対抗祭(4)
午後、昼食を摂った後。
四回戦が開始されることとなった。
勝者は日に二度戦うことになるが、それは勝ち進んできた者は皆そうである。
戻ってきたロイド様も合わせて四人で席に着く。
「最初の試合はアンリとミランダ嬢だな」
「でもミランダにとっては苦しい戦いになると思う」
「そうだな」
二人の話にわたしもそうだろうなと思う。
公爵家の嫡男と侯爵家の令嬢。
それだけでも恐らくアンリの方が魔力量は上だろうし、原作ではアンリは魔法に詳しかったはずだ。
原作と同じならばミランダ様の方が分が悪い。
魔力量も、魔法の知識も、アンリの方が強い。
アンリもミランダ様の戦いを見てきたはずなので、同じ手が通用するとは思えない。
そうなるとミランダ様の方が劣勢だ。
台の上に二人がそれぞれ上がる。
ミランダ様は堂々としているが、アンリは相変わらず少し気弱そうだ。
でも以前よりかはオドオドした感じはない。
互いに準備が整うと試合開始の笛が鳴る。
二人が同時に詠唱を始めた。
……長い!
まるで示し合わせたように二人の詠唱は長い。
二人の結界魔法が展開する。
そして二人はそのまま詠唱を続けた。
ミランダ様の方が早い。
地面が持ち上がり結界魔法を覆うように土が広がったが、それに気付いたアンリは結界魔法の範囲を広げたり縮めたりとドームの完成を阻む。
ミランダ様もそれに固執していないのかすぐに方向性を変えて、土を棘へ変化させてアンリの結界魔法を襲う。
試合開始までは気弱そうだったアンリも、今は真っ直ぐに立ち、前を見据えている。
多分、試合に集中しているのだろう。
周りの歓声もあまり聞こえていないようだ。
その証拠にミランダ様の攻撃を受けても結界魔法は揺らぎ一つない。
それどころか巨大な氷を生み出したアンリはそれを砕き、ミランダ様の結界魔法へ容赦なく氷の刃を降り注がせる。
「さすがロチエ公爵家のご子息でいらっしゃる」
ミランダ様がそう言い、次の詠唱に移る。
アンリも詠唱を始める。
ミランダ様が手を翳せば炎の塊が闘技場の中央に生まれ、それが次第に別の形を成していく。
そしてそれは獅子の形へ成った。
大きな炎の獅子が咆哮を上げれば空気が揺れる。
「炎の獅子とは凄いな」
お兄様が思わずといった様子で呟く。
それにわたしもロイド様も頷いた。
午前中のフィオラ様のゴーレム同様、炎をあのように何かの姿に変え、それを維持しつつ意のままに動かすには大変な労力が必要だ。
繊細な魔力制御に激しい魔力消費。
これを防がれたらミランダ様に勝ち目はない。
それはミランダ様も、そしてアンリも気付いているのだろう。
アンリがまた氷の塊を生み出し、それを砕くことで、今度は先ほどよりも大きなアイスアローをミランダ様の陣地へ落とす。
炎の獅子が口から吹き出した炎でそれらを溶かし、攻撃を防ぐ。
アンリの攻撃は単純なものばかりだ。
だが注ぎ込む魔力量が桁違いなのか威力が高い。
全ての氷を溶かすと炎の獅子がアンリの結界魔法へ襲いかかる。
爪で、牙で、結界魔法を破壊しようとする。
しかし強固なそれはビクともしない。
ミランダ様が更に詠唱をし、炎の獅子を大きくすると、獅子が結界魔法へ突進する。
甲高い派手な音が響くが壊れる気配がない。
アンリが詠唱を行う。
また頭上へ巨大な氷が出現する。
バキリ、氷が巨大な複数の氷柱となった。
そして間をおかずに獅子へ向かって落ちていく。
獅子が慌てて避けようとしたが、間に合わずに一本が刺さると、それを皮切りに他の氷柱が追撃する。
ジュウジュウと氷が溶ける音がする。
獅子が咆哮を上げて足掻くも逃げられない。
巨大な氷柱に何本も串刺しにされた獅子は大量の氷に負けてぶわっと膨らんだ後に爆発するように消し飛んだ。
一矢報いるつもりの爆発だったのかもしれないが、結界魔法にはヒビ一つ入らなかった。
「……降参いたします」
ミランダ様がそう言った。
試合終了の笛が鳴り響き、勝敗は決した。
炎の獅子でかなり魔力を消耗したのだろう。
ミランダ様はどこか力ない足取りで台を降りていく。
アンリも笛の音でハッと我へ返ったようだった。
そうしてまた気弱そうな雰囲気に戻る。
アンリとミランダ様の戦いはあっという間の出来事だった。
「アンリは普段からああならば良いんだが……」
