前期試験結果
試験から二日後。
前期試験の結果が発表された。
各学年の教室がある階に、一年生、二年生、三年生と全ての生徒の順位と総合得点が張り出されたのだ。
誰もが結果を知りたくて朝から早めに登校し、順位表に詰めかける。
わたし達も一応見に来たけれど人が多くて順位表からは大分距離がある。
「昼休みに見た方が良いかもな」
あまりの人の密度に驚くわたしを他所に、お兄様が慣れた様子で言う。
「せっかく早めに来たけど、毎回凄いよね」
「私は早く結果が知りたいですわ」
ロイド様が頷き、ミランダ様は何とか入る隙間がないか人垣の後ろで右往左往していたけれど、結局入れず、ロイド様に「あれを掻き分けていくのは難しいよ」と慰められていた。
ただ人が押し合いへしあいしてるのではなく、集まって密度が高いだけなので熱気や騒がしさはそこまでない。
貴族が通う学院だけあって、他人を押し退けていく人もおらず、確認を終えた人から順次離れていることから、しばらくすれば人気は減るだろう。
しかし授業が始まるギリギリまではこの状態かもしれない。
「順位と点数でしたら見えますよ」
後ろにいたルルの言葉に全員が振り向いた。
全員の「え?!」という声と行動が揃った。
「本当?」
「この距離であの小さな文字が見えるのか?」
「それは、随分と目が良いですね……」
「リュシエンヌ様は何位でいらっしゃるのですか?」
そしてそれぞれが思わず言葉を発した。
ルルは一つ頷くと小さく詠唱を口にして、片目の前に小さな魔法式が縦に浮かび上がる。
お兄様が「部分的な身体強化か」と納得する。
魔法で目を強化して視力を上げたようだ。
ルルがふっと笑う。
「おめでとうございます、前期試験一位はリュシエンヌ様です。得点は五教科満点の五百点のようです。ちなみにアリスティード殿下も五百点で二位ですね」
今度は全員がわたしを見た。
「リュシエンヌ、おめでとう」
お兄様が嬉しそうな、でも少し残念そうな顔をする。
……順位を抜かされたからだろうか。
「誇らしいが、兄としてリュシエンヌに負けないよう努力すると以前宣言していたのにな……」
どこか悲壮感漂うお兄様の肩をロイド様が軽く叩く。
「まあまあ、アリスティードだって満点だし、気になるなら次の中期試験で頑張ればいいじゃないか。リュシエンヌ様の初めての試験が一位っていう輝かしい成績になったことを今日は祝おうよ」
ロイド様の言葉にお兄様が頷いた。
そこにはもう悲壮感はなく、ちょっと苦笑に近かったけれど、でも笑っていた。
「そうだな、リュシエンヌが良い成績を残せたことは素直に嬉しい。……点数は同じだが、やはり魔法座学の最後の問題の解き方で差が出たんだろうな」
「だろうね。点数以外で加味されたなら、あの問題の可能性が高いよ」
「加味されると違うのですか?」
わたしの問いにお兄様が頷く。
「ああ、同点の時は解答内容からより優れた方が上になるんだ。リュシエンヌは実際に発動出来る魔法を構築したからな。そちらの方が優秀と考えるのは当然だ」
……そうなんだ。
お兄様に頭を撫でられる。
「そうだ、ニコルソン男爵、良ければ私達の分も確認していただけませんか?」
ロイド様の言葉にルルが「いいですよ」と言う。
今回のわたし達の順位結果は以下となった。
リュシエンヌ=ラ・ファイエット、一位五百点。
アリスティード=ロア・ファイエット、二位五百点。
ロイドウェル=アルテミシア、三位、四百九十八点。
ミランダ=ボードウィン、四位、四百九十五点。
「やっぱり魔法座学の最後の問題を解けなかったのは痛かったですわ……」
ミランダ様が悔しそうにこぼす。
……あ、そういえばそんな話してたっけ。
わたしが満点ということはあの解釈と解き方で合っていたのだろう。
ああいう引っかけ問題は前世のわたしも何度も引っかかったし、受験の時には特に苦しめられたので、問題文はよく読むようにしていたのだ。
魔法座学の試験問題はアイラ先生が作ったのだろうけれど、先生、結構容赦ない引っかけ問題を作ったなあと思う。
「二位か。まだ巻き返すチャンスはありそうだな」
「私も頑張らないとね」
結果を聞いたお兄様とロイド様が、決意を新たにしている横で、ミランダ様はしょんぼりと肩を落としている。
