表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悦楽サンサーラ短編集  作者: 悦楽project
1/2

甘いお守り by白羽瀬るる

ある日のことだった。


「ヨハンっ!」


不意に呼ばれた僕の名。

聞き覚えのある声。

この声は……


「リーゼロッテ様。どうしたんですか?」


僕の仕える魔女、ハンナ様のお友達……といってよいのだろうか。

掴みどころのない性格をしているから、考えていることがいつも読めない。

今回も……彼女がなにを考えているのかさっぱりわからない。


なぜなら――


「どうしたんですか?その……猫耳」

「ふふっ。よくぞ聴いてくれたわ、ヨハン」


彼女は真っ黒い猫の耳のようなものを頭に載せていた。

載せている、というよりは付けているといった方が正しいだろうか。


どうなっているのかよくわからないけれど、

それは彼女の髪によくなじんでいて、まるで本当に生えている耳のようにも見えた。


彼女は満足げに頷くと、小さな両手を胸の前に広げて僕に差し出す。

そしてにっこりと笑ってこう言った。


「トリック・オア・トリート!」

「……はい?」


突然の言葉に、僕は間の抜けた声を出してしまう。

やっぱり彼女の考えていることはよくわからない。

その突飛な行動に、ハンナ様がいつも困っているのも頷ける。


「だぁかぁらぁ。トリック!オア!トリート!」

ちょっと表情を崩して唇を尖らせる。

真っ赤な唇が、再び同じ言葉を発した。

これってもしかして……


「ハロウィンですか?」

「そう!やっぱり知ってるのね、さすがヨハン!」


途端に今度は目を輝かせ、笑顔になるリーゼロッテ様。

僕は安堵し、ほう、と溜息を吐いた。

なぜなら彼女が不機嫌になると怖いのだ。

しかもそのスイッチは、いつどこで、何を理由にオンになるか決まっていない。

彼女はいつだって気まぐれだ。思考が読めない。


なので慎重に接さなければならない。


記憶の本棚から、”ハロウィン”に関する知識を探しだす。

「はい。本で読んだことがあります。Trick or Treat。つまり、”お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ”ですよね」

