XXI
時は進み、夜……
ヒロムは屋敷のリビングで白崎蓮夜に渡された資料を見ていた。
「愛咲リナ……」
どこか押しつけるような形で渡された資料と女の名前、ヒロムはただ面倒だと思っていた。
「……」
資料を見る中でヒロムは蓮夜との会話を思い出していた。
『キキトというヤツについてはガイとソラ、それに黒川イクトに任せればいい。
オマエは関与せずにこの愛咲リナの護衛をやれ』
『ふざけるな、敵の狙いはオレだぞ。
そのオレが護衛の仕事?ふざけてるのか?』
『ふざけてはいない。
三人は護衛よりも戦闘向き、一方のオマエは護衛に向いてる』
『そんな事聞いてんじゃねぇよ。
資料渡されて護衛しろって言われて納得すると思うのか?』
『納得するしないの話じゃないんだよ、コレはァ。
適材適所、仕事をする上で重要なことだから言ってんだぞォ』
『女の事は資料で分かるにしても、狙われてる護衛対象を狙われてるヤツが護衛するなんて危険すぎる』
『……オマエならやれると信じてるから頼んでんだぞォ。
少しは自分の実力に自信を持てよォ』
「……チッ」
思い出しただけでもイラッとしてしまうヒロム。
ヒロムの言い分など聞こうともしない蓮夜の一方的な言葉、有無を言わさず護衛の仕事を押しつけられたようなものだから余計に腹立たしい。
知りもしない相手のことを護衛、それも「八神」に関与してるキキトが命を狙っている自分が護衛を任されることも納得いかない。
「月翔団」、数多くの能力者が属する組織だ。
その頂点に立ち団長という地位にある蓮夜ならその気になれば適任の人間くらい数人選べるはずだ。
なのにどうしてこんな不適任な自分を選んだのか、理解出来ない。
「アイツ、何を考えて……」
「何、お見合いでもすんのか?」
独り言を呟いていると、イクトが後ろから声をかけた。
夜なのになぜイクトがここにいるのか?
彼はヒロムの命を狙ったこととキキトに狙われるであろう可能性からヒロムの屋敷に泊まっている。
全ての件が解決するまでの滞在、それ故に彼はヒロムの屋敷にいるのだ。
ソラとガイの姿は見えないが、ここにいないということはおそらく屋敷以外の場所にいるのだろう。
「……笑えねぇ冗談はよせ」
ヒロムは資料をテーブルに置くなりイクトに冷たく言い、イクトはヒロムが置いた資料が気になったらしくテーブルに近づくなりその資料を手に取って目を通し始めた。
「護衛対象……愛咲リナ。
キキトに関係してる人間なのか?」
「いや、そいつとは関係ない。
蓮夜のヤツがオレに護衛の仕事を押しつけたんだよ」
「護衛?
命を狙われてるアンタが?」
「命を狙ってたオマエもそう言うよな?」
「まぁね。
少し前のこととはいえアンタのことは狙ってたし、ここ数日の間に現れたアンタのことを狙うヤツらを見てきたオレからしたら護衛なんて危険すぎると思う」
ヒロムに対して自分の意見を述べるイクト、そのイクトの話を聞いたヒロムは頷くと彼に質問をした。
「オマエの方は何か情報を得たのか?」
「何も掴めてない。
関係あるだろう人間もアイツの足取りも掴めない……有益な情報なんてないよ」
「そうか。
蓮夜からの情報でいいならやるよ」
するとヒロムはイクトが手に取った資料の中から数枚抜き取るとそれをイクトに見えるように提示しながら説明した。
「オレが立てた仮説通り、「ジルフリート」は国内に潜伏してる。
そして朝方確認されたのが米国の賞金稼ぎの「紅星」のガレット。
さらに言うなら集めた情報の中には「リトル・パープル」ってヤツを含めて各国から腕利きの賞金稼ぎを招集してるらしい」
「リトル・パープルだと!?」
「知ってるのか?」
「噂程度には、な。
一人で傭兵団と同じ規模の戦いが出来る賞金稼ぎと呼ばれているけど、他の情報はない」
なるほど、とヒロムは一言言うとイクトに見せていた資料をテーブルに置いて椅子に腰かける。
イクトはヒロムが見ていた「愛咲リナ」の資料を見ながら彼にある事を訊ねた。
「……アンタはオレのことを警戒しないのか?」
「あ?」
「ガイは元々警戒してなかったし、ソラは今も警戒してるけどどこか信じてくれてるような所がある。
でも、アンタはどうなんだ?
オレはアンタが信用してくれてるとは思えないんだ」
「……」
「答えてくれるよな?」
イクトの質問に対してヒロムは何故か何も言わず、そんなヒロムに答えを言わせようとイクトは詰め寄る。
そんなイクトに対してヒロムは答えではなく質問で返した。
「そういうオマエはオレをどう思ってる?」
「え?」
「オマエはオレをどう思ってる?
信用云々はどうでもいい。オマエの考えを聞かせてみろよ」
ヒロムの質問、イクトの質問を自分に置き換えたものだ。
だがその質問をするヒロムの瞳はどこか冷たく、そしてその瞳で見られたイクトは思わず言葉を詰まらせてしまう。
「オレは……」
「オレは別にオマエのことは何とも思ってない。
オレを狙ったヤツがたまたまここにいる、そのくらいに認識してるし、それ以上のことは考えてない。
何か目的があるなら力を貸す、それだけだ」
「信じてないってことだよな?」
「信じてないなら屋敷に入れない。
オマエのことは目的を果たす上で信じてるから屋敷に入れた、それだけだ」
「仲間じゃないのか?」
「仲間?
