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XXXXIV


 今から十九年前、キキトと名乗る彼はこの世に産まれた。

キキトと名乗る彼の生まれはとある名家の貴族であり、産まれる経緯となったのは彼の父親と母親の家柄が取り巻くことにより起こった政略結婚だ。

彼の父親はその当時は日本経済において情報の流通や管理などを得意手として担っており、その情報を政府や閣僚などが高値で仕入れるほどだった。

 

 今後益々発展していくとされた彼の父親の恩恵を受けようと考えたのか、それとも純粋な恋によるものかは彼にも分からないが、一つ言えることは彼の両親は結婚後に急速な事業の成長を遂げたという。

彼も将来は両親の跡を継いで情報の流通などを手掛けていくのだと誰もが思い、当然の事ながら彼もそれを目指して幼い頃から情報の流通やほの取り扱いなどを徹底的に勉強して頭に叩き込んでいた。

 

 だが、その裕福な家庭はある日を境に没落してしまう。

 

 きっかけは両親が請け負ったとある名家の情報。

情報の流通のために秘匿事項なども多いことがあり、この時の彼の両親にもいつも以上に厳しい制約や秘匿事項が設けられていたらしい。

 

 第三者への漏洩など普段からは禁忌とされていることだが、この時の仕事は何故かこれまで通りのやり方では仕事が出来なかったというのだ。

決められた流通ルート、指定された場所と時刻、情報の流通を得意とする両親はこの時の仕事だけはいつも通りにこなせなかったらしく、仕事の成果もいつもに比べると四割ほど悪かったという。

 

 その一件以降、彼の両親の信頼はガタ落ち、さらには外からの圧力で両親は仕事をやることすら出来なくなり、名家としての存在意義とその名を剥奪される寸前まで追い詰められて……彼を残したまま自殺してしまった。

 

 その頃まだ十になるかという歳だった彼は身元を引き受けるものもなく孤児院に預けられるが、孤児院に引き取られても両親の仕事だった情報の流通に関しての勉学をやめようとしなかった。

その結果、彼は知ってしまったのだ。


 彼の両親を自殺に追い詰めるよう仕向けた犯人は恐ろしいことに彼の両親の同業者であり、そしてそれはいくつもの同業者が束になって両親の仕事を潰そうとしたものだったということを。

秘匿にする必要もない情報を取り扱わせ、無駄に多い制約を設けて自由を奪い、そして両親の仕事に不祥事が起きるように用意周到に計画されたものだと言うことを。

 

 彼は怒り狂った。評価されるべき両親が不当な考えを持つ蛮人の憎悪によって全てを奪われ、そして生きることすら許されなくなったという事実が許せなかった。

そして、どれだけ勉学を続けてもその成果を持って両親を助けられなかった自分を憎んだ。

 

 憎んだ彼は……己を殺して復讐を誓った。

両親の顔を知っている同業者の人間たちは孤児院に預けられた彼のことをよく知らず、彼はそこを利用して近づき、悟られぬように情報の流通や管理などに提案をしていき、自らが絶対的だと頼られるまでに信頼関係を築き上げた。

何かあればまず自分が頼られ、何かあれば意見を求められる。

そういう関係性となった彼は……ある日、復讐を実行した。

 

 両親への仕打ちの復讐、彼は同じやり口では手ぬるいと考えた。

手始めに手を組んで結託している同業者同士の間に不協和音を巻き起こすべく彼らにとって不利益な情報を流して互いに不信感を抱かせるように仕向けた。

次に彼は、一人の男に目をつけ、その男が仕事を請け負うとその男以外のものにその男が受け取る本来の報酬の額とは異なる偽りの報酬額をリークして潰させるように仕向けた。

 

 結果は彼の思惑通りに成功、その後も彼は同じような手口で次々に復讐を果たしていく。

だが、復讐は上手く続くとは限らなかった。

同業者の一人がやり口が共通していることと彼の関与がある事に感づき始め、それによってその一人に目をつけられてしまったのだ。

 

 本来なら動きにくくなる、だが彼はそれすらも利用したのだ。

不協和音が続く情報流通業の他の者には裏ですでに手を回しており、海外からの不正な取引による多額な報酬を持ち掛け、その上で自身に目をつけた男を裏切り者として始末させたのだ。

