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仕事依頼(1)

* * * * *







 ルフェーヴルが転移魔法で移動したのは街の屋根の上だった。


 下からは死角になって、見えない位置である。


 王都の街中に転移魔法で出る時には、大抵、ここを使っている。


 空間魔法からローブを取り出し、羽織り、フードを被る。


 スキルを使用中なので人の目にはつかないが。


 屋根を蹴って、別の家の屋根へ飛び移る。


 闇ギルドの建物まで屋根伝いに移動し、建物最上階の屋根に到着すると、窓に上からぶら下がった。


 窓ガラスを数回指先で叩く。


 薄暗い中で動く影があった。


 ランク第三位の女傭兵ゾイだ。


 スキルを使用しているのでゾイにルフェーヴルの姿は見えていないが、窓を叩いたことで気付いたようだ。


 闇魔法で内側から鍵は開けられるが、そうするとゾイがかなり怒るので、あまりやらない。


 窓の鍵を開けてもらえたのでルフェーヴルは自分で窓を開けつつ、スキルを切って中へと入り込んだ。




「転移すると怒るから窓から来たよぉ」




 ゾイが素早く窓を閉め、鍵をかけ直す。




「下から入れ」


「ええ〜、面倒くさぁい」


「最近、お前の姿が見えないせいで死んだのではという噂が出始めている。さっさと復帰して噂を消せ。……いちいち真偽について訊かれて鬱陶しい」




 普段は無口なゾイだが、今日は随分と饒舌だ。




「オレ死んだってコトになってるの〜?」


「一年も仕事を請け負わなければそうなるだろう。ギルド長が否定しても、信じない者はいる」




 ふぅん、とルフェーヴルは返事をする。


 ……馬鹿なヤツもいるんだねぇ。


 もし本当にルフェーヴルが死んでいたとしたら、ギルドランクが一つ繰り上がるはずだ。


 そのようなくだらない噂をしているのはランキングに入ったことのない、実力のない者達であるのは確かだろう。




「まぁ、でも、それも今日で終わりだよぉ」




 ゾイがルフェーヴルを見る。




「復帰する気になったか?」


「うん、そろそろ体動かさないと鈍っちゃうからねぇ」




 ゾイが黙ってギルド長の部屋に続く扉を顎で示す。


 さっさと入って復帰宣言をしてこい、ということだ。


 その様子からして、ゾイが言ったように、噂の真偽をいちいち確かめに来る者が多くて面倒だったのだろう。


 ルフェーヴルはひら、と手を振り、扉へ向かう。


 爪先で扉を数回軽く蹴る。


 中からややあって「どうぞ」と声がした。


 扉を開ければ、相変わらず書類の山まみれのギルド長、アサド=ヴァルグセインが座っていた。




「扉を蹴らないでください」




 呆れた様子で言われたが、アサドはルフェーヴルの姿を見ると背筋を伸ばした。




「もしかして、復帰する気になりましたか?」


「うん、復帰するよぉ」




 フードを下ろしながら返事をするルフェーヴルに、アサドの表情が明るくなる。




「そうですか。いえ、そろそろ一年経つので来るだろうとは思っていましたが。……髪も切ったのですね」




 どこか懐かしそうな表情を見せるアサドに、今日は似たような反応をよくされるなぁ、とルフェーヴルは思った。


 リュシエンヌと共にいるようになって、特にここ数年は長髪で過ごしていたので、短髪にした今は頭が妙に軽く感じる。




「仕事では邪魔だからね〜」


「あなたが奥方と出会う前の頃を思い出しますね。まぁ、さほど変わったわけではありませんが」


「え〜、オレ、あの頃よりも大人になったでしょぉ?」




 肩を竦めたアサドは否定も肯定もしなかった。


 それを少し不満に思いながらも、ルフェーヴルはソファーの背もたれに寄りかかるように座った。




「まぁ、それはともかく、今日からオレも復帰するからぁ、とりあえず急ぎかそこそこ実入りの良さそうなヤツから寄越してくれる〜?」




 ここ一年ほどルフェーヴルは仕事から離れていたため、貯蓄していた金を使って暮らしていた。


 まだ余裕はあるものの、金はいくらあっても困らない。


 小さな仕事を複数掛け持つより、大きな仕事をこなしていたほうが実入りも効率も良い。


 ルフェーヴルの問いにアサドが頷いた。




「それなのですが、大きな仕事が一件あります。ただ内容が少々問題なので確認していただきたいのです。一応依頼書は受け取ったものの、さすがに我々も『受ける』とは言えませんでした」




