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夏期休暇の終わりに

 






 夏期休暇ももう終わりである。


 一ヶ月半という長い休みであったが、なかなか充実した時間であったと思う。


 クリューガー公爵領にも行けたし、みんなにそのお土産も渡せたし。


 何よりルルとの婚姻が承認されて夫婦になれた。


 挙式は卒業後だけれど、もう夫婦なのだ。


 誕生パーティーから一週間ちょっと経っているが、いまだにわたしは頬が緩んでしまう。


 ……わたし達、妻と夫なんだよね。


 婚姻したからと言ってもわたし達の関係が大きく変わったわけではない。


 婚姻してもわたしはまだ王女だし、ルルも侍従兼護衛なのはそのままだ。


 ただ周りの反応が変化した。


 以前は完全に二人きりにならないように、侍女達が常に室内にいたけれど、今は二人きりにさせてくれる。


 侍女達も人前では「殿下」とまだ呼んでいるものの、宮の中ではわたしを「奥様」と呼ぶ。


 そう呼ばれる度にドキッとする。


 慣れてなくて少し照れ臭い。


 お父様とお兄様は特に変化はない。


 でもルルは前よりも更に過保護になったかも。




「リュシー、暑くない?」




 差し出された果実水を受け取る。


 ほどよく冷えている。




「ありがとう、大丈夫だよ」




 わたしの横に腰掛けると肩に腕を回される。




「これ料理人からもらったからぁ、一緒に食べよぉ?」




 ルルがもう片手に持っていたお皿を見せる。


 クッキーだ。わたしの好きなクルミ入りと、ルルの好きなチョコチップを混ぜたもの。


 お皿を膝の上に置くと、ルルが二種類のクッキーを先に一枚ずつ食べる。


 それからわたしにクルミ入りを差し出した。




「あーん」




 婚姻したことでルルの中で何かが変わったようだ。


 変わったというか、遠慮がなくなった?


 とにかく、以前よりももっとべったりしたがって、わたしの傍から離れることがかなり減った。




「あー、ん」




 クルミ入りクッキーにかじりつく。


 ルルがニコニコしているので、嬉しそうならまあいいか、と思ってしまう。


 わたし自身、不自由しているわけでもない。


 お皿からチョコチップクッキーを取る。




「はい、ルルもあーん」




 同じようにすればルルがクッキーにかじりつく。


 クッキーを口に咥え、器用にもぐもぐと食べて、クッキーがルルの口の中へ消える。


 その間、わたしがルルの手からクルミ入りクッキーを食べさせてもらう。


 ……ルルは構いたがりなのかな?


