表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

だから僕は聖女を殺すことにした。

作者: 高野 ケイ

 彼女は……『従魔の聖女』と呼ばれていたアナスタシアは15歳まではどこにでもいる村娘だった。決して裕福とは言えない家に生まれ、農村で普通に生きていく。彼女はそう思っていたし、僕もそう思っていた。



 僕と彼女の親同士は仲が良く、家も隣だったこともあり、よく一緒に行動をしていた。僕らも親同様仲は良かったと思う。彼女との関係はなんといえばよいのか今でもわからない。幼馴染でもあり、妹のような存在でもあり、初恋の人でもあった。



 二人でいると同年代の子供たちによくからかわれたものだ。気弱な彼女はそのたびに「こわいよう」と僕にしがみつくのだった。そんな彼女をみて僕は英雄譚に出る英雄のように守ろうとするのだが、多勢に無勢であり一方的にやられてしまう。そんな生活の繰り返しだった。



 僕には夢があった。ありきたりで男の子ならだれもが思う夢。彼女に騎士になりたいというと「じゃあ私はお姫様になるから守って」などとかわいらしいことを言うのだ。素直じゃなかった僕は「君じゃあ、お姫様なんて無理だよ。もっと上品にならないと」とからかうと拗ねたように口をとがらすのが可愛かった。

 結局僕は騎士にはなれなかったし彼女ももちろんお姫様にはなれなかった。でも運命とは数奇なもので僕と彼女は従者と主人にはなれたのだ。それが幸せなこととは思わないけれど。



 きっかけは彼女が15歳のときにおきた。僕らの村にレイスが現れたのだ。レイスというのは亡霊のようなもので生者を襲い生命を奪う存在だ。元は人間であり強い未練をもって死ぬとレイスになるといわれている。村に現れたレイスもそうだった。口減らしにと山に捨てられた老夫婦のおばあさんがレイスとなったおじいさんと共に帰ってきたのだ。レイスには一つ不思議な習性がある。未練の対象の言うことだけは聞くのだ。この場合おばあさんを残して死ぬのがおじいさんの強い未練だったのだろう。レイスはおばあさんの怨嗟の声にあわせ村人を襲った。


 おばあさんの顔は憎しみでひどく歪んでおり、かつてお菓子をくれたり、薬草取りを教えてくれたやさしいおばあさんはもうそこにはいなかった。


 昔からの風習だったし、おばあさん達も納得したうえでの口減らしだったはずだが、山でよほど怖い思いをしたのか僕たち村の人間を憎んでいるようだった。突如現れたレイスに僕たちはなすすべもなく逃げ出した。


 レイスの動きは早く一人、また一人と見知った顔が生命を吸われ死んでいった。でも村の人達だってただやられていたわけでない。村で猟師をしていたおじさんが射抜いた矢はおばあさんの胸を貫いて、それをみたレイスはまるで泣き叫ぶかのように奇怪な声を上げた。でもそれだけだった。レイスは再び僕らを襲うのだった。結局村の人達もレイスに対してどうすればいいのかなんてわからなかったのだろう。



 さらに凶暴になったレイスに彼女が襲われるのをみて僕はとっさにかばった。何を考えていたのかときかれても説明はできないし、対抗手段があったわけではない。でも守らなきゃって思ったんだ。レイスに触れられて僕は体から大事なものを奪われていくのを感じた。彼女が僕の名前を呼びながら泣き叫んでいるのがみえた。



 次に見た光景は彼女の手から光が生じてその光に包まれたレイスが消えていくところだった。その光景はとても神秘的だったけど、満ち足りたような表情のレイスと対比するように苦悶の表情を浮かべている彼女が印象的だった。



 村の誰かが「奇跡だ」と叫んだ。村の誰かが「聖女だ」と叫んだ。彼女を畏怖の視線から遮るように僕は彼女の前に立った。彼女は誰かに注目されるのが苦手だったから、守ってあげなきゃって思ったんだ。彼女もそれに習うかのように僕を後ろから抱きしめてくれた。少しどきどきしてしまったのはここだけの話だ。中にはまるで化物をみるような目で僕らをみる人もいたけれどそんなのは気にならなかった。だってまるで昔憧れた英雄譚のお姫様と騎士みたいだったから。



