宝飾工房
ルルが目を覚ました後。
わたし達はレストランを出て、午後の見学先である宝飾工房に向かった。
宝飾市場の中にあり、貴族達の利用が多く、売っているお店と工房が一体になっているそうだ。
つまり購入する人間が宝飾品を作製しているところをお店から見られるということだ。
ただ販売するだけでなく、そうやって作業を見せることも売りにしているらしい。
宝飾市場の手前で馬車を降りる。
一寝入りしたからかルルはいつもに増して身軽そうだ。
少し足が痺れてしまったけれど、ルルの機嫌の良さそうな様子を見ると、またやってあげたいと思う。
宝飾市場はお昼過ぎにも関わらず人で混んでいた。
通りの左右には露店やお店が並び、ネックレスに指輪にピアス、ブレスレットにアンクレット、ブローチにカフスにと装飾品がこれでもかと並ぶ。
それが下品に見えないのは、一つ一つのそれらがとても質の良いものだからだろう。
面白いことに、お店によって売り物の値段が違うようだ。
明らかに高価そうな装飾品を扱っている店もあれば、平民でもお金を出せば買えそうなちょっとした物を売っている店もあり、店によってデザインなども異なっている。
織物市と同じく、それぞれのお店で上手く住み分けが出来ているというか、狙っている購入者がしっかりと違っているのだ。
「こちらが見学先の工房ですわ」
工房の前にはお腹の出た恰幅の良い男性が佇んでいた。
きちんとした格好で、薄い髪を丁寧に整えてあり、鼻の下にちょっとだけ髭がある。
でもニコニコと笑みを浮かべていて気取った感じはない。
「ようこそ、お越しくださいました」
「ささ、中へどうぞ」と扉を開けて招き入れられる。
白を基調とした清潔感のある建物は貴族向けだから金の彫刻などで繊細な飾りが随所に散りばめられている。
そして中は赤い質の良い絨毯が敷かれ、広い室内には間仕切りでいくつかに仕切られていた。
仕切られた場所にはテーブルが置かれている。
そして左手側に商品が並んでいる。どれもガラスケースの中に納めてあった。
お店の奥もまるでショーウインドウのように壁がガラス張りになっており、その向こうの様子が窺える。
「王女殿下と公爵令嬢にご挨拶申し上げます」
丁寧な仕草で男性が礼を執る。
「私、この店の店主を務めておりますエルドウィッヒと申します。本日は貸し切りとさせていただきましたので、どうぞごゆっくりご見学ください」
だから人がいないのかと納得する。
今は夏で、観光シーズン真っ盛りのはずなのに、人気店にお客がいないことが不思議だった。
わたし達がゆっくり見学出来るように配慮してくれたのだろう。
他の貴族がいては確かに落ち着かない。
こうして貸し切りにしてもらって申し訳ない反面ホッとした。
「ご配慮いただきありがとうございます。リュシエンヌ=ラ・ファイエットと申します。本日はよろしくお願いいたします」
「これはご丁寧にありがとう存じます」
「こちらへどうぞ」と言われて行けば、奥のガラス張りの前にソファーとテーブルが置かれていた。
恐らく今日のために移動させたのだろう。
中年の穏やかそうな女性がおり、店主の妻だと自己紹介をしてソファーに腰を下ろしたわたし達に紅茶を淹れてくれた。
ガラスの向こうには職人達がおり、各々に黙々と作業を行なっている。
見られることに慣れているようだ。
そしてここでも奥の方に小さな炉がいくつかあるのが見えた。
「あちらにいるのが金細工職人達です。彼らは私の店で働いていますが、金細工ギルドに加入しており、私の店はそこで紹介していただいた職人達を雇っているのです」
「ギルドに所属していない職人はいないのですか?」
「ええ、ここにはおりません。ギルドに加入するには一定の腕前が必要なため、ギルドに所属する職人達の方が安心して雇うことが出来ます。加入していないということは、腕前があまり良くないということでもありますね」
なるほど、と頷き返す。
金細工ギルドは仕事先を斡旋するギルドで、それでいて雇用側にある一定の技術を有した職人を紹介することが出来る場所でもある。
当たり前だが、雇用側も腕の不確かな者は雇いたくない。
ギルドには一定の技術を持っていなければ加入出来ないということは、全員、それだけの腕前はあるということだ。
そして職人側も自分の腕前を活かせる場所で働きたいはずだ。
ギルドが両者を仲介することで、雇用側も職人側も安心出来る。
「ですが貴族お抱えの職人などはギルドから脱退することもございます。ギルドはあくまで仲介役ですので、終身契約を結んだ後などは不要になりますから」
「職人も終身契約が出来るのですか?」
終身契約とは主に騎士達が行うものだ。
