卒業パーティー(1)
休みはあっという間に過ぎ。
卒業パーティーの当日になった。
パーティーは午後から行われるため、学院へ向かうのも、昼食後である。
しかしこの日は朝から身支度で大忙しだった。
卒業という祝い日のために、侍女達に朝からせっせと磨かれた。
普段から侍女達はわたしの髪や肌の手入れを非常に丁寧にしてくれているのだけれど、今日は特に念入りに肌を磨かれ、香油を擦り込まれ、髪も同じく、髪用の香油を何度かに分けて馴染ませると執拗なほどブラッシングされた。
おかげでわたしの肌も髪もツヤツヤだ。
早めの昼食は果物とサンドウィッチで軽めに済ます。
それから少し休憩を挟む。
そうしてドレスに着替える。
コルセットの代わりに両脇を紐で絞ってもらったり、上着を着せてもらったり、襟をつけたり。
数人がかりでドレスを着せられる。
「リュシエンヌ様、こちらにお座りください」
言われて歩き出し、驚いた。
……このドレスとっても軽い。
今まで着ていたドレスよりもかなり重量が減り、まるでドレスではないかのような気さえする。
このドレスはスカートを重ねて穿く従来のものと違い、外から見える部分にのみフリルやレースがついているだけだ。
……前世で言うと重ね着風ドレスってところかな?
傍目には今までのドレスと同様に見える。
ただし、実際にはスカート部分は必要な部分にフリルやレースなどが取り付けられているだけ。
なので、重ね着に比べれば断然軽い。
何でもスカートの白い生地の下に同色のスカートがもう一枚重なっており、それが硬質な糸で編み上げられており、逆さまにしたチューリップのような柔らかな膨らみを生み出してくれているらしい。
デザイナーが熱弁してくれたけれど、専門用語が多過ぎて、全てを理解することは出来なかった。
手袋をつけ、靴を履く。
「さあ、では髪を結い上げさせていただきますね」
長い髪をまた丁寧に梳かれる。
下の髪はそのままに、上部の髪を二つに分け、三つ編みを作り、それを側頭部の上の方で左右にクルクルと丸めてピンで留める。
そこに布を当て、リボンで結び、またピンを挿す。
リボンを整えれば頭の上にお団子が二つ。
こめかみの部分の髪が細い三つ編みにされる。
「次はお化粧をいたします」
「目を閉じてくださいね」と言われて目を閉じる。
目を閉じている間にリニアさんが手早くお化粧を施してくれているのが分かった。
しばらくして「もうよろしいですよ」と声をかけられる。
目を開ければ、いつもより少し濃い化粧がされており、普段よりも更にハッキリと顔立ちが整って見える。
「いかがでしょう?」
「凄くいいと思う」
目尻に朱が差してあって、肌の白さを強調させてくれている。それにいつもより大人っぽく感じる。
ルルの顔が物凄く整ってるから、横に立つわたしも化粧できっちり決めないとぼやけてしまう。
最後に立ち上がって姿見の前で確認する。
可愛いけど、普段よりも大人っぽいわたしが鏡の中から見返してくる。
……いつもの五割増しくらい良く見える。
それはさすがに盛り過ぎかな、と考えているとメイドがルルの来訪を告げる。
通すように言えば、すぐにルルが現れた。
ルルはシンプルな装いだけど、長い髪を後頭部で複雑に編み込んでいた。
しかもわたしの髪に結んであるリボンを一緒に編み込んであって、凄くオシャレだ。
ルルが数歩手前で立ち止まる。
「……パーティー行くのやめない?」
真剣な顔でルルが言う。
つい、笑ってしまった。
「そのためにこんなに着飾ったのに?」
「だって今日のリュシーって可愛いけど何か色っぽいっていうかぁ。他の奴らには見せたくないなぁ」
「嬉しい」
歩み寄ってきたルルにそっと抱き締められる。
「でも、せっかくだから行こう? わたしは『わたしの旦那様はこんなに素敵な人だよ』って自慢したいな。わたしも、自慢できる奥さんになれてるかな?」
キュッと抱き締める腕に力がこもる。
「なれてるよぉ。リュシーは世界で一番素敵なオレの奥さんだからぁ、心配なんだよねぇ」
「大丈夫、わたしはルルしか見てないよ」
「それは分かってるけどさぁ」
珍しくルルが唇を尖らせている。
そう思ってもらえることはとても嬉しい。
「きちんと学院を卒業しないと。……ね?」
見上げれば、ルルが頷いた。
「そうだねぇ、リュシーは学院を卒業するために飛び級までしたんだもんねぇ」