 その後は彼女と僕は大きな街の教会に呼ばれた。彼女を聖女として認定するらしい。本当は呼ばれたのは彼女だけだったけれど僕がいないと絶対行かないと駄々をこねたからだ。

 教会では偉い人と食事をして儀式をすることになった。そのとき一つ事件がおきた。食事のときに僕の料理だけ準備されていなかったのだ。それを見た彼女はとても怒った。気弱な彼女にしては珍しいなと思ったけれど僕のために怒ってくれたのがすごい嬉しかった。偉い人の命令であわてて僕の食事を準備していた人が「生意気な……」とつぶやいていたのも気にならないほどだった。



 そして儀式が終わり彼女と僕は教会の命令でレイスを退治する旅に出た。レイスは聖女しか成仏させる事ができないらしい。僕の両親も、彼女の両親も、村にレイスが来たときに亡くなっていたので、抵抗はなかった。初めての旅は怖かったけど彼女と二人で入れるのが嬉しかった。彼女も同様で少し恥ずかしそうに「これからもよろしくね」と言ってくれた。



 僕らはレイスの話の噂を聞くと、その場所へ行きレイスを成仏させるという生活が続いた。感謝される事もあったし、レイスの家族らしき少年に「なんでお母さんにこんなことをしたんだこの化け物共め」と言われることもあった。そんな少年をみて彼女は悲しそうな顔をして「ごめんね……ごめんね……」というのだった。僕は少年を怒鳴りつけようと思ったが彼女が止めたのでやめた。少年の気持ちもわかる気がしたのもあるだろう。僕だって彼女がレイスになったらどんな手段を使ってでも守るだろうからだ。



 泣き虫な彼女はつらいことがあると僕に抱きつくくせがあった。少年に罵倒された日の夜もそうだった。「つらいようつらいよう」と泣きながら抱きついてくる彼女に、僕は慰めの言葉をかける事しかできなかった。その日僕と彼女は初めてキスをした。どんな味がしたかは覚えていないけれど彼女の表情が柔らかいものになったのを僕は覚えているし、忘れることはないだろう。



 旅の途中で他の聖女にも会った。その聖女は少し荒んだ目をしていたけれど彼女と少し似ていた。聖女というのはどこか似るのかもしれない。もちろん彼女のほうが可愛いけれど。

 荒んだ目の聖女と彼女は情報交換のためにと食事をしていた。二人の会話は難しくてよくわからなかったけれど彼女の顔にある苦悩が少し和らいだような気がしたので僕は嬉しかった。



 彼女が少し席を外した時に荒んだ目の聖女は「私が言ったことは絶対に言うな」と注意した上で色々教えてくれた。聖女はレイスを除霊する際にそのレイスの抱えていた未練を一気に抱え込む事になるそうだ。それは凄まじい負担らしく聖女の大半は心を壊してしまうらしい。



 それを聞いた僕はもちろん彼女を止めようとした。でもそれを見越したように荒んだ目の聖女は言った「あの子はもちろん知っているし、それでも聖女として生きることを決めたんだ。それにこれはお前らが一緒にいるために必要なことなんだ。だから余計な事はするな」僕は愛おしい彼女が苦しんでいるのに何もできないのか……確かにただの村人だった僕らが、コネもなく生きていくのは難しいだろう。彼女は教会がなんとかしてくれるかもしれないが、僕まで面倒をみてくれるとはかぎらない。



 僕がよっぽどひどい顔をしていたのか彼女は哀れみに満ちた表情で僕に言った。「お前がいるだけで彼女は元気になる。だからお前は彼女を甘やかしてやれ。そしてどうしようもなくなったら私を呼べ。なんとかしてやる」どうにかとはどういうことだろう? と聞こうとしたが彼女が帰ってきたので聞きそびれてしまった。



 荒んだ目の聖女と別れた後「ずいぶん仲良く話してたね」と頬を膨らませて嫉妬をする彼女をなだめるのは大変だった。可愛いなって思ったのはここだけの秘密だけど。



 その後も旅は続いた。色々なレイスを除霊して日に日に心労が溜まっていく彼女を見ているのは辛かった。僕が大丈夫? と聞くと彼女はいつも笑顔で「大丈夫だよ」というのだった。荒んだ目の聖女から話を聞いていた僕は彼女が無理しているのがわかってしまい余計辛かった。