 

 そして……不正な取引を手回しした彼はその裏でさらに恐ろしいことに手を回していたのだ。

彼が手を回させたのは薬物、違法ドラッグの類だ。

それを秘匿して話を持ちかけた彼は後日自らが警察に全てよ情報を流して全員を逮捕させ、そして釈放されても帰る場所が無いように留置中に男たちの全てを奪い、消し去り、全てを手中に収めて男たちを社会的に抹消したのだ。

 

 一人残らず、一つ残らず奪い、全てが無くなって喪失感を味わう間もなく男たちの存在を消した彼はいつしか情報屋としての稼業で生計を立てるようになった。

 

 そしてしばらくして、彼に目をつけた存在がいた。

それが「八神」だ。彼の情報屋としての力を見込んだ「八神」は彼を配下に引き入れ、あらゆる面での情報を集めさせようとした。

彼にとっても悪くない話だった。これまでにはない圧倒的な権力を誇る名家のもとで全ての情報を掌握できると思えば彼にとっては亡くなった両親の誇りであった情報の流通を引き継げるも同然だったからだ。

独自に仕事の幅を広げ、武器の流通などをしながら裏社会の情報にも手を染めて両親を超えようとする。

  

 そんな日々の中、「八神」の当主の少年の腹心たる男がある事を全員に告げた。

 

「我々の憎き敵である姫神ヒロムを始末しろ。

始末したものには私が統率する部隊「角王」の一人となってもらう」

 

 当主の腹心による指令と当主直属とも言える部隊への昇進、今以上に情報を掌握できると彼は感じると共に男が始末するよう指示した姫神ヒロムについて調べると早々に消したいと考えるようになったのだ。

 

 評価されるほどの力もない、能力を持たぬのに自らが仕える「八神」の血を一部でも流している凡人にも近い役に立たぬ男がのうのうと生きている。

その事実が彼をやる気にさせ、そして彼は自らの素性をバラすことなく始末するべく彼は自身を信用する黒川イクトを刺客に仕立てあげようとした。

 

 なのに……黒川イクトは彼を裏切って姫神ヒロムの一味の仲間となり、そして今、黒川イクトの一撃が彼の命を……

 

 

 

***

 

 イクトの一撃を受けたキキトは全身を激しく負傷し、彼の手刀で貫かれた体からは血を大量に流して倒れていた。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 キキトに致命傷を与えたイクトは体力が限界なのか息を切らしており、彼の疲弊に合わせるかのように身に纏っていた瘴気のようなものは消えていき、イクトの瞳が金色から元の色に戻ると顔を覆う髑髏の仮面も消失してしまう。

 

 力が消えるとイクトは膝から崩れ落ち、完全に倒れないように地に手をつくとどこか苦しそうにする。

 

「イクト!!」

 

 苦しそうにするイクトを心配してガイとネクロは彼のもとへと駆け寄って彼の身を心配しようとするが、そのガイとネクロもキキトとの戦いで少しばかり負傷している。

 

 キキトという敵が倒れた今、もはや負傷の度合いはあまり気にすることではないが、イクトの場合は得体の知れぬ力を使った影響もあった。

 

「大丈夫かイクト?」

 

「ああ、大丈夫……ガイ。

ちょっと目眩が……」

 

「気をしっかり保て、黒川イクト。

キキトは倒したんだ、これで……」

 

「終わるって?」

 

 イクトに向けて話すネクロの言葉を遮るように戦いを傍観していたリュクスが倒れるキキトに歩み寄りながら言い、彼はしゃがむなりキキトの近くに転がっている損傷したシェンショウジンのレプリカの欠片を手に取って回収する。

 

「貴様、何をしている?」

 

 リュクスの行動について問うネクロ。

彼に行動の真意を探ろうとするネクロの問いにリュクスは不敵な笑みを浮かべてネクロに視線を向けると彼に忠告した。

 

