中期の始まり
今日から学院が始まった。
夏期休暇の余韻が残っているのか、どの生徒もどこか明るい表情を浮かべている。
前期と変わらず、わたしはお兄様と一緒に登校した。
朝早くに到着して、第二校舎の三階へ上がるとお兄様と分かれて生徒会室横の休憩室に向かう。
そこで本を読んでいると扉が叩かれた。
ルルが対応し、お義姉様が入ってきた。
「ご機嫌よう、リュシエンヌ様」
数日ぶりの再会だった。
「ご機嫌よう、お義姉様」
「中期もどうぞよろしくお願いいたします」
「こちらこそ」
どうやら挨拶のために寄ってくれたらしい。
「お兄様とはもうお会いになりましたか?」
「ええ、先ほどご挨拶して参りましたわ。そうしたらリュシエンヌ様にも顔を見せて上げて欲しいとおっしゃられて」
お義姉様がクスクスと笑う。
……お兄様ったら。
でもその気遣いが嬉しい。
「お義姉様に会えて嬉しいです」
「わたくしもですわ」
互いににっこりと微笑み合う。
お義姉様は夏期休暇中に溜まった仕事をこなすために、生徒会室へ戻っていった。
そのすぐ後にまた部屋の扉が叩かれる。
ルルが扉へ向かい、開けた。
そこにはミランダ様とロイド様がいた。
「こんにちは、リュシエンヌ様」
「ご機嫌よう、リュシエンヌ様」
二人の挨拶にわたしも返す。
「ご機嫌よう、ロイド様、ミランダ様。数日ぶりですがお元気そうで何よりです」
それに二人の雰囲気が少し変わっている。
何というか、以前よりも二人の距離が近い。
それに二人とも、お互いの瞳の色の、同じデザインのピアスをつけている。
「素敵なピアスですね」
ミランダ様が頬を染めた。
「ええ、ロイド様が贈ってくださいましたの」
「リュシエンヌ様とニコルソン子爵を見て、ミランダとは揃いのものが欲しいと常々考えていたんだけどね」
ロイド様とミランダ様が目を合わせて微笑み合う。
ミランダ様の方は照れているが、嫌そうな感じはなく、むしろ嬉しげである。
誕生日パーティーではここまでではなかった。
この数日の間に何があったのか気になるところだ。
「私は生徒会室に先に行くよ。また後で」
「ええ、私も後ほど参ります」
ロイド様がミランダ様の赤い髪をするりと撫でてから、一礼して部屋を出て行った。
足音がして、隣室の扉の閉まる音がする。
髪を撫でられたミランダ様の顔が赤い。
「ミランダ様、よろしければこちらにお座りください」
横の椅子を示せば、そこにミランダ様が腰掛ける。
勝気そうな顔立ちとは裏腹に恥ずかしそうにしている姿が何とも可愛らしい。
「ロイド様と仲良くなれたようで何よりですわ。もしよろしければ、お話をお訊きしてもよろしいでしょうか?」
ミランダ様がこくりと頷いた。
「大丈夫ですわ」
「先日のわたしの誕生日パーティーでは、あそこまでお二人の距離は近くありませんでしたよね?」
「ええ、リュシエンヌ様のお誕生日パーティーの翌日、ロイド様からデートのお誘いがありまして……」
ミランダ様が両手で頬を挟む。
お二人はその三日後、デートに出掛けたそうだ。
ロイド様がデートコースは選んでくれたらしい。
まずはミランダ様の好きな観劇に始まり、その後はカフェで昼食を摂りながら劇についてお喋りをした。
今流行りの恋愛ものの劇はミランダ様の好みど真ん中で、非常に面白かったとのことだ。
それから本屋を巡り、互いに好きな本を買った。
雑貨屋に足を伸ばしたり、王都でも有名な噴水広場を見に行ったり、装飾品店にも行った。
「その時に『どうかこの先、私と同じピアスをつけて共に歩んでください』と告白を受けましたの」
「まあ、ロマンチックですね……!」
わたしとルルも一つのピアスを分け合っている。
これがなかなかに素晴らしくて、互いをいつ見ても、鏡合わせのように同じピアスが眼に映るので幸せな気分になれるのだ。
ミランダ様がふふ、と笑った。
