旅芸人の道
四日目の午後。
わたし達は旅芸人の道へ向かっていた。
お父様が話していた旅芸人の道は現在もあり、以前よりもそこで芸を披露する者が増えたため、旅芸人の道は以前の狭い道から広い道へ場所を移したらしい。
そのおかげもあってか観光客も地元民も周りを気にせずのんびり楽しめるようになり、集客率が上がったそうだ。
馬車で旅芸人の道の手前まで行く。
馬車から降りて、ルルにエスコートしてもらい、エカチェリーナ様の先導で道へ足を踏み入れた。
騎士達に守られているけれど人が多い。
まず目に入るのが、通りを横切るように建物同士の間に明るい色の三角形を逆さまにした形の飾り布だ。それが幾重にも連なって垂れ下がっている。
馬車が立ち入れないように柵があり、その向こうでは既に旅芸人達が自分達の芸を披露していた。
小さな可愛らしい花を風魔法で浮かせて客に花の雨を降らせている者、笛を吹きながら器用に玉に乗っている者、動物達が芸人の指示で輪を潜ったりジャンプしたりしているところ。
中にはわたしが開発した空中に文字を描く魔法を使って、空中にお客の似顔絵を描いている者もいる。
……面白い使い方をするなあ。
色々な人がいて目移りしてしまう。
「ここで一番の芸を見ましょう」
エカチェリーナ様がそう言って奥へ歩き出す。
周りの芸も十分面白いと思うのだが、更に上がいるのかと驚きと期待でワクワクする。
周りにいる人々も明るい笑顔を浮かべて芸人達の披露する芸を見ていた。
誰もが楽しそうな表情を浮かべている。
所々に飲み物や食べ物の屋台があった。
芸を見ながら飲んだり食べたり出来るようだ。
エカチェリーナ様が侍女に何か指示をすると、侍女が離れていった。
「見ながら食べられる物を頼んでおきました」
わたし達は先に進んで行く。
そうして大通りを大分進んだ先でエカチェリーナ様が立ち止まった。
「ここの芸人が最も面白いのですわ」
そう言って手で示された場所は大勢の人が集まっており、なかなか割って入るのは難しそうだ。
それでもエカチェリーナ様が近付くと、気付いたお客が「おや、エカチェリーナ様こんにちは」「どうぞ前へ」と脇に避けてくれる。
エカチェリーナ様がお礼を述べつつ、わたし達に手招きをした。
わたしとルルも出来上がった隙間に入っていく。
何と一番前に到着した。
最前列には板張りの簡素な長椅子があり、そこにエカチェリーナ様、わたし、ルルで腰掛ける。後ろは騎士達が固めていた。
わたし達に気付くと旅芸人がやりかけの芸を止めて声を張り上げた。
「皆様、こちらに麗しき方々がお越しくださいました。もしよろしければ最初から芸を披露したいのですが、いかがでしょう?」
芸人の言葉にお客達が頷いたり「いいぞ」と声をかけたりして、最初から行われることになった。
「それでは拙い芸ですが、どうぞごゆっくりお楽しみください」
恭しく礼を執った芸人が顔を上げる。
「まずは火吹きをご覧あれ! 古に存在したドラゴンのごとく、華麗なる炎の息吹を演じて見せましょう!」
芸人の男性が口を開き、口内に何もないことを観客へ見せる。
そして口に手を当てるとサッと顔を上へ向けた。
ふうっと強く息を吹けば、ボワっと炎が吹き上がり、観客がわっと声を上げる。
芸人が息を吹く度に炎が上がる。
そして芸人が別の手に持った粉を投げ、そこへ息を吹きかけると炎の色が変わる。
赤から黄色、緑に青、紫に濃いピンクと色が移り変わっていく。
「うわあ、綺麗……」
恐らく炎色反応を使っているのだろう。
色がくるくると移り変わっていくのが美しい。
近くにいた子供が拍手している。
「わー、すごーい!」
思わず頷いてしまう。
手品のタネは何となく分かるけれど、こういうのは、それが分かっても面白いのだ。
火を吹き終えると芸人がまた口を開く。
