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対抗祭(6)

 



 準決勝二戦目。


 お義姉様とロイド様が台の上に立つ。


 二人とも微笑みを浮かべており、特に気負った様子もなく、いつも通りに見える。




「よろしくお願いします」


「よろしくお願いいたします」




 ロイド様とお義姉様が互いに礼を執る。


 そうして準備を整えて、審判の教師がそれを確認すると、試合開始の笛が吹き鳴らされた。


 二人が同時に詠唱をする。


 まずは定石通り結界魔法を展開させた。


 お義姉様のあの雷の鞭が現れ、ロイド様の攻撃魔法が発動すると観客席がどよめいた。


 何とロイド様が発動させたのは同じ光魔法のライトニードルだった。


 ライトニードルも雷魔法の一種だ。


 ここに来て同系統魔法同士の戦いとなった。


 どちらが勝つのか。どちらが強いのか。


 一人は王太子の右腕で。


 一人は王太子の婚約者で。


 観客席が期待と予想で盛り上がる。




「手加減はしないよ」


「ええ、わたくしもですわ」




 そして二人の戦いが始まった。


 お義姉様が鞭を振るい、それをロイド様がいくつかのライトニードルを使って防ぐ。


 時にはライトニードルを剣のように扱いロイド様が攻勢に出て、それをお義姉様が鞭で払う。


 甲高い音と雷同士のぶつかるバチバチという音が闘技場内に連続して響く。


 どちらも譲らぬ攻防だ。


 だがこのままでは勝敗が決しないと思ったのか、ロイド様が詠唱をし始める。


 そこへすかさずお義姉様が鞭を振るった。


 派手な音を立てて鞭が結界魔法に当たるけれど、ロイド様は冷静に魔力制御を行っているようで、結界魔法は全く揺らがない。


 ロイド様が詠唱を終えるとお義姉様の陣地の上空が青白い光に包まれる。


 ロイド様が手を振り下ろせば、頭上から青い柱のような雷がお義姉様の結界魔法へ何本も降り注いだ。


 結界魔法にぶつかると地鳴りに近い音が響く。


 ビリビリと空振が起こり、思わず、その音の大きさに誰もが耳を押さえた。


 しかしそんな中でもお義姉様は悠然と微笑んでいた。


 お義姉様の手が動く。


 すると雷の鞭が太く変化しながらしなり、青白い柱の雷へ鞭が叩きつけられる。


 バチィイインッと音がして青白い柱が途切れ、空中に霧散する。




「なっ……?!」




 ロイド様の驚く声が聞こえた。




「この程度では生温いですわ」




 お義姉様が鞭を振るう度に柱が消える。


 ロイド様が眉を寄せながら詠唱を行った。




「ではこれではどうかな?」




 土の槍に炎と雷を纏わせたものが空中に複数浮かぶ。


 三種の属性魔法を混合したそれは、恐らくかなりの威力があるはずだ。


 けれども、お義姉様の笑みは変わらない。


 炎と雷を纏った土の槍がお義姉様の結界魔法へ容赦なく突き刺さっていく。


 だが遠目にも槍の方が結界魔法に力負けしているのが見える。




「エカチェリーナ様も去年よりお強くなりましたね」




 ミランダ様が感心した風に「皆様、この一年でとても鍛えられたのですね……」と呟いている。


 ……うーん、どうだろうなあ。


 チラとルルを見上げれば頷かれる。


 もしかして、お義姉様も祝福の範囲内だったり?


