V
「うわぁぁぁあ!!」
思い出したくもない悪夢を見てしまい、それから逃れるように目を覚ましたイクトは慌てて起き上がると乱れた呼吸を整えようと深呼吸をする。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
何かあれば見てしまうこの悪夢を再び見てしまった。
そう思ったイクトだが、ふと自分の置かれた状況に違和感を感じた。
「……そういえばオレは……」
なぜ悪夢を見ていたのか?
そもそもイクトはキキトの依頼を受けて姫神ヒロムを倒そうと勝負を挑んだ。
だが姫神ヒロムが召喚した複数の精霊を前に敗北し、彼の一撃を受ける直前で姫野ユリナが現れたことでその一撃は止まった。
そこからの記憶が無い訳だが……
イクトは今、なぜかどこかの部屋にいた。
ソファーの上で寝ていたらしく、さらに体は丁寧に手当までされている。
イクトは部屋を見渡した。
洋風の部屋、掃除が行き渡っておりとにかく綺麗にされている。
この短時間に観察した雰囲気からお金持ちの家の部屋にも思えた。
「一体……」
まさか、とイクトは何か思いついたらしいのだが、なぜか顔はニヤけている。
「あぁ、もしかして……姫神さんが傷ついたオレを助けてくれたんじゃないのかな!?
ここは姫神さんの家に違いない!!
いや、そうに決まってる!!うん、間違いない!!」
「間違いしかありませんよ」
部屋の扉が開くとともに金髪の少女が入ってくるなりイクトの言葉を訂正した。
「ここはマスターの家です。
ユリナがアナタを助けると言ったので、仕方なくここに運んだんです」
「マスター……?
あっ……」
イクトは目の前の彼女のことを思い出した。
姫神ヒロムが呼び出した精霊、その一人に金髪の大剣を使う精霊がいた。
名は確か、フレイ。
彼女のことだ。
つまり……
「ここは……あの男の家か」
「ええ、そうですよ」
「この傷の手当ては誰が?」
私ですよ、とフレイは答えるとともにイクトにコーヒーの入ったマグカップを渡した。
イクトはそれを恐る恐る受け取るが、素直に飲もうとできなかった。
警戒、ただそれだけだ。
命を狙って襲いかかった姫神ヒロムの精霊ということは、少なからず敵意を抱いてるに違いない。
つまり、毒が盛られてる可能性もある。
「……」
「大丈夫ですよ、ユリナがアナタのために用意したのですから」
イクトの考えを読んだかのようにフレイは伝えると、イクトは少し嬉しそうな反応を見せる。
「えっ、姫野さんが!?
いただきます!!」
警戒していたのが嘘のように勢いよく一気飲みをするイクトだが、そんなイクトをフレイは少し呆れたような様子で見ていた。
(……この人、ユリナが好きなのかしら?)
「アナタ、確かマスターと同じクラスの人ですよね?」
「……そうだけど」
コーヒーを飲んだ後のイクトは嫌そうにフレイの質問に答えた。
コーヒーを飲む時のテンションと今のテンションの落差の激しさに少し戸惑うフレイだが、彼女はイクトに対してある質問をした。
おそらく、もっとも重要なことだ。
「どうしてマスターを狙われてたのです?」
「……言わないとダメか?」
「お答えいただけなくてもこちらで手荒な取調べを強行できますよ?」
「脅しじゃん……」
「マスターのためですから」
「……依頼を受けたからだ」
「依頼?」
依頼、という言葉に対してフレイの反応は少し鈍かった。
おそらく、それらしい情報を持ち合わせていないために推測できないのだろう。
依頼という言葉は知ってはいるが、どこからの依頼なのかが分からないのだろう。
「どんな内容です?」
「守秘義務がある。
賞金稼ぎとしてのな」
「……そうですか」
フレイがため息をつくと、イクトの背後から何者かが何かをイクトに突きつける。
それに気づいたイクトは確かめるように後ろを振り向くと、その視線の先には銃剣を構えた銀髪の少女がいた。
彼女にも見覚えがある。
姫神ヒロムが召喚した精霊の一人、確か名前はテミスだ。
「……脅迫か?」
イクトは確かめるようにテミスに尋ね、テミスは少ないとはいえ未だ余裕を持っているイクトに呆れてため息をつき、そして彼に告げた。
