お茶会とバラ
本日はわたしの宮でお茶会がある。
お客様はエカチェリーナ様だけ。
クリューガー公爵領で案内をしていただいたお礼をしたいので、何か欲しいものはありますかと訊いたところ「一緒にお茶がしたいですわ」と言われたのだ。
そんなことでいいのかと疑問はあるけれど、本人がそう言っているため、こうしてお茶会に招待することとなった。
お礼だから今日はいつもより豪華にして欲しい。
そう料理長に伝えたからか、元より華やかなティータイムのお菓子や軽食達は普段よりも更に豪華になった。
種類も増えて、見た目にも楽しめる。
紅茶は今回、エカチェリーナ様がお好きなものを用意したし、お菓子も、下調べしてエカチェリーナ様の好みのものばかりだ。
テーブルクロスは薔薇の刺繍のされたもの。
ティーポットもそれに合わせてある。
場所は一階のテラスで風通りが良く、日除けの大きなパラソルを立てて、その下で行う。
屋内などこの時期は暑いからだ。
テラスからは庭も見える。
青々とした新緑に花が鮮やかだ。
先に席に着いてエカチェリーナ様を待つ。
ルルがわたしの後ろに立った。
今日は暑いので紅茶は冷たいものを。
用意された紅茶を一口飲む。
……うん、美味しい。
これならエカチェリーナ様の口にも合うだろう。
そう思ってると本日の招待客が侍女に案内されてやって来た。
「王女殿下にご挨拶申し上げます」
礼を執るエカチェリーナ様を手で制する。
「今日は堅苦しいのはなしにしましょう。ようこそお越しくださいました、エカチェリーナ様」
「どうぞ」と手で席を示せば、侍女が椅子を引き、そこにエカチェリーナ様が腰掛けた。
そしてテーブルの上に並んだ菓子や軽食の数々を見て、目を瞬かせ、出された紅茶を一口飲んで、嬉しそうに微笑んだ。
「わたくしの好きなものをご用意くださったのですね」
「ええ、お礼のお茶会ですから。今日は特に予定もないので、ゆっくりお話ししましょう」
「まあ、本当ですか?」
エカチェリーナ様の目が輝いた。
普段は公務だ学院だと忙しくてお茶会にはあまり出席出来なくて、出席するのは公務絡みのものばかり。
のんびりお喋りをする機会は少なかった。
前回の四人でのお茶会みたいな感じなのは実は珍しい。
これでも最低限の公務だというのだから、お父様やお兄様はもっと忙しいだろう。
「嬉しいですわ。こうしてリュシエンヌ様と二人でゆっくりとお話しする機会は滅多にございませんもの」
侍女とルルがエカチェリーナ様とわたしに、それぞれ軽食を取り分けてくれる。
「そうですね、わたしもエカチェリーナ様とお話ししたいと常々思っておりました」
色々と聞きたいこともある。
「ですが、婚姻までもう一週間を切っていらっしゃるでしょう? お忙しいのではありませんか?」
「そうでもありません。式は卒業後ですし、誕生パーティーと婚姻のお祝いは一緒に行われるので、わたし自身はさほど忙しくないですよ」
誕生パーティーに向けて日々磨かれていること以外は、わりと普段と変わっていない。
まあ、その美容に関することでかなり時間を取られてはいるけれど。
そう説明すれば、エカチェリーナ様が微笑んだ。
「美しさに磨きがかかっておりますもの」
「でも毎日のマッサージがちょっと痛くて。体がスッキリしているのは分かるのですが、容赦ないですよね」
「確かに、毎日受けていてもあのマッサージはなかなかに痛いですわ」
ふふふ、と笑われて思わずわたしも笑ってしまった。
美容のためだといつも以上に念入りにマッサージされるのだけれど、容赦なくグッグッと全身を揉まれるので地味に痛いのだ。
その間にも顔にパックをしたり、爪を整えて磨いたり、髪に何度も香油を塗られたり。
誕生パーティーの一週間前からは、いつも飲んでいる果実水ではなく、美容に良いとされるお茶を飲むようにと言われて飲んでいる。
婚姻でこれだと、式の時はもっと大変かもしれない。
「そういえば、お兄様とエカチェリーナ様も卒業後に式を挙げるのですよね? 準備はよろしいのですか?」
ルルとわたしの式は既に準備が進められている。
卒業の半月後に式を挙げる予定だ。
大々的な式になるため、わたしよりもお父様や使用人達の方が忙しいだろう。
わたしはどういう風にすれば良いのか分からないため、お父様に一任してある。
お父様も、娘のわたしのためにと、色々手配してくれているようで、結婚式当日が楽しみだ。
「わたくし達は卒業して一年ほど経ってから、と考えておりますの」
「そうなのですか?」