「そうそうっ!」


本から得た知識によると、

俗界――つまり人間が住む世界には、

「ハロウィン」という行事が存在するらしい。

もともとはある地域の宗教的な伝統ある行事だったはずが、

各地に伝わるにつれ解釈が広がり、商業的な戦略が絡み、

現在では元来の姿はあまり留めていない。

本当の”ハロウィン”の姿を見られるのは、発祥の地くらいだろう。


「ってことでー。お菓子くれなきゃ悪戯しちゃうわよ、ヨハン!」

「はい。ちょっと待って下さいね」


僕はポケットから飴をふたつ取り出す。

そして彼女の掌にそっと乗せた。ころりと転がるふたつの赤い粒。


「はい、どうぞ」

「…………」

「いちご味です」

「…………」

「他の味が宜しいでしょうか?」

「…………」

「あ、あの、リーゼロッテ……様?」


彼女は言葉を発さない。

これはもしかして……


「違う……違うのヨハン!そうじゃない、そうじゃないの!わかってないわ!!」

途端にふたつの赤い宝石を握りしめ、大声を上げ始めた。

心なしか怒っているように見える。


……これは面倒そうだ。


「え、ええ……?」

「ちっともわかってないのね。だからダメなのよ」

「は、はぁ……」

「本当に私がお菓子欲しがってると思ったの?」

「え?」


リーゼロッテ様は、やれやれと肩を竦め少しだけ後ろを振り返る。

「アルブレヒト」

そして、自分のサーヴァントの名前を呼んだ。


「はい、リーゼロッテ様」

音もなく瞬時に現れる彼、アルブレヒトさんは僕の同僚……といっていいのだろうか。

つまり僕と同じく、魔女に仕えるサーヴァントのひとりだ。

リーゼロッテ様とアルブレヒトさんは主従関係にある。


いや、この二人に置いては、「主従関係」という一言では済まされない何かが存在していると僕は思っている。

ふたりの間にはいつも独特の空気が流れていた。


「ヨハンがね、わかってくれないの」

「左様ですか……残念ですね」

彼女の言葉に、アルブレヒトさんは僕に対し少し冷たい視線を送る。

その表情に僕はたじろぐ。


リーゼロッテ様の考えていることを感じとったり理解できたりするのは、彼とギゼラ様くらいだ。

こんなことで責められるのは不本意である。


「いい?ヨハン、お手本を見せるわ」

「……はぁ」

困惑しながらも、なんとか返事をする。


しっかり見てるのよ、と念を押し、リーゼロッテ様はアルブレヒトさんの方へ身体を向き直す。

そして先程と同じ台詞を口にした。


「アルブレヒト。トリック・オア・トリート」

「はい。誠に申し訳御座いません、リーゼロッテ様。私はただいまお菓子を持ち合わせておりません。したがってどのような罰も受けとめる覚悟で御座います」

彼女の従順なサーヴァントは眉根を寄せ、さも申し訳なさそうな表情を作り、

それから目の前の主人に対して恭しく頭を下げた。

その答えに満足したのか、リーゼロッテ様は満面の笑みを浮かべる。

そして彼に一歩近づき、距離を詰め、その腰に手をまわす。


頭一つ分以上背の高い彼の顔を覗きこんで妖艶に微笑んだ。

「ふふっ、じゃあ……とびっきりの悪戯しちゃうわ」

「なんと、それは恐ろしいですね」

「大丈夫。あまぁいやつにしてあげるから!うふふっ」

小さな身体がぎゅうっとアルブレヒトさんを抱きしめる。

彼はそれをさも自然に受け止める。

その背に手をまわし、ミルクティ色の髪にそっと口づけた。


「………………」


と、とんだ茶番だ。


一通り抱き合った後、

リーゼロッテ様が僕の方へ振り返る。


「わかった?ヨハン、これが見本よ」

「は、はい?」

「もぉ!ちゃんと聴いて。”お菓子をくれなきゃ悪戯しちゃう”は、”お菓子を持ってないなら悪戯してもいいよね?”と暗に言ってるの」

「は、はぁ……」

「つまり!ハロウィンはちょっぴりビターで極上スウィートなアダルティックナイトを演出する、とっても便利なイベントってこと!」

アルブレヒトさんに抱きついたまま、彼女は力説している。


「わ、わかりました。でも、なぜ僕に……?」

「ったく鈍いわね。これはチャンスってことよ!ハンナともう少し近づきたいんでしょう?主人とサーヴァントって関係だけでいいの?」

「っ、な……!」

心臓が跳ねあがる。

なんてことを言いだすのだろうこの人は。


「まず”男”として見てもらうことが大切よ。ハンナをドキッとさせちゃいなさいよ!」

「ぼ、僕はそんな、ハンナ様は僕の主であって、男として見て欲しいとか、近づきたいとか、そんなこと……全然……っ」

真っ白になった頭では、上手く言葉がでてこない。

僕はきっといま泣きそうな顔をしているんだろう。


「ふーん……ま、いいけど。いざという時には勇気を持って行動してみないと、いつまでたっても顎で使われるだけよ」

リーゼロッテ様はアルブレヒトさんの胸に顔を埋めてから意地の悪い視線を僕に寄越す。

勝ち誇ったような笑みは、まるで僕の心を読んでいるかのようで心臓がすぅっと冷える。


「顎で使う、なんて……そんな言い方!ハンナ様は僕をちゃんと……大切に……

 といいますか、対等な立場として扱ってもらえるなんておこがましいです!ぼ、僕のことは放っておいて下さい!」

「あらぁ。1年に1度のチャンスを逃すなんて馬鹿よ、馬鹿。ま、頑張りなさい。あなたとハンナのコンビ、結構好きよ」

「……し、失礼します!」


ふたりに背を向け、急いでその場を後にする。

くすくすと小さな笑い声が聞こえたが振り向く勇気はなかった。


自分の足音だけが響いている。

手をあてた心臓は、早鐘を打っていて少し苦しかった。


頭の中ではさっきのリーゼロッテ様の言葉がぐるぐると回っている。


ハンナ様に、男を見せる?