 ……ありえそう。


 お義姉様はお兄様の婚約者だ。


 いずれ結婚すればわたしとは義理の姉妹になるし、家族とも言える。


 それにわたしはお義姉様のことをもうお義姉様と呼んでいるので、既に家族と判断されている可能性もあった。


 ……絶対、あとで、訊こう。


 お兄様とお義姉様に。


 眼下で繰り広げられる光魔法同士の戦いは熾烈を極めている。


 ……凄く眩しい……。


 雷の鞭で応戦するお義姉様に、あの手この手で光魔法を駆使するロイド様。


 どちらも魔力量、魔力制御ともに素晴らしいものだろう。


 でも、ロイド様の方が押されている。


 どの光魔法を使ってもお義姉様の鞭に弾かれる。


 雷なので当然ながら高温の鞭は、ロイド様の結界魔法に当たるとジュウ……と音を立てている。




「強くなったね」




 ロイド様が悔しげに言う。


 それにお義姉様が笑みを深めた。




「アリスティード様との戦いはわたくしがいただきますわ」




「ごめんなさいね」と言い、お義姉様が詠唱をする。


 すると銀色に輝く鞭が更に青白く発光し、バチバチと雷が飽和したように時折鞭から微かに飛び散る。


 ロイド様も詠唱し、非常に分厚い土属性のウォールで自分の陣地を覆う。


 お義姉様が鞭を振るった。


 鞭がウォールへ触れた瞬間、巨大な雷が落ちた。


 正確には鞭の雷がウォールに触れて電気が流れたのだろうが、ウォールは鞭に触れた部分が焦げて抉れたのだった。


 ロイド様が即座にそこを修繕する。


 構わずお義姉様は次の鞭を振るう。


 しかし鞭の方が早く、修繕が間に合わない。


 次第にボロボロになっていくウォールにロイド様が悔しそうに顔を顰めた。


 そしてふっと笑った。




「あなたのような方が殿下のお傍にいてくださるなら、私も安心だ」




 そうして最後の一撃でウォールは砕け散った。


 その鞭が結界魔法に巻きつき、高温の雷の鞭によって結界魔法までもが砕かれてしまう。


 あとはもう、蹂躙されるだけであった。


 試合終了の笛が鳴る。




「腕を上げましたね、エカチェリーナ様」


「ええ、去年のわたくしとは違いますのよ」


「私も更に鍛錬を積まないとね」




 そしてお義姉様とロイド様の試合は、お義姉様の勝利で幕を閉じた。


 つまり、決勝戦はお兄様とお義姉様の戦いとなる。


 身を乗り出して試合を見ていたミランダ様が席に座り直すと、小さく息を吐いた。




「はあ……、こちらも凄い戦いでしたわ」




 感心した様子でミランダ様が言う。




「そうですね、光魔法同士の戦いなんて滅多に見ることはなさそうなのでドキドキしました」


「ええ、本当に」




 二人で頷き合う。


 これから少しの休憩を挟んで決勝戦となる。


 きっとお兄様もお義姉様もあまり美味しくないという魔力回復薬を飲んでいることだろう。


 あと一試合で対抗祭は終わる。


 素晴らしい戦いを見た後だからか、休憩時間中も観客席は騒めきであふれていた。








* * * * *








 一時間ほどの休憩の後。


 対抗祭最後の決勝戦が始まった。


 お兄様とお義姉様が台の上へ立つ。


 その途端に観客席から両者へ声援が送られる。


 それに二人とも慣れた様子で手を振って応えた。


 互いに手を下ろし、準備を終える。


 審判の教師がそれぞれを確認すると笛を吹いた。


