二人の留学生(1)
二週間ほどの冬期休暇が明けた。
今日から後期が始まる。
三月半ばに後期試験があり、末に卒業となる。
今が一月上旬なのであと三ヶ月の学院生活だ。
二週間の冬期休暇は非常に楽しかった。
お兄様と温室でピクニックもしたし、お父様の執務室へ遊びにも行ったし、三人でお茶会もして、沢山お喋りもした。
冬期休暇中は毎日わたしがお兄様の宮へ行った。
冬期休暇中は宿題もなく、楽しく過ごせた。
「そういえば二週間ほどアルトリア王国から留学生が来ることになっているらしい」
アルトリア王国とはこの国の西に位置する国だ。
「留学生、ですか?」
朝の馬車の中でお兄様に言われて問い返す。
留学生なんて話は初めて聞いた。
「ああ、近隣の友好国にも学院や学園があってな、この時期ならば大きな行事もないから二週間ほど留学生を受け入れたり、送ったりしているんだ」
「それは知りませんでした」
でも交換留学生というのは面白い。
他国の生徒が来ることで良い刺激にもなるし、他国の生徒と交流することで異文化にも触れられる。
行く生徒も良い勉強になることだろう。
「だが今回は二人来るらしい」
お兄様が考えるように俯いた。
「普段は一人なんですか?」
「ああ、まあ、別にそういう決まりはないんだが、基本的には一人ということが多いな。今回も最初は一人だったんだが、二人に変更になった」
「そうなんですね」
そう言うお兄様は思案顔だ。
その表情はどこか不安そうである。
「何か心配事でも?」
お兄様がそういう表情をするのは珍しい。
「ん? いや、心配事というほどではない。今回留学に来るのはアルトリア王国の第二王子と第三王女で双子の王族らしいんだが……」
「だが?」
「第二王子はあまり目立ったことは聞いたことがない。しかし双子の妹の第三王女はかなり我が儘だと有名なんだ」
「なるほど」
その我が儘な第三王女も留学生というわけだ。
お兄様が気にしているのは、その第三王女で、こちらに留学に来て、我が儘放題に振る舞うのではないかと思っているのだろう。
「ですが、自国ならともかく、他国に出るのですからそこまで自分勝手な振る舞いはなさらないのでは?」
「そうだと良いんだがな。聞いた話によると現アルトリア国王陛下が第三王女を非常に可愛がって、甘やかしているのもあって我が儘放題の王女には十八歳になっても婚約者すらいまだにいないという」
「それは……」
王女という身分でありながら婚約者がいない。
王族は、それだけで本来ならば価値があり、どの貴族も王家の血を入れるために普段ならば率先して婚約者候補に自家の子息を立てる。
しかしそれがないということはよほどなのだろう。
王家の血を入れるよりも、王家と縁を結ぶよりも、王女を自家に入れる方が不利益が多いと考えられているということだ。
「恐らくだが、今回の留学も最初は第二王子だけのはずだったのを、第三王女が我が儘を言って無理やり自分を捩じ込んできたんだろう」
だから今年は二人、ということか。
「二人も王族が来る以上、対応するのも王族でなければならない。すまないがリュシエンヌには第三王女を任せることになってしまうだろう」
同性の王族はわたししかいない。
お義姉様はお兄様の婚約者であり、公爵家のご令嬢なので、お義姉様でも問題はないだろうけれど、王女という存在がいるのだから当然これはわたしの役目である。
「大丈夫です」
むしろお兄様が対応したら、お兄様の方が苛立って不愉快な思いをするだろう。
「まあ、第三王女は下級クラスに、第二王子は上級クラスに入るそうだから、休み時間や放課後くらいの付き合いになると思う」
……あ、下級クラスなんだ?
王女でそれはなかなかに問題なのでは?
