1ー6 戦乱の火種
判別の儀より2年の月日が流れていた。
シドは無能者としてのレッテルを貼られ放逐され、
ヴァランを名乗ることは許されず、城に住むことも許されてはいなかった。
今は郊外の離れ家に身を寄せていた。
それでもイジュースの計らいにより、大賢者ライブラから師事を受け続けていた。
「だいぶ剣技が様になってきましたね、シド。」
とライブラが褒める。
「ありがとうございます。
しかし、無能者の私にいくら教えても私はスキルを身に付ける事ができません。先生ほどの方であれば、私などにかける時間は勿体ないのでありませんか?」
シドは暗く伏し目がちにライブラに問う。
あれから2年、虐げられる毎日の月日はシドから自信を奪い、本来は明るい性格に少し陰を植え付けている。
かつての明るさはなりを潜め、代わりに暗鬱とした空気を身に纏いはじめている。
ただ、実際のシドは無能者ではあるものの、産まれた時からの英才教育もあり、剣術も学問も並みのスキル保有者以上の腕前はある。
それにこの2年、スキルを覚える事ができないシドはライブラにより厳しい修練を施されていたのである。
非常に厳しい訓練にもシドはライブラにしか縋る存在がいない為ついていくしかなかったのである。
「シド、相変わらず卑屈になっていますよ。貴方の才能はとても豊かです。ギフトがなくとも、スキルを身につけられなくとも、貴方は十分な剣技を身につけ、学も学士並みです。何よりあなたはまだ7つ、十分すぎるほど優秀なのですよ。」
世辞ではなく本心からライブラは言った。
ギフトを持たないシドを他の人間から見下されないようにより厳しく鍛えているせいでもあるが、実際シドは天才的な才能をみせていた。
しかし、そんなライブラの本心すら信じる事ができないほど、迫害の日々はシドは心を蝕んでいる。
感性の鋭いシドは自分の精神を守る為に半ば強制的に感性閉じてしまったのである。
愛に恵まれた環境から一転して、悪意をライブラ以外からは向けられる環境へと転落した為当然といえば当然であった。
そうした事を感じとり、ライブラは続ける。
「私があなたといる理由は、私自身あなたの人生に非常に興味があるからです。ギフトを持たずに産まれてくる事は過去2000年の文献を開いても確認する事ができませんでした。」
(僕は過去で誰もいないような落ちこぼれなんだ…)
ライブラはこのような事例を調べに調べ尽くしてみたがそれでもやはり過去にそのような事例を見つけることができずにいた。
ライブラにとっても未知。それはライブラの探究心に火をつけてもいた。
「それがリムージアの大貴族の嫡男として生まれて来た事。そして、私に師事を受けている事。全てが何か運命めいたものを感じるではありませんか?あなたは無能者ではなく、特別なのではありませんか?」
(特別なんかじゃない、僕はギフトすらもてない人形なんだよ、先生…)
ライブラにとってまさしくシドは特別だった。
ただギフトがないというだけであれば、もしかしたらそこまで目を向けなかったかもしれない。
シドは天才だったのだ。ギフトやスキルなどなくともスキルを持った人間より才能に溢れていた。
そんな天才がライブラによって厳しく鍛えられていた。
この2年でシドは本人が自覚できないほどの知識と力を備えている。だが、自覚できない為、その力を奮う事はできない。人間、自分を信じない限り、殻を破れず力を発揮できないのである。
ライブラはさらに続ける。
「それと私はシドニス=ヴァランに頼まれた為に、あなたの師を引き受けていたわけではありませんよ。私は正直いうと貴族が大嫌いなのです。それなのになぜ引き受けたかというと、それはあなたの母イジュースに頼まれたからですよ。元はイジュースは私の生徒であり、非常に優秀な弟子でした。」
(そういえば母様は魔道士だったんだ、先生が母様の先生だったなんて。)シドの瞳にほのかに光が宿る。
ちなみにイジュースもこの事はシドニス=ヴァランにも話していない。
「もっと彼女に教えを授けたかったのですが、彼女は家庭の道に入りました。優秀な才能を目の前にして失い。あの時、本当に私は悲嘆にくれましたよ。
しかし、イジュースから彼女の子であるあなたの家庭教師を頼まれ、教えているうちにわかった事があります。彼女の天性の才能はギフトなどなくともあなたに間違いなく受け継がれていますよ。」
ライブラはとても優しい目をして、愛らしいといった表情でシドをみつめて抱きしめた。
(暖かい、僕に母様の才能が?本当なの先生?)
