XVI
ソラが放った炎によって完全に炎に包まれる情報屋の集会所となっていた洋館は焼かれる中で崩壊を始めていた。
その傍ら……洋館の敷地にある庭園にはキキトが逃亡したことによって取り残されたイクトとガイ、ソラがいた。
そして三人の姿を眺めるようにリュクスがジャスミンとともに立っていた。
「……リュクス様、どうされますか?」
「さぁな。
オレはこのままクールに立ち去ってもいいんだけど、そういうわけにはいかないかもしれないからな」
「どういうことですか?」
「見てれば分かるさ」
リュクスの言葉の意味が分からないジャスミンは首を傾げるが、リュクスの言葉の意味を彼女に理解させるかのようにガイがリュクスに向けて質問をした。
「アンタにいくつか質問したいんだけど、いいよな?」
「お好きにどうぞ。
そこで信じてた仲間に裏切られたような絶望感を味わう少年のためなら答えてやるよ」
「……キキトってのは何者なんだ?」
「んん?
理解してないのか?
アイツは「八神」に仕えてる能力者で……」
「そんなもんは今さっきヤツが言ってたから分かってるんだよ。
ガイが聞こうとしてるのはそういうことじゃねぇんだよ」
「……口の悪い少年だな。
まぁいい、答えてやるよ」
その前に、とリュクスは手元に三枚のトランプのカードを出現させるとイクトたちの足元に突き刺すように投げる。
「場所を変えないとな」
「何を……」
リュクスの行動を疑うソラだが、どこからともなくサイレンの音が響いてくる。
三種類の音……対能力の特殊部隊の「ギルド」の車両の緊急走行時のサイレンと消防車のサイレン、そして救急車のサイレンだ。
サイレンの音を聞いたソラはリュクスの行動の意味に気づき、ため息をつくと何かを言うのをやめた。
リュクスに従うようにして黙ったソラを見てリュクスは笑みを浮かべると指を鳴らす。
「賢明な判断だな」
リュクスが指を鳴らすと彼の投げたカードが光を放ち、イクトとガイが洋館の中から庭園に移動させられたようにどこかへと移動させられる。
「……!!」
「これで安心だ」
リュクスが呟くとカードの放つ光が消え、辺りの景色は一変する。
庭園にいたはずの彼らは今、集会所となっていた洋館のある場所から約一キロ離れた場所……つまり熱海に到着した際に送迎車から降りた場所にいたのだ。
彼らを送り届けたその車はどこかで連絡を待っているのか移動しているらしく見当たらない。
「なっ……瞬間移動!?」
一度体験したイクトとガイは驚かないが、これが初めてのソラは驚いて声を出してしまっていた。
そんなソラに気を引き締めさせるかのようにガイは咳払いをするとイクトに向けて言った。
「イクト、気持ちは落ち着いたか?」
「……多少はな」
「そうか。
なら……この男からキキトについて聞こう」
「……分かった」
気持ちは落ち着いたと言うイクトだが、その顔にはまだキキトに対しての思いが拭えずにあるように見えた。
それでも話を進めるためには待っていられない。
イクトのことを気にかけながらもガイはリュクスに質問をした。
「あのキキトってのは「八神」に仕えてるようだが、昔から情報屋をしているのか?」
「へぇー……いい線ついてくるじゃん」
「その言い方をするということは……」
「その通りだよ。
キキトは「八神」が「覇王」を始末する作戦を実行に移すために賞金稼ぎを利用できるように情報屋として仕立てられた能力者だ」
「じゃあイクトは……」
「そう、そこの少年はちょうどその利用出来る賞金稼ぎとして選ばれたんだ」
待ってくれ、とイクトはリュクスの言葉に対して反論でもするかのように言うと続けてキキトについて話した。
「オレが賞金稼ぎとして色んな賞金首倒して「ハンター」の名前で呼ばれるようになった時にオレは情報屋の協力者としてキキトを選んだんだ。
今の言い方だとキキトから選んだように聞こえるけど、選んだのは……」
「ああ、言い方が違ったな。
オマエは選んだんじゃなくて選ばされたんだよ」
「……は?」
リュクスの言葉、それはキキトについて話したイクトの言葉の全てを覆すかのように彼に大きな衝撃を与える。
そして自身の言葉の意味についてリュクスはさらに語る。
「キキトにとって必要だったのは姫神ヒロムを始末しても後始末出来る人間。
つまり標的とともに社会から消せる駒が必要だった。
ヤツ自身、自分の素性を悟られたくないからこそ自分の言葉に耳を傾けるような駒が必要だった」
「け、けどオレはアイツを……」
「自分で選んだと言っていたが本当にそうか?
