疑念と確認(2)
闇ギルドへ調査依頼をしてから四日後。
ギルド長さんからの連絡を受けて、ルルと共に結果を聞きに行くことにした。
他に誰かと会うことはないだろうけれど、念のためにローブを着て、転移魔法で闇ギルドへ飛ぶ。
そこには相変わらずギルド長さんがいた。
初めて会った時から、この人はいつもここにいて、他の場所で会ったのはギルドランキング戦の時くらいのものだ。
ルルいわく『仕事中毒』だそうで、常に仕事をしているらしい。
「義父上もアサドもそういうとこは似てるんだよねぇ」ともルルは言っていた。
「お待たせしましたね、ルフェーヴル。ニコルソン伯爵夫人も、ようこそお越しくださいました。いつも当ギルドをご利用いただきありがとうございます」
ギルド長さんの言葉にわたしは微笑む。
「いえ、こちらこそ夫共々いつもお世話になっております」
わたしはこのやり取りが実は好きだ。
ルルの奥さんだと認めて、そう呼んで、扱ってもらえるから。
お屋敷でも『奥様』と呼ばれているが、外の人にルルの奥さんとして対応してもらえるのはまた違った喜びがある。
ギルド長さんもニコリと微笑んだ。
「どうぞおかけください」
ソファーを勧められて座る。
ルルはすぐには座らなかった。
「それでぇ、どうだった〜?」
ルルの問いにギルド長さんが書類を差し出す。
四日で調べ上げたにしては随分と分厚い紙束だった。
それを受け取ったルルがわたしの横に腰掛ける。
「調査結果ですが、夫人の名を騙り、似た特徴の容姿の者が子供達の誘拐事件に確かに関わっているようです」
ルルが書類の上数枚に素早く目を通し、その数枚のみをわたしへ差し出した。どうやら調査結果の報告がこの数枚にまとめられているようだ。
報告書によると、国内のいくつかの領地で子供の失踪事件が多発しているのは事実らしい。
お兄様から聞いた貴族の領地だけでなく、他の領地でも同様のことが起こっており、闇ギルドの支部でもそれが今回の調査により問題として認知されたと書かれている。
闇ギルドに所属する中でも傭兵崩れの者やならず者といった、下の者達が金欲しさにギルドを通さない仕事を他者から請け負い、子供達の誘拐に関わっている。
犯人達がどんな人物で、どのような組織なのかは分からないが、子供を誘拐して売り払い、金を集めていた。
そして、子供の売買には闇ギルドとも取引のある商人なども一枚噛んでた。
しかも、攫われた子供達は他国に売り払われたようだ。
「……酷い……」
他国に売り払われてしまった子供達の所在までは調べきれなかったみたいだが、こうしてたった四日で関連している可能性の高い事件をリストアップして犯人達の動きをまとめてくれているのは非常にありがたい。
しかも、ギルド長さんの言う通り、わたしと似た外見的特徴を持つ人物がわたしの名前を騙って誘拐事件を主導している。
商人達や下の者達からの聞き取りでも『リュシエンヌと名乗る濃い茶髪に金に近いような瞳の貴族らしき若い女性』の目撃情報や言葉を交わしたという話が出たそうだ。
……わたしの名前で子供達を誘拐して売り飛ばすなんて!
