奇妙な出会い
世の中には”仕事が生き甲斐”とか”仕事が楽しい”だとか言う奴がいる。
俺には全く理解できない別世界の人間の考えだ。
好きなことを仕事に出来たらそうなるのかもしれない。
でも好きなことを仕事に出来る人間がどれくらいいるのだろう。
多くの場合好きなことは金にならない。
だから好きでも無いことを金のためにやる。
仕事なんか生き甲斐ではなく
生きるために仕方なくするものだと俺は思う。
もし生き甲斐と言える仕事があるならやってみたいものだ。
だから俺は生き甲斐を求めて職業安定所に来ている。
と、言えば前向きに聞こえるが、単純にリストラされて失業中なだけだ。
今日も検索用パソコンを睨み続けているが、そんな仕事はまったく無い。
惰性でパソコンの文字を追いかけていたが、なんか眠くなってきた。
今日はこの位にしよう。
俺は立ち上がり、番号票を受け付けに返すと出口に向かう。
自動扉が開き表に出た瞬間、熱くじっとりとした空気が身体にまとわり付く。
いや~この暑さの中仕事行くの大変だよな~
失業中で良かった。
などと思っていると誰かが
『すみませ~ん』と声を掛けてきた。
忘れ物でもしたのかと思い振り向いたが誰もいない。
再び前に目をやる。
ハローワークのエントランスから歩道まで10メートルくらいあるだろうか。
歩行者が数人歩いていたが、誰もこっちなんか見てはいない。
いや、右斜め前方に変なおっさんがこっちを見ている。
小太りで口髭を生やし縁の太いメガネを掛けた往年のフォーク歌手の”まぎら建造”に似たおっさんだ。
すぐそばで話しかけられた様な気がしたが・・・・
『こっちこっち』
また声がした。
近くで話しかけられたというよりも頭の中に響いたという感じだ。
この暑さの中で俺は寒気を感じた。
そして、おっさんを見ると・・・手招きをしている。
暑さのせいで幻覚を見ているのかな?
でも妙に現実っぽいけど。
とにかく確かめたくなった。
おそるおそる数メートルの所まで来たが本物の人間の様だ。
近付くと、やはり”まぎら建造”にそっくりだ。
よく見ると顔の半分位を占めている白髪交じりの無精ひげが陽に当たってキラキラしている。
具に観察していたその時また声が響く。
『キスはだめ!』
びっくりして3メートル程後ろに吹っ飛んだ。
夢中になって観察してしまい近付きすぎたが、誰がキスなんかするかい!
全くふざけたおっさんだ。
見ると、奴はニヤニヤしている。
そして俺の顔をのぞき込みながら意思を送り込んできた。
『冗談だよ!脅かしてごめん。俺テレパシーが使えるんだ』
え!?なにそれ?だからなに?それがなに?
状況が分からずパニクっている俺に奴は続けた。
『実は俺、お供を探しているんだ』
なんだ?お供って?あんた桃太郎か?きび団子でもくれるってか?
更に訳の分からないことを言ってきた奴に対してこっちの思考もおかしくなってきた。
『きび団子は無いけどこれをやってもいいよ』
奴は自分の履いているGパンを指差した。
チーバイスの54年物だ!
買えば100万近くはするだろう希少なGパンだ。
え?ホントに?
『何なら今あげても良いよ』
と言いながら奴はGパンを脱ごうとした。
俺は慌てた。こんなところで脱がれても困る。
ちょっ・・ちょっと待って!
俺が止めるのを待っていたかのように奴は脱ぐのを止めニヤっとした。
まったく・・・脱ぐ気ないだろ・・っていうか
くれる気ないだろ!
馬鹿らしくなり俺は奴に背を向け行こうとする。
『冗談、冗談!ちゃんと時給あげるから』
え?時給いくら位?・・・振り返り奴に近付く。
『500円』
馬鹿らしい・・・再び奴に背を向け行こうとする。
『冗談!千円でどうよ』
千円ならいいかな・・・再び近付く。
『交通費込みでいい?』
交通費ぐらい出せよ・・・・行こうとする。
そんなやり取りをしばし続けていたが、その間俺達は一切音声を発していない。
傍からみたらなぜか同じところをグルグル回っているおっさんをもう一人のおっさんが凝視しているという状況だろう。
なんか目眩してきた・・・もう帰る。
今度こそ行こうと、歩き出した俺に背後から奴が意思を送ってきた。
『じゃあ気が向いたら来なよ。ここから真加町交差点を左に曲がった所のタバコ屋にいるから!』
行かねえよ。
その場をだいぶ離れてからふと足を緩める。
あのおっさんは何者なんだ?
なんで俺に声を掛けてきたんだ?
テレパシーなんて本当にあるのか?
なんで俺はお供の話に食いついてしまったのか?
もしかしてあのおっさんは俺に仕事を与えるための妖精?
疑問はいくらでも噴き出して来るが何一つ答えは見つからない。
もう考えるのが面倒くさくなってきた。
答えはどこにあるのか・・・・ボブ・ディランに会ったら聞いてみよう。
多分会わないだろうけど。




