結婚準備
学院を卒業した。
これからは結婚式に向けて忙しい。
と言っても、忙しいのは使用人達などだ。
わたし自身は出来ることはほぼ済ませてある。
それに王族の結婚式とあって、お父様やお兄様も動いてくれているため、本当にやることは殆どないのだ。
今日はウェディングドレスが出来上がったということで、卒業式のドレスをお願いしたのと同じデザイナーが訪ねてきた。
準備が出来たとのことで応接室へ向かう。
これが一番楽しみだった。
ルルとリニアさん、メルティさんを連れて行く。
応接室へ到着し、メルティさんが扉を叩き、それからリニアさんと共に二人で扉を開けた。
中ではデザイナーと針子、宮のメイド達が礼を執っている。
「王女殿下にご挨拶申し上げます」
部屋に入る。
「顔を上げてください」
全員が顔を上げる。
わたしは先に席に着き、デザイナーへ椅子へ座るよう手で示せば、わたしの向かい側へ腰掛ける。
ルルがわたしの斜め後ろに、リニアさんとメルティさんは壁際に控える。
「先日の卒業パーティーではドレスをありがとうございました。皆様にもとても好評でした」
デザイナーが嬉しそうに微笑んだ。
「それは何よりでございます。王女殿下がお召しになられたドレスということもあり、ここ数日はあのドレスについて問い合わせが沢山来ております。本日はあのドレスを作製しても良いかご許可もいただきたく、参りました」
……そんなに問い合わせがきたんだ。
王女が着たドレスというだけでもそれなりに付加価値はつくだろうけれど、やはり軽くて重ね穿きをしないというのも大きいだろう。
着心地の良いドレスがあれば着てみたい。
そう思うのは当然だろう。
しかも使う布地が減らせるので、金銭的に余裕のない家でも娘にもっとドレスを着せられるようになる。
「それでしたら是非作ってください。あのドレス通りでなく、更に良いと思ったデザインのものはいくらでも作っていただいて問題ありません」
「ありがとうございます」
それに、そうなれば女性が活動しやすくなる。
きっとそういうのは今後大事になる。
お兄様は革新的な人だから、そのうち、才ある女性をどんどん起用してくれるだろう。
その時に女性の活動がドレスで妨げられてはいけない。
わたしももっと着心地が良くて、軽くて、動きやすい服装の方が良い。
我が儘を言えば前世の服を着られれば一番嬉しい。
でも、この時代にあの服は受け入れられない。
それなら出来る範囲で動きやすいものに変えていくしかないのだ。
これは王女だからこそ出来ることでもある。
王族のわたしが率先してそのようなドレスを着れば、表立って否定する人はいないだろう。
「それでは本題へと移らせていただきます」
デザイナーが手を振ると、針子達が動く。
布が丁寧に持ち上げられてドレスが姿を現わす。
真っ白な布で作られたドレスが窓から差し込む日差しを浴びて、柔らかく光を反射させる。
真っ白な生地のドレスは首元から短い袖まで、腕は二の腕から指先まで、きっちりと隠れ、上から白いレースで覆われている。
上半身はほっそりとして細身に纏められ、腰のところからふんわりとスカートが広がり、背中には長い襞が伸びていた。
スカート部分には元から小さなダイヤモンドが散りばめられていたが、それだけでなく、乳白色の真珠が飾られている。
白いレースのヴェールにも、髪に留める部分に真珠が一連あしらわれていた。
真珠はお父様にいただいたものである。
形自体は流行り廃りのないものだが、ドレスにダイヤモンドや真珠が使われ、キラキラと輝き、白さをより際立たせて見せる。
「こちらが装飾品でございます」
テーブルの上に箱が置かれる。
ルルがサッと箱を開けた。
中には真珠で作られた二連のネックレスに、ブレスレット、髪飾り、そして真っ白なバラのコサージュが納められていた。
全て白一色だ。
「わぁ……!」
思わず声が漏れてしまった。
「近くで見ても?」
「ええ、もちろんでございます」
席を立ってドレスに近寄る。
以前見たドレスも綺麗だったけれど、更に手を入れられたドレスはより美しく感じられた。
うっとりとドレスに見入ってしまう。
真っ白なウェディングドレスは夢だった。
前世でも、ウェディングドレスと言えば白であったし、その綺麗なドレスに子供の頃は非常に憧れを持っていた。
けれど成長するにつれ、それは薄まっていった。
だけど消えたわけではない。
いつか、叶えられたらと思っていた。
それが叶えられる。
しかもファイエット侯爵夫人の、お母様から受け継いだウェディングドレスで愛する人と結婚式を迎えられる。
こんなに嬉しいことはないだろう。
ドレスは新品のように美しい。
……きっとお父様が大事に保管していたんだ。
