二人の王太子
翌日、ヴェデバルド王国軍より再度使者が訪れた。
前日同様、使者と貴族の男が来たが、その顔色はあまり思わしくない。
昨夜ルフェーヴルが王太子の守護をしている間、こちらを窺う気配はいくつかあったが、結局ヴェデバルド王国の手の者が王太子を襲うことはなかった。
さすがにルフェーヴルとの力量差を理解したのだろう。
……義父上の影は自分の命を惜しんだりしないけどねぇ。
ベルナールが死ねと命じれば、むしろ喜んで死にそうだ。
ヴェデバルド王国軍は王太子の暗殺も出来ず、ファイエット王国軍相手に不利なまま条件を全て呑まねばならない。
意気消沈している使者二人を天幕へ迎え入れる。
あまり威圧感を与えるつもりはないので天幕の中にはアリスティードとロイドウェル、ルフェーヴル、警備の騎士達、そしてヴェデバルド王国の王太子がいる。
使者二人は王太子を見て何とも言えない顔をした。
恐らくだが、自国が王太子を殺そうと考えたことに罪悪感を覚えているようだった。
王太子自身は暗殺未遂に気付いていないので、微妙な顔の二人を見て、不思議そうに目を瞬かせる。
そのまま口を開こうとした王太子を軽く睨めば、ルフェーヴルの視線に気付いたのか慌てて口を閉じた。
今、この場でこの王太子に話す権利はない。
使者二人にテーブルを挟んだ向かいにある二つの椅子を示し、そこに二人が腰掛けるとアリスティードが口を開いた。
「それでは、終戦に向けての話し合いを行おう」
昨日のうちにヴェデバルド王国軍には条件を記した書簡を渡してあり、一晩、考える時間はあった。
ここであえて数日の猶予を与えなかったのは、その間に余計なことをされたくなかったからだ。
どれほど急いでも一昼夜のうちにヴェデバルド王国軍が国王の指示を仰ぐことは出来ないが、使者がどうすべきか考える程度の猶予はある。
「昨日渡した条件について、異論があれば聞こう」
貴族の男が小さく首を振った。
「……いいえ、ございません」
「では、改めて条件の確認をしよう。ヴェデバルド王国の王太子殿も知っておくべきだろうからな」
壁際に置かれた椅子に王太子は座っている。
そうして、ロイドウェルがファイエット王国側の条件を今一度説明した。内容は昨日のものと同じである。
賠償金の額はルフェーヴルでも聞いたことのないほど莫大であったが、国同士の戦の賠償金としては普通なのだろう。
アリスティードもヴェデバルド王国の使者も黙っている。
だが、額を聞いた王太子が椅子を蹴倒す勢いで立ち上がった。
「なんだと!? それはあまりにも高すぎる!! 我が国の国家予算の数年分はあるぞ!? それはどう考えても法外では──……!!」
ルフェーヴルが王太子に体を向けると、王太子が固まる。本能的にルフェーヴルを恐れているようだ。
アリスティードが王太子へ顔を向けた。
「貴国がすぐに戦争を起こせない程度には払ってもらわねば、こちらとしても勝った意味がないのでな。そもそもこの金額には戦死者の家族への補償金やリスティナ辺境伯領などへの支援金なども含まれている。……何、一括払いせよなどとは言わん。毎年、決まった額を我が国へ払ってくれればそれで良い」
ヴェデバルド王国は賠償金を毎年、支払うこととなる。
それは自尊心の強いヴェデバルド王国からすれば屈辱的だろう。毎年負けたことを自覚させられる上に、財政も厳しくなる。
「年にどの程度支払うかはヴェデバルド王国の様子を見ながらになるが、財政破綻するほど無理な支払い要求はせぬ」
アリスティードの言葉に使者が問い返す。
「もし、支払いが滞った場合の処罰はあるのでしょうか?」
「その際には支払えなかった額に応じて、国境沿いから順に貴国の領土か、鉱山の所有権を代わりにいただく」
「我が国は支払えなければ国土も国力も失うのですね……」