よく思い返してみろ。
どうしてキキトについて知ることが出来たのかを」
「どうして……」
リュクスに言われるままキキトについて思い返すイクト。
するとある男との会話が脳裏に浮かび上がってくる。
『なぁマスター。
キキトって情報屋知ってる?』
『情報屋界隈なら有名なヤツだな。
気になるのか?』
『信頼したヤツにしか情報屋として情報を渡さない男、なんだろ?
噂で聞いたんだけど……もしかしたらいい情報が手に入るかもしれないじゃん?』
『そういうことか。
ならオレが会わせてやるよ』
一連の会話、それはある男……数時間前にイクトたちが会っていたマスターと呼ばれている男との会話だ。
その会話を思い出したイクトはリュクスが何を言いたいのかをすぐに理解した。
が、それでもキキトについて反論するように彼に向けて言葉を発した。
「たしかにオレはマスターに紹介される形でキキトと会った。
けどそもそもを辿れば最初にキキトについて話したのはオレだ。
だから……」
「そもそもを辿ればとか言ってるけど、その認識が間違ってるんだよな。
だってオマエが数百はいるはずの情報屋の中あらピンポイントでキキトを選び、そして都合よく会えること自体おかしいと思わないのか?」
「そ、そんなの……」
「たしかに妙だな」
リュクスの言葉に未だ反論しようとするイクトだが、その隣からガイが彼の話を聞いた上での意見をイクトに伝えた。
「無数にいる情報屋の中からキキトを選んだ点はイクトが言うように偶然じゃないかもしれない。
けど確実な情報を手にして動く賞金稼ぎが噂で聞いた程度の相手を簡単に信用するのも変じゃないか?」
「そ、それは……」
「さすがは「雨月」の剣士。
読みがいいな」
ガイの話した内容に対してリュクスは拍手を送り、そしてそれについて補足するようにイクトに告げた。
「オマエがキキトについての噂を手に入れるように仕向けたのもヤツ自身だ。
そしてヤツはオマエが世話になっているマスターをも手中に収めて操っていた。
オマエがキキトを信用するようにな」
「ふ、ふざけるなよ!!
オレは……」
いい加減にしろ、とソラはイクトの言葉を消すように叫ぶとイライラしながらイクトに向けて冷たく吐き捨てるように言った。
「さっきから聞いてりゃうだうだ言葉並べやがって……!!
オマエがどう思おうが現実は見た通りなんだよ!!
ヤツはオマエを利用しようとしてヒロムを始末しようとしてた!!
そしてオマエはそれに利用された駒だったんだよ!!」
「……!!」
「オマエが喚いても事実は変わらねぇんだよ!!
