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XXXXVII


 イクトの入院する病室から出たヒロムはただ歩き進み、フロントのある一階にまで来るとそのまま病院から出ていこうとする。

 

 そんな彼をある少年が引き止めた。

 

「もう帰るのか?」

 

 ヒロムの後ろから雨月ガイが彼に話しかけるなり彼に歩み寄り、ガイに声をかけられたヒロムは足を止めるとガイの方を向いて彼に言った。

 

「オレがやるべきことは全てやった。

後はアイツが退院して国外へと逃がせば今回の件は終わりだ」

 

「終わり?」

 

「黒川イクトの事は忘れてオレはこれまで通り日常を送る。

いつも通りに生活して、「八神」の刺客が現れたら倒すだけの日常に戻るだけだ」

 

「……いいのか、それで?」

 

 イクトのことは国外へと逃亡させれば終わると考えているヒロム、だがそのヒロムに対してガイは問いかける。

 

「たしかに今回の一件に関しては終わるかもしれない。

だけど国外逃亡させた場合、「八神」に対してエサを与えるも同然じゃないのか?

「八神」の関係者を倒した人間を国外に逃がしたなんてことが世間に知られたらオマエは……」

 

 構わないさ、とガイの話に対してヒロムは迷うことなく言うと続けて彼に言った。

 

「元々オレを殺すために利用されていただけのアイツの代わりにオレが狙われるならそれでいい。

どの道ヤツらを倒すために世界を敵に回してもいい覚悟で生きてるんだからそのくらいのことでは迷わねぇよ」

 

「だけど……」

 

「とにかく、オレがやるべきことは全部やった。

あとは黒川イクトが国外逃亡を受け入れれば全てを解決する」

 

 それで終わりだ、とヒロムはガイに伝えると彼に背を向け、背を向けるとガイはそのまま歩いて病院を出ていってしまう。

 

 病院を出ていくヒロムの背中を見るガイの目はどこか悲しそうな思いを秘めているような目をしていた。

 

「オマエがよくてもオレたちはよくないんだよ。

それに……ユリナのようにオマエを慕ってるヤツにもオレの時と同じようにそんなこと言えるのか?」

 

 

 

*** 

 

 時の流れは穏やかに思える。

誰に対しても与えられた時の流れは何時如何なる時も同じように時を刻んでいる。

 

 だが、その時の流れは人の心によっては感じ方も捉え方も変わる。

焦りを抱けば早く感じることもあれば、無の中で何も出来ぬ状況では時にその流れをいつもの数倍に感じることがある。

 

 心理的な問題であり、一切変化しない時の流れからすればそんなのは人の弱さのせいだと思うだろう。

そして、その問題を今イクトが抱えていた。

 

 姫神ヒロムから国外へと逃亡させることを告げられ、ソラの助力を受けた上で説得しようと決めてから一日が経ったが、一日経った今もどうしたらいいのか悩まされていた。 

 姫神ヒロムを説得する、それを入院している今の間に達成しなければイクトは彼の用意したルートを介して海外に逃亡して第二の人生を過ごすこととなる。

姫神ヒロムの直面する問題の規模を知ってしまったイクトは彼を助けたいと思っているが、当の本人はそれを拒否している。それどころか姫神ヒロムは彼を自身の問題から一刻も早く遠ざけるべく行動している。

 

 今のまま彼に何を言ってもまともに話を聞いてもらえない。

話をするどころかこちらの意見など聞く耳を持たぬまま終わらされてしまう。

 ソラはイクトのことを信用し、彼が仲間として残ることを賛成してくれているが、そのソラの言葉を持ってしても多少力になれる程度らしい。

 それほどまでに姫神ヒロムの考えは固く、そして彼の意志が揺らがぬということなのだろう。

 

 姫神ヒロムという難しい壁に病室のイクトは頭を悩ませていた。

 

「うーん……」

 

 難しく悩むイクト、そのイクトにソラは姫神ヒロムについてある事を伝えた。

 

「この間も言ったがヒロムには明日にでもオレから少し話をしておく。

今のままオマエが話してもアイツは確実にオマエの話を聞こうとしないだろうからな」

 

「けどさ、仮にソラが話をしてくれたとしても姫神ヒロムは考えを変えるのか?

あの感じだと……さすがのオレでも無理じゃないかって思ってしまうよ」

 

「さすがのオレでもって……ヒロムのこと詳しく知らないのに偉そうに言いやがる。

けど、オマエの言いたいことはよく分かる。

アイツが素直に考えを変えてくれるかは賭けみたいなもんだ。

オマエが気にしてるように……今のままじゃまともに話を聞いてくれるかも怪しいしな」

 

「ならどうしたらいいんだよ〜……」

 

 ソラの言葉を受けてますます頭を悩ませるイクト。

話を聞けば聞くほど姫神ヒロムを説得するのは難しくなる気しかせず、それがイクトを焦らせる。

 

「どうしたらいいんだよ……。

あの感じだとある程度治ったら退院させられてそのまま国外に連れてかれるって事だろ。

変に抵抗したら無理やり連行されそうだし、かといって抵抗でもしたら半殺しにされた上で連れて行かれそうだし……」

 