それを綺麗に修繕して、わたしに合わせて繕い直し、真珠も飾られた。
形も微妙に変えられて今風の形になっている。
「とても綺麗です……」
そっと袖に触れる。
繊細なレースは丁寧に編み上げられていた。
「ね、ルルはどう思う?」
振り返れば、ルルが傍に来る。
ドレスをジッと見た。
「リュシエンヌ様が着ておられるところを見たいと思います。きっと、とても美しいでしょう」
ルルの視線がこちらを見やる。
「最終確認も兼ねて、試着されますか?」
デザイナーの言葉に驚いた。
「良いのですか?」
「ええ、着心地もそうですが、これだけスカートが膨らんでいるドレスは前もって一度着ることで足捌きや動きに問題がないかの確認も必要でしょう」
「是非」と勧められて試着することにした。
仕切りの中に入り、リニアさんやメルティさん、針子達に着替えを手伝ってもらう。
今着ているドレスを脱がせてもらい、ウェディングドレスを着る。
専用のコルセットをつけ、スカートを何枚も重ね、胸元のストマッカーを取り付け、上着を着る。
ずっしりと重たいが、ウェディングドレスの重みだと思えば全く嫌ではない。
髪を整え、頭にヴェールもつけ、靴も履く。
リニアさんに手を引かれて仕切りから出る。
後ろの襞をメルティさんが持ってくれる。
ゆっくりと支えてもらいながら歩く。
顔を上げればルルと目が合った。
「……」
ルルの灰色の瞳が真っ直ぐにわたしを見る。
形の良い唇がグッと引き結ばれた。
そしてルルが真顔になった。
「このまま、連れて行きたい……」
ポツリと呟かれる。
大股にルルが近寄ってくるので、メイド達が慌ててウェディングドレスの裾を退けた。
「綺麗だよ」
目の前で立ち止まったルルがわたしの頬に手を伸ばし、そっと触れる。
まるでガラス細工に触れるような手つきだった。
そのルルの手にわたしも手を重ねる。
「ありがとう。似合ってる?」
「……ええ、とても。本当にこのまま攫って行きたいと思うくらい、美しく、よくお似合いです」
「良かった」
ルルの隣に並ぶのだ。
わたしも綺麗でいたい。
ルルに手で示されて姿見へ目を向ける。
鏡の中には真っ白なドレスを着たわたしがいる。
……本当に式を挙げるんだ。
ルルと。愛する人と結婚式を挙げる。
鏡越しにルルと目が合ったので微笑み返す。
……こんなに幸せでいいのだろうか。
* * * * *
結婚式用のドレスに身を包んだリュシエンヌが仕切りからゆっくりと姿を現した。
真っ白なドレスが光を反射させて輝いている。
ドレスは上半身が体に沿ったもので、成長して女性らしい体型になったリュシエンヌのほっそりとした体を浮き立たせている。
形の良いふくよかな胸元に、細い腰、ふんわりと広がったドレスは重いのか、動きは遅い。
純粋なリュシエンヌに白がよく似合う。
色々なドレスを見てきたが、このドレスが一番、リュシエンヌを美しく見せる。
柔らかな日差しの中に佇む姿は美しく、儚げで、思わず見入ってしまう。
胸になんとも言えない高揚感がこみ上げる。
……オレの奥さんなんだよね……。
「このまま、連れて行きたい……」
ポツリと呟いてしまう。
大股で近寄れば、メイド達が慌ててドレスの裾を退けた。
「綺麗だよ」
リュシエンヌの頬に手を伸ばし、そっと触れる。
触れたら壊れてしまいそうだと思った。
それくらい繊細な存在に見えた。
伸ばした手にリュシエンヌが触れる。
「ありがとう。……似合ってる?」
ちょっと上目遣いで見上げられる。
……ああ、かわいい。
自然と笑みこぼれてしまう。
「……ええ、とても。本当にこのまま攫って行き、閉じ込めてしまいたいと思うくらい、美しく、よくお似合いです」
ウェディングドレス姿のまま閉じ込めたい。
このままの姿を固定出来たらどんなにいいか。
「良かった」
リュシエンヌが無邪気に笑う。
手で姿見を示し、リュシエンヌに寄り添う。
鏡の中には真っ白なドレスを着たリュシエンヌがいる。
自分の姿に満足したのか幸せそうに微笑んだ。
リュシエンヌはルフェーヴルとの結婚を喜んでくれていて、こうして、式にも前向きだ。
式を挙げたら、宮から離れることになる。
新しい屋敷は過ごしやすいだろう。
だが、そこにアリスティード達はいない。
きっとリュシエンヌは寂しく思うだろう。
出来るだけそう思わせないように配慮したいけれど、いない人間に感じる寂しさを完全に消すことは不可能だ。
それでもリュシエンヌは「楽しみ」だと言った。
ルフェーヴルとの暮らしを望んでくれている。
それがルフェーヴルには何より嬉しい。
「本当に、お綺麗ですよ」
部屋の中を少し歩いて動きを確かめているリュシエンヌを眺めながら思う。
……オレの奥さん、世界一じゃない?