「さあさあ、お次は花の雨だよ! この暑さを忘れて一時の涼を降らせてみせよう!」
芸人の頭上に魔法式が浮かび上がり、小さくカラフルな花達が落ちてくる。
それを芸人が指先一つで風に舞わせる。
ふわっと花の良い匂いと小さな花が頭上に広がり、ひらひらと降ってくる。
「リュシエンヌ様、こちらを」
エカチェリーナ様が日傘を開いて寄ってくる。
首を傾げていると霧雨のようなミストシャワーが頭上から花と共に落ちてきて、観客達が「涼しい」「冷たい!」と笑い合う。
暑い夏にミストが心地好いのだろう。
横にいたルルが「うわっ」と慌ててわたしの日傘を使っていたのがちょっとおかしかった。
僅かな時間のミストシャワーが終わる。
エカチェリーナ様が日傘を閉じた。
「さぁて涼しくなったところでお次は宙に浮く水晶をご覧にいれましょう! 手は触れていないのに浮かんだ水晶、いかがかな?」
今度は水晶玉を取り出した。
細かくカットされたそれを体の前へ持ってくる。
その周りを芸人の手がくるりと回る。
そして、周りに何もないと確かめるように両手を動かした。
水晶はまるで宙に浮いているように、その場に留まっており、芸人が驚いた顔をする。
「おおっと、この水晶は活きがいい!」
浮いた水晶が右へ左へ、上へ下へと動いていくので、芸人が捕まえようと慌てて手を伸ばしている。
その慌てた様子に観客から笑いが起こる。
ようやく水晶を捕まえると、まだ暴れる水晶を浮かび上がらせた魔法式の中へ何とかかんとか押し込んだ。
……これ前世でも見たことある気がする。
懐かしさと面白さに思わず見入ってしまった。
「はあ、やっと仕舞えた……。さて、気を取り直して、今度は見えない壁を作り出してみよう! 当然、皆様にも私にも見えません! でも触れることは出来るでしょう!」
そう言って芸人が一歩脇へ避ける。
避けたかと思うと横を向き、歩き出す。
でもすぐに何かにぶつかったように後ろに弾かれる。
伸ばした手が中途半端な距離で止まった。
広げられた掌がぺたぺたと何かに触れるように動いていく。
……本当に壁があるみたい。
ぺたぺたと壁に触れている芸人が何とか見えない壁を押そうとしたり、壊そうとしてみたり。
そのコミカルな動きにまた笑いが広がった。
ようやく壁を壊せたらしく、足元で踏み砕く仕草をすると芸人が頭を掻いた。
「いやあ、いつもより硬くて苦労しました! おかしいなあ、普段はもっと柔らかいんだけど……」
「柔らかい壁なんてあるもんか!」
「あっはは、それもそうですね!」
お客の野次に芸人が明るく返す。
そしていくつも芸が続いていく。
……そっか、何でこんなに面白いのか分かった。
この旅芸人の芸は魔法も僅かに使っているけれど、魔法を使わないものが多いのだ。
だから純粋に見ている側も驚くし、どうやっているのか不思議で面白く、次は何を見せてくれるのだろうという期待感が湧く。
次から次へと旅芸人は芸を披露していき、気付くとそこだけで一時間も過ぎていた。
「以上、ありがとうございました!」
結局、終わるまで目が離せなかった。
終わった後に、床に置かれた箱へお客が銅貨や銀貨を投げ入れており、この世界にも投げ銭という概念があるのかと目を丸くした。
ルルにお願いして銀貨を数枚、投げ入れてもらう。
わたし達は椅子から立ってその場を離れる。
人混みから出るとエカチェリーナ様の侍女が待っていて、飲み物を渡された。
ルルが一口飲み、頷かれたので、わたしも飲む。
思った以上に喉が渇いていたようで一息で飲み干してしまった。
「あの旅芸人、凄かったね。あれって魔法じゃなくて技術だよね?」
ルルを見上げれば頷き返される。
「そうだねぇ、あれは魔法じゃないねぇ」
恐らく魔法を大きく使ったのは花の雨くらいだ。
前世の大道芸を思い出す。
「あ、エカチェリーナ様、これをやりませんか?」
似顔絵を描いてくれる人のところで立ち止まる。