ミランダ様だって学年四位で四百九十五点なら、非常に優秀と言える成績だろう。
……でもわたしがそういうことを言ったら嫌味に聞こえちゃうかな。
どうしようと思っているとミランダ様と目が合った。
「えっと、わたしがこんなことを言うと嫌味に聞こえてしまうかもしれませんが、ミランダ様も十分素晴らしい成績だと思います。学年四位なんて、努力してなければなれないでしょう」
実際、わたしだって今回の試験を難しいと感じた。
ミランダ様も真面目に勉強して、努力して、他の生徒達も順位を上げようとしている中で四位を得ているのだから凄いと思う。
それにお兄様もロイド様もミランダ様も、わたしと違って前世の記憶があるわけではない。
その点ではわたしの方がズルをしているようなものなので、堂々と胸を張る自信はあまりない。
もしわたしに前世の記憶がなかったとしたら、恐らく、原作のリュシエンヌと成績は同じだったかもしれないのだ。
「ですから胸を張ってください。ミランダ様はとても優秀な方です」
「リュシエンヌ様……!」
励ますために手を握ると、ミランダ様がキラキラした目で見つめ返してくる。
キュッと握られた手を握り返しつつ、わたしは微笑んだ。
ミランダ様も嬉しそうに微笑んだ。
……ミランダ様って可愛い人だなあ。
王家への忠誠心が厚いのもあってか王女であるわたしや王太子であるお兄様に対してだと、何というか、ちょっと犬っぽくなる。
お兄様に対しては忠実で格好良く。
わたしに対しては懐っこく慕うように。
今も、もし尻尾が生えていたらブンブン振っているだろう。
「ミランダも次は一緒に頑張ろう」
「ええ、そうですわね、次も頑張りますわ」
横から声をかけたロイド様にミランダ様が頷き、二人は柔らかな笑みを浮かべる。
…………あれ?
そっとミランダ様の手から自分の手を離し、お兄様の方に近付いて、こそっと話しかける。
「お兄様、もしかして、ロイド様とミランダ様って相思相愛な感じですか?」
お兄様が「気付いていなかったのか」と言う。
「二人とも互いに好意的に思っているが、ミランダ嬢の方はまだ恋愛まではいっていないようだ」
「ロイド様は?」
「結婚するならミランダ嬢が良いと言っている」
「まあ……!」
思わず口に手を当てて二人を見やる。
勝気そうなミランダ様と紳士的なロイド様は美男美女でお似合いで、楽しそうに話してる様子からも、親密さが感じられる。
ロイド様がミランダ様を好きならば、リュシエンヌやオリヴィエが入り込む隙間はない。
何より二人の仲が良いことが嬉しい。
わたしがニコニコしているとお兄様も微笑んだ。
そしてお兄様がふとルルへ顔を向ける。
「そうだ、ルフェーヴル、他の者達の成績も見えるか? エカチェリーナとアンリ、フィオラ嬢、エディタ嬢……それからレアンドルも」
最後は小声で付け足していた。
側近候補から外れても、やはりレアンドルのことを案じているのだろう。
もう関わることがない可能性が高いと言っても友人で、その行く末を気にならないわけがない。
ルルが強化したままの目で順位表を見た。
「クリューガー公爵令嬢は一位で四百九十九点、ナイチェット伯爵令嬢は八位で四百八十八点、ロチエ公爵子息は一位で五百点、エディタ嬢は十五位で四百七十二点。……ムーラン伯爵子息は三十三位で四百五十五点」
お兄様の表情が僅かにホッとしたものへ変わる。
「そうか、レアンドルも真面目にやっているようだな」
お兄様に聞いたところ、一年二年の頃は四十半ばから五十位を行ったり来たりしていて、あまり成績が良くなかったそうだ。
それが今は三十位台前半。
皆が真面目に試験勉強をしている中で、レアンドルも彼なりに努力して、この結果を残したのだろう。
もしレアンドルがこのまま真面目に努力を続ければ、中期試験の結果によっては上級クラスへ入ることも可能かもしれない。
前期、中期の試験結果ではクラス変更がされるのは、前世の学校との違いである。
順位によってクラスが決まるため、順位を上げれば、当然上のクラスへ移動することが出来る。
レアンドルも中期試験で三十位以内に入れば二年生の上級クラスへ入れるだろう。
「エカチェリーナ様も皆様も優秀ですね」
