の様子が嬉しかった。
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