 アサドが机の、鍵のかかった引き出しから、書類を取り出して差し出した。


 それを闇魔法の影で掴んでルフェーヴルは引き寄せる。


 数枚の書類に目を通した。




「……なるほどねぇ」




 その依頼内容は『ファイエット王国、国王の暗殺』だった。


 つまり、ベルナール=ロア・ファイエットを殺してくれ、という仕事内容である。


 金額は結構な額だが、闇ギルドが、アサドが受けたがらないのは単純な話、国を相手にしたくないのだろう。


 依頼書が届いてしまった以上は書類は受け取るが、それを受けて、暗殺者を紹介するかどうか悩んでいて、多分アサドの考えとしては紹介してもギルドを危険に晒すだけだと考えている。




「正直、この依頼を受けても我々に利益はありません」




 国王の暗殺依頼で見ると金額もそれほど魅力はないし、一国を敵に回す利点もなく、ベルナールを殺せば闇ギルドがその犯人として潰されるのは目に見えている。


 しかも暗殺対象であるベルナールは、闇ギルドランク一位のルフェーヴルと深い繋がりもある。




「コレ、オレに見せちゃっていいのぉ? オレがこの暗殺依頼を密告するかもしれないでしょぉ?」




 アサドが苦笑する。


 それでルフェーヴルは全てを察した。




「あ〜、そういうことかぁ」




 闇ギルドが情報を漏らすわけにはいかない。


 しかし、個人のルフェーヴル自身が漏らしたとしても、それはルフェーヴルの責任問題であり、闇ギルドの関知するところではないのだ。


 分かりやすく言うと、闇ギルドのほうから情報を漏らせないのでルフェーヴル経由で国王にこの情報を流してくれ、という話である。


 同時に闇ギルドが現王家を敵に回すつもりはないという意思表示でもあった。




「この依頼、ちょ〜っと考えさせてくれる〜?」


「ええ、もちろん構いませんよ。大きな仕事ですから、受けるか断るか、それはあなたに委ねます」




 もう一度読み直して内容を頭に叩き込む。




「じゃ、ちょ〜っと出てくるよぉ。すぐ戻るけどねぇ」




 ソファーの背もたれから立ち上がり、書類をアサドへ返すとルフェーヴルは転移魔法の詠唱を行う。


 そうして、ルフェーヴルはまた、ベルナールの政務室の隣にある休憩室へ移動したのだった。


 隣室の音を聞けば、覚えのある声が二つする。


 どちらもよく似た声だ。


 魔力探知でも、知っている魔力を二つ感じる。


 ルフェーヴルはスキルを切って、隣室へと続く扉を開けた。




義父上ちちうえ〜、アンタの暗殺依頼きてるけど、どうする〜?」




 扉を開けた先にはベルナールとアリスティードがいた。


 よく似た二つの顔が同じように眉根を寄せる。




「依頼主は?」




 ベルナールの問いにルフェーヴルは近付き、アリスティードの横を抜けて、机の空いている場所へ腰掛けた。


 数時間前に復帰を宣言しに来たルフェーヴルが、今度は国王の暗殺依頼について報告をしに来た。


 アリスティードは頭が痛いという風にこめかみを押さえている。


 当のベルナールは眉根を寄せたものの、驚いた様子はなく、むしろよくあることの一つとでも言いたげだった。


 事実、ベルナールが国王となってから、旧王家派の貴族や他国が放った刺客に狙われ続けており、今更暗殺依頼など珍しいものではない。


 それは次代の王となるアリスティードも同じだが。




「モーリス=ブリュイエール元侯爵、旧王家派貴族で、クーデターの時に隣のヴェデバルド王国に逃げてるねぇ」