「うん、ルルの奥さんになるためにも、王女としても、学院は卒業しておきたかったから」
「じゃあちゃんと卒業しないとねぇ」
ルルがゆっくりとわたしを解放する。
そして腕を差し出された。
その腕に、わたしは手を添える。
「それじゃあ行ってくるね」
リニアさん達侍女へ声をかける。
「行ってらっしゃいませ」と綺麗な礼を執り、送り出してもらえた。
部屋を出て、廊下を抜け、階段を降り、宮の正面玄関へ向かう。
玄関には執事などの宮の上級使用人達が並んでいた。
わたしとルルが現れると、全員が礼を執り「行ってらっしゃいませ」と声をかけてくれる。
それに「行ってきます」と返事をして外へ出る。
正面玄関には馬車が止まっていた。
御者が扉を開けてくれて、ルルの手を借りて馬車へ乗り込む。
わたしの後にルルも乗って来た。
わたしとルルを見たお兄様が苦笑する。
「揃いか」
「はい」
「だが初めて見るデザインだな?」
「ええ、今回初めて作っていただきました。異国をイメージした衣装ですが、どうでしょう?」
座ったまま、スカートを少し広げてみせる。
お兄様は「よく似合っている」と笑った。
「ルフェーヴルの衣装も面白いな」
「これ、結構動きやすくていいよぉ」
「そうなのか」
お兄様が興味を示した様子でルルを見た。
そうしてあれこれと衣装に関してルルに訊き、ルルがそれに答えるのを眺める。
こう見えてお兄様は新しいもの好きだ。
ルルのこれまでにない衣装が気になるのだろう。
……お兄様が着ても似合いそう。
想像してみるが違和感がない。
ルルと並んだら世の女性が放っておかなさそうだ。
そんな想像をしている間に学院に到着した。
* * * * *
そうして卒業パーティーの会場に着く。
……ガーデンパーティーだ。
原作では外ではなく、建物の中だった気がする。
不思議に思っているとお兄様に耳打ちされた。
「これまでは卒業パーティーは屋内だったが、せっかくの祝いの日だからな、外で気持ち良くやりたかったんだ」
「ではガーデンパーティーはお兄様の案で?」
「ああ、それに『夢』の卒業パーティーとは違う風にしたかったんだ」
……ああ、そっか。
お兄様も夢という形で知っていたから。
確か、お兄様は原作のお兄様ルートを知っている。
きっとその中で卒業パーティーは毎回、屋内で行われていたのだろう。
もしかしたらお兄様も夢とは違うのだと、もう終わったのだと実感したかったのかもしれない。
「ガーデンパーティーもいいですね」
今日はよく晴れていて雲一つない。
卒業という祝いの日に相応しい天気である。
「だろう?」
お兄様が胸を張った。
そして、二人で同時に笑い合う。
そうしていれば、見慣れた人が近付いて来る。
「アリスティード様、リュシエンヌ様、ご卒業おめでとうございます」
そう言って微笑んだのはお義姉様だった。
「ああ、ありがとう」
「ありがとうございます」
お義姉様は二年生なので来年卒業である。
どこか寂しそうな笑みなのは、お兄様やわたし、ロイド様、ミランダ様と殆どが卒業してしまうからだろう。
恐らく来年の生徒会長はお義姉様だ。
お兄様もそう思ったようでお義姉様へ声をかけた。
「来年の生徒会は頼んだぞ」
「はい、心得ておりますわ」
お兄様が満足そうに口角を引き上げる。
「アリスティード、リュシエンヌ様」
呼ばれて振り向けば、ロイド様とミランダ様がこちらへ歩いて来る。
「二人とも、卒業おめでとう」
「ご卒業おめでとうございます」
ロイド様とミランダ様の言葉にわたし達は頷いた。
「ロイドとミランダ嬢もおめでとう」
「お二人もおめでとうございます」
「何だかあっという間の三年間だったね。リュシエンヌ様にとっては一年だから、もっと短く感じただろうけど」
「そうですね、わたしもあっという間の一年でした」
おどけた口調で肩を竦めるロイド様に頷き返す。
たった一年だけれど有意義な学院生活を送れたと思うし、わたしは悔いはない。
「たった一年ですが、みんなと通えて楽しかったです。良い思い出も沢山出来ました」
全員がそれに頷いてくれた。
わたしがそうであるように、お兄様達にとってもそうであってくれたなら嬉しい。
お義姉様とミランダ様がスススと近付いて来る。
「ところで、リュシエンヌ様の着ていらっしゃるドレスは初めて見るデザインですわね」
