双子のその後
抗議文と共に第三王女を帰国させた後。
アルトリア王国から使者が訪れ、正式な謝罪文だけでなく、今後十年間、輸出品と輸入品の一部を安くし、税を免除するという条件までついてきた。
国王は責任を取り、王太子に王位を継承するという。
他にもファイエット王国が望むことがあれば、出来うる限り飲むそうだ。
それで謝意を示すということだろう。
使者が謁見した際、当事者だからとわたしとルルも呼ばれたが、話は殆どお父様と使者の間で交わされた。
しかし謝罪の時にはきちんとわたしとルルにも頭を下げてくれたし、わたしはそれで十分だった。
ルルは始終同じ笑みを浮かべていた。
……多分、許してないんだろうなあ。
でもこれ以上関わりたくないのもあるのだろう。
怒っているけれど、もしかしたらそれよりも面倒臭いと思っているのかもしれない。
わたしは別に怒っていない。
今回のことだって子供がちょっと我が儘を言った、くらいの感覚である。
だって、まるで小学生の意地悪みたいな感じじゃないか。
「〇〇君があなたのこと、こう言ってたよ」
と、然も親切心から教えてくれたかのように、余計な情報を言ってくる。
それも実際にはそのようなことを相手は言っていないのに勝手に深読みしたり、嘘を伝えたりして、その人達の仲を悪くさせる。
そうして仲違いをさせた人物は実は両方、もしくは片方と仲良くなるためにそのように言った。
……まあ、子供に限らないけれど。
そうやって自分の都合良く、人の仲を壊そうとする人間はいる。
第三王女もそうだったが、残念ながらわたしには通用しなかった。
そもそもルルは他者の悪口はほぼ言わない。
不満に感じたらその場で言うし。嫌いな相手のことになると話題を振らない限りは口の端にも上げないからだ。
ともかく、レベルで言えば本当に小学生くらいのくだらない意地悪なので怒るほどでもない。
ただその後どうなったのかは気になった。
「エルミリア様はその後、どう過ごされておりますか?」
そう問いかけると使者が答えてくれた。
第三王女は父王から叱責を受けた。
だが、これまで甘やかしてしまっていた父王の態度も悪かったということで、再教育中なのだとか。
初めて父親に叱られた第三王女は、泣いて不貞腐れて部屋に閉じこもったらしい。
そこで誰も王女に構わないことにした。
最初は叱られたり口うるさく言われなくて安堵した第三王女であったが、双子の兄も国におらず、いくらベルを鳴らしても侍女は来ない。
今まで甘やかされて育った王女は当然ながら一人では何も出来ず、我が儘を言おうにも相手がいない。
このまま本当に見放されるのではという恐怖を第三王女は覚え、すぐに反省して父王の下まで来て謝ったという。
その際に王妃である母だけでなく、姉や兄の前で「今後は我が儘な振る舞いを改めて、きちんと再教育を受ける」と誓いを立てたようだ。
「たった二日ほどのことでしたが、これまで大勢に傅かれて育ったエルミリア王女にとって、孤独に過ごすというのは耐え難いことだったようです」
しかも双子の兄にも冷たく突き放されて。
誰からも構ってもらえない。
誰も自分を見てくれない。
王女として注目を集めてきた第三王女からしたら、それは何よりも恐ろしく、自分では何も出来ないことを思い知らされて愕然としたらしい。
「今後は王族籍から抜き、母方の公爵家を名乗らせ、常識や礼儀だけでなく、勉学や魔法も一から学ばせ直すとのことでございます」
「それではエルミリア様は婚期を逃されてしまうのではありませんか?」
わたしの言葉に使者が僅かに驚いた表情を見せた。
「国としては王女を侮辱されたために行動しましたが、わたし個人は彼女の行いを気にしておりません。今回のことでエルミリア様の人生が暗いものとなるのは望むところではないのです」
「……失礼いたしました」
使者が頭を下げる。
「エルミリア様は以前よりロズベルグ王国の王弟殿下より求婚されておりました。このままアルトリアに残っては甘えが抜けないだろうこと、そしてエルミリア様の再教育期間も待っていただけるとのことで、再教育後はロズベルグ王国へ嫁ぐこととなるでしょう」
ロズベルグ王国はアルトリア王国の更に西、山脈を越えた向こうにある国だ。
ファイエット王国とはほぼ関わりのない国なので、今回の件は影響しないだろう。
険しい山脈とアルトリア王国が間にあり、互いに攻めたとしても労力のわりに利益は少ない。
それ故に暗黙の了解の如く、互いに戦争はしないことになっている。
何より戦争になれば間に挟まれるアルトリア王国が最も被害を受けるので、何かあってもアルトリア王国が仲裁しようとするだろう。
「ロズベルグ王国の王弟殿下はエルミリア様を愛していらっしゃると?」
