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XXII


翌朝……


制服に着替えたイクトはヒロムとともに学校に向かうべく通学路を二人で歩いていた。


……が、イクトの足取りは重く、イクトはともに歩くヒロムのことばかり気にしていた。


「……」


昨晩のフレイの話を聞いてからイクトは彼のことを気にしてしまい、そのせいで心の片隅に迷いを抱いていた。


「……」


本当にこれでいいのか?


彼の中にはその思いが何度も過ぎって仕方なかった。


フレイの話によればヒロムがイクトに対して深く関わろうとしないのは自分を巻き込まないように遠ざけたいから。

そして彼が仲間となることを望まないのはキキトの件が終わればイクトを「八神」と関与しなくて済むようにするためだという。


おそらくこれはイクトの今後を考えれば有難いことなのかもしれない。


何せ「十家」という大きな力を持つ存在に目をつけられることも無く日常に戻り、そしてこれまでと同じように生活すればいいのだから。


だが、それに従ってイクトが安寧を得たとしてその後はどうなる?


キキトの件が解決するのはいい。

だがヒロムたちはどうなる?


おそらくヒロムはこれまでと同じように「八神」と戦うのだろう。

そんな彼に仕えるガイとソラも同じように戦いに身を投じるのだろう。


なのに自分は……


自分はこのままヒロムが用意した安全に従って逃げるしかないのだろうか?


「……」


「……さっきから何考えてるんだ?」


イクトが考える中、ヒロムは歩みを進める足を止めると彼に向けて何を考えていたのかを問う。


ヒロムが歩みを止めたことでイクトもつられて足を止め、彼の問いに対して答えようとして言葉を詰まらせる。


「それは……」


一言、ただ一言言えばそれで今の思いが伝えられる。

ただ一言、彼に「この一件が終わったらアンタはどうするんだ」と聞けばすぐ終わることだ。


だが……そのたった一言が言えなかった。


「……いや、大したことじゃないから気にしないでくれ」


言おうとしていたはずなのに、気がつけば誤魔化していた。


言ってしまえばすぐに済むと思うことなのに、中々口に出せない。


そんなイクトの様子を見てヒロムは少しイラついたような顔をすると舌打ちし、その上でイクトに近づくと彼に向けて告げた。


「フレイから話を聞いてなかったのか?