「とてもお可愛らしいですわ」
先ほどのお兄様のように、興味津々といった様子でお義姉様とミランダ様がわたしのドレスを見る。
やはり女性は衣装の方にも目がいくのだろう。
わたしは微笑んだ。
「異国風のドレスです。クリューガー公爵領で購入した布でルルと揃いで作っていただきました」
ルルがわたしの言葉に合わせて寄り添って来る。
「まあ、見覚えのある刺繍だと思っておりましたが、やはりそうでしたのね。子爵とお揃いで、まるで対の精霊のようですわ」
熱心に見つめられるので「触ってもいいですよ」と言えば、二人がスカート部分にそっと触れる。
お義姉様もミランダ様もドレスを細かく調べている。
「実はこのドレス、あまりスカートを重ねていないんです。この生地の下に硬い生地があって、それがスカートの膨らみを作ってくれるんですよ。それにスカート部分は生地にフリルを縫い付けてあるのでスカートを重ねて穿く必要がそもそもないんです」
お義姉様とミランダ様が驚いた顔をする。
これまでのドレスは最低でも二、三枚はスカートを重ねる必要があった。
それだけ重ねれば動き難いし、夏場は暑いし、着替えも手間取るしで、スカートの膨らみを作るためだけにしては欠点が多過ぎた。
「あら、それは素晴らしいですわね」
「何枚も重ねると重くて大変ですから、重ねる必要がないドレスというのは革新的ですわ」
「特に夏場のドレスにすれば暑さも軽減されると思います」
「それは重要なことですわ……!」
三人で顔を付き合わせて話をする。
ここはどうなっているのか、着心地はどうなのか。
スカートの膨らみは、重ね穿きに比べるとやや少ないが、それでも十分な膨らみは出来ている。
お義姉様とミランダ様の熱心さからして、今後、この形のドレスが流行る可能性がありそうだ。
せめて夏場だけでも軽量化ドレスになって欲しい。
中にはドレスのせいで暑くて倒れてしまう令嬢もおり、ドレスに関してはもう少し簡素というか、単純な作りにしてはどうかと考えていたのだ。
……むしろマーメイドドレスぐらい、ストレートでも良いと思うのだ。
スカートを膨らませるために重ね穿きしたり、あれこれと付けたり、そんなことはしなくても良くなればいいのに。
わたし達がドレスについて話している間、お兄様とロイド様は苦笑しつつ、他の生徒達に話しかけられて談笑していた。
わたし達の周りにも女子生徒達が集まり、ドレスについて更に話が盛り上がっていく。
スカートを重ね穿きしないと聞くと、数人の女子生徒は難色を示したものの、ある程度の人には受け入れてもらえたようだった。
……まあ、スカートを重ねないと心もとなく感じるからなんだろうなあ。
その気持ちも分からなくはない。
わたし自身、このスカートを重ねないドレスは軽過ぎて、最初は少し落ち着かなかった。
でも慣れてしまえばどうということはない。
普段よりも軽くて動きやすくて素晴らしい。
そうやって話をしていると小さな舞台の上に学院長が上がるのが見えた。
魔法を使用しているようで、小さな咳払いがよく聞こえてくる。
「三年生の皆さん、本日は卒業おめでとうございます。皆さんはこの学院で三年もの間、共に学び、魔法を高め合い、成績を競い合ってきたことでしょう──……」
静かな中に学院長の言葉が響いていく。
それを聞きながら、この一年間を思い出した。
飛び級で編入した最初。
新歓パーティー。
お兄様に勝った前期試験。
初めて旅行をした夏期休暇。
お兄様達が凄かった対抗祭。
……オーリと黒髪の彼女と決着のついた豊穣祭。
オーリは新しい場所での生活は大丈夫だろうか。
そろそろ落ち着いた頃だろうし、手紙を出してもいいかもしれない。
中期試験ではお兄様がまた一位になった。
学院祭ではクラスのみんなと協力して、売り上げも全クラス一であったし、学院祭中もとても楽しかった。
冬期休暇中はお兄様やお父様との思い出作りを沢山した。
それからアルトリア王国から二人の留学生も来た。
第三王女のエルミリア様はすぐに帰されてしまったけれど、第二王子のエルヴィス様はお兄様ととても仲良くなったようだった。
後期試験でもお兄様には勝てなかった。
そしてあっという間に今日になった。
一年は、本当に驚くほど早く過ぎていった。
……入学して良かった。
たった一年だけれど大事な思い出が出来た。
忘れられない、大事な思い出だ。