 その言葉にベルナールが反応した。




「ブリュイエールか……」


「知ってる家〜?」


「旧王家の国王に側妃が一人いただろう。あの側妃の実家だ。付け加えるなら、旧ヴェリエ王国の情報をヴェデバルド王国に売って金を得ていた」




 それにルフェーヴルは、なるほど、と思う。




「娘を見捨てて他国に逃げたんだぁ?」


「そういうことだ。ヴェデバルドとは昔からあまり国家間の仲が良くない。もしブリュイエールを引き渡せと言っても色々と理由をつけて断られるだろう」




 旧王家の第二王子、つまりリュシエンヌの腹違いの兄の産みの親でもあった側妃だが、旧ヴェリエ王家や国機密情報を他国に漏らしていた。


 それが家ぐるみだったと分かれば納得がいく。


 クーデターの際に異変に気付いたモーリス=ブリュイエールは側妃の娘を即座に見捨て、持てる限りの財産を持って他国へ逃げた。


 しばらくの間は様々な国を巡っていたが、情報を売っていたヴェデバルドに落ち着いたのだろう。


 ……今更、義父上ちちうえを殺してどうするんだかねぇ。


 ベルナールがいなくなってもアリスティードがいる。


 ここでベルナールだけを暗殺しても意味はなさそうなのだが。


 ベルナールと目が合い、ルフェーヴルは小首を傾げる。




「どうする? 義父上ちちうえ


「私からお前に個人依頼を出す。報酬は相手の三倍、最優先で処理するなら今すぐに前金で半分渡そう。必要なら、闇ギルドに依頼をかける」




 ルフェーヴルはそれが愉快でニッと笑う。


 ……この世界のこういうところが面白いんだよねぇ。




「最優先で受けてあげるよぉ」




 ギルドは通しておいて、と言えばベルナールは頷いた。


 それから机の上にあったメモ用の紙に何かを書き、アリスティードへそれを渡す。




「これを外にいる私の侍従に渡してくれ」




 アリスティードがそれを受け取り、部屋を出る。




「それにしても馬鹿なヤツだよねぇ。ギルドランク一位の暗殺者を指名したんだろうけどぉ、オレが王家と繋がってるかもとは思ってもみなかったんだねぇ」




 暗殺依頼を出した暗殺者に逆に殺されるなんて滑稽だ。


 復帰して一番最初に受けるには、とても愉快で、実入りも良くて、そして箔がつく仕事である。


 国王から依頼された実績を持つ暗殺者というのは、それだけで仕事が増えるし、依頼料も高くなる。依頼料が高くなればルフェーヴルの手に入る金も増える。




「他国の王族の情報を得る余力はなかったようだな。それにお前も自分の情報については制限しているだろう?」


「まぁね〜。リュシーがオレの奥さんってことを知った馬鹿が、リュシーを狙ってくるかもしれないからさぁ、その分、口止め料としてそこそこ払ってるけどねぇ」




 しかし、向こうも予想外だろう。


 まさか依頼をかけた暗殺者が暗殺対象の娘の夫だなんて、考えもしないはずだ。




「でもさぁ、クーデターが起こったばっかだったなら分かるけどぉ、何で今更、義父上ちちうえそうなんて考えたんだろうねぇ?」


「どうせヴェデバルトも一枚噛んでいるのだろう」


「そうなのぉ?」




 傾げていた首をルフェーヴルは戻した。




「私がクーデターを起こした時にヴェデバルドは丁度、飢饉に陥っていたが、もし何事もなければこの国に侵攻するつもりだったようだ。恐らく今でもこの国の領土を狙っている。今回の件でも、密かにブリュイエールに何らかの支援をしている可能性が高い」