使者が暗い顔をするが、金がなければその代わりとなる物を差し出すしかない。
しかし、一方的な宣戦布告でこの戦争を始めたのはヴェデバルド王国であり、勝ったのはファイエット王国だ。
敗戦国は戦勝国の条件を受け入れる他ないだろう。
領土や鉱山を取られたくなければ真面目に払えということだ。
「たとえば貴国がまた飢饉に見舞われるような場合には多少の猶予は与えるが、減額や免除はない」
もしわざと国庫の金を減らしたり、政の失敗で財政的に苦しい状況になったりしたとしてもファイエット王国は甘い態度は見せないし、戦勝国の権利も手放さすつもりはない。
ファイエット王国は今回の件を許さないと内外へ示すためにも、ヴェデバルド王国への対応はきちんとする必要がある。
「……ファイエット王国の怒りは当然でしょう」
貴族の男はそう言った。
「待て、貴様、その条件を認めるのか!?」
王太子がまた騒ぎ出すが、貴族の男は静かに頷いた。
もう一人の使者からも反対意見は出なかった。
「はい、我が国は負けました。それが全てです」
「しかしこれを受け入れれば我が国は財政難で長く苦しむことになる! 他国が戦争を仕掛けてきたらどうするのだ!?」
「そうならないことを願うしかありません」
貴族と王太子の話にアリスティードは一言、告げる。
「自国を守護するための金は許そう。ただし、現在以上の軍事費は認めない。今でも十分、自国を守るための軍事力はあるはずだ」
それで滅ばれては、周辺国もファイエット王国も困る。
もちろん、適当なことを言って軍事費を増やさないよう、支払い完了までは毎年確認するつもりだが。
自国を守れなかったのはファイエット王国のせいだと言わせないためでもある。
「度重なるご温情、何と御礼を申し上げたら良いか……」
使者二人がテーブルへ額がつきそうなくらい頭を下げる。
その様子をヴェデバルド王国の王太子は、訳が分からないという表情で見つめていた。
……こんなのが王太子ってまずいよねぇ。
だからこそ今回の戦争で無能な王太子に責任を押し付け、国王は責任回避をしようとしているのだろう。
「では、後は終戦宣言についてだな。そちらの国の大司祭はここまで呼べそうか?」
「申し訳ございません。王都から離れていることと、大司祭が高齢であることを考慮いたしますと、ここまで連れて来ることは出来ないかと……」
「ならば近隣の街の司祭で良い」
「それでしたら二日ほどお時間をいただければ、呼ぶことは可能でしょう」
「こちらは大司祭を呼ぶ予定だ。昨日話した通り、両国の司祭に終戦宣言に立ち会ってもらう」
「……かしこまりました」
二人の使者が頭を下げ、それから立ち上がる。
王太子が「おい!」と二人を呼び止めた。
「私はまだ解放されないのか!?」
「……殿下を解放していただくためには、身代金を支払わなければなりません。現在、周辺の領主達に掛け合って殿下と貴族数名の身代金を用意しております。ですので、今しばらくご辛抱ください」
使者の言葉に王太子が何故か怒り狂っている。
「貴族達など後でも良かろう! まずは王太子である私を取り戻すのを最優先にすべきだ!!」
使者二人が自国の王太子を見る。
その目は冷たく、そして呆れてもいた。
「かしこまりました。そのように手配いたします」
貴族の男がそう言い、頭を下げ、使者と共に天幕を出て行った。
王太子はてっきり今日、解放されて戻れると思っていたらしい。身代金の支払いもまだなのに、どこをどうしたら、そのような思考を持てるのかルフェーヴルは疑問だった。
けれども、その思考回路を知りたいとは思わなかった。
自軍に戻れなかったことでガックリと肩を落とす王太子に、ルフェーヴルとアリスティードはつい、互いに顔を見合わせる。
……もしかして、帰ってもまだ王太子でいられると思ってる〜?