「王太子殿下のご結婚となれば準備だけでも一年近くはかかってしまいますし、お互いに忙しいでしょうから、余裕を持って臨みたいのですわ」
……なるほど。
王女ですら半年前から準備を進めている。
王太子のお兄様と公爵令嬢のエカチェリーナ様の結婚となれば、それこそ大々的に行われて、国中お祭り騒ぎになってもおかしくない。
準備に一年を要するのも分かる気がする。
「エカチェリーナ様はお兄様とどうですか? 政略とは言え、良い関係を築けていらっしゃいますか?」
お兄様とエカチェリーナ様は仲が良さそうだ。
だからそこまで心配はしていない。
エカチェリーナ様が一つ頷いた。
「そうですわね、それなりにといったところでしょうか。リュシエンヌ様のような大きな愛ではございませんが、伴侶として、家族として、共に国を導く者として、仲良くやれていけるとは思っております」
その言葉にホッとする。
「エカチェリーナ様のような素晴らしい方がお兄様と共にいてくださるなら安心です」
「そう言っていただけて光栄ですわ」
「それにエカチェリーナ様を『お義姉様』とお呼び出来たら嬉しいです」
「まあ……!」
エカチェリーナ様が珍しく声を上げた。
そして期待のこもった眼差しで見つめられる。
「リュシエンヌ様、良ければもう一度わたくしのことを義姉と呼んでくださいませんか?」
そう言われて断れるだろうか。
「お義姉様?」
もう一度そう呼べば、エカチェリーナ様がパッと扇子を開いて口元を隠した。
けれど、うふふ、と嬉しそうに笑っている。
かなり喜んでもらえたようだ。
「今後はお義姉様とお呼びしましょうか?」
「あら、よろしいんですの?」
「お兄様とエカチェリーナ様がよろしければ。そろそろお兄様もいらっしゃる頃ですから、訊いてみましょう」
二人は婚約しているのだし、わたしがエカチェリーナ様をお義姉様と呼んでも不思議はない。
むしろそう呼べたらわたしも嬉しい。
話をしているとタイミングよくお兄様が現れた。
「楽しそうだな」
お兄様がエカチェリーナ様の横に座る。
「今、エカチェリーナ様の呼び方についてお話ししておりました。それで、わたしがエカチェリーナ様をお義姉様とお呼びしてもよろしいでしょうか?」
お兄様が紅茶を一口飲んだ後、頷いた。
「ああ、いいんじゃないか?」
その言葉にエカチェリーナ様と微笑み合う。
「良かったですね、お義姉様」
「ええ、そうですわね、リュシエンヌ様」
これからはエカチェリーナ様をお義姉様と呼ぼう。
二人でニコニコしているとお兄様が微笑んだ。
「お前達も大分仲良くなったな」
軽食に手を伸ばしてお兄様がサンドウィッチを取る。
それにエカチェリーナ様が呆れた顔をしたけれど、特に注意はしなかった。
お兄様がサンドウィッチにかじりつく。
「わたくしとリュシエンヌ様は最初から仲良しですわ」
「まあ、確かにな。婚約者と妹の仲が良いのは私としても良いことだと思う」
「そうでしょう、そうでしょう」
お義姉様が自慢げに頷いた。
それにお兄様が笑う。
そんな二人の和やかな空気につい、ぼうっと眺めてしまう。
……ルルとわたしもこんな風に見えてるのかな。
お義姉様はそれなりと言っていたけれど、こうして見ていると二人はお似合いの美男美女だし、とても親しげで気安い雰囲気だ。
お兄様もお義姉様のことは結婚するなら良い相手だと思っているし、そう遠くないうちに本当の意味でお義姉様となる日も来るかもしれない。
「そうだ、リュシエンヌとエカチェリーナに渡す物があったんだ」
お兄様が従者に何か持って来させた。
それをルルとお義姉様の侍女が受け取った。
そうしてそれぞれに見せてくれる。
箱の中に収めてあったのはブローチだった。
「お前達は仲が良いからな、その、こういう揃いの物だったら喜ぶかと思ったんだ」
ブローチはバラで、わたしのものはピンク色、お義姉様のものは黄色で、葉のついたバラのブローチには水滴のようにダイヤモンドが散りばめてある。
上質な絹で出来たバラは光沢があり、葉には刺繍で葉脈が綺麗に縫われている。
まるで朝露に濡れたようなバラだった。
「あらまあ、リュシエンヌ様とお揃いだなんて嬉しいですわ」
お義姉様がブローチを手に取って眺める。
ルルも箱からブローチを取り出すと、わたしの胸元につけてくれた。
……そういえば、クリューガー公爵領の旅芸人の道でも、ピンクのバラをもらったっけ。
あの時はルルが頭につけてくれたのだ。
……わたしってピンクのイメージなのかな?
