最後のお茶会
王女として参加する最後のお茶会。
それをわたしはお義姉様のお茶会に決めた。
お義姉様はわたしのためにと、数人だけの小さなお茶会を開いてくれたのだ。
ルルとリニアさんを連れてクリューガー公爵邸へ向かう。
邸に着くとすぐに中へ通される。
そうして庭園の一角にある東屋に案内された。
「リュシエンヌ様、ようこそお越しくださいました」
お義姉様だけでなく、ミランダ様やハーシア様も既におり、三人が立ち上がってわたしを出迎えた。
「ご機嫌よう、お義姉様、ハーシア様、ミランダ様」
この四人で時折お茶会はしていたが、やはり、最後にもう一度ゆっくり話したいと思っていたので嬉しい。
勧められて席へ着く。
当たり前のように、わたしの座った席の横にはルル用の椅子があり、そこへルルが腰掛けた。
「お式の準備で忙しい中、来ていただけて嬉しいわ」
お義姉様が本当に嬉しそうに笑う。
「準備と言ってもわたしのやることはもう殆どありませんので、実は結構時間があるんです」
「まあ、それなら良かったですわ」
ルルがお菓子や軽食を取り皿に分けて、一口ずつ食べて確かめている。
こういうことも、もうすぐなくなるだろう。
「わたくし達の中でリュシエンヌ様が一番最初に結婚されるのですわね」
「ハーシア様の方が早いと思っておりました」
お義姉様とミランダ様の言葉にハーシア様が微笑んだ。
「リシャール様と話しておりまして、来年か再来年頃にはと思っておりますの」
それにミランダ様が少し驚いた。
「まあ、ではエカチェリーナ様とアリスティード殿下のご結婚の前後に?」
「ええ、そうすれば上手くいけばエカチェリーナ様とアリスティード殿下のお子様の乳母になれるかもしれないでしょう?」
「あら」
お義姉様が目を瞬かせた。
そして困ったような、照れたような顔をする。
「まだ気が早いですわ」
二人はまだ結婚もしていないのに。
しかしハーシア様は「いいえ」と首を振る。
「乳母は結婚し、子を成した女性でなければ務められませんもの。先に結婚しておきませんと」
どうやらハーシア様はリシャール先生と話し合って、結婚後、子を成してからお義姉様が懐妊した時に乳母となることを決めたようだ。
ミランダ様は女性騎士で近衛を目指し、ハーシア様は乳母を目指す。
そうなればお義姉様の周りは気心の知れた者達で固められるし、信頼の置ける者が傍にいれば安心出来る。
「わたくしは人に恵まれて幸せ者ですわね」
お義姉様が微笑んだ。
「わたしも安心しました。お義姉様のお傍にハーシア様とミランダ様がいらっしゃるのであれば、何も不安はありませんね」
そこで三人がわたしを見やった。
「リュシエンヌ様はお式の後は宮を出てしまわれるのでしょう? 寂しくなりますわ」
ハーシア様の言葉にお義姉様とミランダ様が頷いた。
それにわたしは苦笑を浮かべた。
「そうですね、皆様とお会い出来なくなるのは少し寂しいし、残念です」
「社交界からも退かれるということは、王都にも殆ど出て来られないということでしょうか?」
「ええ、王都を出て、どこか目立たない場所で穏やかに過ごそうと考えております」
ルルが取り皿に分けてくれたものを口にする。
横で、ルルは紅茶を飲んでいた。
「皆様の結婚式にも出られるかどうか……」
申し訳なく思いながら言えば、三人が首を振った。
「いいえ、リュシエンヌ様のお立場を思えば仕方ありませんわ」
「王族の位も返上されるのでしょう?」
「下手に表に出ない方がよろしいですもの」