「もし我が儘を言われても従わなくていいからな」
お兄様に念押しするように言われる。
「はい、分かりました」
……ここはアルトリア王国ではないからね。
我が儘が何でも通用する場所ではない。
もちろん、わたしも我が儘を聞く気はない。
……でも何か起こりそうな予感がする。
そのあまり良くない予感に内心で息を吐く。
こういう時の予感というのは当たるものなのだ。
* * * * *
講堂に集まり、学院長の話を聞く。
いつも通り学期が変わると行われる集会だ。
だが今日はちょっと違う。
「今期はアルトリア王国から留学生が二人来ました。期間は二週間と短いですが、皆さんも留学生の二人にも、有意義な時間を過ごしていただきたいと思います」
そうして学院長が留学生二人を紹介する。
舞台袖から中央に出てきたのは二人。
一人はお兄様と同じくらいの身長で、短い銀髪の青年と少年の中間ほどの人物だった。
一人は華奢で背が低く、ゆるく巻かれた長い銀髪の人形のように可愛らしい人物だった。
「初めまして、アルトリア王国第二王子エルヴィス=エル・アルトリアです。二週間よろしくお願いします」
第二王子は挨拶をして礼を執る。
「初めまして、アルトリア王国第三王女エルミリア=エラ・アルトリアですわ。どうぞよろしくお願いいたします」
第三王女も挨拶をして礼を執る。
第二王子は淡々とした風で、物静かな印象だ。
逆に第三王女は明るくて無邪気な印象を受ける。
……うーん、双子って聞いていたけど正反対ね。
ただ子供っぽいだけの王女ならば問題ない。
こちらが大人の対応で上手く躱せば良いのだ。
ただ、遠目にもご機嫌な様子が見て取れる第三王女に一抹の不安を覚えた。
* * * * *
教室に戻り、それぞれの席に着く。
中期試験ではお兄様が一位に返り咲いたので、わたしは前期と同じく、お兄様の後ろの席になった。
ちなみに留学生のために用意された席はお兄様の隣で、その分、この二週間の間はそれ以降の人は席を一つずつズラして使用する。
先生が教室へ入ってきた。
「おはようございます。皆さん、冬期休暇は楽しく過ごせましたか? こうして何事もなく全員と顔を合わせられて良かったです。過去には無理な魔法の練習をして怪我で休む生徒もいましたからね。休日も勉学に励むのは良いですが、無謀と努力は違います。皆さんはそれを分かってくれていて先生も嬉しいです」
先生がわざとらしく肩を竦めれば、クラスメイト達がクスリと笑った。
確かに休暇中に勉強や魔法を更に学んでおこうという生徒もいるだろう。
だが、先生の言う通り、自分がまだ操りきれないのに魔法を行使しようとするといった行動はただの無謀である。
「さあ、話はそれくらいにして、新しい仲間を紹介したいと思います。先ほど学院長先生よりご説明があった留学生の方です」
先生が「どうぞ」と声をかければ教室の扉が開く。
短い銀髪に精悍な顔立ち、スラリと背が高く、無表情だが、美しい青い瞳はお兄様に負けずとも劣らない。
「改めて初めまして、エルヴィス=エル・アルトリアです」
低めの声は非常に男性的だ。
女子生徒の何人かがぼうっと見惚れている。
確かに格好良いけれど、わたしからしてみれば、ルルの方がずっと格好良いし綺麗だ。
「エルヴィス様はそちらの席を使ってください」
「はい、分かりました」
そうしてお兄様の隣の席に着く。
「私はアリスティード=ロア・ファイエット。この国の王太子だ。アリスティードでいい。二週間よろしくな」
「僕もエルヴィスでいい。よろしく、アリスティード」
目の前で二人が小声で話す。
やはり同性同士すぐに仲良くなれそうだ。
そして朝の会が終わると、お兄様が振り返った。
「エルヴィス、妹のリュシエンヌだ」
お兄様の紹介に座ったまま礼を執る。
「初めまして、リュシエンヌ=ラ・ファイエットと申します。よろしくお願いいたします」
「エルヴィス=エル・アルトリアです」
向こうも礼を執ってくれた。
「リュシエンヌは飛び級制度を利用していて、十六歳なんだ。私達の二つ年下だな」
「飛び級を? 僕の国の学院にも同じ制度がありますが、非常に難しいと聞いています。それを利用するなんて凄いですね」
無表情が僅かに驚きに染まる。
声も感心した様子で、無感情な人ではないらしい。
わたしは微笑んだ。
「ありがとうございます。でも、わたしの場合は学院へ通える期間が一年という制約があったので、飛び級制度を利用したのです」
十五歳で入学して十六歳で結婚する。
そしてルルのところに嫁ぐために。
王女が学院を中退するわけにはいかないし、かと言って入学しないわけにもいかず、飛び級制度を利用するしかなかっただけだ。
第二王子が小首を傾げる。
