II
余計な仕事を受けてしまった……
夜が明け、朝が来るとともに身支度をしたイクトは本職である学生として、自身の通う中学に向かっていた。
「姫神ヒロム……金持ちの「姫神」の家に生まれた坊っちゃんだっけ?」
(コイツ……普段寝てばかりで目立たねぇのに殺されなきゃならないとはな。
……殺るのはオレなわけだが)
イクトは姫神ヒロムの写真を見ながら一人で呟くように話しながら歩いていた。
すると渡ろうとした横断歩道の信号が赤になってしまい、イクトは足止めをくらうことになる。
待つしかない、と思いつつ立ち止まるイクトはふと姫神ヒロムについて思い出した。
「そういや、コイツ……前に派手なことしてたな」
それは一年半ほど前、中学一年の時のことだ。
一人の少女が言われのない言いがかりによるイジメを受けていたのだが、それを見ていたこの男は一言イジメの主犯に告げた。
『ギャーギャーうるせえな。
そいつが何しようが勝手だろうが』
イジメの主犯はその一言を受けて、自分の楽しみを邪魔された子供のような反応を見せていたのだが、後日報復のように姫神ヒロムを潰そうと不良を向かわせた。
五十人はいたはずだ。
それをこの男は無傷で全員を潰した。
その翌日に、この男は主犯の生徒を殴った。
教室は彼の行動にザワついたのだが、一喝して黙らせると、主犯の生徒に告げた。
『自分じゃ何もできないくせに調子に乗るなよ?
次にふざけたことしたら……オマエの希望全部潰すぞ?』
姫神ヒロムという存在とそれが発した言葉の効果は大きく、そこで少女へのイジメは止まった。
それ以降、この男は恐れられ、他者を寄せつけなくなっている。
(その程度の男を相手に殺せば十倍の額を払うなんて……)
「頭イカれてるわ」
***
イクトとターゲットである姫神ヒロムが通う中学、姫城中学。
彼は自分の教室である二年B組の教室に向かうと、まず教室の中を見渡した。
ターゲットである姫神ヒロムは幸運なことに同じクラス、つまり動きを観察しやすい状況にある。
(情報をもらえないなら多少は調べねぇとな……。
アイツの席は……)
イクトは姫神ヒロムがいるであろう彼の席の方を見て、状況を確かめた。
ターゲットの姫神ヒロムは机を枕にするように突っ伏している。
(朝イチから寝てやがる……。
声かけるのも不自然だし……)
どけ、とイクトの背後から誰かがキツく吐き捨てるように告げてくる。
振り返るとそこには二人の少年がいた。
一人は金髪に青い瞳、もう一人はオレンジ色の髪で学校指定の制服の下にフードの着いたシャツを着ている。
(確か……金髪は雨月ガイで、こっちのチャラいのは相馬ソラだったか?
コイツらはいつもアイツと一緒にいるから仕事するには厄介なんだよな……)
「聞こえてんだろ?
どけ」
「あ、ああ。
ごめんよ……」
イクトは道を開けるように二人の進路を開け、雨月ガイと相馬ソラは自分の席に向かおうと歩いていく。
……のだが、なぜか雨月ガイは途中で足を止めるとイクトの方をじっと見ていた。
「……何かついてる?」
視線が気になるイクトはガイに尋ねたが、ガイは首を横に振ると何も言わずに行ってしまう。
「変なヤツ……」
(というか……気づかれてたのか?