 婚姻してから日に一度は最低でもこうやって食べさせ合いをしているし、寄り添っている時間も増えた。


 人によってはそれを鬱陶しく思うかもしれない。


 でもわたしからしたらとても安心する。


 それにルルと触れ合っていると、それだけで心が満たされた気持ちになる。


 卒業後は子爵夫人になる。


 王都を離れて暮らすので社交の場にも出ないし、恐らく慈善活動なんかの外出もなくなるだろう。


 ルルとの家で、ルルと過ごす。


 きっと穏やかで、平和で、代わり映えのない日々だ。


 でもそれでいい。それがいい。


 変化や刺激なんてわたしは求めていない。


 ただルルと一緒にいられれば幸せだ。




「明日からはまた学院だねぇ」




 ルルがどこか残念そうに言う。




「そうだね、夏期休暇も今日で終わりだね」


「リュシーとのんびりする時間が減るのはちょ〜っと面白くないなぁ。それにあの男爵令嬢もいるしぃ?」




 今度は不満そうにムッとする。


 そんなルルの頬に手を伸ばす。




「その分、帰ってきたら一緒に過ごそう?」


「そうだねぇ」




 婚姻の日からわたしとルルは同衾している。


 同衾と言っても本当にただ一緒に眠っているだけで、それ以上は実はまだだ。


 ルルが「リュシーの体に負担がかかるから十八まではしないよぉ」と言ったので、そういうことになったのだ。


 同年代より多少発育がいいが、それでもやはり十六歳は十六歳。まだ成長途中でもある。


 だからせめて十八までは手を出さない。


 ルルがそう決めたならわたしは構わない。


 ……その、覚悟はいつでも出来てるし……。


 婚姻の日の夜に何があってもいいように考えていたのでやや拍子抜けしたが、ルルがそれだけわたしのことを気遣ってくれているのだと思えば嬉しいものだ。


 ただ「十八になったら覚悟してねぇ」と言われて色んな意味でドキッとした。


 ……体力つけないとまずいかなあ。


 ルルは女神の祝福を受けてから身体能力が明らかに上がっている。


 一度騎士達との手合わせをするというので見に行ったのだけれど、圧勝していたし、息一つ乱れた様子はなかった。


 身体能力だけでなく体力まで上がったのではと疑っている。




「そういえば、最近オーリからの手紙が来ないんだけど、闇ギルドから何か報告が届いてない?」




 ルルが手を拭くと魔法で書類を取り出した。




「きてるよぉ。はい、どうぞぉ」


「ありがとう」




 差し出された書類を受け取った。


 それに目を通していく。


 オリヴィエは今、自宅で謹慎中らしい。


 王女わたしの悪評を広めようとしたのが両親にバレて叱責されたようだ。


 しかしあまり反省は見られない。


 そして、当たり前だが王族に不敬を働こうとした者とその家として、セリエール男爵家やオリヴィエから離れていった家や人があるそうだ。


 特にオリヴィエはそれに苛立っているみたい。


 それからわたしとルルの婚姻を聞いて、本格的にわたしへの敵意を強めたようだ。




「オーリ……」




 報告書にはオリヴィエが両親に一度、泣いて縋って修道院行きを願ったと書かれていた。


 だがその願いは聞き届けられなかった。


 それどころか今は自室に軟禁状態らしい。


 報告書にはオーリと両親のやり取りまで書かれており、その様子が目に浮かぶ。


 両親から否定されてオーリは傷付いただろう。


 報告書を読む限り、それ以降はまたオリヴィエに主導権が戻ってしまっているようだった。


 王家から密かに男爵へ事実を伝えてもらう?


 けれど、オリヴィエは罰を与えられるほどの悪行は犯していない。


 お兄様達が会わないように避けていたから。


 王女の悪評を広めようとした件も、表立って大事にはなっておらず、噂の範囲内でもあった。


 誰の目にも明らかな証拠がなければ、オリヴィエを罰せられないし、その場合、オーリも罰を受けることになる。




「まだあの魔法も完成してないし……」




 オリヴィエを封じる手立てはない。


 ルルがクッキーをかじる。




「じゃあ泳がせとけばぁ?」




 言って、クッキーを口へ放り込む。


 それを食べ終わると言葉を続けた。




「魔法が完成するまで泳がせてぇ、その間に問題を起こしたら修道院なり牢なりに入れればいいんじゃなぁい? その様子だと何もしないってことはないだろうしぃ、それから分離させて封じるかどうかはリュシーが決めればいいよぉ」


「やっぱりそれしかないかなあ」




 オリヴィエがほどほどに罰せられるくらいの何かを起こしてくれれば、正式に処罰出来る。


 魔法が完成するまでの時間稼ぎにはなるだろう。


 オリヴィエを封じるかは、その時に改めてオーリと話して決めればいい。


 ……多分、オーリは封じる道を選ぶ。


 オリヴィエについては情状酌量の余地はなさそうだし、オーリからしたら、自分の体で好き勝手にされているのだ。


 そのままにはしないと思う。




「オレがサクッとすのはぁ?」


「ダメ」


「だよねぇ」




「ほんっと面倒臭ぁ」とクッキーを咥えながら、ルルがソファーの背もたれに思い切り寄りかかる。




「ごめんね、我が儘言って……」




 わたしが止めなければルルはオリヴィエを消してしまっていたかもしれない。


 オーリの存在を知ってしまった以上はそれを見過ごすなんて出来ないというのはわたしの我が儘だ。


 本当はルルが悩むことではないだろう。


 それでもルルは笑った。




「いいよぉ、奥さんの我が儘を叶えてあげるのは夫の特権だもんねぇ」




 ニッと口角を引き上げるルルにわたしもつられた。




「ふふ、うん、わたしの旦那様は凄く優しくて、奥さんを甘やかしてくれる良い旦那様だよ」




 ルルに寄りかかる。




「でもぉ、もしリュシーを害そうとした時は止めるし、その時は容赦しないからぁ」


「それは、まあ、仕方ないね……」




 その場合は王女を害そうとしたことでオリヴィエは捕まるだろう。


 ルルだけでなくお父様やお兄様も容赦しないと思う。




「でもあんまり傷付けないでくれたら嬉しいなあ」




 ルルに肩を抱き寄せられる。




「努力するよぉ」




 絶対と言い切らないところがルルらしかった。










* * * * *












 オリヴィエは訳が分からなかった。


 自室の床で倒れた状態で目が覚めてから、どうにも周囲の目がおかしいのだ。


 父親は急に厳しくなった。


 母親は最初は厳しい顔をしていた。




「オリヴィエ、あなた修道院へ行きたいの?」




 なんて訊いてくるんでオリヴィエは強く否定した。




「修道院っ? そんなところ行きたくないわ!」




 そう言うと母親は目に見えてホッとした。


 オリヴィエは突然のことに驚いていた。




「そうよね、行きたくないわよね?」


「当たり前じゃない、お母様! あんなところ死んでも嫌だわ!」




 修道院はリュシエンヌあくやくが行くところだ。


 何でそんなところにオリヴィエヒロインが行かなければならないのか。


 怒るオリヴィエに母親は安堵した様子で戻っていった。


 だが、どういうことか、屋敷内の謹慎が今は自室での謹慎に変わっていた。


 ……本当に一体何があったの?