ちなみに生徒会役員は後期試験の結果で決まる。
各学年の一位から三位までが生徒会入りし、四位から十位までの人々はやりたい人だけが生徒会補佐として入会する。
補佐と言っても雑務の仕事をこなすことが多いため、あまり入る人はいないようだ。
わたしは生徒会を断ったので入っていない。
お兄様が生徒会にいるし、入学したてで何も分からないわたしが入るより、他の慣れた人の方が戦力になるだろうし、何より生徒会に入ればかなり目立つ。
でも、今回の試験の結果から生徒会補佐くらいには入って欲しいと言われるかもしれない。
……顧問はリシャール先生だしね。
それならそれで、お兄様達のお手伝いをするだけなので、補佐ならば入ってもいいと思っている。
「ああ」
お兄様が満足そうに頷く。
エカチェリーナ様達の成績が良かったからだろう。
「アリスティードもそう思わないかい?」
「うん? 何がだ?」
ロイド様の言葉にお兄様が反応して近付いていく。
まだ順位表を見てるルルにこっそり訊く。
「オリヴィエ=セリエール男爵令嬢は?」
「五十四位、四百三十七点ですね」
「……そうなんだ。それって上がってるのかな?」
五十四位なら中級クラスである。
「報告では入学試験時が七十二位でした」
……なるほど、勉強も真面目にやり始めたということは本当だったんだね。
前世でそれなりに真面目に勉強していて、こちらでも真面目に学べば、それなりに優秀な成績は残せるはずだ。
オリヴィエが噂を払拭するために勉強にも力を入れていると報告書にはあったけれど、本人なりに努力しているのは確かなようだ。
今回の試験で彼女はクラスが一つ上がるだろう。
この勢いならば中期試験で上級クラスに食い込む可能もある。
本来のオリヴィエ=セリエール、つまりオーリも努力によって上級クラスに入っていたはずだ。
方向性は違うが、努力家という点ではオリヴィエもオーリも共通したところがある。
「気になりますか?」
ルルの問いに苦笑する。
「ちょっとね。もし上級クラスまで上がったら、ロチエ公爵子息にまた近付こうとするかもしれないし」
それにこの間、エカチェリーナ様から嫌な話を聞いた。
どうやらオリヴィエは自分の周りにいるご令嬢やご夫人達にわたしに虐げられていると遠回しに触れ回っているようだ。
ただ実名を挙げて話しているわけではない。
自分が悪評で苦労したため、わたしの悪評を広めてわたしからお兄様やルルなど味方が離れて孤立するように仕向けたいらしい。
……まあ、でも、お粗末な手紙をばら撒いて、茶会で愚痴を言うくらいしか出来ていないみたいだけど。
オリヴィエは噂を広めて欲しいと周りに訴えるが、周りはむしろ噂が広まらないように抑えてくれている。
……当然と言えば当然だよね。
ただ愚痴るだけならば、お茶会の席の戯言で済む。
しかし王族の悪評を悪意を持って広めれば、元凶だけでなく、協力した側も不敬だと罪に問われる。
勉強を進めているわりに国の法は疎いらしい。
「ですがロチエ公爵子息には婚約者がおられます。最近ではお二人は随分と親しくなったそうですよ」
「そうなの?」
「はい、報告が来ています。それにロチエ公爵子息はアリスティード殿下の言葉に従っております。そういった点から見ても、男爵令嬢が子息に近付いたとしても今まで通り子息の方が避けるでしょう」
「そっか、それなら良かった」
アンリとエディタ様はあまり会わないので気になっていたが、関係が良好なのはいいことだ。
ロイド様もアンリも、オリヴィエの入る余地がなく、婚約者と親しいなら原作のようにはならないだろう。
オリヴィエの件は相変わらず頭の痛い問題だが、わたしの悪評も周囲が止めているし、そうすることでオリヴィエは自分自身の評価も落としている。
……そのまま自滅して欲しいけど、オーリのことを考えると悩ましいなあ。
「リュシエンヌ、そろそろ教室に戻ろう」
「はい、お兄様」
振り向いたお兄様に声をかけられて歩き出す。
とりあえず、前期試験も終わり、良い結果が残せたことを今は喜んでおく。
オリヴィエについては作成中の魔法式もあるし、それが出来上がればいざという時、オリヴィエのみを封じればいい。
……オーリに許可を得ておかないと。
次に手紙が届いたら訊いてみよう。




