①あいみだょ★ミ
「あいみだよ!あいみは14歳、中学2年生。でも、本当のわたしは、イチゴの国のお姫様。あいみは、毎晩、夜空のきらめくお星様にお願いするの。」
星星は、明らかにめんどくさそうだ。
「なんなん? わい、星やけど、またあいみちゃん?」
それになぜか、関西弁。
「いつか、運命の王子様に出会えますようにって。
背が高くって、イケメンで、お金持ち。
趣味は乗馬で、お話もすっごく面白いの。 そんな、イチゴの国のお姫様にぴーったりの、王子様。」
「この世におらん男の子、よう段取りせんわー」
「いや、この子病気やで。かかわらんとこらよ。なっ。」
そんな星星の本音も、あいみには聞こえるはずもなくあいみは、いつもの調子でつづけた。
「うふふ、お星様もキラキラ輝いて、まるであいみを応援しているみたいね。
さあ、いつもの夜のお祈りもすんだし、そろそろ夢の世界へ旅立つわ。」
可愛い手乗りテディベアのぬいぐるみに、あいみはおやすみのキスをした。
夢の世界――――。
末期ガンで死んだはずのママ。
長い黒髪に白いブラウス、ベージュのプリーツスカート姿で、久しぶりにあいみの夢に出てきた。
ここは、天国だろうか。
美しい小川を背景に、赤、ピンク、白色の優雅なユリが、そよ風に揺られる。
二人は、ただぼんやりとその真ん中に立っている。
ママはあいみに諭すように、あいみの手をぎゅっと握りながら語る。
「あいみ、夢をみることは大切だわ。私も貴女くらいの歳の頃は、男の子の事ばかり考えていたわ。でも、夢に期待しすぎてはだめ。」
あいみは首を傾げ、上目遣いで母親を見た。
「どうして?ママ。」
「その夢が、あいみを傷つけ、抜け殻にするかもしれないからよ。パパみたいに、誠実で優しい人を選びなさい。見た目だけじゃなくて、あなたを、まっすぐに愛してくれる人を。」
「いやよ!だって、パパ、スケベでハゲだもん!!」
「うふふ、そうね。それに、足の裏も臭いわ。でも、ママは生きてる間、幸せだった。あなたもいつか、わかるときがくるわ。」
――――翌日。 4月のアールグレイが香る日曜日。
優雅な午後のひと時。二人の少女は、あいみのメルヘンな部屋で寝転びながら、少女漫画を読んでいた。「ねえ、さえこ?」
「なに?あいみ先輩。」
この二人は、物心ついたころからの親友同士である。
「この雑誌、フラワーとドリームに連載されている、 ダークエンジェルドラゴンファイナルって漫画、すっごく面白いわよね。」
「あいみ先輩も読んだんですか?
でも、どうして、フラドリに連載されてるんだろう?」
「貴重なファンタジー枠を無駄にしてるわよね。
そういえば、あなた、ちゃんと私が教えた、夜のお祈りはしてる?」
「えっと・・・・。 ええっと・・・・。うん、してる、毎晩ちゃんとしてるよ。」
「うふふ、あなたって、素直で可愛いわよね。 私の次にね!
ところで、さえこ、同じ中学の遠藤君が好きなのよね。」
「そうなの。Sho!Wa! Jump!に居そうな、あの甘いマスクの遠藤かおる君。あぁ、とてもハンサムで素敵・・・・。」
「へぇ!さえこって、ああいうしょうゆ顔が好きなのね。
あなたって変わってるわね。うーん、そうだわ!良いこと思いついたわ。
あいみが、あなたたちの愛のキューピットになってあげる!」
「あーあ、明日、カチカチの冷凍イチゴが空から降ってこないかな。 あいみ先輩の頭に当たって死んじゃえば良いのに。」
「何か言った?」
「あいみ先輩って、本当に空から降ってきた、イチゴの国のお姫様みたいだなーって言ったんです。」
――――翌日。4月 桜散る月曜日。
軽トラックやトラクターのエンジン音や、作業音が朝早くからきこえる。
アスファルトで舗装された田舎道。
左手には一面のイチゴ畑。 右手には一面のメロン畑。
ビニールハウスと電柱、ガードレールが延々と続く通学路。
その先にあるのが、田舎の大きく古ぼけた中学校。
隣には、同じような小学校が隣接されている。
戦時中の疎開先として、悲しくも賑わっていた過去もあったが、今では中学の生徒は三人 教員は二人。
授業で使用している教室はひとつだけ。
2年A組の教室のスライドドアがガラリと開く。
「田中さん、おはよう。いつも一番だね。」
微笑を浮かべた遠藤。その白い歯は、キラリと輝いた。
「あいみ、きこえなーい。」
「えっと、あいみさん・・・?」
「なに? メロン星人の遠藤くさし君。」
「君は、僕のことを、いつもそう呼ぶんだね。」
あいみは、メロン星人、そう皮肉をたっぷりこめて言い放った。