目的のための共闘でしかない。
仲間とかいう概念は簡単に確立出来るものじゃないだろ?」
「そうだけど……」
「オレを仲間として認識するのはよせ。
オマエがやるべき事に集中しろ」
「やるべき事って何だよ?
キキトの件はアンタにとっても大事な事じゃないのか!?」
「……別に。
オレからすれば「八神」に加担したヤツらは誰であろうと殺す」
突然のヒロムの告白、その言葉はイクトに冷たく突き刺さるように鋭く、そして彼が内に秘めているであろう強い思いがあった。
その言葉に一瞬恐怖を感じたイクトだが、そんなイクトに向けてヒロムは続けて話した。
「オレは「八神」を根絶やしに出来るなら何でもやる。
そのために強くなろうとした。けどオマエは違う。
オマエはただ利用されただけだ」
「利用されたとはいえオレも加担したことになる」
「何も知らなかったなら仕方ないことだ。
オマエはオマエの過去にケジメをつけろ」
「自分のことのためにアンタの事を見捨てろってのか?
オレはアンタを巻き込んだんだぞ!!
それなのに……」
「自惚れんのも大概にしとけ!!」
するとヒロムは声を荒らげて叫ぶと立ち上がり、そしてその勢いのままイクトの胸ぐらを掴み、彼のことを強く睨みつけた。
「能力者でもないオレに勝てなかったオマエがオレの心配してんじゃねぇぞ!!
他人の事心配してる暇があるなら自分の事に気ぃ使いやがれ!!」
「……!!
何だよそれ!!
オレはアンタのために……」
「オマエに助けられたいと頼んだ覚えはない。
勝手な事を言うのも大概にしろ」
ヒロムはイクトから手を離すとリビングから出ていくかのように歩いていく。
扉の方に向かっていくヒロム、その後ろ姿を見ながらイクトは彼に伝えた。
「愛咲リナはオレたちと同じ中学のヤツだ。
明日にでも会ってみればいいよ」
「……そうか」
「情報の礼だから、見返りとかは……」
「何も返す気は無い」
ヒロムは足を止めることもイクトの方に振り返ることもなく扉の前にたどり着くとそのまま出ていってしまう。
「……」
一人取り残されたイクトは資料を手に持ったまま椅子に腰かけると深いため息をついた。
「……何でだよ」
イクトは納得がいかなかった。
「八神」との関係があるキキト、そのキキトを倒すことはたしかにイクト自身がキキトとのこれまでを清算するきっかけだ。
だが少なからずヒロムの事を手助けすることになると思っていた。
彼を狙う敵が減れば例え少しだとしても力になれる、そう思っていた。
なのに……
なのにイクトのその思いをヒロムは拒み、そして彼はイクトをただ利用し合うだけのような言い方で突き放そうとした。
出会い方は褒められたものでは無いが、それでもイクトはガイやソラと距離を縮める中でヒロムとも仲間になりたいと思っていたのに……
「何でだよ……!!」
「少しよろしいですか?」
頭を抱えて悩むイクト、そんなイクトのもとに一人の少女が現れる。
長い金髪に澄み切った綺麗な瞳の少女はテーブルにコーヒーの入ったカップを置くと彼の隣の席に座った。
「あ、ありがとう。
えっと……」
「フレイです。
マスターの精霊ですけど、まだ覚えてもらえてませんか?」
「あっ、いや……そうじゃないんだ」
彼女……フレイに見つめられて少し照れるイクト。
フレイ、彼女はイクトとは異なる存在だ。
人の姿をしているが人ではない。
彼女は精霊と呼ばれる特殊な存在だ。
人に宿り、宿った相手を主として仕え、そして力を貸し与える。
それが精霊であり、彼女だ。
彼女の言うマスターとは先程までここにいたヒロムのことだ。
彼女はヒロムに宿り、そしてヒロムのために戦っている。
そんな彼女がイクトに何の用なのだろうか?
「えっと……オレに何か用?」
「少しお詫びしたくて……。
先程はマスターが少しひどい言い方をされたので」
「少しどころかかなりだと思うけど?
オレは頑張ってアイツのために何かしようとしてたのに……」
「マスターはあえて言わなかったんです。
自分のせいでアナタを巻き込んだことを」
「……え?」
「アナタは「八神」に雇われるような形でマスターの前に現れました。
ですがそれはマスターと「八神」という関係がなければ起きなかった事です。
だからマスターはアナタを「八神」との事に巻き込んだことに罪悪感を感じられています」
「でもアイツは……」
「アナタと深く関わろうとしないのはこの一件が終わったらアナタを「八神」や自分から遠ざけるためです。
アナタをこれ以上巻き込みたくない、マスターはその一心でアナタを助けようとしているのです」
「アイツが……」
フレイから明かされたヒロムの考え、それを聞いたイクトは困惑を隠せなかった。
自分に対して冷たい態度を見せていたヒロム。
その態度の裏にそこまでのことが隠れていたなんて知らなかった。
知らなかったからこそヒロムと揉めてしまい、そして一度は彼のことを身勝手だと感じてしまった。
それなのに……
「……何でアイツは一人でそこまで背負おうとするんだ?」
「マスターはご自身の手で「八神」との決着をつけるためにこれまで強くなられました。
そしてそれはマスター自身が他の方を巻き込みたくないからこそ一人でどうにかしようと考えられています」
「どうにかって……相手はあの「十家」なんだぞ?
それなのに……」
「マスターにとっては自分の全てを否定した倒すべき相手でしかありません。
どこの家とかそんなのは関係ないんです」
「……」
フレイの口から語られるイクトも知らなかったヒロムの思惑。
それを聞いたイクトはヒロムが相手にしようとしてるものとその圧倒的な無謀さを感じてただ言葉を奪われていた。
そして、彼の中で一種の迷いが生じていた……




