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ぼくのかんがえた花咲かじいさん

 ひとつ、昔話をしようかね。


 あれはまだ、うちのお爺さんが生きていた時の事だった。

 家の前が騒がしく、外を覗いてみると、隣に暮らしているじいさんが白い犬を虐めておった。それを可哀想に思ったうちのお爺さんは、隣のじいさんに頭を下げて、その犬を引き取った。


 我が家の一員となった犬にはポチと名付けたが、お爺さんがそれはそれは可愛がっての。ポチもそれが嬉しかったのか、お爺さんの言う事は何でもよく聞いて、どこへでもついて行っとった。


 ある日、お爺さんが山へ行くと、ポチが「ここを掘れ」としきりに催促したそうな。

 お爺さんがそこを掘ると、地面からは小判がザクザク入ったツボが出てきた。お陰で、我が家の暮らしは少し楽になった。


 けれども、うちのお爺さんは正直者だからの。隣のじいさんに小判の出所を聞かれて、正直に全部話してもうて。「それならポチを借りるぞ」と、隣のじいさんはポチを連れて行ってしもうた。


 こん時のポチがもう健気で。自分が嫌がれば、うちのお爺さんを困らせると分かっておったんだろうなぁ。子犬だった自分を虐めた相手だというんに、なーんの抵抗も見せずに、隣のじいさんに引かれていきおった。


 けど、むごいことにポチは、亡骸になって帰ってきた。

 何でも、隣のじいさんが掘り当てたツボいっぱいに入っていたのは、小判ではなく気味の悪い蛇や虫だったそうな。そんな理由で、ポチは隣のじいさんに殺された。


 私達は泣いた。互いの肩を抱き、声を上げて泣いた。ポチは私達にとって、かけがえのない家族だったから、その死を悼み、悲しんだ。

あの時のお爺さんは何もできない程弱り果てての。それはもう、可哀想で見てられんかった。


 けど、ポチのお墓を作ってそこに小さな木を植えてから、お爺さんは少しずつ元気になっていった。


「ポチ、今日はいい天気だな」

「ポチ、今日は風が気持ちいいぞ」


 毎日毎日、そうやって木に話しかけては、水をやり手入れをして、世話しておった。

 ポチもそれがよっぽど嬉しかったんだろうな。すくすくと成長し、冬には私の腕では抱えきれん程の太さにまで成長した。



 そんなある寒い晩、お爺さんは急に起き上がったかと思うと、


「お婆さん、俺は明日、ポチの木を切るからな」


 と言い出した。


「まあ、よろしいんです? 生前のポチと変わらぬ愛情を、あんなに掛けていたというのに」


 私がそういうと、お爺さんは不思議な話をしてくれた。

 何でも、ポチがお爺さんの夢枕に立って、あの木を切って臼と杵を作り、それで餅をついてくれ、と言ってきたそうな。


 次の日、私達はポチの言う通り、木を切って臼と杵を作り、餅をついた。

 すると、なんということか。餅はたちまち小判に変わった。


 私達は、ただただ驚くばかりだった。

 けれども、もっと驚いたのはそこに通り掛かった隣のじいさんだった。


「おお、まさか餅が小判に変わるとは……なぁ、この臼と杵、しばらく俺んとこにも貸してはくれんか? それだけ小判があれば、年越しには困らんだろうて。な、な?」


 隣のじいさんにはポチを殺された事もあり、私は気乗りしなかった。

 が、うちのお爺さんは


「そんなに言うなら、貸してやろう。幸運は、皆で分け合うべきだろうからな」


 そう言うて、快く臼と杵を渡してしもうた。

 けんど、私達は再び、隣のじいさん達に裏切られた。


 年が明け、寒さも緩み、春が近付いてきても、隣のじいさんは臼と杵を返してはくれんかった。

 私が催促しに行くと、ポチの臼と杵は、バラバラにされて燃やされているところだった。


「ちょっと! あなた達何をしているんや! それはうちの、大事な大事な臼と杵じゃけ!」

「何言ってんだい、こんな薄気味悪いもの。言われた通り、何度も貴重な米で餅をついたが、出てくるのはゴキブリや百足や蛇や蛙ばっかじゃないか! 何が小判だ! お前らみたいな嘘つき、さっさと地獄に落ちてしまいな!」


