出し物決め
豊穣祭から二週間が経った。
まず、黒髪の彼女はつい先日処刑された。
国王であるお父様直々の裁判が開かれ、そこでこれまでの行いについて裁かれたという。
しかし、最初から最後まで、人の話を聞くこともなく、ブツブツと意味不明なことを呟いていたそうだ。
裁判記録を読んだけれど、彼女は完全に『自分こそがヒロイン』だと勘違いし続けたままだった。
多分、心を病んでいたのだろう。
そうでなければ、これまでの行動に説明がつかない。
彼女は裁判により処刑が決定し、そして刑は非公開で静かに執り行われた。
お父様とお兄様は見届け人となった。
黒髪の彼女の裁判の後、セリエール男爵家は責任を問われて、オーリの父親である男爵は弟夫妻に男爵位を譲り、夫婦揃って領地に下がったという。
そしてオーリは学院を辞めた。
既に彼女は王都にはいない。
黒髪の彼女の刑が執行された同日、オーリには王家から見舞金という名目で幾ばくかのお金が与えられ、東の修道院へ旅立っていった。
わたしも門まで見送りに行った。
それがオーリとの顔を合わせる最後になると分かっていたから、わたしの自由に使えるお金の中からも少額だが渡しておいた。
落ち着いた頃合いを見て手紙を出そうと思っている。
その二週間の間に、学院では中間試験もあった。
自分では前期試験と同じくらい勉強したし、集中したつもりだったけれど、結果は二位だった。
一位はお兄様で、三位はロイド様、四位はミランダ様。お兄様は一位に返り咲いた。
……彼女のことで何とも思わないわけじゃない。
前世とは言っても同郷の者だったのだ。
色々と思うところはある。
リシャール先生も何も言わないけれど、黒髪の彼女の話は知っているだろう。
だが、わたしもリシャール先生も暗黙の了解のように彼女の話題には触れていない。
わたしについていた監視もなくなった。
お兄様達ももう終わったことだと思っているのか、それともわたしを気遣ってくれているのか、彼女についての報告をして以降は口の端にも上がらなかった。
黒髪の彼女について、他に人から訊かれることもなく、何事もなかったかのように普段通りの日々が過ぎていった。
そうして学院は中期試験を終えて、次の行事である学院祭に向けて、どこか明るく和やかな雰囲気に包まれていた。
「ええ、それではこのクラスの出し物について、何が良いか、案のある人は挙手してください」
先生の言葉にクラスが騒めく。
中期試験の後から学院祭まで、授業はいくつか減り、こうして学院祭への準備を行う時間に当てられるのだ。
クラスメイト達が手を挙げる。
「劇が良いと思います」
「出店もやりたいです」
「みんなで何か作って展示会をするのはどうでしょう?」
「バザーをやったらどうですか?」
先生がクラスメイト達の言ったものを、順番に黒板に書いていく。
……学院祭かあ。
どうせなら、普段は出来ないことをしてみたい。
それに出店みたいな、何かを売るのはなかなかに面白そうだ。
……前世の学校の文化祭ってどんなのがあったっけ?
記憶を辿りながら、ふと思い出す。
そういえば、大体どの学校の文化祭でも喫茶店をやっているクラスが一つはあった。
でもただの喫茶店というのも芸がない。
もっと、何かインパクトがあって、それでいて人の目につくような、興味を引くような……。
「あ」
思わず手を挙げていた。
「あの、喫茶店はどうでしょう?」
「喫茶店?」
お兄様が振り返る。
「はい、簡単な軽食やお菓子を提供するんです」
それにお兄様が首を傾げる。
「それではあまり目立たないんじゃないか? 地味過ぎると集客が見込めないぞ?」
わたしもその言葉に頷き返す。
「だからただの喫茶店ではなく、わたし達生徒がお客様を主人に見立てて使用人になる、使用人喫茶をやるんです」
「使用人喫茶?」
「はい、わたし達が侍女と侍従になって、訪れたお客様を『お嬢様』『お坊っちゃま』と呼んで、給仕をするんです」
「確かに多少は物珍しいが……」
ピンと来ないらしく、お兄様が言葉を濁す。
……うーん、メイド喫茶とか執事喫茶って、この世界ではあんまり需要ないのかな?
