一時休戦時々… by黒恵えま
「やぁ、ギゼラ!トリックオアトリート♪」
無駄に明るく太陽のように暑苦しい、この声の主を確認するまでもなくギゼラは知っていた。
「……またいじめられにきたのか? ザシャ」
「っな! 俺はいつもいじめられてなんかないぞ!
今日はハロウィンだ、ギゼラも知ってるだろう?」
ザシャは太陽を統べる魔男で、ギゼラは俗界を管理する魔女で、そこにライバルだとか仲間だとかいう概念はないが……
相変わらずお人好しな、太陽の光を写したような赤い髪の男をギゼラはだまって見つめる。
「あぁ……ギゼラの言いたいこと、わかるわよ? でも今日は皆でハロウィンやるんだって聞かなくて」
「こんなことを頼むのもアレなんだが……今日だけは休戦しないか?」
目をキラキラ輝かせているザシャの横から、女性のようなシナを作ったカミルと、申し訳なさそうにしたマティアスが顔をのぞかせる。
「どいつもこいつもお人好しばかりじゃのう」
ため息をつくと同時に白く細い指をパチンと鳴らした。
「お呼びでございますか? 我が主よ」
音もなく現れたのはギゼラのサーヴァントであるリヴル……なのだが、いつもと様子がちがうようだ。
「……さがれ」
「あぁ、冷たいお言葉……ギゼラ様のお言葉がこのリヴルの血となり体を巡る快感っ!」
身悶えるリヴルの耳には猫のような犬のような、つまり獣の耳がまるではじめからそこにあったかのように生えている。
「あんたも大変ねぇ……」
カミルの心底同情するようなため息が、余計にギゼラの神経を逆なでさせた。
「いいじゃないかっ! それは犬っころかい?」
「はぁ? これは狼の耳です。トリックオアトリート!! お菓子をくれな
きゃ……その、その」
急にリヴルが頬を染め、内股になりもじもじし始める。
何を言いたいのか察したギゼラはリヴルがその続きを発するより前に、パチンと指を鳴らした。
「あ、あぁああああ!」
なんとも情けない叫び声とともにギゼラのサーヴァントは空中にきえた。
「ギゼラ! 今日は無礼講だぞ、かわいそうじゃないか」
普段はいがみあっているというのに……。
ギゼラは妖艶な笑みを浮かべ、再び、パチン――と指を鳴らした。
普段の真紅のドレスは重苦しい黒に変わり、絹のような銀髪の上には大きなとんがり帽子が鎮座した。
魔女が魔女の仮装など、それは仮装とよべるのか疑問ではあるが、ギゼラの陶器のような白い肌には黒いドレスもよく映えていた。
「おぉ、やっとギゼラもその気になったのか!トリックオアとり……」
これからが本番! と意気込むザシャの唇を冷たい指で遮り……
「お前たち、トリックオアトリート」
ザシャの後ろで傍観していたマティアスとカミルにも目配せし、華のように微笑んでみせる。
「ふふん、ちゃんと用意しているぞ! さぁ……ん、あれっ」
ポケットをごぞごそしたのち裏返したり足元を確認して、捨てられた子犬のような目でマティアスとカミルを見る。
「え、どうしたのよ、もしかして飴玉失くしたの?」
「俺のポケットにもない……もしかしてギゼラ……」
マティアスとカミルも同様にポケットというポケットを確かめる。
「お菓子をくれなきゃ、いたずらしてもいいんじゃろう?」
ニヤリとギゼラの紅い唇の端がつり上がった。
「どんないたずらをしてやろうかのう?」
すでにザシャは泣き出しそうな相貌で佇んでいる。
「あ、あの、いたずらなら俺が……」
「マティアスっ! あんたってやつはっ」
カミルが大げさに口元を隠し、逃げの姿勢をとった。
「ほほう、麗しき自己犠牲じゃのう」
マティアスの切れ長の瞳が不安に揺れる。
「残念じゃったのう。全員逃がさんぞ」
すでに撤退を始めていたカミルと、そのカミルに引きずられるようにしていたザシャ。
あっけにとられるマティアスの衣服が一瞬のうちにドレスへと変わる。
「んなぁああああ! なんじゃこりゃあああ!」
「あらやだ、私ったら意外と似合うんじゃない?ねぇ、どう思う、マティアス」
「…………ぎ、ギゼラ……」
三者三様の言葉にギゼラは満足そうに背を向けた。
「ハロウィンが終わるまで、その魔法はとけんからな?」
ザシャの雄叫びと、声にならないマティアスの悲鳴、恍惚のカミルのため息をよそに、ハロウィンは続くのであった。
*END*