暗殺者は大人気?
「そろそろ仕事に復帰しよっかなぁ」
偽王女が捕まってから半月が経った。
ルルはわたしと離れた反動か、この半月、仕事を休んで屋敷で過ごしていた。
わたしもルルと離れたくなくてずっと一緒だった。
でも、さすがにそろそろ仕事をしなければまずいと思ったようで、通信魔道具を持って来たルルがわたしの隣に座る。
「仕事、急に休んじゃったけど大丈夫?」
「平気だよぉ。オレくらいになると仕事も選べるしぃ、期日内なら好きな時に出来るんだぁ。まあ、嫌なら他を当たれって話だけどねぇ」
「それで他の人が代わりにやることってあるの?」
「たまにあるよぉ」
ふと別の疑問が湧いた。
「ルルって暗殺を生業としてるんだよね? そんなに、みんな殺したい相手がいるのかな?」
そんなに沢山の人が暗殺されていたら、不審死が多すぎて騒ぎにならないのだろうか。
わたしの疑問にルルが答える。
「最近は暗殺もそんなに多くないんだぁ。一番多いのは密偵で〜、次に拷問かなぁ。義父上からの依頼であちこち探るけどぉ、他の貴族からの依頼もあるんだよねぇ。でも内容は大したことないんだぁ」
パカリと通信魔道具の蓋をルルが開ける。
「大体は『誰かの弱みを探してくれ』とか『あそこの機密情報を調べてくれ』とか」
「……つまり、ルルはいろんな人の弱みを知ってるんだね」
暗殺依頼にしても、密偵の依頼にしても、その依頼を出した時点でルルには依頼主とその内容が分かるわけで、闇ギルドを通すような依頼なら人に知られたくない類のものだろう。
ルルは探り先のことだけでなく、依頼主の弱みも同時に握ることとなる。
前々からそうなのだろうとは考えていたが、ルルは多くの人から狙われる可能性もある。
「まぁね〜。だけど、依頼主についてペラペラ話すようじゃあ三流以下だからねぇ。依頼料の高さってのはランクの高さに比例するだけじゃなくてぇ、口止め料も兼ねてるんだよぉ。それに依頼主でも殺されそうになった時は、自衛のために殺しても処罰されないんだぁ」
「処罰?」
「闇ギルドはちゃ〜んと規則があるんだよぉ。守れないヤツは上に上がれないしぃ、違反すれば処罰されるしぃ、目に余るようだと追放されるんだぁ。追放されたヤツはどの国の闇ギルドに行っても二度と受け入れてもらえないからぁ、結構大変らしいよぉ」
闇ギルドは他国にもあるそうなので、他の国のギルドからも拒絶されたら裏社会で生きていくのは難しそうだ。
「へぇ〜、闇ギルドって無法地帯なのかと思ってたけど、意外としっかりしてるんだね?」
「最低限の規則だけどねぇ。喧嘩とか私闘とかも許されてるしぃ、闇討ちもよくあることだしぃ」
「それはいいんだ……」
許容範囲の基準が謎すぎる。
「あ、ちなみにランキング上位者は、ギルド外での賭け試合や他の上位者に勝手に挑むのは禁止なんだよぉ」
逆を言えば、ランキング上位者以外の者が上位者に挑むのは許されるということだろうか。
「ますます謎だね……」
「上位者同士の戦いは前みたいにランキング戦にして稼ぎたいってことなんじゃなぁい? そもそも上位者は稼ぎもでかいからぁ、勝手にやり合って死んでも困るんだろうねぇ」
パチ、パチ、とルルが通信魔道具の蓋を開け閉めしながら、ソファーの背もたれに寄りかかる。
……なるほど。
わたしが頷いていると、ルルが通信魔道具の魔法を発動させた。
ややあって、相手が通信を繋げたようで、魔道具の魔法式の光の色が変わる。
【はい、アサド=ヴァルグセインです】
闇ギルドのギルド長の声がした。
「アサド〜? オレだよ、オレ〜」
相変わらずオレオレ詐欺みたいな会話の始め方をするルルに、魔道具の向こうでギルド長が苦笑する。
【そろそろ復帰するという話でしょうか?】
「そぉそぉ、仕事も溜めすぎるとやる気なくしちゃうからねぇ。今からそっち行ってもいーぃ?」
【ええ、構いませんよ】
「じゃ、行くねぇ」
そして、ギルド長の返事を待たずに通信魔道具の蓋をパチリと閉めて、立ち上がった。
「いってらっしゃい」
と声をかけると、ルルが屈んでわたしの額にキスをする。
「いってきまぁす」
わたしが手を振るとルルも軽く手を振り、詠唱をして転移魔法で姿を消した。
手を下ろし、控えているヴィエラさんに訊いてみる。
「ヴィエラさん、ルルに依頼をすると、一つの仕事につきどれくらいの依頼料がかかりますか?」
