偽王女と誘拐事件
「報告が遅くなってすまないな、二人とも」
偽王女の誘拐事件騒動から一ヶ月。
お兄様から連絡があり、今日、わたし達はお兄様の離宮に来たのだった。
お父様とお兄様だけでなく、お義姉様もいるのは、クリューガー公爵領も子供の誘拐被害を受けていたからだろう。
転移魔法で来たわたし達にお義姉様が椅子から立ち上がり、すぐに歩み寄って来る。
「リュシエンヌ様、ニコルソン伯爵、大丈夫でしたか? リュシエンヌ様が貴族牢に入れられたと聞いて、わたくし、何度突撃しようと思ったことか……」
お義姉様に手を取られ、心配そうに見つめられて、わたしは微笑んだ。
「ご心配をおかけしましたが、わたしは大丈夫です」
「はい、こうしてお元気な姿を見られて嬉しいですわ」
お兄様も近づいて来て、お義姉様の肩に触れた。
「良かったな。……さあ、立ち話も疲れるだろう? 三人とも座ってくれ」
お兄様が自然な動きでお義姉様を椅子までエスコートする。
その慣れた仕草は何度見ても、なんだか嬉しい。
わたしもルルと共にテーブルに移動した。
わたし、ルル、お父様、お兄様、お義姉様で丸テーブルに着くと、お父様とお兄様それぞれの侍従が紅茶を用意してくれた。
ルルがティーカップに口をつけ、わたしのものと入れ替える。
「事件の詳細について、エカチェリーナは私から説明をしてある。リュシエンヌも細かなところはルフェーヴルから聞いているだろう?」
「はい、大丈夫です」
お兄様の問いに頷き返す。
……お兄様の女装写真も見せてもらったっけ。
それについて今は黙っておいたほうがいいだろう。
「リュシエンヌの姿と名を騙っていた主犯とその部下達、誘拐を実行していた闇ギルドの末端の構成員達も捕縛し、この一月の間に尋問も終了した」
お兄様が手を上げると、お兄様の侍従が書類をみんなに配った。
そこには捕縛した者達から聞き出した情報が書かれていた。
犯人達は、やはりヴェデバルド王国の影達であったこと。
しかし王族の命令で動いていたわけではないこと。
ファイエット王家に対する民の信頼を落とし、国内で不和を広げようとしていたこと。
旧王家の血筋を持つ王女がファイエット王家の弱点であること。
王女の悪事によって広がった不和から内乱が起これば、ヴェデバルド王国に構う暇がなくなり、先の戦争の賠償金の支払いをせずに済むかもしれない。
影達は独断で行っていたと言っている。
闇ギルドの末端構成員達は、金欲しさに従っていただけらしい。
自分達は騙されただけだと主張しているようだ。
そうだとしても、子供の誘拐は犯罪である。
偽の王女に騙されていたとしても仕事として受けないことは出来たはずで、お金のためにやっていたならそれは許されないことだ。
「犯人達は最初は何も語らなかったが、まあ、色々とやりようはあるからな。減刑をそれとなくちらつかせたら、あっさり話したが」
「減刑するんですか?」
お兄様の言葉に思わず訊き返すと、お兄様は首を横に振った。
「いや、減刑はない。王家の権威を汚そうとした者達に情けをかけるつもりはないし、一度甘い対応をすると貴族からも舐められるからな」
「そのほうが良いと思いますわ」
お義姉様もうんうんと頷く。
「ヴェデバルド王国にも抗議はしたが、あちらは知らぬ存ぜぬで通す気らしい。影達にかけられている隷属魔法を解析し、主人の設定がヴェデバルド王国の王族であることも判明しているが、恐らくそれを言っても我が国が擬装したと騒ぎ立ててくるだけだ」
「認めなければ何とでもなると考えているのだろうな」
お兄様の言葉に今度はお父様が頷いた。
前々から思っていたが、ヴェデバルド王国は性格が悪いというか、厚顔無恥というか、あまり良い国ではないことだけはヒシヒシと感じる。
「ヴェデバルド王国の動きは今後も注視していく必要がありそうだ。だが、今回の件を公式で抗議したことで他国も知るところとなり、ヴェデバルド王国の間諜などに対する警戒は上がっただろう。我が国もそうだが、周辺国への攻撃も難しくなる。……このままずっと静かにしていてほしいものだ」
お兄様は頭が痛いといった様子で溜め息を吐く。
けれどもすぐにお兄様は顔を上げた。
「まず処罰についてだが全員、犯罪奴隷に落とす。その後、十年ほどの労役を科してから呼び戻し、実行犯達には鞭打ちを、上の者達には──……それに加えて更に重い罰を与える。最後に非公開だが、誘拐事件で関わりのある貴族達の立ち会いの下で処刑となる」
話している途中でお兄様はお義姉様とわたしを見て、あまり詳細な処罰について言うことを避けたようだ。