 私は悔しさと悲しさをグッと堪えて、お爺さんを呼んできた。

 その間に、残っていた臼と杵の木片もみーんな燃やされてしもうた。



「おお、ポチ……可哀想に……隣のじいさんや、この臼と杵を燃やした灰、貰って行ってもよろしいか? 最期はせめて、うちの畑の肥料にしてやりたいのでな」

「構わねえよ。虫けらしか出さねえ無能な犬の形見だ。虫けらみたいなお前さんにはぴったりだろうよ」


 うちのお爺さんは、今にも泣きそうな顔で、隣家のかまどの灰を残らず貰ってきた。


「ポチや。今日はあいにくの雨での、畑には出られんのだ。雨が上がったら、家の土に返してやるからの……の……」


 そう灰の詰まったツボに語りかけると、お爺さんはポロポロと涙を流し始めた。

 その涙を見て、私も思わずポロポロと泣いてしまった。

 2人してしばらく、2度も殺されたポチの事を思って、声を殺して泣いた。


 その次の日。


「良い天気になって良かったですね。畑には、私も一緒に行ってよろしいですか?」


 私がそうお爺さんに聞くと、お爺さんは畑に行くのを止めると言い出した。


「昨晩、またポチが夢に出てきてな。近くの枯れ木の枝に、この灰をかけてくれと言うんだ。それがポチの望みなら、俺はそれを叶えてやりたい」


 私達は、枯れ木の立ち並ぶ通りに行った。

 お爺さんは、特に枝ぶりの立派な桜の大木を選ぶと、よじ登り、灰を一掴みして撒いた。


 すると、その灰がキラキラと光ったかと思うと、まだ固く小さな蕾が瞬く間に緩み、そこだけ春が来たかのように、花が咲いた。


「おお、ポチ……ポチや……」


 私は、思わずその枝を見て、手を合わせていた。

 何という奇跡か。ポチは殺され、燃やされても尚、私達の心を慰めようとしてくれているようだったの。


「っ枯れ木に花を咲かせましょう!」


 お爺さんは、突然そう叫ぶと、力いっぱい、掴んだ灰を枝に掛けた。

 灰はキラキラと輝き、花が咲く。




 お爺さんが灰を掛ける。

 花が咲く。

 掛ける。

 咲く。


 延々とそれを繰り返した。

 1本の木が満開になったら、隣の木を。

 隣も満開になったら、向かいの木を。


 そうして、気付けばこの辺りだけ、一足早く春が訪れていた。


「お爺さん、ポチは、本当に孝行者です」

「ああ、そうだな。ポチは、俺達の自慢の子だ」


 私達は肩を抱き合い、ポチのくれた春に感動していた。


「なんと見事な……まだこんなにも寒いというのに、ここだけ季節が変わったようだ」


 突然、後ろから声が聞こえた。

 私達が振り向くと、そこには立派な着物を着た殿方がいた。

 着物に描かれた紋は、この辺り一帯を治めるお殿様のものだった。


 私達は反射的にひれ伏した。


「ああ、良い良い。面を上げい。それよりも、ここらの花が咲いているのはどういう事か」


 そう問われ、お爺さんは正直に話した。


「なるほど。獣とはいえ、その忠誠心は立派たるや。ひとえに、汝らの愛情の賜物であろう。良い物を見せて貰った。汝らには褒美を遣わそう」


 殿様はそう言うと、馬から降りられ、私達の方へと歩み寄られた。


「3日後、汝らの家に褒美を持って参る。本来であれば家来に持って行かせるところだが、なに、気にする事はない。奥にも、この見事な桜を見せてやりたいだけなのでな。わはは」


 豪快に笑われると、おもむろに羽織を脱いでお爺さんに手渡した。


「だから3日後、これを玄関に掲げておれ。わしは、これを目印に汝らの家を見つけ出そう」

「そんな、私達にそこまでして下さるなど、恐れ多い!」

「気にするな。汝らと犬との絆に、わしがこうしたいだけなのでな」


 殿様は馬に乗ると、そのまま城の方へと戻っていかれた。

 私達はしばらくの間、呆然とする事しかできなかった。


 この出来事に目ざとく気付いたのは隣のばあさんだった。


「ちょっと、手に持っているのは何だい!? その紋は殿様のもんじゃないか! 何であんた達がそんなもん持ってんだ。ちょいと、じいさん、じいさん!」


 ばあさんは川で洗濯をした帰りだったらしく、運悪く見つかったのだ。

 その場で隣のじいさんを呼ばれ、2人に詰め寄られる。

 うちのお爺さんは、仕方なしに今日あった事を話して聞かせた。


「灰を撒いただけで褒美とな! しかも殿様はまた3日後に来るだと! じいさん、あんたもやりなよ」

「これなら今度は虫を引かされる心配もないもんな。どれ、その灰をうちにも貸してくれんか? 元々うちのかまどから持って行ったものだ。断る道理はないだろ? お前も、幸せは分け合わんとと言っとったじゃないか! な、な?」


 私達は心底困り果てた。

 2人の押しに負けてお爺さんが灰の入ったつぼを差し出そうするのを見て、私は思わずお爺さんの腕を引いて家の陰に入った。


「お爺さん、ポチの灰をあの2人に渡すの、私は反対です。だって彼らは今まで私達に何をしてきましたか? ポチを連れて行っては殺し、形見の臼と杵を持って行っては燃やしたじゃないですか。私はもう、これ以上欲に目が眩んだ2人に、ポチを穢されたくはありません」