オマエはこの件が終わればどうにかして元の生活に戻す。

オレとオマエの関係はそれまでだ」


「聞いてたさ……」


「なら問題ないな。

オマエは何も気にせずにキキトのことだけを……」


「そうじゃないんだ!!」


ヒロムの言葉を遮るようにイクトは強く言うと、一度声を整えてから彼に向けて反論するように話した。


「アンタがオレのために何かしようとしてくれるのは昨日アンタの精霊から話を聞かされた。

その内容もアンタのやろうとしてることも……その結果でオレの運命が決まることも分かった。

けど……何でそれをオレに直接話さなかった?」


「オマエが深く関わろうとしないようにするためだ」


「そんな言い訳はゴメンだ。

頼むからハッキリ答えてくれ。

オレに話さなかったのには何か理由があるからじゃないのか?」


「……」


「頼む、姫神ヒロム。

オレはアンタが用意した安全にただ従うような道を進みたくないんだ。

賞金稼ぎとしてこれまで何度も危険な道を進んできた、だから……」


「だからこそオレはオマエを巻き込めない」


するとヒロムはポケットから四つ折りにされた紙を取り出すとそれを広げ、広げた紙をイクトに手渡した。


イクトは広げられた紙を受け取ると中身を確認するように目を通し、そしてそこに書かれている内容に驚いてしまう。


「これは……!?」


「オレには元・賞金稼ぎのアテがあってな。

そいつを経由してオマエの事を勝手に調べさせてもらった。

そこで……オマエがハンターになるきっかけになったであろう情報を聞いた」


「……」


「オマエの両親はある病に発症して錯乱した妹に意識不明の重体になるほどの重傷を負わされ、そしてオマエはその妹を助けようとした。

だがオマエの妹は助からなかった……そうだな?」


「……ああ。

何も知らずに生きていて、ある日突然暴れて両親を手にかけた妹を見たオレはどうにかしようとした。

でも、気がつけばオレは……」


イクトの体は小刻みに震え、そしてイクトの脳裏には過去に起きたあの最悪な日の光景が浮かび上がる。


紫色の瘴気に包まれながら包丁を片手に返り血を浴びながら両親を刺し続けたイクトの妹。

その妹を止めようとイクトは試みて、そしてその結果彼は自身の妹を手にかけた。


あの日の出来事は悪夢として今でも頭の中に現れ、夜な夜なイクトを苦しめる。


イクトの過去を知ったというヒロムは彼の今の様子を見た上で何故自分がイクトを遠ざけたいと考えたのかを伝えた。


「……今のオマエは戦士として強くとも人としては弱すぎる。

そんなヤツを巻き込んでまでオレは「八神」を潰したくない。

出来ることならオレはオマエにはどこかで心を休めてほしい」


「……過去は変えられない。

家族を失った事実は……」


「そうだな。

オレも五歳で「無能」と呼ばれたあの過去は変えられないから強くなってヤツらを倒して道を開くことを決めた」


けど、とヒロムは不安を感じるイクトに向けてある事を提案した。


「キキトの事を乗り越えたオマエならいつかは乗り越えられるはずだ。

人間そんなに簡単には変わらないし、失ったものを補うのは簡単じゃない。

時間をかけてゆっくりやればいいだろ」


「時間をかけて、か。

アンタはオレが出来ると思ってくれてるのか?」


「賞金稼ぎをしてたようなヤツだから信じた、それだけだ」


「意味わかんねぇな……」


ヒロムの言葉が理解出来ないという呆れた顔でため息をつくイクト。

だがそのイクトの顔からは不安は消え、体の震えは止まっていた。


それどころか、今の彼からはどこか自信のようなものを感じ取れる。


ヒロムの言葉で何か変わったのだろう。

それが表れてるのかもしれない。


そんなイクトを見たヒロムは安心したのか再び歩き始め、話題を変えようとした。


「とにかくオマエの今後は全て終わってからだ。

オマエはキキトの情報、オレは名前と写真でしか知らない愛咲リナの護衛に専念するぞ」


「愛咲リナなら会おうと思えば会えると思うぞ」


「……そういやオマエ、愛咲リナは同じ中学って言ってたな。

学年とか分かるのか?」


「二年B組出席番号一番、だよ」


「妙に詳しいな……って同じクラスなのか?」


「……アンタ、他人にも少し興味抱いた方がいいと思うよ」


ちなみに、とイクトはヒロムに対して一言言うとある方向を指さしながら彼に伝えた。


「ちょうどあそこに歩いてる子が愛咲リナだ」


「ちょうど……?」


ヒロムはイクトが指さした方に視線を向けて確かめようとした。


その視線の先には一人で歩く少女がいた。


ヒロムと同じような赤い髪は腰まであり、綺麗な橙色は透き通るように美しく、容姿端麗な彼女は可愛らしさがある中で美しさを兼ね備えているように見えた。


ヒロムは蓮夜から預かっている資料を取り出し、そこにある写真と彼女を照らし合わせた。


「……アイツで間違いなさそうだな」


「学校着いてから話すよりは手早く済……」


イクトが話してる途中にもかかわらずヒロムは一人で彼女のもとに向かおうとするが、イクトは慌てて彼を止めた。


「ちょい待ち!!

一応、確認するけど……何する気?」


「安心しろ。

声をかけてしばらく護衛に付かせてもら……」


「ダメだからな!?

彼女の詳しい素性が分からないんだぞ?

あの子がオレたちとは違う世界の人間だろうし、いきなり護衛とか言われたら混乱するだけだって」


「あ?

ならどうすんだよ。

このままじゃオレは仕事が果たせない」


「仕事って……」

(コイツ……能力者を圧倒できる実力持ってるけど人としてはダメすぎるだろ……)


ヒロムという人間に対して呆れるイクトはため息をつくなり頭を抱えてしまうが、ひとまずイクトは彼に対して愛咲リナに関する提案をした。


「声をかけるのはいいけど、まずは距離を縮めないとダメだ。

何でもいいから何か仲を深める話題を……」


「まどろっこしい」


「アンタいつも授業中面倒とか言って寝てるのと同一人物なんだよな!?