「無駄な詮索はやめといた方がいい。

キミがこの先無事でいたいのなら、キキトの始末を依頼した人間から報酬とキキトが掌握していた情報網を素直に受け取って姿を晦ますんだな。

オレが何をするのかは……この先安泰でいたいなら聞かない方が身のためだ」

 

「ならこれだけは答えろ。

貴様は何者かに雇われてキキトを消してそれを回収したかったのか?」

 

「これの回収はもう少し先の予定だったんだけどね。

オレは単に少し前まで手を組んでた相手がどんな風に死ぬかを見たかっただけだ」

 

「なんて野郎だ……」

 

「それを言うならキミもだろ、ネクロ。

多額の報酬で仕事を引き受け、同業者を殺した。

少なくともキミにはオレをどうこう言う資格はないよ」

 

 ネクロに対して淡々と言葉を発していくリュクスは今も苦しさが残るイクトに目を向けると彼に言った。

 

「黒川イクト、キミとの出会いは楽しかったよ。

この先出会うことがあれば……その時も敵だから覚悟しとけ」

 

「はぁ……はぁ……」

 

「疲れ果てて何も言えないってか。

いいよ、オレも話すことは無いからね」

 

 じゃあね、とリュクスはイクトたちに向けて手を振ると音も立てずに消え、リュクスが消えるとイクトたちは例えようのない空気感の中に取り残される。

 

 限界に近いイクト、満身創痍ではないガイとネクロ、負傷して気を失っているソラたち。

キキトを倒したとしてもこれを勝利と呼ぶべきか分からなくなっていた。

 

 イクトの攻撃を受けたキキトはもう息を引き取っているはずだから勝利と言っても間違いでは無いのだろうが、今の彼らの中に残るのは勝利と呼ぶには程遠い感情だけだった。

 

 静かさが残るこの空気感、イクトたちがそこにいる中、変化が訪れた。

 

「……どうやら上手く仕留めたようだな」

 

 どこからか声がすると一台の車が彼らの前に現れるように走行してきて停車し、倒れるキキトのもとへと冷気とともに氷の仮面をつけた男が現れる。

 

 現れた氷の仮面の男をイクトとネクロは知っていた。

 

「オマエは……ウィンター!!」

 

「ネクロ、ご苦労だった。

約束通り報酬は渡す。この男の始末とこの場の処理はオレが引き受けよう」

 

「アンタは……オマエは何者なんだ?」

 

「……黒川イクト。

その問いは相応しくない。

今オマエに必要なのは倒すべき相手を倒した事を受け入れることだ。

それを受け入れた上で、この先の身の振り方を考えろ」

 

「身の振り方……?」

 

「オマエが殺したのは「八神」に仕えていた人間だ。

つまり、オマエはもう「八神」からは逃れられない運命の中にある」

 

「……」

 

「そうさせたのはオマエじゃないのか?

オマエがネクロに取引をもちかけ、オレたちを……」

 

「好きに言えばいい、雨月ガイ。

ただし、これからオマエたちが受ける試練は今回の比では無いことを覚悟しておくんだな」

 

「これから……受ける試練だと?」

 

「……いずれ分かる。

しばらくしたらこの場も警察に包囲される。

逃走用の車を手配したからこれに乗って去れ。

取引相手としてやれることはやってやる」

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 ウィンターの指示に従うようにイクトたちは車に乗って戦場となったこの場を去っていくのを見届けるとウィンターは氷の仮面を砕き、氷の仮面が砕けるとその下から男の姿……氷堂シンクが素顔を見せ、シンクは携帯電話を取り出すと誰かに電話をかけた。

 

「……オレだ、獅角。

キキトが姫神ヒロムの協力者に殺された。

こちらの調査は現場近くにいるオレが請け負うからオマエは角王を早く揃えろ。

このままじゃ「八神」は負けたまま終わるぞ」

 

 電話の相手に伝えるとシンクは一方的に通話を切り、携帯電話を握り潰すと倒れるキキトを見ながら独り言を呟く。

 

「悪いな、キキト。

オレの計画のためにもオマエの情報網が邪魔だったんだよ。

オマエの情報網があるせいでオレが上手く操作した情報がバレるからな。

今ここでバレたら困るんだよ……オレの目的である「天獄」の完成まではな」

 

 


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