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メビウス  作者: 綾野祐介
4/4

メビウス最終日

メビウス 4 綾野祐介



 昨日とほとんど変わらない今日が始まる。

そして多分明日も今日とほとんどかわらない

だろうと漠然と思っていた。この三日間の経

験で、交通機関が問題ではないと気づいた。


 勤め先に向かう事をあきらめ会社には休む

とメールを入れた。電話は繋がらない可能性

が高いからだ。

 家にじっとしていたら一日どうなるのか、

それを試すことにした。出かけなければあの

街に着くこともないだろう。


 普段なら会社に着く時刻になった。


(ピンポン、ピンポン)


 チャイムが鳴った。


「宅配便です。」


 宅配便にしては朝早くないか?

 不審に思いもしたが、応対に出た。少し背

中がむずかゆい。ドアを開けた。一瞬目がく

らむような眩しい光に包まれたと思ったら、

またしてもあの駅前立っていた。


 駅前の通りには寂びれた感じの商店街が並

んでいる。なにからなにまで同じだった。時

計を見てみると午前8時45分だった。時間

の流れは繋がっている。


「ちくしょう、結局そういうことか。」


 駅前の店を見てみた。喫茶店が一軒、クニ

-ニング屋らしき店が一軒と続く。日課のよ

うになってきたが喫茶店に入ることにした。


「いらっしゃい。」


 いかにも面倒げに若いウエイトレスが見向

きもせずに声をかけた。入ってすぐの席に越

しを下ろすと安物のコップに入れた水をどん

とテ-ブルに置きながら、


「まだ早いんでろくな食べ物はできませんけ

ど。」


 と無愛想に言った。私は縋るように聴いた。


「あのう、私を覚えていませんか?」


「知りませんよ、へんな人、頭大丈夫?」


 頭が変になりそうなことは確かだ。かなり

自信がなくなりかけている。


「確かに変になりそうなんだけど本当に此処

が何処かわからないんだよ。教えてくれない

か。部屋のドアを開けた瞬間にここの駅前に

着いちゃったんだよ。」


「何それ。意味わかんない」


「滋賀県は知らないんだね。」


「しがけん?、解らないわ。」


 ふざけている様子はない。本当に解らない

ようだ。すると一体。


「じゃあここはどこなんだ?」


「ここは****よ。決まってるじゃな

い。」


「なんだって?、頼むから聞き取れるように

もう一度ゆっくり言ってくれないか。」


「だから****だって。お客さん注文する

の、それともからかいに来たのどっち?」


 肝心のところがどうしても聞き取れない。

知っている名前のようなのだがはっきりしな

い。


「わかったよ、そう怒るなって。ホットコ-

ヒ-をひとつたのむよ。」


 ウエイトレスはぷぃっと奥へ引っ込んでし

まった。


 私は途方に暮れてしまった。さらに訳が解

らなくなった。

 昨日までは電車や自動車でここに着いた。

今日は自宅の部屋のドアを開けただけだ。な

のにここに着いてしまった。何が何でもここ

に着いてしまうことは確定のようだ。

 夢か幻か何かの大掛かりな冗談か。しか私

一人を騙したりからかっているにしては大掛

かり過ぎる。やはり夢か。本当は最初から夢

の中なのだろうか。まさか、と思いつつ頬を

抓ってみた。


「痛てっ。」


 今日も痛い。少なくとも現実味があるよう

だ。無気味なものを見るように恐る恐るさっ

きのウエイトレスがホットコ-ヒ-を運んで

きた。味わいもせず飲み干してレジに立った。


「350円です。」


 小銭はたくさん持っている。


「これでいいかな。それと今日は昭和73年

7月3日だったよね。」


 ウェイトレスは何当然なことを聴いてるの

よ?、という顔で睨んだ。

 私はこれ以上聞くとつまみ出されそうなの

で店を出た。商店街を歩きながら考えた。

 昨日と同じだ。


 昨日は7月2日、あっている。

 何が現実で何が虚構なのか。頭の中で様々

なものがぐるぐる回って来た。本当におかし

くなりそうだ。ただ、三日間ここに来続けた

ことは、史実としてはここでは起こっていな

いことになる。あくまで今日、7月3日に私

は初めてここに来たことになるのだ。


「なるほど。」


 一つ判ったことがある。日付は年号以外ず

れない。そして私が元いた世界であった人に

はどうもこっちの世界でも会ったことになっ

ているようだ。

 元いた世界でウェイトレスには会ってない

ので、こちらに来るたびに初対面になる。

 渡辺さんには元いた世界であっているので

会ったこと自体が上書きされる。

 但し、元いた世界で流れている私が体験し

ていない日常については、私とは関係ないと

ころで確実に経過していた。


 いつものように商店街を駅とは違う方向へ

歩いてみた。

 あいかわらず振り返ってみると靄がかかっ

ていてよく見えない。そして今向かっている

方向にもやはり靄がかかっていてよく見えな

い。

 自分がいる前後約50m程度がハッキリし

ているだけだ。商店街の裏にもビル街とかが

在ってもよさそうなものだが、ここにも靄が

かかっている。

 なにかがおかしい事には違いないのだが、

ここまでおかしいと夢としか思えなかった。

ただ足元には確かに地面があり、周りのもの

に触れると本物としか思えない触感がある。


「どないせぇっちゅうねん。」


 決まり事なので同じ場所で関西弁で嘆くし

かなかった。暫く歩くと前を横切る人影があ

った。今日も居た。渡辺さんだ。

 表札を見ると「渡辺」とある。確かに渡辺

さんの家だった。

 私は日課なので呼び鈴をおした。


(ピンポン、ピンポン)