鞭打ち以上の重い処罰ということは、四肢の筋肉を切って動けなくしてしまうつもりなのだろう。
四肢の切断等はかなり重い罰だ。
その上で処刑する。
犯人達は想像もつかないほどの苦痛と恐怖を味わうことになる。
しかし、それほどの重罪を犯したということだ。
ようやく平和を取り戻し、安定したこの国を、また混乱に陥れようとしたのだから当然だろう。
「それらについては私のほうで処理する。疑いも晴れたので、リュシエンヌとルフェーヴルが関わることはもうない」
お兄様がまた手を上げると侍従が何かをルルに渡した。
「貴族達から、疑ったことに対する謝罪の手紙が来ている。後で目を通すといい」
ルルが何通かの手紙をピラピラと振る。
「謝れば何でも許されるわけじゃないけどねぇ」
「そう言うな。貴族達も捕縛されるまで偽者の姿を見ていなかったんだ。リュシエンヌの名前と同じ特徴を聞いて、実際に本物のリュシエンヌと直に関わったことがなければ、それが別人かどうかなど分からない。いきなり糾弾せず、私に進言してきた気遣いがあっただけありがたいものさ」
「ふぅん?」
ルルはあまり納得していないようだった。
手紙を空間魔法に雑な手つきで放り込む。
……後で手紙を読んで、場合によってはお兄様経由で返事をすればいいかな。
疑われたことはそれほどショックではないが。
「攫われた子供達はどうなりましたか?」
犯人達が処罰されることについては当然だと思うけれど、攫われ、売り飛ばされた子供達に関しては胸が痛む。
売られた子供達は本物の王女に攫われたと思ったまま。
きっと王女を恨んでいるだろう。
「売られる前の子供達は全員保護し、事情の説明とこれまでの話を聞いた後、元いた場所に帰りたがる者は元の場所に返した。帰る場所のない者は王都の孤児院で暮らせるよう手配した」
「そうですか……」
「売られた子供達は出来る限り探している。ヴェデバルド王国に正式な抗議を入れたのも、他国からの協力を得るためだ」
……早く見つかるといいな。
ふと、後宮で暮らしていた頃の記憶が頭を過ぎる。
奴隷の扱いが良いものではないことくらいは分かるし、暴力や飢餓の中で苦しんでいる子供もいるかもしれない。
「リュシー、そんな顔しないでぇ」
横にいたルルに抱き寄せられる。
「子供達の件は今後も捜索を続ける」
「……はい、よろしくお願いします」
お兄様がそう言うなら、これからもきっと子供達のことを気にかけてくれるだろう。
涙の滲みかけた目元を拭う。
わたしが落ち着いたところでお父様が口を開いた。
「今回の件で闇ギルドとも協力関係を結ぶことにした。元々、裏社会の事情に詳しいあそことは繋がりがほしいと考えていた。少なくとも今のギルド長は信頼出来る男だ」
「そうですね、ヴァルグセインは私も信用に足る人物だと感じました」
お義姉様が困ったように微笑んでいる。
国王と王太子が闇ギルドとの繋がりがあるというのは、それほど驚くようなことではないものの、反応に困っているらしい。
……でも、クリューガー公爵家もルルの情報を買ったんだよね?
お義姉様達と初めてお茶会をした時にそんな話をしていたから、貴族と闇ギルドの繋がりは意外なことではないのだろう。
ルルが「そうだねぇ」とお父様とお兄様に同意の返事をする。
「アサドはああいう立場にいるけど、結構良いヤツだよぉ。オレも色々融通してもらってるしぃ、向こうも義父上やアリスティードのこと、気に入ってるんじゃなぁい?」
「誰かを褒めるなんて、お前にしては珍しいな?」
「まあ、長い付き合いだからねぇ」
まじまじと見つめてくるお兄様に、ルルがおどけた様子で肩を竦ませた。
ギルド長にはルルがお世話になっているし、わたしが変な仕事をお願いしても快く受けてくれるので、いつも助かっている。
お兄様とお父様とギルド長の三人が顔を合わせたら、話も弾みそうだ。
「でしたら、ギルド長さんにも映像付きの通信魔道具をお渡ししたほうがいいのではありませんか? お父様とお兄様と、三人で話す時に顔が見えたほうが話しやすいこともあるでしょうし」
わたしが言うと、お兄様が「そうだな」とお父様を見る。
お父様も「そのほうが良さそうだ」と頷いた。
「映像付きの通信魔道具に予備はあるか?」
「あと三つはあるよぉ。渡しておこうかぁ?」
「ああ、そうしてくれ」
そういうわけで、ギルド長にも渡すこととなった。
* * * * *
ふわ、と空気の揺れる気配にアサドは顔を上げた。
扉の前に二つの人影が現れる。
見慣れたそれにアサドは驚かなかったが、二つの影が出て来るとほぼ同時に扉が開いた。
外で警備をしていたゾイが中を確認すると無言で扉を閉めたものの、力任せにバタンと大きな音が響く。