「はい。そして結婚を機に王弟殿下は王位継承権を放棄されるとのことですので、王族籍から抜けたとしてもエルミリア王女は公爵令嬢という身分上、嫁いだとしても問題はなく、継承権争いや重責を担うことはございません」
「そうなのですね」
こう言ってはなんだが、これまで散々甘やかされてきた第三王女が再教育を受けたとして、その甘えを全て捨てられるとは思えない。
だが、政略結婚ではなく、愛されての結婚となれば嫁ぎ先でもそれなりに可愛がられ、愛されて過ごせるだろう。
恋した相手と結婚出来ないのはつらい。
でも全く愛されない生活はもっとつらい。
そう考えれば、求められて嫁ぐことが出来るだけ良いのかもしれない。
「エルミリア様の未来が幸福であることを願っております」
甘やかされて育った王女。
本人の意思もあるが、周囲の環境も要因だろう。
環境が変わって彼女も変われるかもしれない。
もう二度と会うことはないけれど。
* * * * *
その後、アルトリア王国第三王女エルミリア=エラ・アルトリアは王族より除籍され、エルミリア=ハーフグリーブ公爵令嬢となる。
再教育を受け、修道院にて二年ほど暮らした後、ロズベルグ王国王弟ハインツ=ディオ・ロズベルグの元へ嫁いだという。
王弟ハインツは結婚を機に、王位継承権を放棄し、長年求婚し続けたエルミリア公爵令嬢を生涯愛し続けた。
エルミリア公爵令嬢は当初は王弟ハインツへ愛情を持ってはいなかったようだが、共に暮らすうちに、段々と夫を愛するようになったそうだ。
七歳年の離れた夫婦は非常に仲が良く、双子の女児に恵まれ、その子供達はロズベルグ王国の高位貴族の下へと望まれて嫁いだ。
王弟ハインツは妻の少し我が儘なところも愛しており、七歳年下のエルミリア公爵令嬢もそんな夫を愛し、生涯静かに穏やかに過ごしたそうだ。
晩年、エルミリア公爵令嬢はよくこう言っていた。
「ファイエット王国のリュシエンヌ王女殿下には、大変失礼なことをしてしまったわ。きちんと会って謝罪出来なくて、本当に申し訳なく思っているの」
ファイエット王国とロズベルグ王国の間には、険しい山脈とアルトリア王国がある。
決して往き来の出来ない距離ではないが、険しい山脈を越えるのは非常に難しい。
夏場でも雪の残る山だ。
気軽に往き来出来る道のりではない。
しかも王弟ハインツとエルミリア公爵令嬢は隣国との国交も担っていたため、そう簡単に国を離れることも出来なかった。
エルミリア公爵令嬢はそれだけが心残りだと、亡くなるその時まで口にしていたという。
エルミリア公爵令嬢がファイエット王国のリュシエンヌ王女にどのような無礼を働いてしまったのか。
それを本人が話すことはなかったそうだ。
ただ王族より除籍された事実とアルトリア王国とファイエット王国との関係の差異を見るに、よほどのことを起こしたのだろう。
当時のアルトリア国王が王太子に王位を明け渡したのも、エルミリア公爵令嬢が問題を起こした故だった。
両国の友好関係に傷がつかなかったのは幸いだ。
そしてエルミリア公爵令嬢の双子の兄エルヴィス=エル・アルトリア第二王子もまた自国とファイエット王国との国交を担う立場に就いた。
エルヴィス王子は学院時代、二週間という短い期間だがファイエット王国へ留学した。
その際、エルヴィス王子はファイエット王国の王太子アリスティード=ロア・ファイエットと交友を深めたそうだ。
エルヴィス王子の留学中、彼の応対をしたのが王太子アリスティードだったという。
二週間の留学後、エルヴィス王子は帰国し、自国アルトリアの学院を学年首席で卒業する。
そして婚約者であった公爵令嬢と結婚し、外交の道を歩むこととなる。
エルヴィス王子と王太子アリスティード。
二人の交友関係は、王太子アリスティードが国王として戴冠後も続くことになる。
一説によると二人は性格が似ていたと言われている。
よほど仲が良かったのか、公私共にこの二人は手紙のやり取りを頻繁に交わし、それらは後の世まで残っていた。
その殆どが法に関することや互いの国の外交、税など、堅い話ばかりであったが、手紙の様子から察するに二人はそういった話題を好んでいたようだ。
時折、他愛のない話もしたが、手紙の大半はそういった内容であった。
そしてどちらも相手から送られてくる手紙を大事に残しておく性格だった。
後世で、二人のやり取りした手紙が歴史的遺物の一つとして公開されるのは未来の話である。
エルヴィス王子は晩年まで外交官を続けた。
その間、アルトリア王国とファイエット王国の仲は非常に良かったそうだ。
エルヴィス王子もよくファイエット王国を訪れ、二人は生涯、良き友人として、良き隣人として付き合っていったという。
* * * * *