 使用人達はオリヴィエに近寄らない。


 元々そうではあったが、あの床で目覚めた時から、使用人達の目がどこか変わったことだけは分かった。


 何があったのか聞き出そうとしても誰も答えない。


 母親や父親に訊いても「あれは忘れなさい」「覚えていないならそれでいい」と言うばかり。


 でも気になったのでこっそり夜に居間へ行って、両親の話を盗み聞きすることにした。


 月明かりを頼りに廊下を歩く。


 居間へ辿り着くと、夏場で風通しを良くするためか扉が開いていた。


 ギリギリまで近付けば両親の声がする。




「あなた、本当にオリヴィエをお医者様にお診せしなくてよろしいのですか?」




 母親が父親に問う。




「仕方あるまい。もし心の病だなどと判断されてしまったら婿どころか嫁のもらい手すらなくなってしまう」


「ですが、この間のオリヴィエはいつもと雰囲気が違っておりましたわ」


「確かに、それは私も気になってはいるが……」




 ……何? 何の話をしているの?




「修道院へ自ら行きたいと言い出した時は驚きましたわ。どこで育て方を間違えてしまったのかしら……」




 はあ、と母親の溜め息が聞こえる。


 その言葉にオリヴィエは更に混乱した。


 ……修道院に行きたいなんて、私は絶対に言ってない!


 しかしオリヴィエが飛び出す前に父親の声がした。




「だがいつものオリヴィエに戻ったじゃないか。とにかく今回のことは使用人達にも金を握らせておいたし、オリヴィエ自身は覚えていないようだから良いじゃないか。精神に異常があると知れたら我がセリエール家の恥だ」


「ええ、そうですわね、オリヴィエ自身にもこの話は伏せておきましょう」




 オリヴィエはふら、と居間から離れた。


 周囲の変化の原因を探ろうとしたのに余計に訳が分からなくなってしまった。


 ……みんなおかしいわ。


 オリヴィエは修道院になど行きたくない。


 オリヴィエは愛する彼と一緒になるのだから。


 ……でも悪役が邪魔をしている。


 オリヴィエヒロインの場所を奪うだけでは飽き足らず、あの女はオリヴィエの最も愛する人を奪った。


 ……絶対に許さない。


 爪を噛みながら月光を頼りに部屋へ戻る。


 夏期休暇は明日までだ。また学院が始まる。


 アリスティードに近付くのは難しそうだ。


 前期では全く会うことが出来なかった。


 ……どうにか巻き返さなきゃ。


 部屋に戻ったオリヴィエは考える。


 そして一つの可能性に思い至った。




「そうだわ、悪役に意地悪されるイベントを消化していけば……」




 アリスティードの近くにはリュシエンヌ以外の、原作とは違い、婚約者がいる。


 キャラクターが増えたのは面倒だけれど、婚約者ということは、悪役になり得るかもしれない。


 リュシエンヌ、そしてアリスティードの婚約者。


 この二人に虐められればいいのだ。


 そして、実際に虐められる必要はない。


 それらしい出来事があればいい。


 そしてオリヴィエが泣けばみんな信じるだろう。


 原作と同じような流れにすれば。


 そうすればアリスティードも出てくるはずだ。


 オリヴィエの愛する彼も。


 リュシエンヌが性悪女だと気付けば、きっと目が覚めてオリヴィエを好きになってくれる。




「だって、私はヒロインだもの」




 幸せになるのはこの私なのだ。









 

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― 新着の感想 ―
[良い点] どうなることかと思ったけど、オーリのことがバレずに済んでよかった。 [一言] オリヴィエがそれほど頭の回転が良い方じゃなくて良かった。 おかげでオーリの事がバレずに済んでほんと良かった。
[一言]  転生者のヒロインって頭がやばいやつしかなれないのだろうか?
[一言] いやまだ諦めてなかったの……?ここまできていけるとか思ってるの……?ヤバいですね……。 あ、どうも。祝、150話!おめでとうございます! いや~、二人の「あ~ん」はいいですね~。ほんわかしま…
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