「想像してみてください。このクラスには対抗祭と剣武会で優秀な成績を修めた方が大勢います。普段は接する機会のない憧れの人が、たった一時の間でも、自分の使用人となって丁寧に給仕してくれるだけではなく、言葉を交わすことも出来るんです」
それに貴族の子息令嬢って見目の良い人が多い。
美男美女のメイド執事喫茶になる。
このクラスには今言ったように対抗祭と剣武祭で優秀な成績を修めた者が多いし、そうでなかったとしてもお兄様やロイド様、ミランダ様は男性にも女性にも人気が高い。
みんなに憧れている生徒は少なくないと思う。
「それに普段、貴族として使用人に仕えてもらっているわたし達が使用人の仕事をしてみるというのは、わたし達にとっても面白い経験になるのではないでしょうか?」
「なるほど、それは一理あるな」
「喫茶店といっても、たとえば帰りにお土産として出口に商品を並べておけばバザーも出来ますし、教室内の飾りに何かを作って飾っても良いでしょう」
そうすれば他のクラスメイトの希望もある程度叶えられるのではないだろうか。
劇はさすがに難しいが。
その後もクラスメイト達からいくつか提案があり、複数の候補が挙がった。
それを多数決で決めることになった。
顔を伏せて、自分が良いと思った候補の時に手を挙げて投票するという方式だ。
わたしは一応、バザーに一票入れた。
全ての投票を終えて顔を上げる。
「ではこのクラスの出し物は使用人喫茶で決定です」
わっと教室に歓声が広がる。
「私達が使用人って面白そうだよね」
「他にはないから目立ちそうですわ」
「主だった方々には宣伝にも回ってもらえれば、きっとお客さんも増えると思います」
わたしの案を受け入れてもらえて嬉しい。
お兄様が振り返る。
「良かったな、リュシエンヌ」
「はいっ」
実は前世でも、学校の文化祭でメイド執事喫茶をやったことはなかった。
だからやってみたいという気持ちもあった。
「纏め役は発案者のリュシエンヌ様にしていただきましょう」
という先生の言葉でわたしが教壇に立つ。
こういうのは初めてだけれど緊張はない。
こほん、と小さく咳払いをする。
「それでは、改めて使用人喫茶について説明させていただきます」
まず、基本的にはあまり手の込んでいない、簡単な飲み物や軽食、お菓子などを提供するお店であること。
基本的には普通の喫茶店みたいな感じだ。
ただわたし達は女子生徒ならば侍女の、男子生徒ならば侍従の格好をして、主人であるお客様に対応すること。
「お客様のことは女性なら『お嬢様』と、男性なら『坊っちゃま』とお呼びします」
お客様には『憧れのあの人が自分の使用人となって給仕を行ってくれる』という状況も含めて楽しんでいただくのだ。
そしてわたし達も使用人になる、という体験が出来る。
「軽食や菓子は作り置き出来る物を用意します。飲み物は紅茶や果実水、ジュースなどでいいと思います」
空間魔法を習得している生徒はいるだろう。
前日までに軽食やお菓子を作って収納しておけば、空間魔法の内部は時間が進まないので、ほぼ出来立てを提供出来る。
当日は切り分けや盛り付け、飲み物の準備などで済むはずだ。
食器が大量にあるなら、既に盛り付けをして収納しておいても当日の手間は減らせる。
「侍女や侍従の服に関しては、それぞれの家から持ち寄ります。デザインを同じにするなら少し手直しをすることになりますが、あえて違うデザインのまま使用して、その違いを楽しむのも面白いかもしれません」
貴族が多いので、服に関しては持ち寄れる人が持って来れば良い。
「当日までの準備は三つです。教室の飾りを作ること、服を用意すること、提供する飲食物を用意することです。もし必要であればわたしの侍女を呼んで、給仕の仕方についての勉強をするのも良いと思っています」
「質問はありますか?」と問えば、何人かが挙手する。
「物を売りたいのですが、いいですか?」
「構いません。何を売るつもりでしょうか?」
「家の使わない物を持ち寄れたらなと思っております」
「では、持ち運べる程度の大きさのもので、お客様がお茶を楽しまれてお帰りになる際に、お土産コーナーを作って見ていただくのはいかがでしょう?」
「良いと思います」
今度は別の生徒を手で示す。
「料理も裁縫もしたことがないんですけど、大丈夫でしょうか?」
「軽食やお菓子作りに関しては、作る際に料理人に来ていただき、教えてもらいながら作るので初めてでも大丈夫です。もしどうしても不安であれば飾り付けを担当してください」
「分かりました」
今度は女子生徒だ。
「握手などを求められたらどうすればよろしいのでしょうか?」