あの時の楽しい気分を思い出して笑みが浮かぶ。
お義姉様も侍女に胸元へつけてもらって満足げだ。
「アリスティードにはお揃いの物はありませんの?」
お義姉様の言葉にお兄様が苦笑する。
「実はある」
そう言って、袖をやや上げて見せた。
そこには紫色のバラをモチーフにしたカフスボタンがついていた。
小さいけれど、ダイヤモンドが少しあしらわれて、わたし達のブローチを小さくしたみたいだった。
「これはルフェーブルの分だ」
お兄様の従者がルルに箱を渡す。
そこには赤黒い色のバラのカフスボタンがあった。
見た瞬間、何となく「ああ、ルルっぽい」と感じてしまった。
ルルがそれを受け取り、今つけているカフスボタンを外してそれを取り付ける。
黒に黒で目立ちにくいけれど上品さがある。
「お前は私の義理の兄弟になるからな」
ルルが小さく「うげ、」とこぼした。
でもすぐに外さないのは、わたしともモチーフがお揃いだからだろうか。
「年齢的にはオレの方がお兄さんでしょ〜?」
「だがお前は妹の夫になるからな、義弟だ。義理とは言え、私の方が兄なのだから少しは敬ってみせろ」
ルルがニヤリと口角を引き上げる。
「オレより強くなったら考えてあげるよぉ」
お兄様が憮然とした顔をする。
「それは考えるだけだろう」
「まぁねぇ」とルルが笑って返した。
確かに妹のわたしと結婚したら、ルルはお兄様の義理の弟ということになる。
でもルルの方が年齢は上で。
なかなかにややこしい感じになりそうだ。
それにルルとお兄様は互いに対等に接してる風なので、義兄弟になったからと言ってもその関係に変化はあまりないだろう。
それにしても昔からバラには縁がある。
……ファイエット邸で初めてルルからもらったのも赤いバラだったしなあ。
あの赤く綺麗なバラもよく覚えている。
そういえば、あの赤いバラには意味があった。
赤いバラの花言葉は「あなたを愛してます」「愛情」「美」「情熱」「熱烈な恋」「美貌」などだ。
そしてそれを二本で「この世界は二人だけ」で、一本ずつに分け合ったから「一目ぼれ」「あなたしかいない」となる。
意味を知った時、とても嬉しかった。
このバラのブローチにも意味があるのだろうか。
大事な宝物がまた一つ増えた。
* * * * *
アリスティードの贈ったブローチには意味があった。
ピンクのバラは「上品」「しとやか」「気品」「かわいい人」「美しい少女」「感銘」「愛の誓い」「温かな心」「満足」「愛」「感謝」「愛を持つ」「我が心君のみぞ知る」という意味があり、初恋の少女で、大事な妹のリュシエンヌへ。
黄色のバラは「友情」「友愛」「平和」「献身」「愛の告白」という意味があり、アリスティードを支え、理解し、リュシエンヌとも友情を築いている努力家なエカチェリーナへ。
紫色のバラは「気品」「誇り」「高貴」「尊敬」「上品」「王座」という意味があり、アリスティード自身がそうありたいと思っている表れだ。
黒色のバラは、「貴方はあくまで私のもの」「決して滅びることのない愛」「永遠の愛」という意味があり、ルフェーヴルにピッタリだと思った。
リュシエンヌはどうだか分からないが、恐らくエカチェリーナとルフェーヴルはこの意味に気付いているだろう。
リュシエンヌに意味を理解してもらいたいわけではないし、理解しなくて良い。
結局はアリスティードの自己満足なのだから。
それでも嬉しそうな笑みを見ると、贈って良かったと思う。
リュシエンヌはあと数日で婚姻する。
ルフェーヴルが一瞬鋭い眼差しでアリスティードを見た。
リュシエンヌに見えないようにカップで口元を隠しつつ、唇の動きだけで「これで最後だ」と言えば、ルフェーヴルの視線は弱まった。
アリスティードの想いは今日限りである。
想いを断ち切るための贈り物でもあった。
この気持ちは封じるけれど。
この感情は諦めるけれど。
それがあった証だけは残したい。
ルフェーヴルが唇だけで返事をした。
「ロマンチスト」
全くもってその通りだと、アリスティードは苦笑した。