イジュースの才能が引き継がれているといわれ、ライブラに抱きしめられ、シドの目に一瞬強い光がまたともる。
しかし、それもまた一瞬のことであった。
すぐに陰のあるシドに戻ってしまうのだ。
(でも僕にはギフトがないんだ…僕がいけないんだ。ギフトを持って産まれなかったから…)
ライブラはそれも仕方ないことだとわかっている。
ギフトを持たずに貴族の子として産まれ、周りの悪評に晒され、そして何よりシドが優秀であればあるほどその悪評により自身を責め苦しんでしまうのがわかっていたからだ。
それでもライブラはシドを導く事を諦めたりはしなかった。
ライブラに守られ、導かれる、そうした日々はシドには心が救われる日々だったのである。
そのため、シドはライブラの教えにどんなに辛く苦しいものであっても忠実に従っていたのである。
ただ、その日々すら許さない存在がいた。
シドニスである。
実の父親である彼のシドに対する怒りは、時が解決する事はなかった。
むしろシドに対する怒りはどんどん日増しに増していったのである。
それは暗殺者を仕向けるほどに…
シドニスは今やイジュースとも完全に離縁状態であり、ジュリアス、ニースもただの物であり。
血統スキルを絶やさない為だけの保険扱いであった。
そんなシドニスには新たなる妻がいた。
正妻ではないものの、第2夫人としての女性との間に1人の子をもうけていた。
シドニス=ヴァランは、シドはともかく、ジュリアスやニースを差し置いて、1歳のその子に全てを継がせる事を決めていたのである。
その子の名前はシドニア=ヴァランである。
産まれた際にギフトを判別しており、非常に優秀なギフトである事も分かっていた。
新たに英才教育などを施している。
そんなシドニスがシドニアの英才教育を開始する際にライブラへ師事を頼んだ。
だが、ライブラはシドを弟子としている事を理由として、その要請を断ったのである。
家庭教師を断られた事も怒りを増長させる一端となっていたのである。
さらに長男の存在により、家督がわれるおそれもあり、今やシドニスにとって、シドは邪魔者以外何者でもなかったのである。
ライブラは暗殺者がシドに仕向けられている事を自身の優れた情報網により察知していた。
暗殺組織の名は宵闇の刃という所まで掴んでいる。
宵闇の刃といえば、暗殺組織の中でもまさに最上位層の暗殺組織である。
その刃に狙われて生きているものは、
英雄王ハイランドなど一部の英傑だけと噂されている。
そんな高位の暗殺組織の暗殺者を実の父親が仕向けるなど、ライブラはまたも2年前と同様の怒りに震えた。
静かにライブラはいう。
「早急に手を打つ必要がありますね。」
ライブラはイジュースに会いにいき、事の顛末を全て話す。
イジュースはすぐにはその事を信じる事ができずにいたものの、ライブラがそのような嘘や誤報をつかまされる事はないという事をよく知っている。
そして、今のシドニスならば躊躇わずにそうした事をするであろう事も…。
「対策としては、シドを別の国家へと逃します。そして庇護を求めるしか手段はないでしょうね。ただ、依頼を受けた暗殺者は彼を追うでしょう。なので、暗殺者が手を出せない国家へと逃がす必要があります。時間が全てです。宵闇の刃の仕事ははやいと聞きます。」
ライブラは淡々と語る。
「しかし、暗殺者に狙われているシドを匿うような国や人物がいるでしょうか?」
イジュースは困ったようにいう。
「ええ、私には当てがあります。聡明な貴女ならばわかっておいででしょう?イジュース。」
「…ハイランド王ですね…」
イジュースの表情が曇る。
「ええ、ハイランド王は5歳の頃より暗殺者に狙われ続けてきました。いかに宵闇の刃が優秀であろうと、ハイランド王庇護のもとであれば暗殺は不可能でしょう。ただ、ハイランド王を頼れば、シドニスの怒りをさらに助長する事となるでしょう。なにせファース=ヴァランを殺した男ですからね。仇に頼るわけですから、家名をさらに汚すような事を誇り高いシドニスが許すわけがありません。」
ライブラは言い切った。
「リムージアとレパントの戦となりえます。世界の均衡が崩れ、オルドリア中で大戦が起こる火種となりえます。」
イジュースは苦しそうにいう。
だが、気にせずライブラは淡々と続ける
「世界とシドどちらをあなたは選びますか?
あなたの判断にお任せします。私にシドの師事を依頼したのは、貴女なのですから。」
イジュースの心は最初から決まっていた…
シドの良き理解者であるライブラ師、ただレパント王国のもとへ逃がすという事はシドから彼も引き離される事を意味します。
シドの今後がとても心配です。
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