書類を持つ手が怒りで震える。
わたしはこれまで言動にはとても気を遣ってきた。
少しでも悪しき行いをすればすぐに人々は旧王家のことを思い出すだろうし、人々は『やはり旧王家の血筋だから悪事を行うのだ』と思うだろう。
わたしを生かしてくれたお父様のためにも、自分のためにも、良き王女として過ごしてきたつもりだった。
それなのに今回の件が起きた。
わたしのことをよく知らない貴族達からしたら、表向きは善く振る舞っていたのに本性は違ったと感じるはずだ。
これが広がればお父様やお兄様にも迷惑をかけてしまう。
お父様は、わたしを生かしたことを責められるかもしれない。
ここまで築き上げた王家の信頼を落としてしまうかもしれない。
それが悲しくて、悔しくて、視界が涙で滲む。
「リュシー」
ルルに呼ばれ、抱き寄せられる。
「大丈夫だよぉ。今回の件を義父上は絶対に許さないだろうしぃ、アリスティードも必ず解決するまで追うはずだからさぁ」
「……うん……」
「オレも協力出来ることは何でもするよぉ」
そっと気遣うように頬にハンカチが当てられる。
それを受け取り、こぼれ落ちそうだった涙を拭った。
「……うん、ありがとう、ルル」
……お父様やお兄様が動くのだから、きっと大丈夫。
わたしが落ち着くとギルド長さんが声をかけてきた。
「ギルドの方針としましては多少のことは目を瞑りますが、今回の件はさすがに王族の名を騙っており、放置するわけにはいかないと考えています」
「要請があれば協力するってこと〜?」
「ええ、ギルド所属の者も関係しているので。むしろ、夫人の偽物がいたということに気付けず、失礼いたしました。当ギルドは必要な情報提供、及び協力は惜しみません」
ギルド長さんが頷けば、ルルが「へぇ?」と興味を示した表情を浮かべる。
「分かったぁ、義父上達にはそう伝えておくよぉ」
「よろしくお願いします」
書類をルルに返し、わたしは頭を下げた。
「こちらこそ、引き続き情報の収集をお願いいたします」
「はい、新しい情報が入り次第、ご連絡します」
ルルに促されてソファーから立ち上がる。
抱き寄せられ、ルルがギルド長に片手を振った。
「じゃあ引き続きヨロシク〜」
詠唱を行い、転移魔法でお屋敷へ帰って来る。
お屋敷の居間に戻っても気分は落ち込んだままだった。
ギュッとルルに抱き締められる。
「リュシー、ここなら泣いてもいいよぉ」
ポンポンと背中を撫でられるとまた涙が滲む。
「っ、わたし、これまでずっと頑張ってたのに……っ」
「そうだねぇ、リュシーは『悪役の王女』にならないようにず〜っと気を配ってたよねぇ。孤児院の慰問も、開発した魔法の公開も、お茶会や夜会で貴族だけじゃなく使用人にも優しく接してたの、オレは知ってるよぉ」
破滅したくなかった。ルルと離れたくなかった。
最初はそれだけだったけれど、お兄様達と過ごすうちに『この人達の家族として恥ずかしくないようにしたい』と思えるようになった。
いつだって『悪役』にならないよう気を付けていた。
ルルにそれを話したことはなかったけれど、きちんと分かっていてくれたのだ。
「っ、悔しいよ、ルル……!」
わたしのこれまでの努力をぶち壊された気分だった。
今回の事件はきっと公にはされないだろう。
たとえ偽物の仕業だったとしても、中には『本当は王女がやっていたのでは』と邪推する者も出てくるかもしれない。
わたしはもう表舞台には立たないと決めた。
「分かってるよぉ、リュシー」
いつもより優しいルルの声が囁く。
「こんなことしたヤツらは絶対に逃がさないからねぇ」
ルルがそう言うなら、安心だ。
だって、ルルはわたしに噓を吐かないから。
* * * * *
その日の夜、お兄様と連絡を取ることにした。
こちらから通信を繋げるのは珍しいが、いつもお兄様が連絡をしてくる時間にかけるとすぐにお兄様は出てくれた。
「お疲れ様です、お兄様。今お時間大丈夫でしょうか?」
わたしの問いにお兄様が頷く。
【ああ、問題ない。闇ギルドのほうはどうだった?】
「ある程度調べがついたけどぉ、やっぱりリュシーの偽物がいるみたいだねぇ。そいつらが子供を誘拐して他国に売り払ってるって話だよぉ」
【他国か……】
お兄様が厳しい顔をする。
「売られてしまった子供達を親元に返すことは難しいでしょうか?」
【出来れば私もそうしたいところだが、こういった事件の場合は子供の売買契約書をわざと作らず、痕跡を残さないようにしていることが多い。どこで誰が攫われたか分からないとさすがにな……】
「そうですよね……」
しかも他国に売り払われてしまったら、その後の足取りは掴めなくなってしまう可能性が高い。
それに買い取った側が手放してくれるかも分からない。
攫われた全ての子供の無事は確認出来ないだろう。
そう思うとやるせない気持ちでいっぱいになる。
【だからと言って諦めるつもりはない。犯人達を捕縛して聞き出したら可能な限り子供達を助けたいと私も思っているし、父上からもそうするようにと言われている】