しょうゆ顔の遠藤 かおるは、あいみの許婚だ。
あいみの家はイチゴ農家、遠藤の家はメロン農家である。
二人の親が、本人たちの意思を無視し、勝手に縁談を進めてしまったのだ。
気まずい沈黙が続く中、再びスライドドアが開いた。
「おはようございます。遠藤さん、あいみ先輩。」
さえこが二人の先輩に元気な声で、挨拶をした。
「おはよう、さえこちゃん。今日も元気だね。」
「はい、遠藤さんも元気そうで・・・・。 その、遠藤さん、今日も素敵な香水ですね。」
「いや? 何度も言ってるけど、僕、香水なんてつけてないよ。」
遠藤はワキガである。
さえこは、それとなく、傷つけないような言葉を選び、伝えようとしている。
優しく、しょうゆ系ハンサムで、爽やかな彼にもワキガという短所があるということだ。
「ははは、僕ってそんな良い匂いかな?」
「ええ・・・まぁ・・・。」
さえこは、困った顔で頷いた。
お昼休み
これが思春期というものだろうか。
たった三人しかいないのに、男女に分かれてお弁当をひろげる。
昼食を食べ終わったあいみと さえこは、机を向かい合わせたまま、ヒソヒソと囁きあっていた。
「ほら、さえこ、さっさと告白しちゃいなさいよ。」
「えー、恥ずかしいし・・・。そんなの無理よ。」
「じゃあ、今日の放課後までに告白できなかったら、貴女のかわりに私が伝えてあげる!」
「放課後までって、あと3時間しかないじゃないですか!」
「あいみ、考え付いたの。
イチゴの受粉だって、ハチの力が必要でしょ?」
「つまり、あいみ先輩は可愛いミツバチさんってわけ!?」
「ははっ、二人の話し声、聞こえてるんだけどな・・・。」
そう呟いた遠藤は、気恥ずかしさから教室を出て行く。
廊下の開けられた窓から春風が入り、優しく遠藤の頬を撫でた。
遠藤は、窓の外の桜散る風景に、さえこの気持ちをかさねてしまう。
「 困ったな、僕は、その可愛いミツバチのほうが好きなんだ。」
廊下を当てもなく歩く遠藤に、後ろからさえこが走って近づく。
「まってください!遠藤さん!」
「ごめん。トイレ先行っていいかい?」
「はい、呼び止めてごめんなさい。」
「いいんだ。ごめん、ごめんね、さえこちゃん。」
休憩終りを知らせるのチャイムの音が鳴る。
遠藤はトイレにこもり、わざと5分遅刻で授業に参加した。
―――放課後。
「はい、今日の授業はここまで。それでは、また明日。」
先生がそういい、今日の授業が終わる。
あいみは、さえこのほうを微笑を浮かべた表情で見る。
「ねえ、さえこ、約束の時間よ。私があなたのミツバチになってあげる。」
「ねえ、お願い! 待って、遠藤くん!・・・キャッ!」
教室をいそいそと出ようとしている遠藤。彼を呼びとめ、駆け出そうとしたそのとき、
さえこは足がもつれてしまった。
さえこのメガネが中に舞う。
遠藤は転びそうなさえこを、咄嗟に肩で支えていた。
「大丈夫かい?」
さすがイケメンといったタイミング!
同時に、恋する乙女の鼻腔に、遠藤のワキガのにおいが襲い掛かる。
「ツーンとした臭いなんかに、私、負けないわ!」
さえこは、心の声をつい口にだしてしまっていた。
遠藤は首を傾げながら、尋ねた。
「え? えっと、大丈夫? また、香水のはなしかな。とにかく、慌てたら危ないよ。」
「はい、ありがとうございます。遠藤さん」
一目、さえこの顔をみた遠藤。その顔がみるみる赤く染まる。
「えっと、さえこちゃん、めがね無い方が可愛いよ。」
あいみがそんな二人をみて、怒ったように叫ぶ。
「ああ、もう!さえこ!めがね!めーがーねー!
落としたり、はずしたりしちゃだめって言ったでしょ。
めがねかけてた方が可愛いわ! 今すぐかけなさい!
そもそも、めがねが無いあんたなんて、アイデンティティが無いわ!」
要するに、めがねはずしたら私より可愛いから、はずしたら許さないってことが言いたかったようだ。
「さえこのくせに! さえこのくせに! さえこのくせに!」
そうプンプン怒りながら、あいみは廊下を怪獣のような足取りで進む。
「別に、メロン星人とメガネ星人が引っ付いても、あいみには関係ないけど、
目の前でイチャイチャされるのがムカつくのよ!
さえこのくせに!あー!もう腹が立つ!」
教室に、まさに唖然とした表情で取り残された二人。
「えっと、さえこちゃん。とりあえず、めがね拾って帰ろうか。」
「まって・・・」
「なに?」
「つ・・・付き合ってください。」
震えるような声で、さえこは愛を伝えた。
つづく