空中には蛍光色の線でお客だろう人々の似顔絵が浮かんでいる。
これは時間が経てば自然に消える。
絵画が主流のこの世界において、これで絵を描くというのはなかなかに画期的だろう。
「似顔絵ですか?」
「ええ、一緒に描いていただきませんか?」
「まあ、良いんですの?」
エカチェリーナ様が嬉しそうに笑った。
「こんにちは、おばさま。わたしとお友達の似顔絵を描いていただけませんか?」
そう声をかけるとニッコリ笑顔で頷き返された。
「ええ、もちろん。少しお時間をいただきますが、よろしいですか?」
「はい」
似顔絵を描くためか初老の女性が立ち上がった。
魔法式がペン先に発動して、女性がサラサラとわたしとエカチェリーナ様の似顔絵を描いていく。
持ち帰ることが出来たらもっと良いのだけれど、これはこれで、思い出として良いのかもしれない。
描いてもらっていると若い女性の芸人が近付いてきて、掌を目の前に差し出された。
何だろうと見れば、ポン、と綺麗なピンク色のバラが現れた。
差し出されたそれを受け取ると女性はひらひらと手を振って離れていく。
……可愛いバラ。
棘が綺麗に取り除かれた、大輪のピンクのバラは可愛らしくて美しい。
ルルがわたしの手からそれを取ると、髪に挿してくれた。
「リュシー、よく似合ってるよぉ」
ルルの言葉に笑みが浮かぶ。
「ありがとう、ルル」
おばさまが「出来ましたよ」と椅子に腰掛ける。
その上の空中に、わたしとエカチェリーナ様だと分かる似顔絵が浮かんでいた。
「まあ、可愛いですわね」
「ええ、持って帰れないのが残念ですね」
おばさまにお金を渡し、しばらくそれを眺めていた。
わたしの魔法をそのまま使っているのであれば、これは一、二時間ほどしたら消えてしまうだろう。
可愛らしくデフォルメされたわたしとエカチェリーナ様が並んでおり、二人とも笑顔で仲が良さそうだ。
周りからそう見えているのだとしたら嬉しい。
その後もわたし達は旅芸人の道をぶらぶらと歩いて、芸人達の披露している芸を見て回った。
中には子供向けに人形で寸劇をしている人達もいて、そういうのも芸の一つらしい。
動物の人形達がとっても可愛かった。
あっちを見たり、こっちを見たり。
あっという間に時間が過ぎていく。
気付けば、もう帰る時間になっていた。
「面白かったですか?」
「ええ、とっても! お父様に勧められた理由が分かりました。ここには一日いてもいいくらいですね」
「そうですわね、ここは一日かけてゆっくり芸を見て楽しむのも良いでしょう」
馬車に戻りながらエカチェリーナ様と話をする。
待たせていた馬車に乗り、わたし達がお城に帰ると、勉強を終えたらしいルイジェルノ様が待ち構えていた。
どうやらわたし達が旅芸人の道へ行ったと聞いて、自分も行きたかったらしい。
「僕も旅芸人の芸を見たかったです」
勉強があったので一緒には行けなかっただろう。
それを分かっているけれど、それでも、やはり自分も行きたかったのだとルイジェルノ様は羨ましそうにしていた。
それにルルが考えるように小首を傾げた。
「少しなら私も出来ますが、お見せしましょうか?」
「え、本当ですか? 是非見たいです!」
ルルの言葉にルイジェルノ様が目を輝かせる。
「ルル、出来るの?」
問いかけると「多分ねぇ」と返ってくる。
そして中庭でルルはルイジェルノ様に芸を披露した。
自前のナイフを使ったナイフ投げやジャグリング、剣を使って逆立ちしたり、剣を飲み込んでみたり、色々と見せてルイジェルノ様を喜ばせていた。
一緒に見ていたわたしはかなり驚いた。
……ルルって何でも出来るんだなあ。
ちなみに剣をどうやって飲み込んだのか後で尋ねたら、空間魔法を口の中に展開したのだと教えてもらって、魔法の世界って手品にも便利だなと改めて思ったのだった。




