通信魔道具・改(1)
ルルがヴェデバルドへ出立してから数日後。
わたしもルシール=ローズとして働く日である。
ルルは毎晩きちんと帰ってきてくれているので、わたしが仕事の日は朝から王城の近くに転移して連れてきてくれて、わたしが城門を抜けて職場に入るまで確認してから出掛けて行った。
今日は早めに切り上げて迎えに来てくれるそうだ。
ちなみに、音声のみの通信魔道具の件だけれど、お父様もお兄様も了承してくれた。
むしろ即時やり取りが出来る連絡手段は、やはり欲しかったようだ。
最近はずっと魔道具の点検作業ばかりだったからか、魔法士長様から「今、点検の必要な魔道具はありません」と言われてしまって丁度ヒマなのもタイミングが良かった。
「おはようございます」
魔法士長様の部屋に挨拶に行けば、いつもの穏やかな微笑みを浮かべた魔法士長様が顔を上げた。
「おはようございます。……今日は新しい魔道具を作るそうですね。とても楽しみにしておりますよ」
お父様経由で聞いたのだろう。
わたしは一つ頷いた。
「はい、魔法式が出来たらご報告いたします」
ぺこりと頭を下げて、わたし専用の部屋に移動する。
魔法士長様の言う通り、これまでは点検が必要な魔道具が置かれていた室内が、今は空っぽになっている。
……あれはあれで楽しいんだけどなあ。
そう思いつつ、上着を脱いで畳み、バスケットと共に机の上へ置いて席に着く。
引き出しから紙を取り出し、ペン立てからペンを取る。
「魔法式は出来るだけ単純化されていたほうがいいよね?」
と、ついいつものクセで横を見上げ、あ、と思う。
……そっか、ルルはいないんだっけ。
ふう、と小さく息を吐いて視線を天井へ向ける。
先ほどまで一緒だったので、ルルがまだいるような気がしてしまって話しかけたが、どこか寂しさが残る。
一度目を閉じて気持ちを切り替える。
……ルルがお仕事してるんだから、わたしも、わたしのお仕事を頑張らなきゃ。
目を開けて、ペンを持ち直す。
「えっと、必要なのは音声だけなんだよね」
紙に基礎となる円を描く。
そこに線を引きながら、最初に作った通信魔道具の魔法式を頭の中に思い出す。
紙に描き出して残すわけにはいかないから。
「えっと、映像に関係する部分は要らないから、これとこれは省いて、こっちはこれと繋げて──……」
何度かペン先をインクに浸し、式を描いていく。
一度作った魔法式なので考えやすい。
……このままだと映像付きよりも長時間使用出来そう。
映像と音声両方が使える通信魔道具はどうしても魔法式に負荷がかかるため、一度の使用限界が五分程度になってしまう。
だが、音声のみならさほど負荷もかからないだろう。
……うーん、でも長時間使用出来るって良くないかな?
長時間使用可能だと、たとえば重要な会議の場に、こっそり魔道具をポケットに入れて出席して、会議の内容を他の人間に聞かせるということが出来てしまう。
……あえて時間制限をつけたほうがいいかも?
「十分くらいなら、短すぎないし長すぎないかなあ」
とりあえず使用時間の制限を十分に設定する。
必要なら、お父様やお兄様が使うものだけ使用制限をつけなければいい話である。
制限をつけなければ三十分から一時間程度は使えそうだ。
魔力は使用者のものを使う。
通信魔道具にはそれぞれ番号を割り振り、その番号を持つ魔道具と繋げることで会話が可能になる。
遠距離になればなるほど魔力を消費する。
お父様やお兄様はきっと多くの人達と連絡を取り合うだろうから、番号は三桁まで使用出来るようにしておこう。
もしもっと多くの番号が必要になったら、その時は増やせばいいだけだ。
お父様とお兄様、闇ギルド長が持つ魔道具はそれでいい。
あとは他の魔道具だ。
お父様のものが全ての通信魔道具へ送受信を出来るものだとしたら、他の人に配る魔道具は特定の番号にのみ送受信出来るタイプである。
何故そうするかと言うと、もし全ての通信魔道具が他の魔道具と送受信が出来るものにしてしまうと、お父様やお兄様が知らないうちに他の者同士で内密な話が出来るようになってしまう。
それは絶対に色々と問題が出てくるだろう。
……どうしよう?
