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5.獣人奴隷を買おう

———

粗末な檻の中でうめき声が聞こえる。

その中でも一等汚らしい奥の檻の中に彼女はいた。

獣のような耳としっぽをつけた彼女は獣人と呼ばれる存在であり、

この世界の奴隷と呼ばれる存在でもあった。

———

 ハーレム作品には必ず出てくる要素の一つが奴隷だ。

物語序盤にちょっとした小金を得た、もしくは裏切りにあった主人公は絶対に裏切らない相手として奴隷を購入するのだ。

でもなぜか美少女。

筋肉ダルマの方が使えると思うのだが、肉ダルマはハーレム要員になり得ないから仕方ないのかもしれない。


 ところでなぜ奴隷ハーレムの流れがテンプレになっているのか。

まずこの手の奴隷の少女をイメージしてほしい。

大抵ぼろきれのような服に垢だらけの体、鞭や傷の跡が想像されるだろう。

でも考えてみてほしい。

この少女は奴隷商人からしたら商品だ。

ペットショップの店員がペットに殴る蹴るの暴行を働くようなことが実際にあり得るのだろうか?


 まず奴隷という存在は古代ローマを代表するようにどの国でもどの時代でも当たり前のように存在していた。

ただ、どの国もその価値は異なる。

古代ローマでは奴隷は一つの財産であった。

よって現代人が想像するような悲惨なものとは違い、ある程度大切にはされていたのだ。

中には高給取りの奴隷も存在し、会計能力に長けた者は特に高待遇だった。

もちろん虐待するような輩もいたにはいたが、虐待防止法なども普通に存在した。

働けば自分の身を購入して解放されたり、主人によって解放されたり、そこまで希望のない話でもなかったりするのだ。

イスラーム世界では奴隷の解放と教育を天に積む善行とされていた。

日本を含むアジアでも奴隷を殺害すれば殺人罪に問われる。

では一体ラノベ奴隷はどの国のイメージなのか。


 想像の通り、アメリカである。

もともとは広大な土地の開発のためにつれていったのが始まりではあるがその待遇は歴史上最も悲惨なものであった。

一応財産としての価値はあったものの、彼らの命は消耗品であり、教育を受ける制限すらあったのだ。

殺人すらも許され、人として認められないという点、差別対象者の点も似通っている。

彼らのほとんどが農奴であり、十把一絡げで売られることになる。

消耗品だから前述した国のようなまともな扱いは全く期待できない。

まさにボロ雑巾のような扱い。

その点を見るとちょっとお高めに売られている以外は話の筋としてはあっているのかもしれない。


 とはいえ主人公はれっきとした現代人だ。奴隷制度への忌諱などは普通存在するのではないか。

そこで目をつけたのが主人公のキャラクターの成り立ちだ。

普通奴隷市場に行きませんか! と言われてホイホイついていったり、自ら入っていくなんてもはやサイコパスレベルの発想としか思えないのだが彼らは簡単にそのタブーを犯せてしまうのだ。

現実世界にそれをたしなめる相手がいないからだ。

これは異世界転移や転生を簡単に受け入れてしまうところからも見て取れる。

オズの魔法使いだって果てしない物語だって最後は現実に戻っていくために四苦八苦するものだが彼らはその努力を行わない。

下手すりゃ魔法が使えるなんて最高! とすら思っているやつだっている。

現実世界に未練がないのだ。

あったとしてもハンターハ●ターの続き読みたかったなくらいだ。

そんな友人関係の構築に問題があった連中がファンタジーな世界で人間関係を構築できるかといえば答えは否だ。


 そんな問題児たちが異世界という文化も常識も違う世界でどうやって生きていくかといえば信頼できる仲間を作ることだ。

仲間というのは自分と対等の相手ではない。

必ず自分に従う相手でなくてはならない。

だから自分に逆らえない奴隷を購入するのだ。

そこには庇護欲もあるかもしれないが彼らはほぼ確実に奴隷身分からの解放は行わない。

絶対に何かにつけて奴隷のままにしておくのだ。

少し優しくしておけば奴隷なんてころっと自分になびくだろうという打算もあるだろう。

それに解放すれば優しくしていてもいつかは自分に反抗するかもしれない。

そんな潜在的な恐怖が主人公の心の奥底にあるのだ。


 だから私は奴隷ハーレムを割とみっともない、コミュ障系主人公の末路と考えている。

抵抗できない相手にハーレムなんて意味あるのだろうか。

それは惚れているからついて行っているのではなくてただ力で支配しているだけだ。

奴隷を人として見ているわけではないのだ。

その証拠に、奴隷たちは反抗心や抵抗を見せることはない。

口喧嘩すらもまれだ。

主人の行為をほめそやし、省みることは一切ない。

そのための存在なのだ。

つまり奴隷ハーレムは一種のお人形遊びである。

女をアクセサリー扱いしていると揶揄した人がいたが本当にその通りだ。


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