王や貴族など、自身の仕えるべき主人が出来た時に行うもので、一度その契約をしてしまうと騎士の方から解消することは出来ない。
主に王族の近衛騎士がよく行う。
「はい、出来ますよ。ただ職人の意思というよりかは、貴族の方々が腕の良い職人を手放したくなくて囲うために結ばれることが多いのですが」
そう言って店主は苦笑した。
終身契約は主人からしか解くことは出来ない。
でも一度結べば、職人の方も安定した収入を得られるようになるのだから悪い話ではない。
だけどあまり掘り下げたい話ではなさそうだ。
「あそこに炉がありますが、あれで金を溶かすのですよね?」
「はい、そうでございます。あの炉で溶かした金を鋳造し、叩いて成形し、溶接をしたり彫刻を施したりいたします。……ああ、丁度作業をしておりますね」
手で示された炉で熱していた金を、職人の一人が分厚い手袋をして引っ張り出し、型に流し込んでいる。
装飾品用だからか、剣を作っていた工房よりも炉も小さいし、溶かした物の量も少ない。
熱された金が液体になって流れ落ちていく。
「型に入れたものが冷めたら、あのように叩いて形成します」
別の職人が既に冷めて型から取り出された金を小さなハンマーで丁寧に叩いている。
どうやら角などを丸くしているらしい。
それと同時に少し伸ばしているようだ。
「そこから更に重ね付けをしたり、彫刻を施したり、宝石をはめたり、色々な作業があります。鎖を作る者もおります」
更に手で示された方を見れば、ある程度形の出来上がったものに細工を行なっている。
少し熱して曲げたり折ったりしている人、彫刻のために少しずつ削っている人、別々の部品を溶接している人、更に別の型にはめて絵柄を浮き立たせている人、細長い金を作り、そこから鎖を作る人。
他にも職人達がいて、慌ただしく動いている人や他の人の補助をしている人もいる。
たった一つのネックレスを生み出すだけでも、恐らく何人もの職人の手を渡っていくのだろう。
「午前中に武器工房で剣造りの見学をさせていただきましたが、金細工はそれに通ずるところが多いですね」
「そうですね、装飾品は武器と同じくらい古くから人々の手で生み出されておりますが、同じ金属から造られるものなので似通った点も多々あるかと思います」
ガラス越しに職人達の動きを眺める。
その表情は誰もが真剣で、炉がある部屋は暑いのか、汗をかいている。
それでも誰も集中力を途切れさせていない。
「そういえば、魔法で剣を造ると脆いと聞きましたが、装飾品もそうなのでしょうか?」
「ええ、そうですね、魔法で生み出すことは可能です。ですが殿下がおっしゃられた通り、魔法で造った物は、どれも一様に長持ちしないのです」
「やはりそうなのですね……」
剣がそうなので、装飾品もそうだろうとは思っていた。
「こちらで造った装飾品を見せていただいてもよろしいでしょうか?」
「もちろんです。どのような物をご覧になられますか?」
「……ではピアスとマントの留め具を」
「かしこまりました」
店主と夫人が商品を取りに離れる。
わたしはチラと斜め後ろにいるルルを見上げた。
……ルル、耳にピアスしてるんだよね。
いつからかは覚えていないけれど、銀色のカフスをしている。
それを見てからずっと考えていたことがある。
……ルルとお揃いのピアスをつけるか、一つのピアスを二人でつけたりしたい。
今でも十分お揃いにしてるが、それでも、わたしは足りないと思ってしまう。
ルルと同じものが欲しい。
ルルと同じものを身につけていたい。
「オレもちょっと見てくるねぇ?」
「え? あ、うん」
ルルの唐突な言葉に一瞬反応が遅れた。
それでも頷けば、ルルが並べられた商品を見に歩いていく。
……ビックリした……。
ルルがわたしから自ら離れるなんて滅多にない。
入れ替わるように店主と夫人が戻ってくる。
その手には大量の箱が持たれていた。
「お待たせいたしました」
テーブルの上に小さな箱が沢山並ぶ。
まずはピアスだ。
……でもルルは向こうに行っちゃったんだよね。
まあ、ルルもわたしと同じで、わたしの選んだものなら何でも喜んでくれるだろう。
「ご自分用ですか?」
「はい、それと婚約者用のも」
「なるほど」
わたしがチラとルルを見れば心得たように店主が頷き、わたしとルルを見て、いくつかのピアスを戻した。
残っているピアスは金、銀、それからプラチナのような色味のものだ。宝石はどれも琥珀であるのはわたしの瞳の色に合わせてか。
「これは何で出来ているのでしょう?」
プラチナのようなものを手で示す。
普段は装飾品を身につけないわたしだけれど、お父様が用意してくれた装飾品の中にはこれと同じ色の物が結構あった。