 二人が同時に詠唱を始める。


 ぶわっと風が吹いて二人から何かが発される。


 それは目に見えないが、確かに二人から何かが風と共に闘技場全体に広がっていった。


 瞬間、横にいたルルに力強く抱き締められた。




「ルル、今のな、に……」




 見上げた先のルルは笑っていた。


 ただし、その灰色の瞳の瞳孔が開いている。


 しかも痛いくらいにわたしを抱き寄せて、けれども、その視線は真っ直ぐに闘技場に向いたまま。


 息を詰めたルルはまるで毛を逆立てた猛獣みたいだ。


 押し付けられた胸から、恐らく少し速くなっているだろう心臓の音が聞こえてくる。


 ドクン、ドクンと聞こえるルルの心音にわたしの心臓もつられるように早くなるのが分かる。




「ルル……」




 もう一度呼べば、ハッとルルが見下ろしてくる。




「ああ、申し訳ありません」




 腕の力が緩められる。


 灰色の瞳は普段のものに戻っていた。




「ううん、大丈夫──……」




 バチィイインッと激しい音が響く。


 音の方向へ顔を向ければ、お兄様とお義姉様の攻撃魔法が攻防を繰り返している。


 お兄様が光魔法で生み出した無数の手がお義姉様の的へ向かうが、それをお義姉様の雷の鞭が薙ぎ払う。


 そしてお義姉様の雷の鞭もまた、防御しつつ、お兄様の的を破壊するために鞭が振られる。


 だがお兄様の光魔法の手が鞭を払い弾く。


 二人が攻撃する度に、防御する度に、何か、よく分からないけれど何かが空気を震わせる。


 それは音ではない。空振ではない。


 でも何かが揺れるのを肌が感じる。


 ルルの瞳孔は戻ったけれど、腰に回された腕はしっかりとわたしを引き寄せたまま離さない。


 まるでお兄様とお義姉様を警戒してるようだ。


 何なのだろうか、周囲を見回して遅ればせながらに気付く。


 周りの生徒達もルルと似たような反応を取っている。




「あの、ルル、何があったの?」




 チラと灰色の瞳が一瞬だけわたしを見下ろし、すぐにまた闘技場へ向けられる。




「あのお二人から魔力が放出されています。それもかなり高濃度のものです」


「魔力って、この肌に触る変な空気の揺れ?」




 まるで見えない手で産毛を撫でられるかのような、微量な風が全身を撫でるような、そんな感覚だが。




「リュシエンヌ様にはそのように感じられるのですね……」


「ルルにはどんな風に感じるの?」




 ルルが珍しく一瞬押し黙った。




「……殺気」




 その言葉に驚いた。




「殺気?」


「誰もが魔力を持っているのは知っていますね? それ故に、人は普通、大なり小なり魔力を感知する能力を有しています。そして感情が昂ぶると魔力が放出されます。大抵の人間は負の感情で魔力が漏れるのです」


「負の感情って……」


「ハッキリ申し上げれば誰かを害したいなどの強い感情です」


「それって……」




 慌ててお兄様とお義姉様を見る。


 それは、つまり、今お兄様とお姉様は互いに……。




「いえ、あのお二人が互いを害そうとしているわけではありません」




 ルルの言葉にホッとする。




「ですが魔力放出というのは本来あまりないことです。そして魔力を放出して相手に浴びせると、それは殺気と受け取られることが多いのです」




 ……二人の魔力放出にルルもみんなも、殺気だと感じて身構えてるってこと?