どうせならお父様達のもの以外には制限をつけよう。
たとえば一つの魔道具が送受信出来る番号は五つまで。
送受信が出来るようにするには、お互いの魔道具を一度くっつけて魔力のやり取りをすることで、魔道具に番号を覚えさせる。
前世では、昔の携帯はそうやって連絡先の交換をしたと聞いたことがある。
……そうだ、使用者の設定も入れておかないと。
誰でも使えるような魔道具では問題だ。
……設定出来る人数は三人にしよう。
もし一人に何かあっても他の二人、連絡を取れる者がいれば何とかなるはずだ。三人に何かあった場合は魔道具が使用出来なくなるため、連絡が途絶える。
少し懸念材料はあるものの、それに関しては、今のところどうしようもない。
とりあえず魔法式を二つ考えた。
一つはお父様、お兄様、闇ギルド長が使用する魔道具。
どの通信魔道具とも番号が分かっていれば、送受信が行えるものだ。こちらはわざわざ魔道具をくっつけて魔力のやり取りをする必要も、やり取り出来る数の上限もない。
もう一つは、それ以外の魔道具である。
互いに番号を交換する際には一度魔道具をくっつけ、魔力交換の必要があり、そして登録出来るのは最大五つまで。使用者設定も三人まで。
……わたしは後者を一つもらえればいいかな。
ルルとお父様とお兄様、闇ギルド長を登録しておけばいい。一つ空き枠は残しておこう。
そしてルルは前者のほうを欲しがるだろう。
前者を持つのはルルとお父様、お兄様、闇ギルド長の四人になるだろう。
もしかしたらお義姉様も前者を欲しがるかもしれないが、どうするかはお父様とお兄様が判断することだ。
二つの魔法式をそれぞれ紙に清書する。
時計を確認するともうお昼に近い時間になっていた。
体感的にそれほど時間が経っているとは思わなかったので驚いた。
同時に、ぐぅ、とお腹が小さく鳴る。
……先にお昼食べてもいいよね?
清書した紙を汚さないように引き出しに仕舞い、バスケットを持ってくる。
今朝、リニアお母様から渡されたものだ。
バスケットを開けて、中にあるものを見て、思わず笑みが漏れた。
どれも一口分ずつ減っている。
渡されてすぐ、ルルがバスケットの中身を毒見していて、それからずっとわたしが手に持っていたので誰かに毒を盛られるような心配はない。
ルルの一口は結構大きいので一目で分かる。
そばにルルはいないけれど、ルルの存在を感じられるそれがとても嬉しいし、ほっこりする。
「……いただきます」
きちんと手を綺麗にしてから食事を摂る。
サンドウィッチはわたしの好きな具材ばかりで、二つある水筒の中身は冷めてしまっていたけれど、どちらもわたしの好きなミルクティーと果実水だった。
……一人で食事をするっていつ以来だろう……。
いや、一人で食事は結構しているのだけれど、そういう時でもルルがそばにいてくれるし、リニアさんやメルティさん、ヴィエラさんがいるから一人ではなくて、こうやって本当に一人で過ごす時間はほぼなかった。
……静かだなあ。
ぼんやりしながらサンドウィッチを食べる。
でも、嫌な時間ではない。
食事を終えて後片付けをする。
食後の一杯にミルクティーを飲む。
蜂蜜が入れてあるのかほんのりした甘さが心地良い。
……ルルは今頃どうしてるかな?
窓の外はとても良い天気である。
数日前は雨が降っていたけれど、今日は快晴だ。
きっとヴェデバルドに向かって旅をしている途中なのだろうが、その道中で何もなければいいな、と思う。
ルルのことだから何かあっても大丈夫なのは分かっている。
それでも、何事もなく過ごしてほしい。
……黒髪のルルもかっこよかったなあ。
思い出すと表情が緩んでしまう。
普段のルルもかっこいいが、黒髪のルルもいつもより大人っぽくて色気があって、なかなかに素敵だった。
……ありかなしかで言うと断然あり。
でも、やっぱりいつものルルが一番だ。
夜に帰ってきて変装を解いた姿を見た時、わたしが好きなのはこのルルなんだなあ、と感じたのだ。
ミルクティーを飲み終えてカップを片付ける。
時計を確認すれば、そろそろ昼休憩が終わる頃だった。
引き出しから先ほど清書した魔法式を取り出し、再度、問題がないか確認を行う。
式を読み解きながら綴りの間違いがないか、効果が間違っていないかなどを確かめ、時間をかけて丁寧に調べる。
もし綴りを間違えて違う意味の言葉になっていたり、間違った効果になっていたりしたら、発動した時に大惨事を引き起こしてしまうかもしれない。
…………うん、大丈夫そう。