お義姉様、ハーシア様、ミランダ様がそう言う。
わたしは旧王家の血筋であり、それはいつだってお兄様の対抗馬として担ぎ上げられる危険性を孕んでいる。
王位継承権を放棄しても油断は出来ない。
「離れてしまいますが、皆様はわたしにとって、大事なお友達です。心から皆様の幸せを願っております」
そう言えば、しんみりとした空気に包まれる。
せっかくのお茶会をいつまでの暗い雰囲気にしたくない。
パチリと手を叩いて場の空気を一掃する。
「そういえば、皆様は結婚式の際にウェディングドレスはどうされますか? わたしはお母様、ファイエット侯爵夫人のドレスをいただきました」
話題を変えたことに三人は気付いて、そして乗ってきてくれた。
「わたくしはお母様のドレスをいただきますわ」
「私もそうです」
「ええ、同じく」
やはり、みんなそうらしい。
この世界では女性のウェディングドレス、特に貴族は、母親のものか、もしくは嫁入りする家のものを受け継ぐことが多い。
平民の場合は貴族達が手放したドレスを借りたり、買ったりして、着ることが多い。
もちろん、平民の中にも代々ドレスを受け継いでいる家はある。
そこはそれぞれの家によりけりだろう。
そこからはウェディングドレスについて語り合った。
みんな、それぞれに着たいドレスというものがあって、好みの違いなどがあって面白かった。
* * * * *
「それで、ドレスのスカート部分にダイヤモンドだけでなく真珠も縫い付けられていて──……」
ウェディングドレスについて話すリュシエンヌはとても楽しそうだった。
それに、隣に座る夫とたまに目を合わせては幸せそうに微笑み合っている。
そんな様子にエカチェリーナは安堵した。
本来であれば王女は結婚後も社交界を引っ張り、纏めていく立場でもあるはずだった。
しかし結婚式の後、リュシエンヌは社交界を退き、王都を離れてしまう。
恐らくルフェーヴル=ニコルソンの性格からして、リュシエンヌは世間から引き離されるだろう。
けれども見る限り、リュシエンヌはそれを苦に思ってはいないようだ。
「まあ、きっと素敵なドレスでしょう。お式で見るのが楽しみですわ」
「そうですわね、リュシエンヌ様のウェディングドレス姿はさぞ美しいでしょう」
ハーシアとミランダは想像しているようだ。
エカチェリーナもリュシエンヌのウェディングドレス姿を想像する。
真っ白なドレスはきっととても似合うだろう。
「オレは見たけどぉ、すごぉく綺麗だったよぉ」
自慢げにルフェーヴルが口を開く。
「まあ、もうご覧になられたの?」
「侍従の特権ってやつだねぇ」
「羨ましい……」
機嫌の良さそうなルフェーヴルにリュシエンヌもニコニコと嬉しそうに微笑んでいる。
エカチェリーナは最初、ルフェーヴル=ニコルソンがリュシエンヌの傍にいることに疑念を感じていた。
その本職を知って、暗殺者が王女の婚約者になるなんてと思ったこともある。
だが、この男ほどリュシエンヌのために動ける者はいない。
兄であるアリスティードですら、リュシエンヌのためだけに動くことは難しい。
その点で言えばルフェーヴル=ニコルソンという人間はどこにも縛られず、それ故に好き勝手に動けるのだ。
リュシエンヌのために動ける。
そしてルフェーヴルは常にリュシエンヌのために行動する。
だからこそ信用出来たのだ。
「リュシエンヌ様、何か困ったことがございましたら、いつでもご連絡くださいね」
エカチェリーナの言葉にリュシエンヌが頷いた。