ああ、普段はどうしてもあの気弱そうな感じだから、お兄様はそれを心配しているのだろう。
魔法で戦っている間のアンリはいつもの俯きがちで気弱そうな様子とは反対に、真っ直ぐに前を向いて凛と佇んでいた。
普段もあのようにしていたら、もっと人気があったと思う。
台を降りたアンリを見れば、エディタ様に迎えられていた。
エディタ様とアンリが何事か話して、アンリが嬉しそうにしているのが見える。
……あの二人も上手く行ってるみたい。
「ですが、焦らずとも大丈夫ではないでしょうか? エディタ様と関わることで良い方向に変わっていけているように思います」
「アンリも自分のことは分かっているだろうし、私達は静観していてもいいんじゃないかな」
わたしとロイド様の視線に気付いてお兄様がアンリを見やる。
エディタ様と楽しげに話してる様子のアンリを見て、お兄様が微かに目元を和らげた。
「それもそうだな。あまり私が干渉し過ぎてもアンリにもエディタ嬢にも良くないか」
そう呟いてお兄様が頷いた。
……多分あの二人は大丈夫。
だってあんなに楽しそうにしているのだ。
そして次の試合になる。
次の試合はお義姉様と勝ち上がった三年生だ。
二人が台に上がれば、お義姉様への声援が湧き起こる。
午前中の試合を見ていればそれも無理はない。
あれは凄い戦いだった。
今回もみんな期待しているのだろう。
二人の準備が整うと試合開始の笛が鳴った。
同時に詠唱をし、まず結界魔法を展開する。
それから続けて詠唱して攻撃魔法を発動させた。
お義姉様はもう一度見せてしまったからか、構わず最初からあの雷の鞭だ。
相手の三年生もそれを予想していたのだろう。
魔法を発動させると闘技場全体が闇に包まれた。
観客席までは届かないけれど、闘技場の中は暗闇に覆われており、中の様子は窺えない。
このままそれが続くのかと思いきや、バチィイィッと電気の弾ける音がして、内側から暗闇が膨らむと吹き飛ばされた。
「わたくし、暗闇は平気ですのよ?」
鞭で暗闇を薙ぎ払い、お義姉様が不敵に微笑む。
三年生が慌てて次の魔法を展開させる。
それよりも先にお義姉様がウォーターカッターを生み出し、三年生の結界魔法へ叩きつける。
だがさすがにここまで勝ち進んだだけあって、お義姉様の巨大なウォーターカッターくらいでは結界魔法は揺るがなかった。
「その程度で私は負けないわ!」
三年生が魔法を発動させると、その陣地に闇の塊が現れる。
どうやらこの三年生は珍しいことに、闇属性との親和性が高いらしい。
その闇の塊から糸のようなものが飛び出し、お義姉様の結界魔法にぐるぐると巻きつき、締め上げていく。
それが強いのかミシミシとお義姉様の結界魔法が軋む音がする。
「まあ、とっても強いのね」
しかしお義姉様は焦る様子がない。
ふふふ、と笑うと鞭を振るった。
闇の糸をバチィン、パシィンと鞭が雷で焼き払っており、お義姉様は微笑みを浮かべたまま、苦もなく糸を全て消し去った。
「さあ、次は何を見せてくださるのかしら?」
三年生が詠唱をする。
「私にだって……!」
そして三年生も闇を鞭のような形に変化させた。
闇属性の鞭と、光属性の鞭。
どちらが勝つかは魔力制御と魔法に使用される魔力量の多さで決まる。
漆黒の鞭と雷の鞭が互いにぶつかり合う。
パシィイインッ、バシィインッ、バチィイインッと激しい音が響く。
どちらも健闘して見えるが、よくよく見ると三年生の闇の鞭はぶつかり合う度に少しずつ鞭を形作る闇が欠けている。
そして何度目かの衝突で闇の鞭は完全に払われてしまった。
「まだやりますか?」
お義姉様の言葉に三年生が肩を落とす。
「いいえ、降参します……」
試合終了の笛が鳴り響いたのだった。
お義姉様は声援に応えて手を振り、三年生は肩を落としたまま台を後にする。
「闇属性の魔法を初めて見ましたが、面白いですね」
お兄様が頷いた。
「そうだな、闇も光も形があってないようなものを扱う魔法だ。なかなか面白いものが見れた」
「まさか対戦相手まで鞭で対抗するとはね。でもあの様子だと思いつきでやったのかな?」
「ああ、それにエカチェリーナほどの魔力はなかったようだ。ぶつかる度に欠けていたのは力負けしていたんだろう」
お兄様とロイド様の言葉になるほどと納得する。
