1ー5 儀式を終えて
儀式の後、本当はすぐに領内へと引き返したかったシドニスであったが、王室への礼儀から最低限度の滞在をしていた。
滞在の間、ヴァラン家に対する扱いは180度変わった。
リムージア5大貴族としての尊厳はきえた。
シドには世界が変わってしまったように見えた。自分を見る目が冷たく見下されている気がした。
事実そうであった。
そんな滞在中の唯一の癒しは意外にも苦手だったバーバラだった。
バーバラだけがシドを変わらずにありのままのシドを見ていてくれたのである。
「ギフトがないから何なの?別にシドはシドでしょ?
そんな下らない事気にしていないでいいから、おままごとの支度をしなさいな。あなたは私の旦那様なのよ。」
「う、うん、わかったよバーバラ。」
バーバラは楽しそうにシドとおままごとに耽っている。
そんな態度が変わらないバーバラの事をシドは大好きになっていた。
(でも、ありがとう、バーバラ)
そして、王都での滞在期間も過ぎると
シドとシドニスは急ぎヴァラン領へと戻る。
すでにヴァラン領にもシドがギフトを持たない者【無能者:持たざる者】としての知らせは届いていた。
帰りの馬車で、シドは何度も父親に声をかけようとするも、結局は声がかけられずにいた。
そしてシドニスは傷ついている息子に言葉をかけるどころか目を合わそうとすらしないでいた。いや、この帰路の馬車の間だけではなく、判別の儀式よりずっと避けられており、一度もシドはシドニスと話をする事できずにいた。
お父様は僕を避けている…あんなにも可愛がってくれてたのに…
(ギフトがないってそんなにいけない事なのかな…)
シドの感性、知性は鋭く。そんな距離を置こうとしている父親を気遣い、声をかける事ができなくなっていたのである。
そんなシドではあったが、母親には会いたくて堪らなかった。甘えたかった。
すぐにでもイジュースに駆け寄り抱きしめて欲しかったのである。
しかし、城に戻るやいなや、シドニスは無言のまま、妻のイジュースのもとへまっすぐ向かってしまった。
その為、シドは母親のもとに行くことができずにいた。
それからほどなくして、イジュースに対し、シドニスの激昂が聴こえてくる。
何のことで2人が揉めているかは当事者であるシドにはよくわかっていた。
耳を塞ぎながら、母親の部屋の前の扉の前で座り込んでしまった。
(嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!僕の事で喧嘩しないで、母様を責めないで!)
そんなシドのもとに弟のジュリアスがやってきて
「にーに、頭痛い?」
あと数ヶ月で3歳になる弟がシドを気遣う。
その無垢の優しさに堪えきれずシドはジュリアスを抱きしめついにわーわーと声を上げて泣き出してしまう。
「にーに、痛いか、痛いの痛いのとんでいけ。」
シドはジュリアスに慰められれば、慰められるほど涙が止まらなかった。
シドニスとイジュースの2人は、そんな子供たちの事を気にかける事もできずに言い争っていた。 いや、争いですらなかったのかもしれない。
シドニスはイジュースを一方的に責め続けたのである。
「なぜあのような者が我が家に生を受けたのだ。
なぜギフトを持たない?そんな人間がいるものか、あれは人間ではない。お前は何を産んでくれたのだ?」
シドニスは父親として、また母親に対し言ってはいけない事をいった。
あまりのいいようにイジュースは深く傷つきながらも
「シドが人間ではないですって、貴方自分が何をおっしゃっているかわかっているの?あんなに愛情を注いできたではありませんか?」
イジュースも涙まじりにシドニスに反論する。
普段は夫を立てる彼女もあまりのいいように我慢がならなかったのである。
「人間であればこそだ。ギフトを持たない者など……人間、いや生き物であるはずがない。人形だ…初めからあれは存在していない。あれは我がヴァランの築いてきた家名を一瞬にして地に落としてくれたのだ!我が家の武威は知らずとも、シド=ヴァランの無能者としての名は世界で知らぬものがいないほど轟いている。」