男として見て欲しい?

僕は本当はそう思っているのだろうか?

……いや、サーヴァントとして仕えることこそ僕の使命。

それ以上のものは求めない。


求めてはいけない。


リーゼロッテ様とアルブレヒトさんがしていたように、

僕がハンナ様と、熱い視線を交わしたり、抱き合ったり……

ハンナ様が僕の腰に手をまわしたり、胸に顔を埋め……


「無理だ!!!」


「なにが、無理なのだ?ヨハン」

「は、ハンナ様!?」


よりによってこんな時にばったりと会うなんて悪戯にも程がある。


――ああ、今日もハンナ様は美しい。

漆黒の艶やかな髪は星屑を散りばめたように輝いて、

切れ長の瞳が僕を見つめていて……

……じゃない!

このおかしな偶然、さてはリーゼロッテ様が……


「どうしたヨハン。顔が赤いぞ。それに頭になにを付けている」

「えっ!?頭!?」


そう言われて、慌てて頭に触れてみると、案の定猫の耳のようなものがついていた。

これはリーゼロッテ様の悪戯だ。

僕が気付かないうちに魔法で猫耳を付けていたらしい。


あの方の考えることは本当に読めない。

ええい、こうなったら貴方の思う通りにやってやろうじゃないですか!


姿勢を正して大きく息を吸う。暴れる心臓を鎮めるように、右手を胸に添えた。

そしてハンナ様を見つめ、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「は、ハンナ様。ハロウィンというものをご存知ですか?」

「急にどうしたのかと思ったら。なるほど、その装いはハロウィンのものか」

「ご、ご存知なのですね!?」

「ああ、知識としては知っている。その時期になると冥界は騒がしくなるからな」

「で、では……僭越ながら……」


もう1度深呼吸。

鼓動が手のひらに伝わってきて、その速さを感じている。

足元がぐらつくような感覚になりながらも、思い切って口にするあの言葉。


「ハンナ様」

「なんだ」

「トリック・オア・トリート!」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「すまない、ヨハン」


ハンナ様、その台詞はもしかして……!?


”申し訳ありませんリーゼロッテ様……”


アルブレヒトさんの台詞がフラッシュバックする。

先程の一連の流れを考えると、謝罪の言葉を口にしたハンナ様は、

僕の悪戯を受け入れて……


ハンナ様は軽く頷き、作った拳を僕へと差し出す。

綺麗な指が徐々に解かれ――。


中には赤い粒がふたつ

「すまない、ヨハン。飴でよかったか?持ち合わせがいちご味しかないが」

「…………」


ぐらつく視界。

緊張が一気に脱力感へと変わる。

僕の表情の変化に、ハンナ様が少し困惑しているのがわかった。

「ああ……お前が甘いもの好きだということを知っていたらもっと他の物をちゃんと用意していたのだが……」

「ち、違うんです、ハンナ様……あ、ありがとうございます」

赤く煌くふたつの粒を受け取り、両手で握りしめる。


ハンナ様が下さった飴。

勿体なくて食べられるはずがない。


「お守りに……します」

「ん?何か言ったか」

「い、いえ!なんでもありません!」

「そうか」

「ところで、ハンナ様。何かお飲みになりますか?宜しければ紅茶をお淹れ致しましょう」

「うむ、頼む」

「喜んで!」


とびきり美味しい紅茶を淹れて差し上げよう。

彼女がゆっくりと穏やかな時を過ごせるように。



僕は当分このままでいい。

きっとこの感情は恋ではなく、憧れなのだから。


でもいつか。


いつか、僕がハンナ様を守れるくらい、立派で強いサーヴァントになれたら、

そのときには――。


* END *



*Happy Halloween 2014 from Ruru Shirahase*


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