「申し訳ありません、職業柄、殺気には反応してしまうのです。恐らく他の生徒達もそうでしょう」


「じゃあこの手は?」


「もしもあのお二人が闘技場を破壊するほどの高威力の魔法を放った時に、リュシエンヌ様をお守りするための準備です」




 腰に回された腕は離れる気配がない。


 そしてルルは話している間、一度もこちらを振り向かず、戦っているお兄様とお義姉様へ目を向けている。


 それだけ二人から魔力が漏れているということだ。


 生徒達も固唾を呑んで闘技場を見ている。


 開始した時の歓声が嘘のように静まり返っていた。




「エカチェリーナ、こんなものか?」




 光魔法で無数の手を操っていたお兄様が言う。


 それにお義姉様も答えた。




「いいえ、まさか」




 お義姉様が雷の鞭を振り上げて自身へ引き寄せる。


 すると戻ってきた鞭の形が変化する。


 それは弓へと変貌を遂げた。


 お義姉様は銀色に輝く巨大な弓を構えた。


 その矢も当然ながら雷で出来ており、それを見たお兄様も両腕を持ち上げた。


 その動きに合わせて無数の手が空気へ溶けて還るも、残った光がお義姉様と同様に巨大な弓が出現する。


 そしてほぼ同時に雷と光の矢が放たれる。


 人が放つ矢と違い、魔法の矢はいくらでも連射が行えるため、数え切れないほどの二つの矢がぶつかり合う。


 よく見ると僅かにお義姉様が押されている。


 お義姉様が詠唱を行い、結界魔法で的を守る。




「アリスティード様、本気でいかせていただきますわ」




 お義姉様が更に詠唱をする。


 お兄様が楽しそうに笑う。




「来い」




 二人の矢の攻防がやむ。


 代わりにお義姉様の手から雷が空へと打ち上がる。


 闘技場の上空全体が青白い光に包まれた。


 そして天上から雷が振り下ろされる。


 落ちる、などという生易しい言葉では表現出来ないほどの光の柱がお兄様の陣地へ真っ直ぐに向かう。


 だが、それが唐突に真っ二つに割れ、的のない地面へ落ちた雷が凄まじい音を轟かせながら地面を深く抉り取った。


 光の柱が消えると、そこには空中に一振りの大剣が浮かんでいた。


 刃から持ち手まで全てが漆黒の剣。


 しかし微かに太陽の光をキラキラと細かく反射させている。


 お義姉様が驚いた声を上げた。




「そんな、闇属性……?!」




 そしてそれは観客席にいた生徒達からも上がった。


 わたしも驚いた。


 何故なら、先ほどまでお兄様は光属性を自在に操っていた。


 それはお兄様が光属性の親和性が高い証明だ。


 逆を言えば闇属性との親和性は低くなるはずなのに、闇で剣を形成し、それによってお義姉様の発動させた高威力の光魔法を真っ二つに断ち切ったのだ。


 親和性の低い属性も魔法でも多少は扱える。


 しかし、親和性が低いと剣を形作り、高威力の魔法に耐え得ることは不可能だ。


 お兄様は光属性に高い親和性を持ちながら、闇属性にもまた、高い親和性を持っているということとなる。


 そのような事例が全くないわけではない。


 けれども非常に珍しい。


 相反する属性への高い親和性。




「今度はこちらから行くぞ」




 お兄様が「構えろ」と続ける。


 それに我へ返ったお義姉様がまた雷の鞭を生み出す。


 ここまでで、かなりの魔力を消費しただろう。


 遠目にもお義姉様の息が少し上がっているのが分かった。


 お義姉様が構えると、お兄様が片手を上げた。


 それと同時に漆黒の刃物が無数に出現する。


 大剣、長剣、短剣、ナイフ、色々あった。




「切り裂け」




 お兄様が軽い動作で手を下ろす。


 宙に浮いた漆黒の刃達が一斉にお義姉様の陣地へ降り注ぐ。


 それは剣の雨だった。


 お義姉様は雷の鞭で刃を弾くが、あまりにも数が多くて対処し切れず、いくつかの的が破壊される。




「どうして結界魔法を使わないの?」




 これまでは使用していたのに。




「王太子殿下もクリューガー公爵令嬢も、無駄だと分かっていらっしゃるのでしょう。互いの魔法の前では結界魔法などガラス同然だと思います。それならば余計な魔法に魔力を割く必要はない、ということです」




 ルルが闘技場を見下ろしながら教えてくれた。


 ……二人とも高威力の魔法を使えるから、結界魔法を張っても壊されるってこと?


 無尽蔵に生み出される闇の刃にお義姉様が目に見えて劣勢になっていく。



 

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― 新着の感想 ―
[一言] おそらく『しっかりと』と書こうとしていたのだと思いますが、腰に回された腕はしっりとになっていました。
[良い点] 迫力が文から伝わってきてめっちゃ好き [気になる点] お義姉様がお姉様になってる [一言] やっぱり面白い
[一言] この話も書籍化されないかな? 書籍化されたら絶対買う。( ✧∀✧)キラーン めっちゃ面白い。
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