「基本的に身体接触は禁止です。求められても『恐れ多い』とお断りしてください。入店時の説明で注意事項としてお客様にお伝えしておきましょう。そういった看板も作っておけば問題ないかと」
「そうですわね、お答えくださりありがとうございます」
あとでお店の禁止事項を書き出しておこう。
……それと魔法も構築しないと。
映像を映し出す魔法は既に解析してある。
それを紙に転写出来る魔法を作りたい。
いわゆる、写真を撮る魔法だ。
それが出来れば、ブロマイドや記念撮影が出来て、更にお店の売り上げが上がるだろう。
しかし広めてしまうと画家の仕事を奪ってしまいかねないので、魔法はルルやお兄様、ロイド様といった口の堅い人にお任せしよう。
「他に質問はございますか?」
今のところはないらしい。
「では、次に班分けをします。先ほど話した三つの準備がありますので、それぞれ、自分が入りたい班に手を挙げてください」
そうしてクラスメイトが三つの班に分かれる。
一つは教室内の飾り付けを作る班。
一つは衣装を手直しする班。
一つは軽食などを用意する班。
軽食を用意する班は、日が近付くまで仕事があまりないため、他二つの班の手伝いにも回ってもらう。
ちなみにお兄様やロイド様は飾り付けを作る班で、わたしとミランダ様は軽食を用意する班だ。
ちょっと意外だったのはエディタ様だ。
あのキリリとした外見だが、実は裁縫がとても得意らしい。自分で服も縫えるというのだから驚きである。
当然、衣装の手直し班に回ってもらった。
「今日はどんな雰囲気のお店にするか決めて、必要な材料を書き出したりして、買い出しの準備をします」
そういうことで、お店の雰囲気について話し合った。
殆どの生徒は落ち着いた雰囲気が良いというので、白と緑を基調とした居心地の良いお店となった。
店のインテリアになりそうな白または緑のインテリアを一人一つずつ持ち寄ることも決まった。
その後は、それぞれの班に分かれる。
班の中で話し合って、必要な物を出して、買い出しの時に困らないように準備をしておく。
わたしとミランダ様は軽食班だ。
「具体的には何を用意されますか?」
ミランダ様の問いに考える。
「一応、軽食はサンドウィッチとスコーン、ケーキ、クッキー辺りで考えています。サンドウィッチとケーキは二種類ずつあるといいかなと思います。飲み物は紅茶と果実水、金銭的に余裕があれば、ジュースですね」
「結構多いのですね」
「ええ、お客様も学院の生徒である以上は、あまり地味にすると食べていただけないですから」
お客様の大半は貴族である。
下手にケチると来てもらえない。
「他に何か出したいものはありますか?」
班の子達に訊いてみたけれど、特に要望は出なかったので、それで行くことにする。
それから、サンドウィッチとケーキは何を作るのか決めたり、料理に必要な材料を書き出したり、紅茶やジュースなどの手配について話し合ったりした。
中には当日までに美味しく紅茶を淹れられるように、侍女に習って練習してくると言う子もいた。
他のクラスメイトも自分の家の使用人に色々と訊いてみるということだった。
他にも家から持ち寄れる物は持ち寄る形になった。
たとえば食器なんかは学院にあるものでは足りないため、班のみんなで家にある食器で使っても問題ないものを持ってくる。
他にも銀盆なんかも必要だろう。
ちなみに軽食班はその後、ミランダ様などの当日接客に回りそうな人を除いて二つに分けた。
午前班と午後班に二分したそれを、更に二つに分け、軽食を用意する班と食器を片付ける班を作った。
わたしは裏方である。
「リュシエンヌ様は表に出られないのですか?」
やや残念そうな顔をミランダ様にされた。
「ええ、ルルが許してくれなさそうなので」
廊下を指で示せば、扉からこちらを覗いていたルルが「絶対ダメ」という風に首を振った。
それにミランダ様だけでなく、他の班の子達も納得した表情で頷いた。
「それよりも、当日までにお皿を洗う練習をしておかないといけませんね」
班の子達もハッと顔を見合わせる。
貴族ばかりなので、食器を洗ったことなんてない。
わたしも当然ながらその一人だ。
「お菓子作りはしても、片付けは使用人任せですものね……」
「お皿を割ってしまわないよう、確かに練習は必要そうですね」
……絶対帰ったら練習しよう。
みんなの心が一つになった気がした。
こういう初めての体験も面白い。
……わたしも帰ったら料理長にお願いして、邪魔にならない時間に食器洗いを教えてもらわなくちゃ。
学院祭まであと二週間。
当日が楽しみである。