どちらの魔法式も考えた通りのものが出来上がっている。
あとは誰かに協力して試してもらい、結果が問題なければ、魔道具として作製してもらえるだろう。
席を立ち、隣室へ続く扉を叩く。
「どうぞ」と声がしたので扉を開ける。
「魔法士長様、出来ました」
「おお、もう出来たのですね」
魔法士長様が嬉しそうに顔を上げた。
魔法士は、魔法への好奇心や自分の専門分野に関する探究心がとても強い。
例に漏れず魔法士長様もそうなのだろう。
わたしが差し出した魔法式を見ると、魔法士長様はすぐに読み解き始めた。
一枚目を見て、ややあって、二枚目にも目を通す。
……わたしより解読が早い。
さすが魔法士長様と言うべきか。
わたしも魔法式を読み解くのはそれなりに早いほうだと自負しているが、魔法士長様はそれ以上に、恐らく宮廷魔法士達の中でも相当解読が早いのだろう。
微笑みを浮かべたまま魔法士長様が顔を上げた。
「よく出来ておりますね。この魔法式で魔道具を作れば、遠く離れた者同士で会話をすることも可能でしょう」
「本当ですか!」
「ええ、よろしければこれから試してみますか? 魔道具を発注するとしても、その前に効果の確認をする必要がありますから」
魔法士長様の言葉に驚いた。
「え、魔法士長様が試されるのですか?」
そういうのはもっと下の立場の宮廷魔法士の仕事だ。
だが、魔法士長様が笑みを深めた。
「はい、この魔法にとても興味があるので、ローズ君さえ良ければ私に試させていただけますか?」
「もちろんです。魔法士長様に試していただけるのであれば、私も安心してお任せすることが出来ます」
そういうわけで、魔法士長様に試してもらうことになった。
ただ、一人ではこの魔法は試せない。
それと紙のままでは使用出来ない。
魔法士長様が用意してくれた掌ほどの大きさの、二つの木のブロックに魔法式をそれぞれ描き、元の紙は部屋に置いていくことにした。
木のブロックを持って魔法士長様と共に階下へ向かった。
廊下にいくつも並んでいる扉の一つを魔法士長様が叩き、扉を開けた。
中には数名の宮廷魔法士がいた。
「これから新しい魔法を試すのですが、手の空いている者は手伝っていただけませんか?」
魔法士長様の言葉に魔法士達は顔を見合わせた。
そうして、その中の一人が立ち上がった。
「私で良ければ、お手伝いいたします」
肩口で切り揃えられた灰色の髪に、細身の眼鏡をかけた魔法士の男性が机の上の書類を手早く纏めて片付けるとこちらへ歩いてくる。見たところ二十歳くらいで、わたしとさほど歳は離れていなさそうだ。
目が合うと目礼をしてくれたので同様に返す。
「ありがとう。では、試験場で行おうか」
魔法士長様が歩き出すと、男性が手で先にどうぞと示してくれたので、お礼の会釈をしつつ魔法士長様の後を追う。
わたしの後ろを魔法士の男性がついて来た。
三人で階段を下り、外へ出る。
試験場は広くて、宮廷魔法士達が新たな魔法を試したり、魔法の訓練をしたりするための場所だ。
魔法士長様が立ち止まり、振り返った。
「まずは自己紹介が必要ですね」
魔法士長様はわたしと魔法士の男性を見た。
「こちらはリュカ=ノワイエ君、確か、主に精神干渉系の魔法について研究していましたね?」
「はい、リュカ=ノワイエです。よろしくお願いします」
男性、ノワイエ様が右手を胸に手を当てて礼を執る。
「そしてこちらはルシール=ローズ君、彼女はまだ見習いで主に魔道具の点検などを行っていますが、魔法を作ることもあります。専門分野は特にないそうです」
「ルシール=ローズと申します。よろしくお願いいたします」
わたしも礼を執って挨拶をする。
ちなみに、宮廷魔法士の間で爵位を名乗ることはしない。
宮廷魔法士は完全な実力主義で、爵位によって立場が変化したり考慮されたりすることはなく、有能なら平民でも上へ行ける。
そのため、宮廷魔法士なのに実家の爵位を名乗るというのは『実力がないから家柄で威張っている』という風に受け取られる。……らしい。
だから貴族であっても宮廷魔法士同士は爵位を名乗らない。
「今回の魔法はローズ君が開発したものです」
魔法士長様とノワイエ様の視線がわたしへ向く。
わたしは持ってきていた木のブロックを二人へ見せた。
「これに書かれているのは、遠く離れた人と会話が出来る魔道具用の魔法式で、名前は『通話魔法』といいます」
それから、それぞれの魔法式について説明した。
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