「ええ、ありがとうございます、お義姉様」
可愛い義妹のためならば何だってしよう。
それにエカチェリーナにとっては、たとえ王族でなくなったとしてもリュシエンヌは仕えるべき主人の一人でもある。
王族から外れても王女であったことは変わらない。
ルフェーヴル=ニコルソンがリュシエンヌに不自由な思いをさせることはないとは思うが、もし気分転換をしたくなったら気軽に会いに来てくれたらと思う。
……わたくしも会いたいもの。
リュシエンヌを独占出来るルフェーヴルが、エカチェリーナは少し羨ましかった。
* * * * *
「ああ、楽しかった……!」
帰りの馬車でも、まだ楽しかったお茶会の余韻が残っている。
お茶会の終わりはあっさりとしたもので、少し名残惜しかったが、その終わり方はありがたかった。
涙ながらに別れを惜しまれたら、きっとわたしも泣いてしまうから。
やはりお互い笑顔でいたいものだ。
それでもルルが抱き締めてくれる。
わたしが寂しさを感じないようにしてくれているのかもしれない。
お兄様はルルのことを時々「優しくない」と言うけれど、結構優しいところはあると思う。
……まあ、わたしに関することはという注釈がつくだろうが。
ルルはわたしに関することは甘い。
自惚れではなく事実だし、わたしもルルに関することはそうなので、ルルの気持ちは分かる。
「良かったねぇ」
ニコニコとルルが笑顔で言う。
だからわたしも頷き返した。
「うん、最後のお茶会はやっぱりお義姉様達とで良かった」
「リュシーがお茶会をしたいって言うならぁ、屋敷でもお茶会したっていいんだよぉ?」
それに首を振る。
「ううん、わたしの居場所が広まるのはあんまり良くないでしょ? それにもしやるとしたら、使用人の人達と小さなパーティーをやりたいな」
ルルが「う〜ん」と首を傾ける。
「参加するかなぁ。闇ギルドで雇ったのばっかだしぃ、そういうのはあんまり好きじゃないと思うよぉ」
「そうなの?」
「それも仕事だって言えば来るだろうけどねぇ」
……うーん……。
仕事の一環だけど、出来ればお互いに交流したくて開くので、無理やりというのは好ましくない。
「どうしたらルルの奥さんとして仲良く出来るかな?」
「仲良く、ねぇ」
ルルの言い方に含みを感じる。
出来るとは思えない。
そう言っているような気がした。
「……難しい?」
ルルはすぐに頷いた。
「闇ギルドで雇うような奴らだからぁ、同僚同士で仲良しになろ〜みたいなのもないだろうしなぁ。仕事に関しては真面目だろうけどぉ、仕事以上の関わりは持ちたがらないのも多いと思うよぉ」
「そっか……」
何となくルルみたいな人達なのかな、そうだったら仲良く出来るかな、と思っていたけど、よくよく考えてみたらルルだって誰とでも仲良くしてるわけではない。
闇ギルド経由で雇うような人達なので、何かしら裏社会で職を持って生きてきた人達のはずだ。
あんまりズカズカ踏み込んでも嫌がられるだけだろう。
ルルの言う通り、職業以上の関係はあまり望まない方がお互いのためかもしれない。
「……まあ、でもぉ、オレの兄弟弟子夫婦は多分、リュシーと仲良くなれるんじゃないかなぁ」
ルルの言葉に目を丸くする。
「前にお屋敷に雇ったって言ってた人?」
「そぉそぉ、昔っから気が弱くてす〜ぐ泣く奴なんだけどねぇ、女だし、リュシーとは案外気が合うかもしれないよぉ」
「ルルの兄弟弟子ってことは、その人も暗殺者なの?」
女性の暗殺者って格好良いイメージがある。
……でもよく泣く気弱な人?