 はっきりと、そう伝えた。

 すると、隣の2人と話している時からずっと悲しそうな顔をしていたお爺さんが、目をゆっくりとしばたかせて、それから口を開いた。


「お婆さん、お前の気持ちももっともだ。ポチは私達の大切な家族だし、隣のじいさんばあさんは、そんなポチを私達から2回も奪った。けどな、俺のまぶたの裏には、未だポチの最後の姿が、焼き付いて離れんのだ」

「最後って、隣のじいさんに引いて行かれた、あの時ですか?」

「そうだ。考えてもみろ、ポチは家に来る前、隣のじいさんに虐められていたじゃないか。そんな相手に連れて行かれるのに、抵抗ひとつ見せなかった。あの子はあの時、隣のじいさんを赦していたんじゃないかと、俺は思う。この世に、本当に悪い奴なんていやしない。きっと、隣のじいさんもばあさんも、心の底は善人だ。ポチは、それを見抜いていたんじゃないかと、俺は思うんだ」


 お爺さんの言葉を聞いて、私は泣きそうになっている事に気がついた。


「俺達の自慢の子どもが信じた相手だ。俺は、ポチのその気持ちを裏切りたくはない。だから、この灰を渡してやろう。大丈夫だ。全てを失おうとも、俺達が家族であった過去や、時間は消えはしないのだから」


 私は、漏れそうになる嗚咽を押さえながら、ただ頭を縦に振る事しか出来なかった。


 3日後、私達は再びあの桜並木に来ていた。 隣のじいさんばあさんに、花を咲かせる所を見に来い、と言われとったからだ。

 花は咲いていなかった。隣の2人が全てむしり取ったらしい。美しかった風景が、冬の寂しい光景に逆戻りしていた。これでは、殿様も奥様もがっかりされるだろう。


 そう思っていると、大名行列がこちらに向かってくるのが見えた。


「ほらじいさん、木に登って、上手くやるんだよ!」

「わぁってらあ! なあに心配はいらねえ。灰を木の枝に掛けるだけだなんて、赤子でも失敗するのは難しいだろうよ」


 2人がそんな話をしている間に、大名行列の足が止まる。


「これは一体、どういう事だ? 桜が、見事に散っておる……」


 辺りを見渡して、殿様が呟かれた。

 その前に、隣のばあさんが躍り出た。


「これはこれはお殿様、ようこそお待ちしておりました。桜の花は心配に及びません。お殿様の目の前で咲かせる為に花を取り除いただけでございますから」


 殿様は、ばあさんのその言葉に興味を持たれた。


「汝らは先日の者ではないが、これらの木を花で一杯に出来ると申すのか?」

「へへっ、左様でございます。ですので、見事に咲かせたあかつきには、私達にも褒美を下さいませ」

「良かろう」


 話がまとまると、殿様は家来に持って来させた物を広げ、物見の場を作られた。

 その準備が出来たのを確認して、


「じいさん、じいさん。こっちの準備は万全だよ!」


 と、木に登っているじいさんに合図を送った。


「それではご覧ください。見事な花の乱舞でございます」


 じいさんはすっくと木の上に立ち上がり、灰を掴み取ると、枝に向かって一気に振りかけた。

 しかし、灰は輝く事もなく、花が咲く様子もまるでない。


 一瞬、場に沈黙が訪れる。


「あっれ、おかしいな。それ、もう一丁!」


 バサリと、さっきよりも多くの灰を撒くが、何も変わらない。

 じいさんが慌てるのが分かった。


「い、いや、そんな筈がない! それ、それっ!」


 やけをおこしたように、じいさんは何度も何度も灰を撒く。

 しかし花が咲く気配はまるでないどころか、下で花見を楽しみにされていた奥様やご家臣様達にその灰が掛かっていく。


「もうよい! それ以上やっても無駄だ! うっ!」


 語気を強めて命じられる殿様が、突然目を手で覆われた。


「殿!」

「灰が、目に……」


 ご家臣様達が一気に緊迫されるのが分かった。


「貴様ら殿に何たる無礼を! そこになおれ! 切り捨ててくれるわ!」


 隣のじいさんばあさんは唇まで真っ青になっていたが、どうする事も出来ず、城の方へと連れて行かれた。


 後から褒美を持ってきて下さったご家臣様に聞くと、殿様に危害を加えた罪で、しばらく牢屋に入れられる、という事だった。


「ポチは、ここまで分かっていたのですかね?」


 夜、私は家でお爺さんに問い掛ける。


「どうだろうな。それよりも俺は、俺達とポチの絆を何度も踏みにじるじいさんばあさんに、仏様がお怒りになられたんじゃないかと思う」

「仏様は、私達の事を見て下さっていたのですね。ポチ、聞きましたか? お前の仇は、仏様が取って下さいました。これでもう、お前を利用し食い物にする奴らは居ません。安心して、お眠りなさい」


 手を合わせ、家の前に作ったポチの墓の方に語り掛けると、あの子が尻尾を振って笑ったような気がした。




了。

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