Ⅶ
ガイとイクトのいなくなったリビング。
ヒロムとソラの二人だけになったこの空間にフレイはコーヒーを二つ運んでくると彼らに渡した。
「行かせてよかったのか?」
フレイからコーヒーを受け取るとソラはヒロムに黒川イクトについて質問した。
「ヤツを野放しにして厄介なことになったりしないよな?」
「そうならないためにガイを行かせたんだ。
それにあの様子じゃガイには何か考えがあるようだしな」
「考え、ね……オマエも何か企んでそうだがな」
フレイから受け取ったコーヒーを口にするヒロムの様子を見ながらソラは言うと、続けてある事について語り始めた。
「今回の件、アイツに情報を与えたヤツの他に黒幕がいると考えてるんだよな?」
「……さぁな」
「おい、何適当なこと……」
「黒川イクトがオレを始末させるために利用されたというのは確かだが、アイツの言うキキトって情報屋のことは手がかりがない以上は黒幕と無縁かは断言出来ない」
「それはキキトってのが黒幕の可能性もあるってことでいいよな?」
「ああ、その通りだ。
それ故に今回の件は気になる点がある……」
「気になる点?」
これだよ、とヒロムは何かをソラに向けて手渡し、受け取ったソラもそれを確かめるように目を向けた。
手渡されたのは片手で持てるほどの大きさの精密機器。
スライド操作式の電源ボタンがあるだけで何の変哲もないその機械はヒロムが壊したのかは知らないが亀裂が入って壊れていた。
「これって……」
「オレとアイツの戦闘を見てるヤツがいたからフレイたちに追跡させた時に発見したらしい。
それも……同じようなのが戦場になってたあの場所を囲むように設置されてたらしい」
「人避け用……じゃないよな?」
どうかな、とヒロムは曖昧な返事を返すのと同じタイミングでヒロムの携帯電話が鳴り、ヒロムは確認しようと携帯電話の画面を見るとソラに対して訂正するように言った。
「そのためではない可能性がある」
「何か調べてたのか?」
「少し気になってな。
そいつをどこかで見た気がしたんで確認してたんだよ」
ヒロムは携帯電話の画面をソラに見せ、それを見たソラもヒロムが何を言いたいのか理解すると納得したような顔をした。
「……黒川イクトを行かせた理由としては納得したよ」
「どうも」
「だけどそれが本当だとしても黒川イクトが逃げて味方を呼ぶ可能性も……」
「その事だが……オマエに頼みがある」
***
ヒロムの屋敷から三十分ほど歩いた所にある喫茶店。
なぜかそこにガイとイクトは入っており、ガイは呑気にコーヒーを飲み、イクトはそれをただ不思議そうに見ていた。
「……」
「あの……雨月くん?」
「そういえば名乗ってたか?」
「いや、同じクラスだからね……じゃなくて!!
探しに行くんだよって言っておいて何でコーヒー飲んでくつろいでんのさ!?」
「落ち着けよ。
焦っても仕方ない」
「……オレはオマエの考えが理解出来ないから焦ってんだよ」
「少し教えておこうと思ったんだよ。
さっきの話のことを」
コーヒーを飲み終えたガイはカップをテーブルに置くと真剣な表情でイクトを見つめ、その視線を受けたイクトも姿勢を正して話を聞こうとした。
「さっきの話?
黒幕のことか?」
「一つはヒロム個人の話、もう一つはキキトって情報屋についてだ。
どっちから聞きたい?」
「……じゃあ姫神ヒロムについて。
なんで命を狙われてるのか気になるからな」
そうか、とガイはイクトの返事を聞くと店員を呼んでコーヒーのおかわりを伝えてからイクトに質問をした。
「ヒロムが精霊を使っていたことについてどう思った?」
「え、なんで……」
「いいから。
どう思った?」
ヒロムについてどう思ったか。
それを質問されたイクトはその真意を気にしながらも正直な気持ちを述べた。
「スゴイと感じたよ。
精霊は一人に一体が当たり前だと思ってたからあれだけの数を操れるのは……」
「操ってはいない。
あれは互いに協力しあってるんだ」
「……とにかくスゴイと思った。
あれだけのことができる才能を持つことが姫神ヒロムが狙われてる理由なんじゃないかって……」
「だが「八神」やそれにかかわる大人たちは「無能」と呼んで見捨てた」
「……は?」
ガイの言葉が理解出来なかった。
いや、理解など出来るはずもない。
ヒロムが何体もの精霊を使役していたことは事実だし、それと同じことを再現出来る人間がいるとは思えないからこそスゴイと思ったのに、「十家」に属する「八神」の人間は「無能」と呼んで見捨てたというのだ。
「どういうことだ……?
あれだけのことが出来るのになんで……」
「ヤツらが求めてるのは純粋な力……つまり能力者としての能力だ。
ヒロムに精霊が何人宿っていても関係ない。
アイツに能力がない、それだけがアイツの全てを否定し、約立たずの烙印を押したんだ」
「そんな……」
ガイの口から語られたヒロムの話。
それを聞いたイクトはただ言葉を失い、「八神」の人間の考えを疑うしか無かった。
「……能力がない、それだけで命を狙われるのか?」
「そうだ。
だからといってヒロムは死を受け入れてるわけじゃない。
ヤツらが攻めてくるなら迎え撃ち、強さを示す……そのためにアイツは強くなり、オレとソラも力になっている」
「……」
「情報屋について話す前に一つ頼みがある」
「頼み?」
「オマエは影から武器を出していた。
その影にオレたちは入れるのか?」
なるほど、とイクトはガイが何を言いたいのか理解するとそれについて確かめるように告げた。
「オレの影の中に入ってどこかに連れて行け、そう言いたいんだろ?」
「……当たりだ。
そこに着いた時に情報屋について話す」
「拒否権は?」
「……あると思うか?」
ガイの真剣な眼差しにイクトはため息をつくと頷き、そしてガイに言った。
「分かった、影に入れてやるよ。
どこに向かえばいい?」
「キキトって情報屋が頻繁に出入りするアジトがあるならそこに連れて行って欲しい。
そこでその情報屋と接触してくれれば何とかする」
「……極秘で動けって依頼出すくらいならこんなことしてるのバレてるなら始末されると思うんだけど?」
「安心しろ。
そのためにオレがいるんだからな」
自信満々にガイは言うとイクトに向けてさらに言った。
「何かあればオレが敵を倒してやる。
だからオマエは知るべきだ……ヒロムを狙う敵についてな」
「姫神ヒロムを狙う敵……」
「ああ、気になるだろ?
だから確かめに行くんだよ……まずはキキトってのから調べてハッキリさせるためにな」
どうする、とガイはイクトの反応を伺うように問い、そんなガイの視線にイクトはため息をつくと答えを述べた。
「やるに決まってるだろ。
姫神ヒロムが正義なのか、「八神」が悪なのか……それをハッキリさせる」
「……そうか。
だけど、一つ訂正してやる」
店員がガイが注文したおかわりのコーヒーをテーブルへと運び、ガイはそれを手に取るなり一口飲むとイクトの言葉とその考えに対してある部分を訂正させるように告げた。
「オレの信じるヒロムに正義なんてない」