正反対のイメージである。
「うん、そ〜だよぉ。腕はそれなりだし、変装も上手いけどぉ、元の性格が気弱過ぎていっつも依頼主に値切られちゃってる残念な奴〜」
……それはちょっと可哀想な気がする。
命懸けで暗殺してきたのに報酬を値切られるなんて、結構扱いが酷いと思う。
「リュシーと出会うちょっと前に結婚してさぁ」
「……え? えっと、兄弟弟子ってことはルルと歳が近いんだよね?」
「うん、俺より二歳年上〜」
ということは、今三十一歳だろうか。
わたしとルルが出会った当時、ルルが十七歳か十八歳だとして、その人は二十歳ほどで、それよりちょっと前に結婚したってことは……。
「その人、結構早く結婚したんだね」
「そ〜ぉ? 多分今のリュシーよりはいくつか歳上で結婚してたと思うよぉ?」
「……そうだった」
十六歳で結婚可能と法律ではなっているが、その十六歳の誕生日に即座に婚姻を結んだのがわたしである。
そのわたしが人様の結婚に対して「早いね」というのは確かに変な話だ。
「その人に子供はいるの?」
「いないねぇ。多分、出来ないんだと思うよぉ」
「どういうこと?」
「アイツは致してる時に殺るのが得意なんだよぉ。だから妊娠しないように薬をよく飲んでたんだぁ。絶対妊娠しないけどぉ、飲み続けると妊娠出来なくなるっていう薬だったんだよねぇ」
……なるほど。
よほど強い避妊薬なのだろう。
「……わたしも飲んだ方がいい?」
ルルが「ダメ」と即答する。
「あれは凄く強い薬で体に負担がかかるんだぁ。リュシーにそんなの飲ませられないよぉ」
「そんなに良くない薬なの?」
「うん、飲み始めた頃はアイツ、いっつも顔色があんまり良くなくてさぁ、そのまま死んでもおかしくないって顔だったかなぁ」
それはさすがに飲みたくない。
「その人の夫はそれを知ってるの?」
「知ってるよぉ。っていうかぁ、仕事中に出会ったらしいしぃ、体の相性が一番良かったから結婚したって夫の方が言ってたような〜?」
「……」
……体の相性。
自分でも顔が赤くなるのが分かった。
別にわたしだって子供ではないし、そういう知識だって前世のこともあるからきちんと持っているつもりだ。
でもそこまで赤裸々に言われると落ち着かない。
「そ、そうなんだ……」
体の相性が良かったら結婚するって凄い。
「あ、でも『いじめるのが楽しい』って言ってたかもぉ? よく喧嘩してたなぁ」
「……夫婦なんだよね?」
「そうだよぉ。ちなみに夫の方は屋敷の執事になってるからぁ、話す機会はあると思うよぉ」
執事といえばルルに「まだ来ないのか」と催促をしてきたという人物と同一だろうか。
……確か気が強い人だったよね?
「その人は元はどんな職業だったの?」
「あ〜、何だったかなぁ? ん〜、あ、そぉそぉ、他国で流れの傭兵してたらしいよぉ」
気弱な女暗殺者と他国の流れの傭兵。
……絶対、結婚するまでに色々あった。
仕事中に出会ったということなので、平和な状態での出会いでなかったことは確実だろう。
それはそれで気になる夫婦である。
……訊いたら教えてくれるかな?
「そういえば、その二人は何でルルに雇われることになったの?」
わたしの疑問にルルが答えた。
「五年前に夫の方が仕事中に足を怪我してぇ、それを機に両方とも裏社会から退く〜っていうからオレが引き抜いたんだよぉ。片足が多少不自由でも十分強いしぃ、どっちも性格は知ってて、他の奴らよりマシだったからねぇ」
「ルルはその二人を信用してるの?」
キョトンとした後、ルルが小首を傾げた。
「アイツらは職務には忠実だから雇ったんだよぉ。まあ、夫の方はオレの結婚を面白がって、相手がどんな人間なのか知りたくて来たらしいけどねぇ」
……それでよく雇ったなあ。
まあ、でも、ルルが雇ってもいいと判断したなら、わたしに害を成す人間ではないのだろう。
ルルみたいな人間ばかりではないけれど、ルルみたいに一癖も二癖もある人達なのはよく分かった。
そういう人達に仕えられることになる。
……それはそれで面白いのかも?
どうせなら毎日を楽しく過ごしたい。
仕事の一環として、話を聞かせてくださいとお願いしたら教えてくれるだろうか。
自分の知らない世界を知れるかもしれないと思うと、結婚後の楽しみが一つ増えた。
「会って話してみたいな」
「リュシーは大物だねぇ」
ルルはおかしそうに笑っていた。