「こちらとしてはマスターを狙われた理由をハッキリさせたいので、言葉は選んだ方がいいですよ?」
「完全な脅しか……」
「……マスターもアナタの答え次第では見逃すと言ってますしね」
テミスの口から出た言葉を聞いたイクトは動揺を隠せなかった。
いや、今までに経験がなかったからこそ反応に困ってしまう。
「あの……何を言ってるんだ?」
イクトは確かめようとテミスに尋ねるが、テミスは銃剣の引き金に指をかけるとさらに告げた。
「マスターは見逃すと言っていますが、私たちとしてはここで倒しておきたいのです。
これ以上、マスターの日常を壊されたくないので」
「……だから確かめたい、と?」
「そうなるわ。
さて、頭に穴が開きたくないなら答えて」
「……ある人物に依頼されたんだ」
テミスの言葉によって諦めたのか、イクトは順番に語り始めた。
「姫神ヒロムを殺せってな」
「なぜです?」
「さぁな……。
詳細な情報の詮索は禁止、極秘の案件として処理すれば報酬は十倍になるとしか聞かされていない」
呆れた、とテミスはため息をつくとイクトに対して冷たく言葉を放つ。
「金に目がくらんだから詳しく知らないで受けたのね」
「まぁね……」
「……で、嘘はついてないわよね?」
もちろん、とイクトがテミスの問いに答えると、テミスはフレイの方を見て彼女に何かを確かめるとイクトに伝えた。
「とりあえず、アナタの目が覚めたらリビングへ案内するように頼まれているの。
ついてきてもらえる?」
「誰に?」
「私たちのマスター……ヒロム様です」
***
フレイとテミスに案内されるがままにリビングへと来たイクト。
何の迷いもなくついてきたが、リビングの空気は重たく、そしてこちらに向けられる視線は冷たかった。
「……目が覚めたか」
リビングで待っていたのはイクトが攻撃を仕掛けた雨月ガイ、そして雨月ガイのもとへ駆けつけてきた相馬ソラと今回のターゲットとなっている姫神ヒロムの三人なのだが、とにかく三人の視線はイクトに向けられていた。
「まぁね……で、オレに何の用?」
「オマエ……!!」
イクトの態度が気に入らないのかソラとはイクトを睨みながら懐に隠してある銃を取り出せるように手をかけるが、ヒロムはため息をつくなりイクトに尋ねた。
「いつからオレのことを狙ってた?」
「……昨日の夜だよ。
それが何か?」
「……詮索禁止の極秘の仕事で進めさせられている仕事のわりには慎重さに欠けてないか?」
「どうしてそこまで……!?」
先ほどフレイとテミスに話した内容を口にしたヒロムに驚くイクトだが、そんなイクトに対してヒロムは簡単にその理由について説明した。
「オレと精霊はある程度離れていても意思疎通できる。
いわゆる……テレパシーだな。
それでオマエがここに来るまでにフレイから報告を受けていた」
「べ、便利だな……」
「まぁ、ガイから聞いてたのもあるしな。
で、本題に入ろうか」
「本題?
オレの処分の仕方か?
お好きにどう……」
違う、とヒロムではなくガイが説明するように話し始めた。
「オマエがオレに質問してきただろ。
ヒロムがなぜ狙われるのかについて」
「あぁ……質問してたな。
それが?」
「少し考えていたんだ。
なんであんな質問をしたのか 」
「だから気まぐれ……」
「オマエは何も知らされずに依頼されたことで迷いがあったんだろ?」
イクトの心を読むかのようにガイは尋ねてみるが、イクトはそんなガイにあることを伝えた。
「別にぃ?
オレは気まぐれ……」
「本当にか?」
イクトの言葉を遮るように再度確かめるようにガイが尋ねると、イクトは観念したのか本心を話し始めた。
「……何も知らない相手を殺せるわけねぇだろ。
罪もない人間だったらどうするんだよ」
「……オマエにとっては罪がなくても、依頼主にとってはあるかもな」
ヒロムの意味深な言葉、それを聞いたイクトは首を傾げる。
そしてヒロムはイクトが疑問に思っていた自身の狙われる理由について答えた。
「……オレは半分「八神」の血を宿してる。
そして、オレはその「八神」から「無能」と呼ばれている」