「貴殿がどのように考えているかは知らないが、ヴェデバルド王国へ帰還したとしても、此度の戦争の責任を取らされることになる。王太子の地位を維持出来る可能性は低いぞ」
「嘘を言うな!」
「私が貴殿に嘘を吐いて何になる? 少なくとも、ヴェデバルド国王はこの戦争を提案して推し進めたのは貴殿とその取り巻きの貴族達であり、帰還後に敗戦した責任を問うつもりのようだ。国王の書簡にはそう書かれていた」
王太子が「そんな……」とよろめきながら後退る。
ルフェーヴルは不意にニヤリと笑った。
「むしろ帰るほうが危ないのでは?」
ルフェーヴルの言葉に王太子が視線を向けてくる。
恐怖と不安とが綯い交ぜになっているのが感じられたが、ルフェーヴルは構わず話を続けた。
「王太子から王子に戻るだけ、などという生温い対応では責任を取ったことにならないでしょう。敗戦に対する責任と立場を考えれば『廃嫡』辺りが妥当かと」
それにアリスティードも同意の頷きをする。
「そうだな。良くて幽閉、最悪『国を混乱に陥れた』という名目で処刑となる可能性もあるだろう。確かヴェデバルド王国には王子が二人いたはずだ。一人が貴殿ならば、もう一人が新たな王太子となれば何も問題はない」
言われて、ようやくその可能性を理解したらしい。
王太子が呆然とした様子でその場に座り込む。
王太子となり、自身が次代の王となる唯一無二の存在だと思っていたのだろうが、他に優秀な王子や王女がいれば、王太子の地位など簡単に奪われてしまう。
それ故に王太子となった者は努力し続けなければならないというのに、この王太子はそれを怠った。
今まで好き放題にしてきたツケが回ってきたのだ。
王族の血を絶やさないために、しばらく幽閉し、もし王か王太子が上手く子を残せなかった場合には適当な貴族の令嬢と子を生させ、その後は病死という形で葬り去られる可能性もある。
この王太子の場合はその可能性が高そうだ。
次の王太子が王となるか、子を二人ほど生した後はもう不要な存在だと処理される。
王族の血筋以外、この王太子を生かしておく利点もなさそうだ。
あとはヴェデバルド国王が温情をかけるかどうかという話だが、息子に責任を押し付けるような父親が生かしてくれるとは到底思えない。
「っ、わ、私はヴェデバルド王国には戻らない!」
国王である父親に裏切られ、弟に王太子の座も奪われるかもしれないと理解して、出てきた言葉がそれだった。
アリスティードもルフェーヴルも呆れた。
「我が国は貴殿の身代金が支払われたら、貴殿を返す」
「嫌だ! 私がヴェデバルドの王太子なのだ! 次の王になるのは私で、それ以外のことなどあってはならぬ!!」
「そう言われてもな。使者達は貴殿の命令通り、最優先で貴殿の身代金を用意するはずだ。我が国もそれを受け取った以上、不当に貴殿を拘束は出来ない」
第一、この王太子を手元に置いていても利益はないし、厄介ごとが増えるだけである。
「ならばファイエット王国に亡命する!」
「戦争をした国の、それも戦争を指揮していた者を我が国が受け入れると思うか? 先に言っておくが保護もしない」
「っ……!」
アリスティードに先手を打たれ、王太子が言葉を詰まらせる。
あまりに短絡的な思考にルフェーヴルは、よく王太子になれたなぁ、とある意味で感心した。
そして座り込んでいる王太子へゆっくりと近付いた。
「幽閉されるのも処刑されるのも嫌でしたら、もう一つ選択肢を教えてさしあげましょうか?」
ルフェーヴルの言葉に王太子が顔を上げた。
……どうして助けてもらえると思うんだろうねぇ。
「毒を飲んで自害なさるのはいかがですか?」
王太子の表情が凍った。
アリスティードが「ルフェーヴル」と名を呼ぶ。
「ここで死なれては困る」
「では引き渡す際にこっそり渡しましょうか?」
「まあ、引き渡した後は好きにすればいいが」
この王太子がどのように死のうが、こちらには関係ない。
「王太子以外になりたくないのでしょう? それなら、王太子という立場にいる間に死ねばよろしいのです。今なら苦しまずに死ねる毒を提供いたしますよ?」
笑うルフェーヴルに王太子はただ、呆然としていた。
本当のところは毒を渡すつもりなど微塵もないし、この王太子が自ら死を選ぶこともないと分かった上での提案だった。
それ以上、王太子は震えたまま絶句している。
どうあっても自分に未来はないと、ようやく、本当に理解出来たのだろう。
片や地面に座り込んで呆然としている王太子。
片や椅子に腰掛け、悠然とそれを見下ろしている王太子。
どちらも王太子であるというのに、二人はあまりにも対照的で、ルフェーヴルは湧き上がっていた愉快さのままに笑った。
「戦争という選択は間違っていたようですね」
そうすれば、この男は王太子のままだっただろう。
……まあ、こんなのじゃあ、遅かれ早かれ王太子の座を奪われてただろうけどぉ。
王太子の顔に後悔と絶望の色が浮かぶのを、ルフェーヴルは笑みを浮かべたまま眺める。
ルフェーヴルにとっては見慣れた表情だった。
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