 直ぐに家の住人が出てきた。奥さんだ。


「何か?」


「いえ、ちょっと今そこで渡辺さんをお見か

けしたものですから立ち寄ってみたただけな

のですが。」


「お知りあいでしたか、どちら様でしたでし

ょう。」


 なるほど、元いた世界で奥さんには会って

ないので上書きされていない。


「綾野、綾野祐介といいます。ぜひ渡辺さん

とお話したいのですが。」


 なれてきたので落ち着いた口調で話せた。

だが、今日はなんとか流れを変えたい。


「ちょっとお待ちください。」


と言い残して奥に入って行った。

今日はわりとすんなり家の中へと案内され

た。渡辺さんが私を「知らない。」とは云わ

ないはずだ。

 今日も同じ和室の客間に通された。今時流

行らない独立した和室で、客室以外使い道が

無く、殆ど人の出入りの無い無駄なスペース

だ。


「よくいらっしゃいました。確か、昨日もお

遭いしましたね。ところで、急にご訪問いた

だいたのはどんなご用件でしょう。」


 昨日遭った、彼は私を覚えている。ここで

遭ったことか。それとも私の家の近所で帰り

道に遭ったことだろうか。


「突然、お伺いして申し訳ありません。実は

信じていただけないかも知れないのですが、

ここが一体何処で、なぜ私がここに居るのか

どうもよく判らないのです。」


 既に不信そうな眼差しで私を見ていた渡辺

氏が、更に不信の目を深めた。


「それで私にどうしろと?」


 渡辺氏の言葉は当然のことだった。ただ私

にもその回答は用意されていない。


「私を助けていただけませんか?何でもいい

んです。何かを見つけるきっかけになること

を探しているのです。信じてもらえるための

証拠ならあります。」


「証拠とは?」


「今から、この場所で起こることを予言しま

す。それで合っていたら話を信じてください

ますか?」


「今から何が起こるとおっしゃるんですか?」


「お茶をもってくる奥さんが私を助けるよう

に渡辺さんに進言します。そのあと、包丁を

持って戻ってきて私を1999年7月の厄災

だと言って追い掛け回すのです。」


 渡辺さんは怒り出した。


「なぜあなたに妻のことを、そんな風に言わ

れなければならないのですか。うちの妻はそ

んな人間ではない。」


 渡辺氏は多少不機嫌になってしまった。そ

こにお茶を運んできた奥さんが割って入った。


「あなた、綾野さんはお困りのようなのに助

けてあげてもよろしいんじゃなくて?」


「いや、それだがな。」


「綾野さんには綾野さんの事情がおありだと

思いますから、あなたにできることは、して

さしあげたらいいじゃありませんか。」


と言い残し奥さんが部屋を出た。


「すぐに戻ってきますよ。1999年が来年

だと言うと数え年とかなんとか言って私に襲

い掛かって来られるんです。見ててください、

そして私の言ったことが正しいと判ったら、

すぐに私と一緒に外に逃げてください。お願

いします。」


 私の真剣な表情に少し怒りを収めた渡辺さ

んは、私の言う通り少し待ってみることにし

たようだ。


 すると、いつものように台所のほうからバ

タバタと走る音がした。奥さんがこっちに走

ってきたらしい。


「どうした?」


 渡辺氏の問いかけにドアをあけた奥さんの

手には小ぶりの包丁が握られている。


「なんだ、お前、いったいどうしたんだ。」


 奥さんの目には憎悪の炎が燃えているかの

ようだった。包丁をこちらに向けて興奮気味

に部屋に入ってきた。


「あなた、この男はね、我が家にとっての厄

災そのものなのよ。わからないの?ノストラ

ダムスが予言していたとおり、7の月に災い

を運んできたのよ。」


 「それは来年の七月の話だろう、落ち着い

て包丁を渡しなさい。」


「違うわ、今年は私達にとって数え年で19

99年なのよ。」


 怒っている表情さえも見覚えのある通りだ。

渡辺さんの表情も変わった。信じられない、

という目で私を見る。


 なんとか、その場を逃れて私と渡辺さんは

家の外へと出た。


「あの男を放っておくとこの世界が滅びるの

よ。あの男は厄災そのものなの、あなたには

判らないの?」


 家の中からヒステリックに叫ぶ声が聞こえ

る。


「信じていただけましたか?」


「いや、まあ、そうですね、確かに仰るとお