三年生の闇の鞭がお義姉様の雷の鞭に押し負けていたのは、魔力がお義姉様の方が高かったからか。
たとえ魔力制御がきちんと出来ていても、威力の高い魔法の方が当然強い。
今回はお義姉様の勝利である。
これで今日の試合は全て終了だ。
授業もないので後は帰るだけだ。
「お兄様は今日も残っていかれますか?」
対抗祭の最中でも生徒会の仕事はある。
「そうだな」
「ではわたしは休憩室でお待ちしておりますね」
「ああ、分かった」
席を立ち、人の波に合わせて流れるように闘技場を出る。
お義姉様もチラッと見かけたけれど、大勢の生徒に囲まれていたので生徒会室に来るとしても時間がかかりそうだった。
ルルにエスコートされながら、お兄様とロイド様、お兄様の護衛騎士と学園の敷地を歩き、第二校舎へ向かう。
大半の生徒は本日の対抗祭の日程が終了したので、真っ直ぐ帰宅するようだ。
第二校舎へ来ると人気は全くなかった。
校舎に入り、三階へ行き、生徒会室前で分かれる。
お兄様達は生徒会室へ。
わたしとルルは隣室の休憩室へ。
「今日も凄かったね」
ルルが椅子を引いてくれて、そこに腰掛ける。
「リュシー、集中し過ぎて前のめりになってたよねぇ」
クスクスとルルが笑いながら、簡易キッチンで紅茶の準備をしてくれる。
その背中を眺めながら頷いた。
「だって色んな魔法が見られるんだよ? 実技では一種類か二種類の魔法しか毎回やらないし、対抗祭の方が面白い」
「まあ、授業じゃあそんなに高威力も出さないからねぇ。リュシーはどの魔法が一番気になったぁ?」
「やっぱりお義姉様の光属性の鞭かなあ」
ルルが淹れた紅茶にお礼を言って口をつける。
他の魔法も気になるけれど、一番はお義姉様のあの、銀色に輝く雷の鞭である。
遠目には銀か何かで出来ているように見えて、ほんのり青みを帯びたそれは美しく、棘のある茨のような鞭は細身で、お義姉様によく似合っていた。
あれは多分、雷を凝縮した鞭だ。
光属性の雷魔法は基本的に相手へ雷を落とすものだ。
それで何かを形成し、維持するだけでも相当繊細な魔力制御と大量の魔力が必要になる。
誰にでも出来る芸当ではない。
「あれは確かに面白い魔法だったねぇ」
隣に座ったルルも紅茶を口にする。
「雷魔法は基本的に落とすだけだからなぁ」
ルルもわたしと同じことを考えていたようだ。
部屋の扉が叩かれる。
ルルが席を立ち、確認に向かった。
「ご機嫌よう、リュシエンヌ様」
「ご機嫌よう、ミランダ様」
訪れたのはミランダ様だった。
席を勧めればミランダ様が腰掛け、ルルがサッと紅茶を淹れてくれた。
いつもよりどこかミランダ様に元気がない。
「対抗祭、お疲れ様でした。ミランダ様も大健闘されましたね」
ミランダ様はしょんぼりしている。
「ですがロチエ公爵子息に負けてしまいましたわ。さすがという他ありません」
「ミランダ様こそ素晴らしい魔法の数々を披露してくださったではありませんか。特に最後の炎の獅子はとても格好良かったです」
「ええ、炎の獅子はとっても練習いたしましたの。あれをやりたくて夏期休暇中はずっと魔力制御に費やしておりました」
褒められて嬉しいのかミランダ様の表情が明るくなって、声も調子も普段に戻る。
きっとあの炎の獅子はミランダ様にはとても重要な魔法だったのだろう。
夏期休暇を費やして習得したならばそれも分かる。
「ロチエ公爵子息がまさか水属性の氷魔法だけで戦ってくるとは……。私は炎属性ですから少し相性が悪かったのでしょう。……来年参加出来ないのが残念ですわ」
三年生のミランダ様は今年で卒業だ。
もしも来年も参加出来ていれば、更に今年以上に凄い試合になったかもしれない。
……まあ、わたしも見られないけれど。
「今回の試合で私の弱点も分かりましたし、今後はそこを重点的に伸ばしていこうと思います」
「ええ、頑張ってください」
やる気を出すミランダ様にわたしも微笑んだ。
負けを負けと認めて、それを次に繋げられるというのはとても大切なことだと思う。
ミランダ様のこういう真っ直ぐで正直なところは見習うべきだろう。
これで対抗祭は残り準決勝の五回戦と決勝の六回戦だ。恐らく明日で決着が着くだろう。
それから今度は剣武会だ。
剣の腕前を競う試合の方も楽しみである。




