国境戦五日目(1)
五日目、何とか朝には山の鎮火を確認した。
まだ僅かに煙が燻っているものの、ほぼ火は消えたようだ。
しかし焼け跡の山は危険で、両軍共に分け入ることは不可能であった。
そして昼時の少し前にファイエット王国軍は動いた。
ヴェデバルド王国軍は中央・左右軍の前にまた土壁を立てていたが、左右軍は予想に反して壁は一枚で、中央軍だけが二重の壁で己を守っている。
まず、ファイエット王国軍は中央・左右軍共に前進し、あえて中央軍を二枚目の壁に触れさせる。
その状態で更に左右軍を押し進めていく。
左右軍が押し負けないよう、更に外側から二つに分けた遊撃部隊で押し、ヴェデバルド王国軍を一つに纏めて包囲し、外側から削り取っていく作戦である。
ルフェーヴルは右翼軍の包囲作戦に参加する。
左翼は昨日の戦いで敵軍はかなり消耗しているため、そちらはロイドウェルが遊撃部隊を率いて向かうことになり、ルフェーヴルは敵の損耗が少なく、反撃される可能性の高い右翼軍に配された。
右翼軍がこれまでの戦いの中で最も消耗が小さいが、それは相手も同じであり、正面切っての戦いとなれば苦戦するだろう。
右翼軍と合流し、配置につく。
右翼軍の貴族達は緊張した様子ではあったが、戦地で敵軍を遠目に見つけて、ルフェーヴルは口角を引き上げた。
「……いいねぇ、この空気ぃ」
肌を刺すようなピリピリとした殺気と緊張感。
敵軍もこちらが動き出したことで少し警戒しているようだ。
右翼軍の貴族二名と作戦の確認を行い、ルフェーヴルは馬へ乗る。久しぶりの強い高揚感にゆっくりと息を吐く。
戦場ではある程度の高揚感は必要ではあるものの、感情に任せて戦えばすぐに体力が尽きてしまう。
この作戦は持久力も必要とする。
通信魔道具を片手に持ち、合図を待つ。
配置に着いたことを魔道具越しにアリスティードへ伝える。
そうして、ややあってアリスティードが指示を出す。
【総員、作戦開始! 中央・左右軍共に前進!! 遊撃部隊はこちらの指示まで待機せよ!!】
中央軍、左右軍の兵が動き出し、土壁まで前進する。
矢で射られたり、魔法で攻撃されたりしたが、それは予測済みで各軍の前線には既に障壁魔法に優れた魔法士達がいて、その魔法士達によって攻撃は弾かれた。
全軍が壁に触れ、左右軍が土壁を土魔法で砕く。
泥にするとこちらも足を取られてしまうため、今回は土壁を砂や土に戻す方法を取っている。
ファイエット王国右翼軍は壁を崩すと勢いを殺さずに敵軍とぶつかり、乱戦状態になりつつも武力で押し進めていく。
右翼軍がじわじわと敵の左翼軍を中央軍へ押し込む。
【遊撃部隊、左右共に行動開始!! 両側から敵左右軍を中央へ押し込み、そのまま敵軍を包囲せよ!!】
ルフェーヴルが返事と同時に片手を上げれば、背後にいた騎兵の一人がファイエット王国軍の旗を掲げた。後方にいる兵への合図だ。
そしてルフェーヴルの乗る馬は駆け出した。
敵左翼軍を押し込もうと奮闘する自軍の右翼の更に外側から回り込み、隙をついて、敵左翼軍の後方へと部隊を走らせる。
それと同時に敵軍本隊と後方支援部隊とを分断する。
ルフェーヴルは抜剣し、邪魔な敵軍歩兵の首を駆け抜けざまに次々と刎ねていった。
首を刎ねられなくとも馬に蹴られて死んだ者もいたが、ルフェーヴルは構わず突き進み、敵左翼軍から中央軍の後方へと部隊を広げていく。
……あっちは上手くいってるかねぇ。
敵中央軍の後方まで辿り着くと、丁度向こうからロイドウェル率いる左翼軍の遊撃部隊がこちらへ駆けて来る。
そして敵中央軍後方で両遊撃部隊が合流し、左右軍、中央軍の後方を攻撃し、敵軍を一纏めにすることに成功した。
そのまま周囲から敵軍に攻撃を行い、兵数を減らす。
もちろん、ヴェデバルド王国軍も川の向こうに控えさせた部隊がある。
その軍が連絡を受け、慌ててこちらへ向かったとしても、到着するまでに時間がかかる。
敵軍を全軍で包囲し、周囲から全体的に攻撃することで逃げ場を失ったヴェデバルド王国軍は混乱に陥った。
しかし、全ての兵が混乱しているわけではなく、部隊長辺りの者になると冷静に戦況を見て、立て直しを図る者もいる。
ルフェーヴルは馬から飛び降りると風魔法で敵軍の上空へ飛び出した。
敵兵の何人かがルフェーヴルへ気付いたものの、空中を飛び抜けるルフェーヴルに何かを出来る者はいなかった。