 何十体のレイスを除霊しただろうか、ずっとそばにいると彼女の限界が近づいているのが僕にはわかった。最近は会話もあまりなく、虚ろな目をすることが多かったし、夜寝ても悪夢を見ることが多く目が覚めては僕に抱きつきながら「つらいよう、つらいよう」というのだった。



 もちろん僕だって何かできるか色々試した。彼女が好きなものを一緒に食べにいったり、教会の人にもっと仕事を減らしてほしいと懇願をしては冷たい反応をされたりもした。



 そして限界がきた。いつものようにレイスを除霊した後だった。お礼も受け取らず宿屋に戻った彼女はベットのうえで僕にまるで許しを請うように頭をたれてこういったのだ。「ごめんね……私はもうだめみたい……君はいつでも私を守ってくれたのに……私は……私は……」彼女が僕を何から守っていたのかはわからないけど僕は彼女を抱きしめて、できるだけ優しい口調になるように努めていた。僕の胸の中で彼女は泣きながらこう言った。「もう苦しいの……何人もの人の想いが頭の中でグチャグチャしていて耐えられないよ……自分が自分でなくなるの……」一呼吸おいて彼女は僕にこういった「もう辛いから殺してほしい……」



 彼女は色々耐えてくれていたのだろう。でももう限界だったのだ。一度弱音を吐いた彼女はせき止めていたものを押し流すかのように嘆くのだった。そして泣きつかれて眠ったのだけれど、それでも彼女は苦しそうな顔をしていた。もはや夢の中ですら彼女の安寧の地ではないのだ。僕は彼女の言葉を思い出す。本当に苦しそうに「もう辛いから殺してほしい」そう言った彼女の顔と言葉を思い出す。



 だからぼくは彼女を……聖女を殺すことにした。生きていても苦しいだけならば、寝ていても苦しいだけならば、もはや彼女の救いは死しかないのだろう。彼女との思い出があふれ出す。村で花嫁をみたときに「私もこうなりたいなぁ」と言っていた彼女。旅をして一緒の部屋に泊まった時に「なんか恋人みたいだね」と言っていた彼女。そして僕が彼女の首に手をかけると「ごめんね、そしてありがとう。大好きだよ」と言った彼女。たくさんの彼女が僕の心を支配した。結局彼女を殺した僕は朝まで彼女の亡骸を抱えていた。



 僕と彼女の時間は乱暴なノックによって終わりを告げた。扉を開けた人は僕と彼女をみてしばらく固まった後に「くっそ、所詮はレイスか! 聖女様をよくも殺したな」と怒鳴り部屋を出て行った。さっきの人はなにをいっているのだろう? この部屋には僕と彼女しかいないと言うのに……



 周囲を見回した僕の視界に鏡が見えた。そこにいるのは彼女を抱えたレイスだ。え……? なんだこれ? さっきの人は僕をレイスと言ったのか? 僕の中で全てのピースがつながった。僕は村で彼女を守った時にレイスに殺されて、彼女を守れなかった未練でレイスになってしまったのだ。

 彼女が聖女として仕事をしていたのはもしかして僕を生かすための交換条件だったのではないだろうか? 僕は彼女を精神的にも肉体的にも殺したのだ。僕は呆然としたまま部屋を出た。すると人間と目があう。彼女は死んだのになんでこいつは生きてるんだ? 僕は死んだのになんでこいつは生きているんだ? 僕の心を黒い感情が支配した。生きているやつらが憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い。


 不思議な光が僕を包んだ。目の前に少女がいた。これは彼女か? いや、彼女はこんな荒んだ目はしていなかったはずだ。目の前の少女は僕をみて悲しそうに言った「やはりこうなってしまったか。あの子に恨まれても君を除霊すべきだった……」何を言っているんのだろう? ああ、まるで心が洗われるようだ。僕の中の黒いものがどんどん浄化されていく。

「迎えに来たよ」彼女が僕の目の前にいた。待たせたね、と僕は答える。幻覚かもしれないけれど彼女の笑顔は相変わらず可愛らしかった。再会した僕と彼女はいつまでも抱き合い続けた。









------------------------------------------------------------------------------

気分転換に恋愛物を書いてみました。


異世界転生ものもかいているのでよかったらよんでくださると嬉しいです。

「ゲームのかませ貴族に転生した俺はプレイヤー時代の知識を使って成り上がってみせる!!」

https://ncode.syosetu.com/n0987fl/




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