シドニスはそこまでいい、机を蹴り上げる。音を立てて机は壊れふき飛ぶ。
それでも気が晴れる事はなくシドニスは声を荒げて続ける。
「ええぃ、忌々しい、もうヴァランを名乗らせる事自体看過できぬ!あれはもうヴァランではない。」
「貴方本気ですか?まさか…放逐するつもりなのですか?まだシドは5歳よ。貴族としての名を捨てさせるという事が今のあの子に対して、どれだけの仕打ちかわかっておっしゃってるのですか?」
イジュースは信じられないといった表情でシドニスを睨みつける。
妻の睨みなど今まで一度も受けた事がなかった。そんなイジュースの睨みを受け、少しだけだじろぐシドニスであったが、
「初めからいないのだ、放逐もなにもなかろうよ、存在しないものに何を思う事がある。それよりも刻印師を呼べ!ジュリアスのギフトを調べさせろ!」
シドニスは冷たく言い放ちイジュースとの会話を一方的に打ち切る。
「貴方…(本気なの?)」
イジュースは心から絶望したのである。何を言っても無駄である事を悟ったそんな切ないつぶやきであった
シドニスから父親としての愛情がシドだけでなく、ジュリアスに対しても失われていくのがはっきりと感じられたからだ。
その後、ヴァラン家の従者により、シドはその日のうちに城から追い出される。母親に抱きしめてもらえる事なく、兄弟とも引き離されたのだ。
泣きじゃくるシドであったが、城を追い出され、戻ることも許されず、ただ暗闇の街中で立ち尽くすしかできずにいた、それでも誰一人駆け寄ろうとする者はいない。
むしろ石を投げつけてくる者がいるくらいであった。
「無能者!さっさとここから消えろ!」
そんな罵倒すら飛んでくる。
(僕はどこにいけばいいの?)
動けないシド…
どれくらいの時をそうしていただろうか…
このまま誰からも見放され孤独という永遠がずっと続くのかと涙も枯れそうであった。
(僕はどうしたらいいのだろう、ギフトがないと生きててはいけないのだろうか?)
そこに救いの手を差し伸べる人物が現れる。
ライブラであった。
ライブラはシドに駆け寄り、シドを抱き上げて、郊外の離れ部屋に連れて帰る。
その帰り道、シドは震えていた。その震えの中、ライブラに抱きしめられ、今までの緊張感が切れた為か意識をふっと失う。
意識を失ってもなお震えるシド。
その震えをとめるかのように強く抱きしめるライブラ
(こんな年端もいかぬ子供にこのような事をよくも…やはり貴族は嫌いですよ。私は…)
普段は感情を出さないライブラであったが、その瞬間のライブラはその湧き出す怒りの感情を、優しさに変え、シドを優しく抱擁し紛らわすのであった。
数ヶ月後、イジュースは女の子を出産したが、シドニスにはその女の子に対しても興味を持つ事はなかった。
会いに行くことはなく、名をつける事もしなかった。それなのにギフトの判別だけはすぐにさせたのであった。
その女の子は、イジュースにより、せめて父親の愛の代わりに少しでも父親を感じさせようとするイジュースの計らいにより、父の名前をとりニースと名付けた。
しかし、それでもシドニスからシドへは勿論、ジュリアス、ニースに父親としての愛情は全く与えられる事はなかったのである。
シドニス憎し!と作品を書いている私が思ってしまいます。
補足しますが、ジュリアス、ニースともにギフトはきちんとあり、むしろ強大なギフトでもあります。しかし、シドニスのシドへの期待が大きすぎた反動なのかイジュース血縁者への愛情が一切失われてしまっています。
ただ、この世界はギフトが人間の価値を決めます。貴族社会ではよりその偏重は重いのでギフトがない=無価値であると思う事は当然のことなのかもしれません涙
そして、この事件を受けて、オルドリアで、5歳の判別の儀までギフト判別せずにいることはなくなります。
産まれてすぐ秘密ながら判別するようになるのです。それほどまでに貴族にとって大事件だったのです。