「リュシエンヌ様とニコルソン子爵が一対のピアスを分け合ってお使いになられているでしょう? それが若い貴族達の間で話題になっているのです。さすがに一対のピアスをとまではいきませんけれど、同じ意匠のピアスをつける婚約者達も増えております」
……あ、わたし達が元なんだね。
「ではロイド様の言葉も流行りの?」
「いいえ、このように告白を受けたというのは聞いたことがございません……」
「ではミランダ様とロイド様が初めてなのですね」
また顔を赤くしているミランダ様が、恋する女の子そのものという感じで微笑ましい。
それにロイド様もなかなかにやる。
ミランダ様は流行に敏感だ。
そこを押さえつつ、鉄板のデートコースでミランダ様の好きなものもきちんと把握しているようだ。
友人であるロイド様、ミランダ様の二人が幸せになってくれるのはとても喜ばしい。
「ロイド様はお兄様と同じで情の厚い方ですから、きっとミランダ様を大事にしてくださるでしょう」
「そうでしょうか?」
「ええ、もし大事にしてくださらなければ、わたしがロイド様を問い詰めて差し上げます」
「まあ」
胸を張ったわたしにミランダ様がおかしそうに笑った。
きっと冗談だと思っただろうが、本心である。
もしもロイド様がミランダ様を蔑ろにすることがあれば、わたしは迷わずロイド様に物申すつもりだ。
……そんなことはないと思うけれど。
先ほどのロイド様の様子からして、ミランダ様を大事に思っていることは明白だった。
それにロイド様のあんな甘い声も初めて聞いた。
ミランダ様へ話しかける時の、柔らかく落ち着いた、でもどこか甘い響きの声。
表情も優しくて、ミランダ様だけを見つめていた。
「本当に良かったですね、ミランダ様」
そう声をかければ、ミランダ様が頷いた。
大輪の花のような美しい笑顔だった。
* * * * *
生徒集会を終えて教室へ戻る。
学院長の「夏期休暇の余韻を楽しみたいのは分かりますが、中期が始まったので気持ちをしっかりと切り替えて学院生活を送るように」というような話に気を引き締める。
あまりに夏期休暇中が楽しすぎた。
でも後半年は学院に通うし、きちんと卒業したい。
……真面目に授業を受けないとね。
朝は騒めきの多かった教室も、集会を終えた後は、思うところのある生徒が多かったのか教室は落ち着きを取り戻していた。
前期試験の結果で席順の変更があり、わたしは教室の一番左の列の一番前へ、その後ろがお兄様、ロイド様、ミランダ様となっている。
今日は半日だけで、集会を終えたら夏期休暇中に出されていた宿題の提出と対抗祭についての説明だった。
「今年も対抗祭の時期になりました。皆さんは既に二度経験しているので知っているとは思いますが、改めて説明します」
アイラ先生が対抗祭について説明してくれた。
対抗祭は各学年の上位十名が魔法の腕を競い合い、勝ち抜き戦で順位が決まる大会だ。
試合は学院敷地内にある専用の闘技場があり、そこで行われる。
対抗祭は主に技術で競う。
闘技場を二分し、互いの敷地に的を複数設置する。
生徒は互いに己の陣地の的を守りつつ、相手の的を破壊していき、時間内により多く相手の的を破壊するか全壊させた方が勝者となる。
これは同時に二つ以上の魔法を使用するという、なかなかに難易度の高い戦いだ。
ちなみに全学年混合で、授業でまだ習っていない魔法でも、習得しているものなら使用が可能である。
安全のために魔道具が使用される。
闘技場全体を覆う結界魔法を付与された魔道具で、観客席までは魔法が届かないようになる。
「アイラ先生、質問があります」
「ええ、どうぞ」
「もしも誤って魔法が対戦相手に及んだ場合、危険ではないでしょうか?」
アイラ先生が頷いた。
「そうですね、そういうこともあるでしょう。そのために、もう二つ魔道具が使用されます」
二つ目の魔道具は最初の結界魔法を付与されたものと同じだが、範囲が狭く、その分強固な結界魔法を張れる魔道具らしい。
当然だが、そんな魔道具の結界魔法が破壊されるほど威力のある魔法を発動させようとすれば失格である。