これまではプラチナだと思って気にもしなかったけれど、改めて見るとどこか透明感があって、プラチナとは違うような気がしたのだ。
「それは魔鉱でございます。魔石と同様に長い年月の間に魔力を含んだ特別な鉱石で、金や銀にくらべると魔石との親和性が高く、主に魔道具に使用されるものです。そちらの琥珀も魔石でして、魔法を付与することが出来るのです」
魔石に付与出来る魔法は精々一つか二つだが、いざという時のためにあって困るものではない。
何かしらわたしを守護する魔法を付与したものを、もしかしたらお父様は用意してくれていたのかもしれない。
……分かり難いなあ。
でもそんなお父様の愛情表現が嬉しい。
「こちらを一つください」
ドロップ型の土台に同じくドロップ型の琥珀がついた魔鉱のピアスを示す。
「箱にお包みしましょうか? それともすぐにお使いになられますか?」
「すぐに使います」
そう言えば、エカチェリーナ様の侍女が動いた。
わたしの耳につけているピアスを外してくれる。
「右耳だけつけてください」
侍女が頷いて右耳のピアスだけつけてくれた。
「ルル」と呼べば、振り向いたルルが戻ってくる。
右耳を見せてから、ルルにピアスを渡す。
するとルルはすぐにわたしの言いたいことを理解して、自分の耳につけていたカフスを両方外し、左耳にだけピアスをつけた。
店主と夫人がそれぞれ鏡を持って見せてくれる。
同じピアスを片耳ずつつけたわたしとルルがいる。
「リュシー、左手ぇ出してぇ」
言われるがままに左手を差し出す。
ルルがわたしの手を掴むと、そっと指に何かを通した。
……指輪……?
わたしの左手をルルが満足そうに見た。
「うん、似合ってるよぉ」
指には植物をモチーフにした繊細な指輪がはまっていた。ピアスと同じ魔鉱で、よく見ると所々に小粒のダイヤモンドがあしらわれている。
「オレからのプレゼントだよぉ」
その言葉に思わず立ち上がってルルに抱き着いた。
人前だとか、お店の中だとか、そんなことはもうどうでも良くなっていた。
……ルルが指輪をくれた!
この世界にも結婚指輪というものがある。
でも、指輪はファッションの一つでもあった。
そして実は婚約指輪というものはない。
だから指輪を異性から贈られるのは結婚する時だけで、それ以外は装飾品でしかなかった。
「ありがとう! 凄く嬉しい!!」
そして結婚指輪は王家が用意することになっていた。
王女に相応しいものをと、お父様が手配してくれているそうで、ルルからはもらえないと思っていた。
「結婚式は別のやつになるけどぉ、それまではこれをつけててねぇ」
「うん、毎日つける!」
「もちろん、これもオレとお揃いだよぉ」
ルルが左手を見せる。
すると同じものがもう一つ、ルルの左手の薬指にはまっていた。
わたしは嬉しくて嬉しくて仕方がなくて、もう一度ギュッとルルを抱き締めた。
わたしの誕生日までもう一ヶ月もない。
十六歳になればルルとわたしは結婚する。
式は卒業後になるけれど、婚姻届は受理されて、わたしはルルの妻となる。
結婚式はお父様の選んだものをつけて、それ以外ではルルの選んだこの指輪をつけていよう。
「リュシーは何を選んでたのぉ?」
ルルの言葉に我へ返る。
店主も、夫人も、エカチェリーナ様も微笑ましげにわたし達を見ていて、ちょっと頬が熱くなる。
ソファーに戻って腰を下ろす。
「後はお父様とお兄様のマントの留め具を選ぼうと思って」
昨日の織物市で買った布は、実はマントに使ってくれたら良いなと思っている。
だからここではマントの留め具を買いたいのだ。
「どのようなマントかお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「はい、父の布には赤い生地に鷲の刺繍が、兄の布には青い生地に金の若獅子の刺繍が施されております」
「では、こちらなどはいかがでしょう?」
店主が手で示したのは大きな留め具だった。
金に大粒のルビーがついたものと、金に大粒のブルーサファイアがついたもの。
どちらも飾り紐がついている。
あの布達をマントにしてこの留め具を使う。
きっとお父様もお兄様も格好良いだろう。
「この二つにします」
即決で購入する。
ルルが商品達の代金を支払った。
「ご購入ありがとうございます」
「いいえ、こちらこそ今日は見学をさせていただき、ありがとうございました」
「またウィルビリアに立ち寄ることがございましたら、是非いらしてください。いつでもお待ちしております」
見学と購入を終えて店を出る。
……今日も沢山買い物をしちゃったなあ。
一番嬉しいものももらえた。
明るい日差しに手をかざせば、左手の薬指にルルからもらった指輪が輝いている。
差し出されたルルの左手にも同じものが輝いていた。