ヴィエラさんが少し考えるふうに数秒黙った。
「……そうですね。実際どれほどの依頼料なのか確実な額は分かりませんが、最低でも金貨数十枚はかかるかと。ランキング上位者には付加価値がつきますので、一位ともなれば金額はより跳ね上がると思います」
「それなのにみんな依頼をするんですね」
「上位者は実力があり、依頼達成率も高いですから。安さを求めると遂行人の質も落ちます。失敗を繰り返して何度も依頼するより、高くても確実に仕事をこなしてくれる上位者を雇ったほうが結果的には安く済みます。……それに気付かない者も多いですが」
でも、きっとルルに依頼を出せるのは貴族か裕福な商家の者くらいだろう。
一般人では金貨を何枚も支払えるほどの余裕はない。
……この国は平和になったと思ったけど。
わたしが知らないだけで闇は深いのかもしれない。
「……ルルってすごいんだなぁ」
わたしがそう呟くと、ヴィエラさんが微笑んだ。
「私からすれば、奥様も十分すごいお方ですよ」
「そうですか? わたしは立場が元王女ってだけで、凄いことなんてないと思います」
「魔法に関しての知識量も多く、魔法式の構成や理論など素晴らしい技術をお持ちではありませんか。奥様と旦那様の開発した魔法にはいつも驚いております」
ヴィエラさんの横でメルティさんが大きく頷く。
「奥様が次はどのような魔法を作り出してくださるか、一体何をするのか、最近はそれが楽しみなのです」
そう言ったヴィエラさんは本当に楽しそうだった。
* * * * *
転移魔法で闇ギルドのギルド長室に、ルフェーヴルは移動した。
相変わらず薄暗い室内の机でアサドが書類確認をしていた。
「仕事、溜まってる〜?」
ルフェーヴルはソファーの肘掛けに座った。
「ええ、こちらにまとめてあります」
アサドが差し出した書類を、ルフェーヴルは風魔法で自分の手元に手繰り寄せる。
そして、その内容に素早く目を通した。
どの依頼も誰かの弱点を探ってくれというものが多いが、暗殺の仕事もいくつかあった。
ルフェーヴルがもう一度、手招きをするとペンがふわりと浮いて手元に来る。
やりたい仕事に丸をつけ、書類とペンをアサドに返した。
「印つけたやつはやるよぉ」
「おや、乗り気ですね?」
「偽者の件でリュシーの気分が沈んでるからさぁ、可愛いものとかドレスとか、何か贈ろうかなぁって〜」
ルフェーヴルがリュシエンヌに贈れるものはそれくらいだ。
リュシエンヌはさほど物に固執しないが、ルフェーヴルからもらったものは大事にしているし、喜ぶので時々贈り物はしていた。
「花は贈らないのですか?」
「庭の花は全部リュシーの好きなものにしてるからぁ、わざわざ贈る必要がないんだよねぇ」
「なるほど」
それにリュシエンヌは飾った花より、実は庭で咲いている花などのほうが好きらしいのだ。
だからこそ、庭はリュシエンヌの好む花を集めさせた。
どの季節でも楽しめるようにしてあり、よく二人で花を眺めながら散歩をしている。
ルフェーヴルは花に興味はないが、リュシエンヌが喜ぶなら好きなだけ植えればいいと思う。
「そういえば、最近、王都でオルゴールが流行っているそうですよ」
「オルゴールってぇ、音楽が流れるあのオルゴール〜?」
「ええ、そのオルゴールです。今までは箱型が主流でしたが、今はガラスドームの中にガラスや陶器で出来た人形や建物を入れて、音楽と共にそれを眺めて楽しむのが好まれているようです」
そう聞いてもルフェーヴルはあまりピンと来なかったが、とりあえず、綺麗なものなのだろうというのは分かった。
確かにリュシエンヌはそういうものを好む。
王女時代、初めて旅行に出たウィルビリアの湖の店で、ガラス製のボトルの中に街周辺を模ったものが入っている不思議な置き物を三つ買った。
一つはベルナールに、一つはアリスティードに。
最後の一つは自分用にして、この屋敷に移動した後も王女時代にいた離宮と同じように居間に飾ってある。
「ふぅん、見てみようかなぁ」
「それでしたら、南の大通りの『虹のガラス』に行くと良いですよ。流行りのオルゴールで色々な種類を取り揃えているそうなので、きっと夫人が喜ぶものもあるかと」
アサドは本部から出ることは滅多にないくせに、王都の流行りのものや人気店に詳しいことが多い。
情報収集の一環だろうが、よくやるものだと思った。