こういう時だけめっちゃやる気あるじゃねぇか!?」


「あの……」


イクトとヒロムが若干揉めつつあると、彼女がこちらに恐る恐る歩いてくると声をかけてきた。


彼女のこちらを見る目はどこか警戒してるようにも見える。


「大丈夫ですか?」


「え、ああ……ゴメン。

うるさかったかな?」


「い、いえ。

何かあったのかと……」


「アンタが愛咲リナだよな?」


心配そうに話しかけてきた彼女に対してイクトは優しく言おうとしたのだが、その一方でヒロムは気遣いとかそんなことお構い無しに本題に入ろうとする。


「ちょ……」


「アンタが愛咲リナ、だよな?」


「は、はい……。

というか二人とも同じクラスだよね?

黒川くんと姫神くん……だよね?」


「ああ、合ってるよ。

早速で悪いんだが、少しアンタに用がある」


「私に……?」


「あのな、順を追って話さないと……」


お構い無しに話を強引に進めようとするヒロム。

そのヒロムの強引さに少女……愛咲リナは戸惑った様子を見せ、ヒロムの態度に呆れながらイクトは彼を止めようとした。


が、イクトに止められそうになったヒロムは突然愛咲リナとは違う方に視線を向けるとイクトに静かにしろと言いたげに右手で止めてきた。


「?」


「話は後回しだな。

……彼女を守るぞ」


「だから話は……」


ヒロムの言葉に対してイクトが異を唱えようとするとヒロムが視線を向ける方向に突然白い鎧の騎士が無数に出現する。


生気のない虚ろな動きをする白い鎧の騎士、それを見たヒロムとイクトは敵だと瞬時に判断するが、愛咲リナは突然現れた白い鎧の騎士に怯えてしまう。


「な、何なんですかアレ!?」


「大丈夫だよ愛咲さん。

オレらが何とかするから」


「何とかするって……?」


このような敵の出現とは無縁の日々を過ごしてきたであろう愛咲リナはイクトが安心させようと伝えた言葉を聞いても不安は消えない。


するとヒロムは小さくため息をつくと愛咲リナを守るように彼女の前に立つと面倒そうに伝えた。


「黙って大人しくそこにいればいい。

こういう荒事はオレと……コイツの専門分野だ」


「で、でも……」


大丈夫ですよ、と不安に思っているリナの前にヒロムの精霊・フレイが現れ、フレイは彼女に向けて優しく伝えた。


「私たちが必ずお守りします。

全てが終わりましたらご説明しますから」


「は、はい……」


フレイの言葉でようやく落ち着きを見せたリナ。

そのリナの様子を見たヒロムとイクトはひとまず安心する。


すると……


「おいおい話違うだろ。

「死神」と「覇王」は仲悪いって話じゃねぇのか?」


白い鎧の騎士の前に軍服に身を包んだ右目を隠した隻眼の男が現れ、現れた男は舌打ちするとイクトとヒロムに対して話し始めた。


「キキトの野郎……オレに仕事頼むのはいいけど正確な情報寄越せってんだ」


「アイツ、今キキトの名前を……」


「おい、オマエ。

何でオレとコイツの異名を知ってやがる?」


「知ってるも何もねぇだろ。

このオレ……リトル・パープルがキキト直々の依頼を受けたんだからな」


「リトル・パープル……だと?」


「オマエが一人で傭兵団並の戦闘力を発揮出来る能力者か?」


「よく知ってるな「死神」。

さすがは「ハンター」として恐れられていただけはある……が、オマエのそれは今日で終わる」


なぜなら、と男が……リトル・パープルが指を鳴らすと無数の白い鎧の騎士が戦闘態勢に入るかのように構える。


「このリトル・パープルが率いるゴーレムナイトの軍勢の前にオマエは「覇王」諸共倒されるのだからな!!」


「オマエがオレとコイツを倒す?

笑わせるなよ……「覇王」の力、見せてやるか」



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