 クーデターから十三年が経った。


 その間、周辺国を彷徨い、ヴェデバルドに落ち着いた元貴族がいつまでも有り金だけで生きていけるはずがない。


 しかも暗殺者に高額の報酬を渡せるとなると、どこかで、誰かと繋がって支援を受けていると考えるのが自然だ。




「ついでに探ってこようかぁ?」


「いや、とりあえず今はいい」


「りょ〜かぁい」




 扉が叩かれ、アリスティードが戻ってくる。


 その手には袋が握られていた。


 アリスティードから袋を渡される。


 それをルフェーヴルは空間魔法へ放り込んだ。




「じゃあ、オレはギルドに戻るねぇ」




 机から立ち上がり、ルフェーヴルは詠唱を行う。




「終わったら報告は忘れるな」




 ベルナールの言葉にルフェーヴルは手を振って応えた。


 そして景色が一変し、目の前の人物がアサドに変わった。


 ガチャ、と扉が開いてゾイが顔を覗かせる。


 何も言わなかったが、ルフェーヴルの姿を確認すると、少し苛立ったように扉がバタンと閉められた。


 それにアサドが苦笑を漏らす。




「いかがでしたか?」




 アサドの質問にルフェーヴルは笑った。




「三倍出すからしてこいって〜」


「やはりそうなりましたか」


「さすがに義父上ちちうえを殺したらリュシーが泣いちゃうからねぇ」




 それにアサドが目を瞬かせた。




「……ちちうえ、とは?」


義父上ちちうえ義父上ちちうえだよぉ。リュシーの父親で、結婚して、一応オレの義理の父なんだからぁ、別におかしくないでしょぉ?」




 そう答えたルフェーヴルにアサドが微妙な顔をする。


 ルフェーヴルがそのように誰かを呼ぶというのが想像出来なかったのだろうし、ルフェーヴル自身も、最初はからかい半分だった。


 しかし国王と義理とは言え家族になっておけば、いざという時に役立つこともあるかもしれない。




「あ、依頼はギルドを通してするってさぁ。コレ、前金で半分もらったから、そっちの取り分抜いていいよぉ」




 空間魔法から先ほど受け取った袋を出し、机へ放る。


 かなり重い音がしたものの、アサドは手をつけなかった。




「いえ、今回は全てあなたが受け取ってください。復帰祝いというわけではありませんが、最初の依頼くらいは全額もらったほうがあなたもやる気が出るでしょう」




 それにルフェーヴルは思わず目を細めた。




「あは、懐かしい〜」




 初めて暗殺の依頼を受けた時も、アサドは同じことを言って、ルフェーヴルに依頼料を全額くれた。


 あの頃は失敗することもあってあまり金銭的な余裕がなく、最初にきちんと金をもらっていなければ、生活はかなり苦しかっただろう。


 袋を手に取り、空間魔法へ放り込む。




「でも、そうだねぇ、確かにやる気は出てるよぉ」


「そのやる気が今後も続くことを願っています」




 アサドの言葉にルフェーヴルは頷いた。


 それから転移魔法の詠唱を行う。




「依頼の受領手続きよろしくねぇ」




 アサドはまた、苦笑していた。


 ルフェーヴルは今日何度目かになる微かな浮遊感を身に受けながら、転移した。


 場所は、我が家の居間である。


 暖炉の近くの揺り椅子に座っていたリュシエンヌが気付いて立ち上がり、ルフェーヴルへ駆け寄ってくる。




「お帰り、ルル」


「ただいま、リュシー」




 ……さぁて、リュシーにどう説明しようかなぁ。


 そんなことを思いながら、ルフェーヴルは愛しい妻の額に口付けたのだった。








* * * * *

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― 新着の感想 ―
[一言] 何とも、複雑な状況です。 そして、やり返す義父上様。 結構、凄みのあるシーンなのに、ルフェーヴルがいると、呑気な感じになりますね。 暗殺には、暗殺を。って、恐いと思いつつ。 本日の見守り…
[良い点] ルフェーヴルが屋敷に帰ってきたら、リュシアン目が気付いて、駆け寄っていく。いいですね~。とっても素敵だと思います。 [一言] 今では、ルフェーヴルが、ベルナールのことを義父上と呼ぶのが当た…
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