りになりましたが、これは一体どういうこと

なんでしょう?」


「とりあえず、こっちへ。」


 私は靄のかかる横道を探した。昨日と同じ

ところに横道が在った。

 横道にそれると気圧が変わったような妙な

感じがした。ドーム球場に入った時のようだ。

少し走るとまた商店街に出た。さっきの商店

街に似ている。


「ここは?なんだか見たことがあるような、

でも少し違うような商店街ですね。」


「多分見覚えのある商店街とは違うと思いま

す。」


 渡辺さんが私と一緒にこちらに来られたの

は幸いだった。もしかしたら入れないのか、

とも思ったのだが、認識できなかっただけの

ようだ。


「私も何が何だか判らないのですが、どうも

ここ数日この街に紛れ込んでしまって。でも

ここは私の居た世界とは違うみたいなんです。

SFでいうパラレルワールドのようなものか

と思っているのですが。」


「パラレルワールドですか。詳しくないので

よく判りませんね。」


「ですよね。一つ一つ説明しますと、まず年

号が私の世界では『平成』に変わっています。

昭和は64年で終わりです。」


「そうなんですか。昭和天皇御崩御の際に、

今後は年号は変えないでずっと昭和を続ける

ことになったはずですが。」


「いえ、私の世界では普通に年号が改まって

います。今は平成10年になります。次に私

が向かっていたのは滋賀県の大津市にある大

津駅なのですが、この世界では『終点』とい

う名前ですね。」


「それはそうです。もちろん人によって違い

ますが、その人にとっての始発駅、終点駅と

いうことです。あなたの世界では違うのです

ね。」


 渡辺さんは少し私の説明を受け入れつつあ

るようだ。


「千円札も、これは使えません。」


と言って夏目漱石を見せた。


「これは。伊藤博文ではない千円札ですね。

初めて見ました。あなたの世界では、これに

変わっているのですか。」


「そうです。一万円は福沢諭吉です。」


「割と最近の人に変わったんですね。」


 渡辺さんは変なところに感心した。


「まとめますと、私は8時45分くらいに、

どの交通機関を使っても、どこに居ても、こ

の街に来てしまう、という体験を4日連続で

しているんです。そして、夕方には元に居た

世界に戻っているんです。」


「俄かには信じられない話ですが。」


「私もです。でもさっき奥さんの態度や言葉

を言い当てられたのは、ここ数日繰り返し体

験しているからなんです。」


「そこは私も認めざるを得ないところです。

妻があんな風になったことは過去一度もあり

ません。だからあなたが前もって仰ったこと

も到底信用していませんでした。でも、妻の

あの姿を見てしまっては信じるほかない。」


 渡辺さんは見たことのない奥さんの姿に、

かなりショックを受けているようたった。


「私はどうしたらいいのでしょう?」


「私に言われても。。。」


 それはその通りだった。元々こちらの住人

である渡辺さんにとっては、こちらの世界が

現実であり、私が居た世界のことは想像した

こともなかったはずだ。ただし、こちらの世

界には彼らが認識できない部分がある。


「この場所は一体何なのでしょうね。」


「私たちは、こんな場所があるとは知りませ

んでした。誰も居ないようですが。」


「渡辺さん夫婦以外を見かけたことはありま

せん。一つだけ、私が疑っていることがあり

ます。」


「疑っている事?」


「そうです。私は普通のサラリーマンですが

趣味でシミュレーションゲームやRPGもや

ります。この世界は誰かが作ったのはいいが

手抜きで放置した、という感じがするのです。」


「ゲームの話ですか?」


「そうです。ゲームの話です。色々な設定を

考えて街を作り始めたのはいいけど、配置す

る人を作るのに飽きた、という感じです。基

本設計はループして脱出できない街というこ

とでしょうが、肝心の街の作り方も、相当杜

撰です。多分、作りだして間もないのに、試

しに作動させてみた、というところでしょう

か。」







『ちぇっ、なんか、気づき始めたみたい。』


『面倒になってきた、リセットだ、リセット』


ぷちっ。

『ループ』に捧ぐ。がっかり感をお楽しみください。

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