二つの影のうちの片方──……ルフェーヴル=ニコルソンは呆れた顔で肩を竦め、妻の肩を抱き寄せている。
アサドはつい苦笑が漏れた。
「先に一声かけていただけると助かります」
ゾイは気配読みや魔力探知に優れている。
ルフェーヴルがこうして転移魔法で勝手に侵入する度に、敵の侵入の可能性も考えて臨戦態勢を取ることなる。
警備の観点からしても問題だ。
何度も侵入されるとゾイの面子が立たないというのもあるだろう。苛立つのも分かる。
ルフェーヴルもその辺りのことは理解しているはずだが、彼は理解していてもそれを気にする質ではない。
その腕の中でルフェーヴルの妻が申し訳なさそうに眉を下げ、浅く頭を下げる。
それにアサドも同様に返した。
「ああ〜、ごめんごめぇん。ちょ〜っと話すだけだったからいいかなぁって思ってぇ。今、時間いーぃ?」
「ええ、構いませんが……仕事の話でしょうか?」
先日、仕事の書類をまとめて渡したが、何か不備でもあったのだろうか。
そうだとしても妻を連れて来る理由はないはずだ。
「違うよぉ。さっきまで義父上達と会ってたんだけどねぇ、アサドに渡したいものがあってさぁ」
ルフェーヴルが近づき、空間魔法から取り出したものを机の上に置く。
それは丸くて平たく、厚みがある。
懐中時計に似ているけれど、それよりやや大きい。
「……通信魔道具?」
どうぞ、とルフェーヴルが手で示したそれを手に取る。
以前ルフェーヴル達からもらった通信魔道具とよく似ていたが、こちらのほうが以前渡されたものより華やかな装飾がされていた。
試しに開けてみる。中はほぼ同じに見えた。
しかし、魔石の下に描かれている魔法式をよくよく見ると、こちらのほうが複雑な式のようだ。
「これは……?」
アサドが顔を上げると、ルフェーヴルもよく似たものを手に持ち、パカリと蓋を開ける。
そしてその手にある通信魔道具を発動させた。
連絡に答えるためにアサドが魔石に手をかざせば、パッとそこから光が上に広がり、そこにルフェーヴルの上半身の姿が現れた。
「っ!?」
驚きのあまり、アサドは言葉を失った。
「【すごいでしょ〜?】」
ルフェーヴルが自慢げな顔で言う。
「……え、ええ。とても……本当に、とても驚きました……」
アサドは手元の魔道具をまじまじと見つめた。
「【前に渡したのは声とか音だけを相手に飛ばすやつだったけどぉ、コレは姿も見えるんだよぉ。まあ、背後の風景とかもちょ〜っと見えちゃうのが邪魔だけどねぇ】」
「素晴らしいですが、魔力をかなり消費しますね」
「【あ〜、コレは義父上とアリスティード、あとオレしか持ってないからさぁ、魔力量についてはあんま気にする必要なかったんだよねぇ】」
ルフェーヴルがパチリと蓋を閉めると、アサドの持つ魔道具の通信も切れる。
「王家と協力関係になったんだしぃ、顔を見てのほうが話しやすいこともあるだろうから渡そう〜って話になったんだよぉ」
「しかし……これを本当にいただいてもよろしいのですか? 売れば一生遊んで暮らせるほどの額になりますよ?」
「タダであげるけどぉ、たとえアサドでも複製を作ったら殺さなきゃいけなくなるからぁ。死にたくなければコレで稼ごうなんて思わないほうがいいよぉ?」
つまり、この映像付きの通信魔道具は王家不出のものということか。
もしこれを複製して売ったとしたら、それはアサドしか犯人はおらず、その時点で王家に反意ありと判断されて国王の命を受けたルフェーヴルに殺されるのだろう。
そうでなくても、ルフェーヴルとその妻とで作り出した通信魔道具を金稼ぎのために扱えば、ルフェーヴルの機嫌を損ねるのは明白だ。
「そうですね、まだ死にたくはありません」
「それならいいよぉ。義父上とアリスティードとの連絡に使ってねぇ。後で二人に伝えておくからぁ、近いうちにかけてくると思うよぉ」
「分かりました」
ルフェーヴルが妻の下へ戻る。
その腰を抱き寄せ、ひらりと片手を上げて詠唱を行った。
また彼の妻が浅く頭を下げる。
「じゃあまたねぇ」
その言葉が終わると同時に二人の姿が消える。
アサドは静かになった部屋の中で、手の中にある通信魔道具を見た。
……怖くて人前では絶対に使えない。
苦笑し、机の引き出しを開けると一部の底板を持ち上げ、最重要書類を隠してある場所にそれを置いた。
それから、ふう、と息を吐いて椅子の背もたれに体を預ける。
ルフェーヴルは妻と出会ってから、様々な顔を見せるようになった。
……おかげで退屈せずに済む。
次はどんなことで驚かせてくれるのか。
アサドはそれが楽しみだった。
* * * * *