オマエがまずやるべき事は目の前で起きた事実を受け入れて敵として倒すことを決意することだ!!」
「敵として……」
「……ハッキリ言ってやる。
オマエがどう思おうがあのキキトって野郎は次会った時には確実にオマエを殺す気で襲ってくるはずだ。
そうなってもオマエはそうやって目を逸らすのか?」
「……」
ソラの言葉を聞いたイクトは頭の中で整理しきれないのか黙ってしまい、それを見たソラは舌打ちするとリュクスに睨みつけるような視線を送りながら問う。
「おい、オマエ。
アイツについてまだ何か知ってるならさっさと話せ」
「貴様、リュクス様に向かって……」
「落ち着けジャスミン」
ソラの無礼な態度にジャスミンは取り乱すが、リュクスはただ一言彼女に告げて制止させる。
「ですがリュクス様……」
「気にしなくていいよジャスミン。
そこの彼は元々オレをここで倒すつもりのようだけど……」
「ヤツについて妙に詳しい上に素性の分からないオマエをこのまま帰す気は無い。
今後障害になりうる存在はこの手で排除する……それだけだ」
落ち着いた様子で話すリュクスに対してソラは殺気を身に纏いながら強気な発言を続け、そして敵と認識しているリュクスに向けて銃を構えた。
「知ってることを話せ。
死にたくないならな」
「……知ってることなら好きなだけ話すさ。
けど……オマエじゃ殺せない」
「へぇ……よほど自分の力に自信があるようだな」
「オマエも、な。
まぁ、そんなことよりキキトの話だ。
ヤツがなぜこのタイミングで動いたかについてだが、ヤツは「八神」の次期当主の命令で動いていたわけじゃない」
「なら何でアイツはイクトを刺客にするような真似を?」
「オレが耳にした話では次期当主の直属の部隊が編成されるらしい。
名前は……忘れたけど」
「……肝心なところが抜けてるってことだな」
リュクスの話を聞いたガイがため息混じりに呟き、ソラも呆れてため息をつくと銃の引き金に指をかける。
「こっちは真面目な話してるんだよ。
真面目に答えろ」
「こっちも真面目に話してるんだけどな。
何せ「八神」の次期当主はその部隊のために引退して行方を晦ましたボクサーやら達人級の能力者を集めているらしいからな。
で、キキトもそこに呼ばれるために成果を出したいんだよ」
「自分の手を汚さずに出世しようってか?
ふざけてやがる……!!」
「ふざけてるかどうかは「八神」について調べればいい。
もっとも……オマエらじゃ無理だろうけどな」
「……そうかよ!!」
リュクスの挑発するような発言を受けて痺れを切らしたソラは引き金を引いて炎の弾丸を放つ。
放たれた炎の弾丸はリュクスの頭に向かってまっすぐ飛んでいく。
が、それがそのまま命中するなんて甘い話はなかった。
「……させない」
リュクスの前に立つように突然、長い金色の髪の少女が現れ、現れた彼女は手に持った大きな旗を振ることで炎の弾丸を消し去ってしまう。
「なっ……」
突然現れた少女とその少女に攻撃を防がれて驚くソラだが、そんなソラに向けてリュクスは一言告げた。
「悪いな、少年。
彼女に攻撃を止められるような腕じゃ……オレは倒せないぜ」
「この……!!」
「そう怒るなよ。
ヤツとは近いうちにまた会えるだろう。
その時までに腕を磨いておきな」
「それはどういう……」
「キキトが洋館に潜んでいたのは黒川イクトがどういう答えを出したのかを知るためだ。
リブラに倒されずに生きているということは……そのうちキキトの方から出向くだろうな」
「待て、オマエは……」
「オレはオマエらの味方でもなければヤツの味方でもない。
オレは気まぐれな風に吹かれる紅い翼さ」
じゃあな、とリュクスが別れを告げるように手を振ると少女が手に持った旗を大きく振り、その動きに反応するように光の柱がリュクスと少女、そしてジャスミンを包み込むと天へと消えてしまう。
「あの野郎……!!」
リュクスが消えた後、行き場のない怒りを吐き出すように叫ぶソラ。
そんなソラの隣でガイはイクトに方に視線を向けると彼に声をかけた。
「イクト……オレはソラの言い分は正しいと思ってる。
どの道を進もうとオマエとキキトは道を違えている。
今オマエが考えるべきは……」
「……倒すさ」
「イクト?」
やってやるよ、とイクトは拳を強く握るとソラとガイに強い眼差しを向けながら心中にある思いを告白した。
「キキトのことはまだ信じられないって思ってる自分もいる。
だけど、姫神ヒロムが命を狙われる理由がないと思っている自分もいる。
だから……オレはオレを裏切ったキキトを倒してどっちが正しいかをハッキリさせてやる!!」
「それは……オマエのためか?」
「そうだよ、ソラ。
オレのために……オレが先に進むためにやらなきゃならない事だ!!」
「……馴れ馴れしく名前で呼びやがって」
「まぁ、いいじゃないか。
イクトがどうするかを決めたのならな」
「そういうものか?
まぁ、いい……とにかく、ヒロムのところに戻るぞ」
ヒロムが待つ屋敷に戻るためにソラは車を呼ぼうと携帯電話で電話を始め、そんな中でイクトは夜空を見上げた。
「覚悟しろよ、キキト。
オレは……オマエを倒す!!」