ルフェーヴルは興味のないことはどうでもいいから、流行りなどほとんど気にしたことがなかった。
「そうするよぉ」
ルフェーヴルが返事をするとアサドは微笑んだ。
「では、依頼を受けておきますね。いつも通り情報をまとめてから書類は渡すという形でいいですか?」
ギルドで仕事を請け負う際には、必要情報をある程度まとめた書類を渡される。
そこに書かれていること以外は知る必要がないという意味もあるけれど、仕事前に分厚い書類を読むのはかなり面倒くさいことをギルド側も分かっているのだろう。
「うん、全部まとめ終わったら取りに来るから声かけて〜」
「分かりました」
話は終わったと立ち上がろうとしたルフェーヴルに、アサドがふと思い出した様子で言う。
「そういえば、少し前に王太子殿下とお会いしましたよ」
ルフェーヴルは立ち上がるのをやめた。
肘掛けに座り直し、片足の膝にもう片足を横向きに乗せた。
他の話題ならともかく、ベルナールやアリスティードに関することなら聞いておいても良い。
「どうせ『王家と闇ギルドとで協力しよう』って話でしょぉ?」
「あなたはいつも察しが良いですね」
「義父上とアリスティードが考えそうなことだしぃ、アリスティードが前に挨拶に来たって聞いた時点でそうしたいんだろうなぁって分かってたからねぇ」
元よりベルナールは闇ギルドよりルフェーヴルを雇い入れたので、アサドとも面識はあるし、互いにそれなりに信用もあるはずだ。
そして、アサドはこういう機会を見逃さない。
「協力するんでしょぉ?」
ルフェーヴルが問えば、アサドが笑みを深めた。
「もちろん。今まで通り仕事はして良いとおっしゃっていただけましたので、こちらとしても非公式でも王家の許可を得たというのは大きいです」
「何かあっても多少は目を瞑ってくれるだろうしねぇ」
「まあ、だからといってやり過ぎないよう気を付けますが」
そこで調子に乗って動かないところがアサドの長所である。
この男はいつだってギルドの利益や今後に繋がることを考えていて、中には利益を優先するアサドを『金狂い』と称する者もいるが、それはアサド=ヴァルグセインという人物をよく知らない証拠だ。
ギルドに所属する者達が路頭に迷わないために、このギルドを存続させ、力をつけさせるためにアサドは常に動いている。
金を稼ぐことが好きなのは事実だが、本当に金にしか興味がないなら、ギルド長室にこもらず、もっと荒稼ぎ出来るランキング戦の回数や賭博場を増やしているだろう。
「そこは心配してないよぉ。アサドは闇ギルドを潰すような無能じゃないからねぇ」
アサドが目を瞬かせ、そして笑った。
思わずといった感じの嬉しそうな笑みだ。
「ありがとうございます。ギルドで最も優秀なあなたにそう言っていただけると嬉しいものですね」
ルフェーヴルは世辞を言わないと知っているからか。
今度こそ、ルフェーヴルは肘掛けから立ち上がる。
「今ある仕事が終わるまで、新規の仕事は入れないでおいてぇ。終わったらその時に考えるからぁ」
「そのように手配しておきます」
ひら、と手を上げつつ魔法の詠唱を行う。
転移魔法を展開させ、ルフェーヴルは元いた屋敷の居間へと戻って来た。
ソファーでリュシエンヌが昼寝をしている。
室内には兄弟弟子が静かに控えていた。
「お帰りなさいませ」
兄弟弟子に小声で出迎えられて頷き返す。
一旦寝室に行き、普段着に着替えて居間に戻る。
三人掛けのソファーはリュシエンヌが寝てもギリギリ問題のない大きさであったが、ルフェーヴルはリュシエンヌを起こさないようにそっとソファーから抱え上げた。
「寝室で昼寝してくるよぉ」
兄弟弟子が無言で一礼する。
ルフェーヴルはリュシエンヌを抱えたまま、寝室に行き、ベッドにリュシエンヌを下ろした。
靴を脱ぎ、ルフェーヴルもその横に寝転がる。
リュシエンヌを抱き寄せると、腕の中でリュシエンヌがもぞもぞと居心地の良い場所を探して少し身動ぐ。
ややあって落ち着く位置を見つけたのか、ルフェーヴルにぴったりとくっついて規則正しい寝息を立て始める。
オルゴールの件はルフェーヴルが買ってきても喜ぶとは思うが、せっかくなら共に買い物に行ったほうがリュシエンヌの気も晴れるだろう。
「明日、一緒に買いに行こうねぇ」
リュシエンヌの頭頂部に口付け、眠気に任せてルフェーヴルも目を閉じる。
やはり、我が家が一番だった。
* * * * *