「制約、ですか?」
それからハッと何かに気付いた顔をする。
「そういえばファイエット王国の王女殿下がご婚姻したと……」
「はい、それがわたしです」
青い瞳が丸くなる。
それから慌てた様子で言葉が紡がれた。
「申し訳ありません。遅ればせながら、ご婚姻おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「リュシエンヌは婚姻だけ先に結んで、卒業後に式を挙げる予定なんだ。まあ、自国内の貴族と友好国の大使達を呼ぶくらいの小規模のものだが」
……お兄様、全然それは小規模ではありません。
しかし王族の結婚式ならば、他国の王族や高位貴族を招くことが多いので、そういう点では確かに規模は小さい。
「しかし学生結婚とは早いですね……」
第二王子の言葉にわたしは微笑み返す。
「早く結婚したかったので」
「リュシエンヌもその夫も相思相愛でな。昔からお互いに結婚すると言って憚らなかったくらいだ」
お兄様が苦笑しつつ「ちなみに夫はあそこにいる」と手で示したので、第二王子が振り向いた。
出入り口からこちらを見ていたルルがニコリと微笑んだけれど、若干圧のある笑みなのは気のせいだろうか。
目が合ったので手を振る。
ルルが目尻を下げて手を振り返した。
「なるほど、かなり魔力を感じる。強そうな人だ」
顔を戻した第二王子が言う。
「ああ、強いぞ。私も勝てた試しがない」
「そうなのか。……彼の名前を聞いても?」
「ルフェーヴル=ニコルソン子爵だ」
「覚えておこう」
そんな話をしているうちに一時間目の授業の教師がやって来たので、それぞれの席へ戻る。
その後も休み時間に話す機会があったけれど、第二王子は真面目で、物静かで、淡々とした人だった。
やや生真面目な部分もあって、同じく生真面目なお兄様とは馬が合ったようだ。
そのうちロイド様もやってきて、男性三人であれこれと喋ったりしていたので、ロイド様とも仲良くなれたらしい。
昼休みになったため、わたし達は第二王子と共に教室を出た。
この二週間はカフェテリアで昼食を摂る予定だ。
でもその前に、もう一人の留学生を迎えに下級クラスへ向かった。
「ミリー」
第二王子が教室の出入り口から呼べば、ミリーと呼ばれた第三王女が振り返った。
「ヴィー、迎えに来てくれたの?」
明るく澄んだ声が響く。
トコトコと近づいてくる様子は愛らしいけれど、十八歳という年齢にしては随分と幼い仕草だ。
そして後ろにいるわたし達に、第二王子と同じ美しい青い瞳が目を瞬かせた。
不思議そうな顔をする。
「あら、こちらの方々はだぁれ?」
こてんと小首を傾げられる。
「この国の王太子殿下と王女殿下だ、ミリー、ご挨拶を」
第二王子の言葉に第三王女が合点がいったという顔をして礼を執った。
「初めまして、エルミリア=エラ・アルトリアと申します」
「アリスティード=ロア・ファイエットだ」
「リュシエンヌ=ラ・ファイエットと申します」
それぞれに礼を執る。
「僕達が留学中、こちらのお二人が学院やこの国のことについて色々と教えてくださるそうだ」
「まあ、そうなのですね!」
突然がしりと腕を掴まれた。
驚くわたしやお兄様を他所に、第三王女は笑顔で「よろしくお願いね!」と言う。
そしてふとその視線がわたしの後ろで止まった。
目の前で、第三王女の顔が赤く染まる。
「……素敵……」
その言葉にハッとする。
青い瞳の視線を辿れば、そこにはルルがいた。
慌てて第三王女から手を離すと、ルルの腕を取り、引き寄せる。
「こちらはルフェーヴル=ニコルソン子爵で、わたしの夫であり昔から仕えてくれている侍従でもあります」
わたし達は夫婦ですよとニッコリ微笑む。
すると第三王女の赤かった顔が固まった。
「え、お、おっと……?」
「はい、わたし達は既に婚姻して夫婦なんです」
ハッキリと口に出して伝える。
すると青い瞳に見る間に涙が溜まる。
そしてふらりと第三王女の体が揺れた。
「そんな……」
という呟きと共に第三王女が倒れ、彼女が自国から連れてきただろう女性騎士が慌てて倒れかけた体を支える。
どうやら気を失ってしまったらしい。
……え、そんなに衝撃的だったの?
さすがにお兄様も驚いていた。
だが第二王子は慣れた様子で女性騎士に第三王女を休める場所に連れて行くよう指示を出した。
「妹がお騒がせしてしまい申し訳ありません」
「いや、それは構わないが……」
何が何だか訳が分からない。
そんなわたしとお兄様を見て、第二王子が困ったように少しだけ眉を下げる。
「お話しします」
「どこか落ち着ける場所はありますか?」という第二王子の言葉に、とりあえず昼食も摂らなければならないのでカフェテリアへ足を運ぶ。