その言葉にホッとした。
「ごめんなさい。ありがとうございます、お兄様」
【リュシエンヌが謝ることではない。今回は偽の王女も関わっているからな。国も動くし、父上も私もリュシエンヌの名前を騙られて腹立たしく感じているんだ】
お兄様はわたしが犯人ではないと確信しているようだった。
こういう時、信じて守ってくれる人の存在というのはとても嬉しくて心強いものだ。
「今回はオレも手伝うよぉ」
と、ルルも言ってくれる。
お兄様がそれに頷いた。
【この件について父上も交えて早急に話し合いたい。明日か明後日、二人で私の離宮に来られるか?】
「ルルの予定が問題なければわたしも大丈夫です」
「オレのほうも説明すれば仕事は控えられるよぉ」
【では、明日の午前中はどうだ?】
ルルがわたしを見るので頷き返す。
「じゃあ明日の十時くらいにそっちに行くよぉ」
【父上にも伝えておく】
「ヨロシク〜。こっちで調べた書類も持って行くからぁ」
ルルが雑に書類の束をバサバサして見せると、お兄様が苦笑した。
【分かった。すまないがまだ仕事が残っているから、続きは明日に】
「はい、また明日。おやすみなさい、お兄様」
【おやすみ、リュシエンヌ、ルフェーヴル】
そうしてプツリと通話が切れ、静かになる。
ルルにギュッと抱き寄せられた。
「誘拐された子供のことまでリュシーが気にすることないよぉ」
とルルは言ってくれるけれど、やっぱ気になってしまう。
「悪いのは誘拐犯でリュシーじゃないしぃ、その辺りもアリスティード達が上手くやってくれるって〜」
慰めるようにルルに優しく口付けられる。
でも、ルルからはどこか苛立っている雰囲気も感じた。
「……ルル、怒ってる?」
「ちょ〜っとねぇ。せっかく貴族達もリュシーのことを忘れてきた頃かなぁって思ってたのにぃ、偽物のせいで引っ張り出されるのは面白くないからさぁ」
「わたしはもう表舞台に立たないって決めたから、こういうのは困るし、ルルとの暮らしを邪魔されてるみたいでわたしも嫌だよ」
「そうだよねぇ、オレ達は穏やかに暮らしてるだけなのにねぇ」
よしよしとルルがわたしの頭を撫でる。
理由は分からないが少し機嫌が良くなったようだ。
ルルがテーブルに手を伸ばし、ベルを鳴らす。
ややあって部屋の扉が叩かれた。
「いいよぉ」とルルが入室の許可を出すと扉が開いた。
リニアお母様とヴィエラさんが入って来る。
「紅茶用意してぇ。あと女たらしも呼んで〜」
それに二人が「かしこまりました」と返事をして出て行く。
ルルがわたしの肩に膝掛けをかけると、しっかりと前を合わせて夜着が見えにくいようにした。
先に戻って来たのはヴィエラさんで、執事のクウェンサーさんを連れて来てくれた。
「お呼びと伺いましたが、何か入り用でしょうか?」
ルルが首を振って手で制するのと同時に扉が叩かれる。
入室の許可を出すとリニアお母様がサービスワゴンを押しながら入って来た。
「そっちもお茶の準備しながら聞いてほしいんだけどぉ──……」
ルルが三人に明日、お兄様とお父様に会いに行く旨を伝え、今回の件についても手短にだが説明をする。
三人とも一瞬だけ眉根を寄せたものの、すぐにいつも通りの表情を浮かべて頷いた。
「それでは、しばらく旦那様はそちらの件で外出が増えるかもしれませんね。屋敷の警備を厚くしておきます」
「奥様、あまり気を落とさないでください。きっとすぐに捕まりますから」
「明日のためにお出かけ用のドレスを用意しておきますね。……それにしても、リュシエンヌ様の偽物なんて許せません」
クウェンサーさん、ヴィエラさん、リニアお母様がそれぞれに反応し、ルルが頷く。
「そうしておいてぇ。あ、オレも明日は貴族の装いで行くから〜」
「かしこまりました」
実はルルの服の管理はクウェンサーさんがしている。
女たらし、なんて呼んでいるけれど、自分が着る服を任せてもいいと思うくらいには信用しているらしい。
たまに屋敷の警備などについて話し合うこともあるようなので、案外、ルルとクウェンサーさんの仲は悪くはないのかもしれない。
話が終わるとルルが適当に手を振り、クウェンサーさんが一礼して出て行った。
「リュシエンヌ様、どうぞ」
リニアお母様が差し出したティーカップを受け取る。
中身はミルクティーだった。
話を聞いてわたしの好きなもので気遣ってくれたのだろう。
ヴィエラさんもリニアお母様も心配そうにわたしを見る。
「リニアお母様もヴィエラさんもありがとう」
大丈夫だと微笑めば、二人も安心した様子で笑みを浮かべる。
「明日の朝、メルティさんにも説明するね」
「きっとメルティはカンカンに怒ると思いますよ」
リニアお母様の言葉に容易に想像がついて笑ってしまう。
メルティさんなら今回の話を聞いて凄く怒りそうだ。
「ふふ、確かに」
心配してくれる人がいるというのは幸せなことである。
甘くてホッとするミルクティーの飲みながら、わたしはこの幸せな日常を守りたいと思った。