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優性新世界

作者: 柊鏡

 勤め先の医院へ向かう道すがら、何時ものことであるが、デモ隊と遭遇した。

 彼らは一様に同じ内容のプラカードを持っていた。

『遺伝子治療反対! 努力者差別だ!』と書いてある。

 ハァと私は嘆息して、彼らから見えないように身を縮めて車を運転した。

 彼らにバレてはコトだ。折角、五体満足に生まれたのに片輪かたわにされてしまいかねない。くわばら、くわばら。

 私は医院の駐車場ではなく、近くのコイン式駐車場に車を停めた。

 医院に入る際も、正面玄関を避け、裏口から入った。

 私は受精卵の遺伝的正否を調べるなどする、遺伝子治療を専門に行っている。

 二階の診療室に行き、正面玄関を見下ろすとデモ隊が座り込みをしていた。そのうちの一人が指向性マイクを持ち、アジっていた。

「この病院は悪魔の巣だッ!」

「「そうだ、そうだ!」」

「やつらは優生学のだッ!」

「「そうだ、そうだ!」」

「倫理意識が希薄だッ! 努力者の権利を踏みにじっているッ!」

「「そうだ、そうだ!」」

 全く如何して毎日、座り込みなどできるのだろう。一銭の得にもならんのに。

 昨日も一昨日も、一昨昨日さきおとといも、もっと前も、かれこれ一月ほど彼らはこうしている。

 雇われ医者の私にとっては、患者が多かろうが少なかろうが、給料に差はないから構わないが、患者にとっては困るだろう。

 座り込みの人数が多すぎて、正面玄関に向かおうとする来診の患者たちが渋い顔をしている。

 邪魔だろう、と思う。

 患者にとっては努力者とやらがどうなろうと構わないのだ。いや、正確には構うかもしれないが、所詮他人事だ。自分の病への不安には代えられない。

 来診の一人がアジテイターに文句を言ったようだ。「おたくら、邪魔なんだけど」

「邪魔だと? 我々は崇高な使命を遂行しているのだ」

「おたくらがさぁ、大変なのは解るがこっちも病気なんだよ。俺はヘルニアなんでねぇ、玄関まで遠回りせにゃならんとうのは億劫だ」

「おまえは健常者ではないか。それくらいの努力、惜しむな」

「おたくも、健常者に見えるが?」

 むっとアジテイターが顔をしかめた。どうやら劣勢らしい。何だか気分がよい。

「ああ、確かに俺は健常者だが、スポークスマンなのだ。努力者の中には口すら利けんヤツもいるんだ。当然じゃないか? 我々が保護せねばなるまい」

「スポークスマンねぇ、それに保護ねぇ。でもなぁ、俺の息子も障碍しょうがい持ち――」

「障碍とは何だッ! 障碍とはッ! ハンデキャップ、もしくは努力持ちと言え!」

 今度は来診が顔を顰める番だった。「おたくさぁ、偉そうだが、その努力持ちの肉親でもいるのかい? いねぇだろう? 俺はいるんだよ。息子が視覚に障碍があるんだ。そもそも、俺の血らしくてなぁ、孫に遺伝するのも悪いからここの先生にお世話になったんだが――」

「きさまは、優性学の徒に協力すると言うのか? 何たる男だッ! 俺は目の届く限り遺伝子治療など受けさせていないぞ」

 自慢するようにアジテイターが言った。

 来診は呆れたように肩をすくめて、きびすを回した。

「おい、待て。きさま!」

 アジテイターが何を言っても彼は振り返らなかった。


「先生、先生」さっきの来診患者が私に言った。

「お孫さんは、順調ですか?」

「ええ。いい塩梅あんばいでさぁ。これで孫は辛い思いをしないと思うと健やかですよ。ええ。春彦のやつぁ、緑と赤の区別もつかんから虐められてなぁ……」

 遠い目をして患者は外を見た。

「よかったですね」と私が言うと、彼は微笑んだ。そして、診察室を辞した。元々彼はヘルニアの治療に来ていたのだ。正確に言えば、私の患者ではない。


 何人か患者の相手をしていると昼時になった。昼食をって午後の診察に努めた。今日は手術予定も検査予定も入ってはいなかった。

 三時を過ぎたあたりでサイレンが鳴るのを聞いた。

 救急車のサイレンだ。

 かなり、近い。

 この病院は救急病院でもある。

 サイレンは病院の前でドップラーするのをやめた。やはり、うちに来たらしい。

「どいて、どいて」と救急隊員が怒声をあげているのを聞き、窓際へ向かった。

 デモ隊と救急隊員がもみ合っていた。

 ストレッチャーを正面玄関横から搬入しようと救急隊員たちはしているのだが、座り込みが邪魔なのだ。

 急患だと云うのに、座り込みたちは退かない。

 全く退く気もないようだった。


 急患は心臓麻痺で死んだ。

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