風魔法を操り、敵軍を見渡しつつ、馬に乗った指揮官を発見してそこへと落下する。
目標もこちらへ気付くが、ルフェーヴルは構わず目標近くにいた敵兵の頭に着地した。
足の下で人間の骨が折れる音を感じつつ地面へ降り立つ。
「敵兵だ! 殺せ!! 殺せ!!」
響き渡った声に周囲の兵達がルフェーヴルへ殺気と武器を向ける。
それにルフェーヴルは思わず笑みを浮かべ、駆け出した。
敵兵の剣を弾き、身を翻して避け、近付く兵を殺す。
甲冑を身に着けていたとしても、首や肘など鎧の接合部は弱く、そこを狙えば簡単に敵は動けなくなる。
しかもこれほど大勢の味方が周囲にいると武器を振り回すことも出来ず、身動きが取りにくい。
対してルフェーヴルは鎧をほとんど着けず、精々、籠手と胸当て程度のものなので身軽な上に、周囲は全て敵なので目に映る者は皆殺しにすればいい。
ルフェーヴルが駆ける間に十人ほどを討ち、ナイフを取り出して、それを指揮官の乗る馬へと放つ。
刃には強力な麻痺毒が塗ってあるため、ナイフが刺さった馬は暴れ、すぐに痙攣して倒れ伏す。
乗っていた指揮官は地面へ投げ出された。
甲冑を着ているのと、落ちた衝撃とで、すぐには起き上がれない。
倒れた指揮官が起き上がるよりも、その首にルフェーヴルの長剣が差し込まれるほうが早かった。
剣の刃を首に差し込み、骨と骨との隙間を断つように、ルフェーヴルは長剣を振るった。
指揮官の首を簡単に刎ねれば血が吹き出した。
ルフェーヴルはそれを避けつつ、自身が刎ねて上空へ放り上げた指揮官の首を確保するために、風魔法で自身を上空へと吹き飛ばした。
刎ねた首の髪を掴み、空間魔法へ即座に仕舞う。
そして一度地面へ着地すると、もう一度魔法と共に跳躍し、その場を離脱する。
同じ要領で敵軍の部隊長くらいの地位だろう者達を五人見つけ、殺し、首を刎ねて回収した。
首の回収は武勲の証として必要だからだ。
それらが済むと遊撃部隊へ戻り、返された馬に乗る。
通信魔道具が鳴り、アリスティードからの指示が来る。
【総員、退却! ただちに離脱せよ!!】
今回の戦いはとにかく迅速に囲い込み、敵兵の数を減らし、そしてヴェデバルド王国軍が体勢を立て直す前に戦線を離脱するという作戦だ。
かなりの数の敵軍を削ると共に、ルフェーヴルは部隊長だろう者達を殺せという命令を受けていた。
これで指揮系統が崩れ、敵軍は更に混乱する。
勢いよく取り囲んでいたファイエット王国軍が、今度は波が引くように一気に自軍へ引き上げていく。
自軍右翼が下がるのを見ながら、ルフェーヴル率いる遊撃部隊が、敵軍の反撃を抑えつつ後退を手伝った。
ロイドウェル率いる左翼軍も同様である。
ヴェデバルド王国軍の待機部隊が川を越えて戦場へ到着する頃には、ルフェーヴルもファイエット王国軍も退却した後で、残っているのは傷ついたヴェデバルド王国軍のみだった。
ルフェーヴル率いる遊撃部隊も損耗をほぼ出さずに帰還した。
どうやら、ルフェーヴルが最後だったようで、天幕には既に他の貴族やロイドウェル達が戻って来ていた。
「作戦通り、敵軍部隊長と思われる者達を討ち取ってまいりました」
ルフェーヴルが空間魔法から、刎ねた首を取り出すと、アリスティードは僅かに眉根を寄せたものの、ほとんど動揺は見せなかった。
「そのまま持っておけ。王都へ帰還した際に確認し、武勲に見合った報奨が与えられるだろう」
「かしこまりました」
首を空間魔法へ仕舞い、改めて、作戦の結果報告を行う。
中央・左右軍共に予定通り作戦を遂行し、推定だが、敵軍を最低でも三分の一程度は削ることに成功した。
このまま膠着状態を続けるつもりも、休息を与えるつもりもない。
「今夜、もう一度進撃する」
「向こうが気を抜いている時間に更に追撃を加えるのですね」
「ああ、出来れば敵軍を川の向こうまで押しやりたい」
そうすれば、敵軍は橋も川も渡ることが出来なくなる。
兵力もかなり損耗しているので、そこまでいけば、ヴェデバルド王国軍をこの土地から追い出せる。
戦時法の中で、侵略に対して戦うことは許されているが、戦争によって他国を侵略してはならないとも決められているので、ファイエット王国軍が橋を越えることは出来ない。
そうしたら今度は越境という攻撃理由を敵に与えてしまう。
ちなみに、夜間戦闘に関して戦時法上での決まりはない。