オレが姫神ヒロムを見ていたの……)
イクトは少し悩みながら頭の後ろを掻き、再び姫神ヒロムの方を見た。
「さて……」
(一人になるのを待つか……一人になるように仕向けるか……)
「おはよ、黒川くん」
すると一人の少女が教室に入ってくるなりイクトに声をかける。
長い黒髪は腰まであり、可愛くも綺麗なその容姿、魅力的な彼女を前にイクトは少し照れてしまう。
「お、おはよ……姫野さん」
彼女、姫野ユリナに返事を返したイクトだが、ユリナはイクトに何か言いたそうに見つめていた。
「どしたの?」
「あ、ううん……ヒロムくんがどうかした?」
(……気づかれてるな)
「何のことかな?」
「私の思い違いだったならいいの。
ごめんね」
何のことかな、というイクトはバレバレな誤魔化し方をするが、彼女はそれを気にすることなく謝った後に微笑むと席に向かっていく。
「……ヒロムくん、か」
彼女、姫野ユリナは一年半ほど前にイジメを受けていた。
そしてそれを解決したのが姫神ヒロムだ。
「おはよ、ヒロムくん」
姫神ヒロムの後ろの席であるユリナは席に着くなり声をかけるが、姫神ヒロムは返事をしない。
そんな姫神ヒロムをただ心配そうにユリナは見ていたのだ。
(……あの一件から特別な想いを抱くお姫さんと王子様ってか)
「……リア充は爆発してもいいんだけどな」
***
放課後。
イクトは早々に教室を出ると姫神ヒロムが帰宅時に通るであろう道を先回りして姫神ヒロムが向かってくるのを待っていた。
なぜこんなことをするのか?
同じクラスにいるなら尾行すればいいだけだが、そうもいかないのだ。
(あの雨月ガイが気づいているとすれば尾行はリスキーすぎる。
ここは先回りして……)
するとイクトのポケットに入っている携帯電話に着信が入る。
「……こんな時に」
イクトは携帯電話を取り出すと着信に応じ、通話に出た。
「……何の用だ、キキト?」
『 キミが受けている仕事についてだよ』
「キキト……本当にアイツを殺すのが仕事なんだよな?」
電話の相手であるキキトに確かめるように尋ねるイクトだが、キキトはそれに答えることなく話を進めた。
『 少し急いでくれるかな?
クライアントから姫神ヒロムの始末を急かされてるんだ』
「ふざけるなよ。
アイツの情報ないのは知ってるだろ?」
『 二日以内に始末するならさらに倍の額を払うと言ってるんだよ?』
「はぁ?」
ふざけたことを……。
殺さなければいけない理由もハッキリしていない姫神ヒロムをさっさと始末させようとして、さらに報酬も増やすだと?
益々怪しいと感じたイクトはキキトに問い詰めた。
「なんでそんなことになってるんだよ?
アイツは何なんだ?」
『 無駄な詮索は禁止されている。
いいね?』
「ふざけるな!!
それじゃあオレが姫神ヒロムを狙う理由を納得出来ね……」
なるほど、とイクトの背後から誰かが声を発する。
誰なのか?
確かめるように振り返ると、そこには雨月ガイがいた。
(まずい……!!)
「悪い……客が来た」
イクトは電話を切ると懐に入れ、警戒するようにガイを見た。
そのガイもこちらをただ不信感を抱いた目で見ていた。
「なんでヒロムを狙ってる?」
「さぁ、何のことかな?」
「恍けるな。
ユリナもオマエがヒロムを見ていたと報告してきたんだ。
何かあるんだろ?」
「心外だね……。
仲も良くないキミに疑われる覚えはないんだけど」
あるだろ、と雨月ガイは竹刀を取り出すとイクトに向けて構え始めた。
「オマエが今電話してた相手……誰だ?
今少し聞いた感じではオマエは始末するように依頼されたのか?」
「疑り深い性格だねぇ……。
ていうか、武器下ろしてくれるかな?
失礼だろ?」
「どっちがだよ」
「……ホント、面倒くさいな」
イクトはため息をつくと影から大鎌を取り出し、それを手に取るとガイを睨みながら構えた。
「賞金稼ぎの「ハンター」のオレが何しようと勝手だろ?」
「そうだな……ヒロムの名前が出てこなければ勝手にさせてたさ」
「……これだから情報のない仕事は大嫌いなんだよ!!」
イクトは大鎌を振り上げるなりガイに斬りかかるが、ガイはそれを避けると竹刀をイクトに向けて振るう。
「ぶっ潰す!!」
「やってみろよ……!!
ショータイムの始まりだ!!」