それが三つ目の魔道具で、規定以上の魔力量を使用する危険度の高い魔法を強制的にキャンセルさせる効果がある。
こちらも結界魔法の応用らしい。
過去に高威力の魔法を展開させようとした生徒もいたが、あまりに悪質だと判断された場合は謹慎や退学処分もありえるそうだ。
だから大抵の生徒はそのようなことはしない。
「ただ一年生の中には自分の力を過信して大きな魔法を使用したがる生徒もいます。初期の学年上位十名、今回は王女殿下を含む上位十一名がこのクラスから参加します」
わたしは魔力がなくて魔法を扱えない。
そのため、一名繰り上がっての開催となる。
対抗祭ではわたしは見学側だ。
お兄様とロイド様、ミランダ様も参加する。
恐らく、お義姉様とアンリもそうだろう。
フィオラ様とエディタ様はどうだろうか。
「それから今年も剣武会も催します。こちらは魔法と剣、両方の使用が許可された、最も実践に近い対人戦ですね。対抗祭を終えた後、剣の実技の高い者達が選出されて各学年から五人ずつ出ます」
対抗祭に出た者が剣武会でも選ばれることがあるそうだ。
「三年生からは王太子殿下、ボードウィン伯爵令嬢、アルヴァーラ侯爵令嬢、ウィニングラン伯爵子息、ハボット騎士爵のご子息が出場予定です」
……え、ミランダ様も出るの?
思わず振り向けば、ミランダ様がニコリと微笑んだ。
ミランダ様は女性騎士になりたいとおっしゃっていたので剣も鍛えているのだろう。
そして剣武会で選ばれるくらいには腕が立つということか。
対抗祭、かなり見ものになりそうだ。
対抗祭の説明を終え、今日の授業も終わった。
「お兄様、ロイド様、ミランダ様、対抗祭はがんばってくださいね」
対抗祭が開催されるのは一ヶ月後だ。
まだまだ時間があると言っても、一ヶ月なんてあっという間だろう。
「ああ、ありがとう、リュシエンヌ」
「ありがとう、頑張るよ」
「ありがとうございます、リュシエンヌ様」
気の早いわたしの言葉に三人が朗らかに笑う。
ちなみに明日、対抗祭と剣武会に出る生徒の名前は告知される。
しかし誰が当たるかは当日までは不明である。
だからこの一ヶ月の間に相手の情報収集をしたり、魔法や剣を更に鍛えたりするのが基本らしい。
……情報収集も戦いのうちってことかな?
三年生は他の学年よりも早めに終わったので、今日は真っ直ぐに帰ることにした。
クラスメイトやロイド様、ミランダ様と挨拶をして、お兄様とルルとお兄様の護衛の騎士と共に教室を後にする。
そうして馬車に乗って王城への帰路に着く。
「対抗祭、お兄様がロイド様やミランダ様、お義姉様と当たる可能性はあるのですよね?」
馬車に揺られながらお兄様へ問いかける。
「ああ、ある。くじ運次第だがな」
「そうなるとそれぞれ魔法の相性が難しいですね」
「そうでもないさ。得意な属性は確かにあるが、それ以外を使ってはならないという決まりもないしな」
お兄様が口角を引き上げる。
「もう何か算段があるのですか?」
「まあな、だがそれは当日までの秘密だ」
残念だが、それなら仕方がない。
でも秘密の方が当日楽しめるのは確かである。
「そうだ、リュシエンヌには悪いがたまにルフェーヴルを借りても良いか?」
……ルルを?
「ええ、ルルがいいと言うのであれば構いませんが……?」
「魔法の腕も剣の腕も、対抗祭までに磨いておきたいんだ。ルフェーヴル、どうだ?」
なるほど、ルルは魔法も剣の腕もかなり立つ。
いまだにお兄様も王城の騎士達も勝てた試しがなく、身体能力も上がったので、更に強くなっていることだろう。
ルルを相手に行えば鍛えられるはずだ。
「リュシーの護衛を増やしてくれるならいいよぉ」
ルルの言葉にお兄様が頷いた。
「分かった、父上に頼んで手配しておこう」
この一ヶ月でお兄様がどこまで強くなるのか。
そしてみんながどのように戦うのか。
きっと色々な魔法を見られるだろう。
「対抗祭、楽しみです」




