さよなら、バイバイ。またね、はないよ。
「先輩、卒業しちゃうんですよね」
まだまだ家庭学習期間に入る前だと言うのに、そんなことを言い出す後輩に、私はのんびりと首を傾けた。
卒業するでしょう、と答えれば、留年して下さい、なんてありえない言葉が返ってくる。
残念ながら、勉強もそんなに好きではないが、留年するほど悪くもなく、サボリも出席日数を確認しながら行っていたので問題ない。
つまり、留年することはほぼほぼないのだ。
「やっと卒業出来るよ」
別段高校生活がつまらなかったわけでもないけれど、そこそこ不真面目に適当に過ごしていたことが多かった。
心残りとかもそんなになく、やっと卒業か、という気分だ。
そんな私が不満なのか、後輩は唇を尖らせる。
ほとんど仕事のない図書委員だけれど、三年生だけれど、もう卒業だけれど、こうして仕事をするのはこんな風にダラダラした時間を過ごすのが好きだから。
無駄な時間こそ愛おしい。
後輩とこうして話しながら、茜色に染まる図書室を眺めている時間が、本当に愛おしくて、高校生としての思い出の大半を占めている。
当の本人は私の態度に納得がいかないらしく、ふてくされたままカウンターの上で突っ伏しているが。
邪魔だよ、と言いながら後輩の目の前に、返却済みの本を積み上げる。
顔を上げた後輩は、のろのろとその本を切り崩していき、持ち上げては本棚の方へと運んでいく。
「先輩は寂しくないんですか」
「ん?んー、ないねぇ」
読もうと思って脇に置いてあった本を引き寄せる。
後輩は本棚から顔を出してこちらを見ているけれど、その手にはまだ数冊本棚に戻すべき本が残っていた。
今日はやけに食い下がるなぁ。
「学生でいる期間と、社会人でいる期間を比べたら当然社会人でいる期間の方が長いんだよ。学生の頃の付き合いなんて、薄れていって消えるのがほとんど」
だから期待はしない、喉から飛び出そうになる言葉を飲み込んで本を開く。
硬い革の表紙を撫でながら、挟めてあった栞を抜き取れば、でも、なんて抗議の声。
いつの間に距離を詰められたのか、カウンターに置かれた手。
積み上げていた返却済みの本が揺れる。
「俺はっ……さびしい、です」
今にも泣きだしそうな目があった。
その横で大きく揺れた本が雪崩を起こす。
バサバサと音を立てて落ちていく本達は、確実に傷んでしまうので早く拾わなくてはいけない。
それなのに、目の前の後輩はそうさせないだけの目力を持っていた。
男の子がそんなに簡単に泣くもんじゃないよ、そう告げて私よりも硬い髪に触れる。
「きっと忘れちゃうよ。忘れなくても、過去って名前が付いて深いところに置いていくんだから」
私の言葉に落ちた雫に気付かない振りをする私は、きっとズルくて酷い。
でも、間違っていないと思うから笑う。
さようなら、今。
こんにちは、未来。
――そうやって人は歩んでいく。