未完
おはようございます。
望月朔夜です。
私吸血鬼だから睡眠は不要とはいえ、さすがに一日中掃除は疲れました……。
まあ、《浮遊》スキルとか《隠遁》スキルのおかげで、そこそこ楽には掃除できたんですけどね。
「ははっ……。ワロス……」
力無気に乾いた笑いを発しながら、ようやく片付いた我が新居(予定)を見渡した。
部屋の間取りは三階建ての6LDK。
リビングやダイニング、キッチンはすべてニ階に集約されていて、トイレもある。
結構広いし部屋数も多い。
ただ、床がフローリングだから所々雨漏りの水滴で腐り落ちてたので、壊して新しいのに作り変える予定ではある。
……え?
一階は何があるのかって?
あー、一階は半分以上がガレージになってたよ。
家の下を川が走っててね。
それを跨ぐようにして家が建ってたんだ。
おかげで一階は湿気がすごくて腐ってるんじゃないかと思ったけど、どうやら漆で加工されてるらしく、それほどダメージは受けた様子はなかった。
といっても、そろそろ塗り替えないとヤバそうなんだけどね。
「今日の目標は漆づくりにするか」
後回しにして、石垣の隙間から水分が侵入してきたら木材が腐っちゃうし。
たしか、漆って漆用の木から樹液をとってきて加工するんだっけ?
ここで漆が使われてるってことは、近くに漆の木が生えてるかもしれない。
ついでに、補修用の木も伐ってこよう。
木材はそのままの生木では使えない。
皮を剥いで乾燥させる工程が必要だ。
それに、必要な形状に加工しなくちゃいけない。
その手間を考えたら、漆の木を見つけるついでにでも、良さそうな材木を伐り倒して《隠遁》のスキルで私の影の中に収納しておいた方がいい。
……うん。
《隠遁》って便利だな。
アイテムボックスみたいに中で時間が止まるわけでもないから、その分は気をつけないとだけど、それを考慮しなければかなり有用なスキルだ。
「いまさらだけど、吸血鬼の体って超便利だなぁ」
うんうん、と頷きながら、私は周囲の木々へと鑑定を掛けていく。
《解析鑑定》スキルの解析結果によれば、ほとんどが材木だった。
『ハデュラン』とかいう名前らしい。
説明文には、この境でそれなりにポピュラーな材木のようだ。
頑丈で加工しやすく、駆け出しの木工大工が練習用に使ったりするらしい。
「うん、これなら私でも加工できそうだね」
私はそう呟くと、根っこごと《隠遁》スキルで回収した。
目の前でズルズルとものすごい勢いで私の影の中に吸い込まれていく姿は圧巻だった。
それからしばらくハデュランを集めたりしていると、ようやく漆の木を発見した。
「『フルバ漆の木』……たぶん、これだな」
私はうんと頷くと、早速樹液を採取しようと――して、動きを止めた。
「……どうやって樹液採ろうか?」
今、私は道具も何もなく手ぶらだ。
《剛力》スキルを使えば傷をつけることもできるだろうけど、まだ加減がわからない。
下手をすれば木っ端微塵になりかねない。
……せっかく見つけた漆の木だ。
無駄にするのは惜しい。
私はそう考えると、隣に生えていたハデュランの木に目をつけた。
「ちょっとこれで練習してみるか」
私は《剛力》スキルを利用して(スキルの使い方は直感でなんとなくわかった)ハデュランの木に手刀を放つ。
あまりスピードをつけず、ぎりぎり皮に触れる程度の距離を薙いでみる。
「うわっ!?」
すると、ハデュランの木はバキッという音を響かせて、その幹の半分を砕かせた。
手刀の勢いに押された樹木は、やがてバキバキと音を立てて、私の前方に幹を倒す。
「……よし、《剛力》は封印しよう」
こんなのを戦闘で使ったりしたら相手を殺してしまいかねない。
自分の身を守るために取得したスキルだけど、これじゃ明らかにオーバーキルだ。
そもそも、吸血鬼の基礎ステータスが高すぎるのだ。
木にちょっと傷をつけて樹液を採取するくらいなら、別に《剛力》を使うまでもなかったわけだな……うん。
なんかドラゴンとかそういう、めちゃくちゃ強そうな敵が出てきた時以外は使うのやめよう。
そう心に決めた私であった。
⚪⚫○●⚪⚫○●
それから、この世界特有の漆の木であるフルバ漆の木から、その辺の河原で拾った石を加工して作った斧で軽く傷をつけて樹液を入手することにした。
まあ、加工といっても、素手で殴って砕いて作った打製石器だけど。
ちなみにめちゃくちゃ手が痛くなった。
もう次からは素手で割ろうなんて絶対しない……。
(こんな事なら、痛覚耐性でも獲得しておくべきだったか)
いくら《霧化》のスキルでダメージが無効化できるとはいえ、攻撃に判定されなければ《霧化》は発動しない。
……まあ、強敵に会う予定は今の所ないし、別に問題ないといえば問題ないんだけど。
私は傷つけたフルバ漆の木の傷口に手を押し当てると、《隠遁》スキルを使って樹液を吸い出した。
「んー、にしても、昨日から何も食べてないけどお腹あんまり空かないなぁ」
私は次のフルバ漆の木に向かいながら、独り言をつぶやく。
「たしか、設定を読んだ限りは『吸血鬼は食事と睡眠が不要』って書いてたっけ」
吸血鬼。
それが今の私の種族である。
その特性は、睡眠と食事が不要で、その代わり受けたダメージや消費した魔力などは、他の動物の血液か、もしくは魔物の魔核と呼ばれる心臓部を食べることで回復するらしい。
感覚器官が異常に鋭く、筋力もドラゴンや龍人を抜けば頂点に立つ存在。
その体の本質は霧(正確には血霧)であり、本来決まった肉体を持たないため寿命がなく性欲もないし、生きているというよりはただそこにあるという、生物よりも概念に近い生命だと言える。
説明を読むまでは知らなかったが、吸血鬼の超絶的な回復力の正体は、一度霧化して肉体を再構築することによって、ダメージをなかったことにするという機能のせいらしい。
だから、吸血鬼はよっぽどのことがない限りは食事(吸血)は不要らしい。
「なるほど、今生の私に親がいないわけだ。
それにこんな人気のないところで目が覚めたのにも納得がいく」
私は五本目になるフルバ漆の木から樹液を吸い出すと、もうこんなところでいいかと拠点に帰ることにした。
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