「抵抗するってなった場合、オマエがヒロムに勝てる見込みはないから諦めた方がいいな」

 

「ぐぬぬぬ……。

そうなんだよなぁ〜、ガイと戦った後に一戦交えたから知ってるけど姫神ヒロムってバケモンだしな……」

 

 そう、姫神ヒロムと戦闘になればイクトに勝ち目はない。

イクトが初めて姫神ヒロムと対面した時、ガイを倒したイクトは彼も倒そうとしたわけだが……結果は惨敗。

姫神ヒロムがその身に宿す精霊に驚いたせいもあるが、単純に姫神ヒロムが高い戦闘力を有しており、その力にイクトが及ばなかったのだ。

 

 真実を知るためにキキトを探して熱海にてリブラと戦い、そしてキキトを倒した今のイクトはその時の自分に比べると強くなっているのは確かだ。

 

 だがそれでも勝てる気はしない。

姫神ヒロムをよく知るソラがイクトに勝ち目はないと言っているからそれを鵜呑みにしているというわけではなく、イクト自身が姫神ヒロムが秘めている強さを本能で恐れているからだ。

 

 前回戦った時に知った姫神ヒロムの強さ、そして彼が単身でキキトが作り上げた部隊「ジルフリート」を壊滅寸前まで追い詰めたことを話で聞いているが故に恐怖を感じている。

 戦っても勝てない、その思いがイクトの中で姫神ヒロムと戦うなと言っているのだ。

 

「戦って勝てないのは確かだけど、口で何とか言って説得できるような相手でもねぇしなぁ……ってそうだ!!

ソラとガイが二人で頼めば何とか……」

 

 無理だな、と病室の扉を開けるなり話を聞いていたであろうガイがイクトの言葉を最後まで聞くことなく伝え、病室に入ってきたガイはイクトに何やら差し入れを渡した。

 

「病室生活で退屈してると思ったから本を買っておいた。

暇なら読んでくれ」

 

「そんな暇ないって……。

こっちは今姫神ヒロムをどうやって説得しようか悩んでる真っ最中なんだからさ」

 

「ヒロムの説得か。

ソラから話は聞いていたが、不可能に近いと思うぞ」

 

「だったらガイも力を貸してくれないか?

ガイが力を貸してくれればソラと二人で説得でき……っていうかさっき無理だなって言わなかった?」

 

「ああ、言った。

無理だと思ったから無理だなって言った」

 

「ガイとソラが一緒に言っても無理なのか?」

 

 無理だな、とガイは二度目となるその言葉をイクトに伝えるとその理由を話していく。

 

「ヒロムはイクトが一緒にいることをよく思っていない。

自分と一緒にいればイクトが「八神」に狙われると考えているし、ヒロム自身が自ら「八神」の標的になって戦うことを望んでいるし、何よりもヒロムは自分が狙われることはこれまでと変わらないことだからと言って自分が犠牲になることに関して何も気にしていない」

 

「アイツと話したのか?」

 

「昨日、帰ろうとしていたアイツを説得しようとしたけど無理だったな。

今朝もう一度試したが……オレやソラが間近でイクトの戦う姿を見た上で信用出来るし頼りになるって話してもヒロムの答えは変わらなかった」

 

「……絶望的だな」

 

 説得を試みたというガイの話を聞いたソラは何故か諦めつつあるような言い方をする。

ソラの言葉を聞いたイクトは気になって彼に訊ねてしまう。

 

「もしかして……諦めかけてる?」

 

「少しな。

オマエの言うオレとガイが二人で説得しようって提案をガイが無理だと言う理由はそこにあるからな」

 

「?」

 

「右と左に道が分かれてるとして、ヒロムは右と決めたら後にも先にも右と言う男だし右と決めたらそれを自分の意思で左に変えることもしない。

ガイかオレが横から声をかけて気が変われば右と決めたそれを左に変えることも無くはないが、オレたちのどっちかが先に話して答えが変わらないのなら二人でやったところで変わらないって話だ」

 

「じゃあ、諦めるしかないのか……?」

 

「いや、オレもソラも諦めたくないからここに集まったんだ。

イクトは今後の戦いに必要になるし、キキトを倒したイクトだからこそ仲間としてともに戦いたいと考えてる」

 

「だな。

キキトの件で「八神」が本腰入れるとなれば今のままじゃ複数の精霊を宿すヒロムでも分が悪くなるはずだ。

それを防ぐためにも戦力を増やすことはやらなきゃならないことだしな」

 

「二人とも……」

 

 ガイとソラ、イクトをここに残すために何とかしようと考えてくれている二人にイクトは嬉しく思っていた。

敵として出会ったはずなのに、今では仲間として自分を認めて自分のために考えてくれている。

 

そんな二人の優しさと思いが嬉しかった。

 

 だからこそイクトは姫神ヒロムの説得を成功させなければと改めて思った。

姫神ヒロムに迫る敵に自分も力になるために、そして仲間として認めてくれる二人のためにも……

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