他の人間に盗られなくて良かった。
まあ、もしもリュシエンヌが他の人間に心を奪われたとしても、その人間を殺していたが。
リュシエンヌを手放す気はない。
一度手に入れたものを簡単に手放しはしない。
こう見えて、ルフェーヴルは強欲なのだ。
* * * * *
ドレスが届いた夜。
ベッドに寝転がりながら、横を見る。
横にはルルも寝転んでいた。
でも上着も靴も脱がないところはルルらしい。
いつでも戦えるようにしていないと落ち着かないのだろう。
体を横に向ければ、ルルが顔だけこちらに向ける。
「どうかしたぁ?」
ルルの問いに首を振る。
「何でもない」
ベッドの上で動いてルルにくっつく。
ルルの腕にくっつくとルルが小さく笑ってこちらへ体を向けた。
そのままギュッと抱き寄せられる。
わたしも腕を伸ばしてルルを抱き締め返す。
昼間ではドレスなどの問題で完全に体を密着させることは出来ないが、今は夜着だけなのでぴったりとくっつける。
抱き着いたところが少し硬いのももう慣れた。
「リュシーは新しい屋敷に移ったら何して過ごしたい〜?」
ルルの問いに考える。
……うーん、やりたいことかあ。
「まずはのんびりしたいかな? 王女として表に出てから忙しかったし、しばらくはルルとゆっくりしたい」
「そっかぁ、オレもそうだよぉ」
「じゃあお屋敷に移ったら一緒にダラダラして過ごそう? お昼まで寝て、朝食と一緒の昼食を食べて、くっついて暖炉の前でゴロゴロしたい」
「いいねぇ」
ルルがふふふと笑う。
いつもよりずっと遅くまで寝て、遅めの食事をゆっくり食べて、暖炉の前に絨毯やクッションを置いてそこで一緒にダラダラごろごろするのだ。
式後はルルは侍従ではなくなる。
そしてルルこそが屋敷の主人となる。
そうなればルルはもう忙しくする必要はない。
「そうなったらルルの話を聞きたいな」
「オレの〜?」
「うん、ルルがわたしと会う前はどんな風に過ごしていたのかなとか、どんな風に仕事をしてたのかなって気になるの」
ルルが僅かに苦笑した。
「面白い話じゃないよぉ?」
暗殺者という職業を考えればそうだろう。
「いいの、ルルのことが知りたいから。ルルが話したくないなら聞かないけど、もし話してもいいって思ってくれるなら聞きたい」
ルルは少し考えるように小首を傾げた。
そうして首を元に戻す。
「話してもいいよぉ」
その言葉にちょっと驚いた。
「本当?」
「うん、別に隠してるわけじゃないしねぇ」
「そうなんだ。でも闇ギルドでは自分の情報、勝手に売らないようにしてるよね?」
確か、ルルが許可を出さない限りは売らないとか。
「あれは単純にオレの戦い方とか職業とか、そういうのを隠すためだよぉ。知られると色々やり難いこともあるからさぁ」
「なるほど」
ルルって謎めいたところが多いから、てっきり自分のことは知られないようにしているのかと思っていた。
「屋敷に移ったら話してあげるねぇ」
「うん、約束」
小指を差し出すと不思議そうな顔をされた。
「大事な約束する時には小指を絡めてするの」
「前世のだけどね」と続ける。
ルルは「そうなんだぁ」というと、差し出した小指に自分の小指を絡めた。
寝る時も手袋はつけたままだ。
「約束ね」
「うん、約束〜」
これでお屋敷に行く楽しみが増えた。
……ルルのこと、もっともっと知りたいな。
ルルの腕の中で目を閉じる。
式まではもうあと数日である。