夜間は視界が悪いのであまり戦闘にはならないが、戦ってはいけない時間でもない。
「夜間戦闘は奇襲で行く。まず、中央軍同士をぶつけ、あえて劣勢のふりをして右翼軍へ誘導する。敵軍が全体的に南へ移動し、敵左翼軍がそれについて来たところで遊撃部隊を回らせ、もう一度後方と分断し、攻撃を行う。これで更に数を削れば、戦う余力を失うだろう」
「しかも防衛も出来ないほどに損耗すれば、敗走するか、降伏勧告に従うかもしれませんね」
……あの王太子が簡単に諦めるかねぇ。
だが、今の状況でヴェデバルド王国軍も三日保たせるのは厳しいだろう。
全滅するか、敗走するか、降伏するか。
何にせよ、ヴェデバルド王国軍はもはや虫の息である。
「各自、夜まで休んでくれ。夜間はより乱戦となるだろう」
アリスティードの言葉に全員が頷いた。
貴族達が出て行き、天幕にルフェーヴルとアリスティード、ロイドウェルが残った。
「ルフェーヴル、部隊長を何人討ち取った?」
「五人だよぉ。さっき見せた通り、証拠に首を持って来てるけど全員分見る〜?」
「いや、いい。……夜の奇襲戦も遊撃部隊はお前に任せる。その際に、同じように、今度は敵左翼軍の部隊長達を討ち取って来られるか?」
「命令ならそうするよぉ」
夜間で乱戦になると言ってもルフェーヴルは人より夜目が利くし、スキルで姿を隠して暗殺すれば危険は少ない。
武勲を立てればその分、報奨金も増えるだろう。
アリスティードがしばし思案した後、頷いた。
「では、夜間も頼む」
「りょ〜かぁい」
開戦前にはあれほど戦争を、人の死を、その責任を恐れていたアリスティードだが、腹を括ったのだろう。
戦争では勝つことが重要だ。
どれほど正義を貫いていたとしても、勝たねば無意味だ。
アリスティードの肩には兵達の命だけでなく、ファイエット王国に住む民達の命や暮らしもかかっている。
だからこそ、時には非情な判断もしなければならない。
「それじゃあ、オレも一旦天幕に戻るよぉ」
ルフェーヴルがそう言えば、ふと何かを思い出した様子でアリスティードが訊き返した。
「ルフェーヴル、お前、普段夜はどこにいる? 開戦日前の夜、お前の天幕に行ったが、お前の姿どころか天幕を使った形跡すら見当たらなかったんだが……」
それにルフェーヴルは、あは、と笑った。
「どこって帰ってるだけだよぉ」
「帰る? ……まさか、リュシエンヌのいる離宮まで、転移魔法で毎晩戻っているのか?」
「そうだよぉ」
アリスティードとロイドウェルが驚き、そして、二人揃って羨ましそうな顔をした。
「私はエカチェリーナとアルベリクに会いたいのを我慢しているというのに……ずるくないか?」
「僕だって家族に会いたいよ……」
ジッと見つめられたが、ルフェーヴルは笑みを浮かべたまま、軽く肩を竦めてみせた。
「さすがに三往復は無理だよぉ。リュシーのところに行って戻ってくるだけでも、魔力回復薬を一本消費してるしねぇ」
「まあ、この距離だしな。しかし、魔力回復薬は高くないか? 毎日使うと結構な額になるぞ?」
「リュシーに会えるなら安いものだよぉ」
全く会えないまま過ごすほうがルフェーヴルは嫌だし、リュシエンヌも不安になってしまうだろう。
だから多少金を使っても魔力回復薬を使い、転移魔法で毎日帰るのが一番いい。
「魔力回復薬は使いすぎると危険だと聞きますが、大丈夫なのですか?」
ロイドウェルの問いにルフェーヴルが頷いた。
「日に三回までなら何とか大丈夫らしいよぉ。オレも一応、日に一回飲むだけにしてるからぁ、もし何かあっても二回は何とかなるよぉ」
「……お前が魔力枯渇するほどの高威力か広範囲の魔法なら、放てば即座に戦争が終結しそうだな」
「そうかもねぇ。でも、やる気はないよぉ」
あくまでルフェーヴルは貴族の一員として参戦しているだけで、この国の英雄になりたいわけでも、有名人になりたいわけでもない。
アリスティードが苦笑する。
「まあ、お前の場合はそうだろうな」
ルフェーヴルはもう一度肩を竦める。
「とにかくオレは一旦帰ってるから、用があったら魔道具で呼んでねぇ」
そして、ルフェーヴルは詠唱を行い、その場で転移魔法を使ってリュシエンヌの下へ向かったのだった。
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