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タイムトラベル・リバースド

作者: 四季

はじめまして。初投稿です。

もしよろしければ感想をお願いいたします。

タイムマシーンを作っているんだと私は祖父から聞かされた。

 私が中学二年生になった年の夏休み。お盆時ということもあり、私は家族に連れ出され、父親の実家にやってきた。

 父親の実家は街から車で二時間ほど離れた距離にあり、周囲には手付かずの自然が広がっていて、つまりはド田舎に実家がある。

自分で言うのも何だが、私は都会っ子なので、元々こんな田舎には来たくなかったというのが本音だ。ケータイの電波も途切れ途切れで電話もロクに出来ない。一般論では、自然の中に囲まれて暮らすことが幸せだというけれど、私から言わせれば、じゃあ自然を壊して一部の人しか利用しなさそうな高級でバカでかいビルを造るのは誰よ、と言いたくなる。

 今を生きる現代の子供にとって大切なことは、大自然との触れ合いよりもケータイの電波状況なのだ。こんなところで三日間も過ごさなければならないと思うと、頭が痛くなる。

 そんな訳で憂鬱な気分で父親の実家にやってきた。見たこともない親戚の人たちがすでに集まっており、挨拶もそこそこに、皆一様に昔話に花を咲かせた。私はそんな姿を見て、げんなりと深いため息をつく。何故こうも大人は昔話が好きなのか。昔話を語る時、大抵人はその過去を誇張して語る。私はそんな小さいことに見栄を張る大人の姿に醜さを感じていた。

 美しくない。

 私は思うのだ。

 なぜ、過去を語るのか!

 なぜ、未来を語らないのか!!

 私は親を、親戚を軽蔑していた。だが、同時に言いようのない恐怖にも怯えていた。

 私も、いずれは彼らみたいに過去を嬉々として語るのだろうか。

 そのことは、私にとって、死よりも恐ろしいことだった。

 皆の笑い声が急に、テレビの砂嵐のような不愉快なノイズに聞こえ、その雰囲気に耐え切れなくなった私は、転がるように実家を飛び出した。



 タイムマシーンを作っていると豪語した祖父との出会いは、家を逃げ出して当てもなく森の中を彷徨っていた時だ。

 ふらふらと緑が生い茂った道を歩いていると、視界の先に周囲を覆っていた木々が途切れ、小高い丘が見えた。そしてその丘の上に、小さな小屋がぽつんと取り残されたかのように聳え立っていた。

 好奇心に駆られた私は小走りにその小屋に近づいた。

 小屋は遠目で見たよりもずっと古臭く、ボロボロだった。強い風が吹いたら、そのまま吹っ飛ばされてしまいそうだ。

 私は中の様子を伺うため、すっかり蜘蛛の巣に占拠された窓を覗く。

 真っ先に目に飛び込んできたのは、部屋の中心を占める大きな機械だった。

 「なんだろう、あれ…」

 よく見ると、何とも不思議な形をしていた。

 全体の形としては凸型の形状をしている。大きさとしてはざっと縦が三メートル、横が7メートル。小屋自体の広さがそれほど大きくはないので実際よりも大きく見える。目を引くのは、凸上の出っ張り部分に大きなアナログ時計が掛けられてあった。だが、電池が入っていないのか「15:17」で止まっていた。時計の下には木製のロッキングチェアーが置かれている。不可解なのはその椅子の上にはヘルメットが置いてあり、そのヘルメットには何本ものチューブが繋がっており、その一本一本が周囲の機械に接続されていたのだ。

 それは明らかに、古ぼけた小屋の中にあるものとしては異常だった。

 部屋の中は、カーテンでも閉めているのか、薄暗く湿った印象を受ける。その部屋の中心で不気味に聳え立つ、怪しげな機械…。

 真夏の太陽は容赦なく私と地面をじりじりと焼いていくのに、背筋に寒気が走るのを感じた。だけど、あれは一体何なのだろう、という好奇心がにょきにょきと芽生えていくのもまた感じていた。

 散々悩んで、私は小屋の扉の前に向き直った。

 恐る恐る、さび付いたドアノブに手を伸ばす。

 心臓が感興と恐怖でばくばくと暴れている。

 込み上げてくる怖気をごくりと飲み込み、ドアノブを掴む。

 「………」

 大きく息を吸い込んで、吐き出す。

 意を決して、ドアノブを捻って――。

 「何の用だ」

 「―――~~~~……っ!!!?」

 心臓が本当に喉から飛び出すかと思った。

 「……お前は……。――ああ、園子じゃないか」

 たいした感動を見せず、腰を抜かした私に手すら差し出さず、彼はそう言った。



 彼は自分を時田恵一と名乗った。私のお父さんである時田雅和の父、つまり、私の祖父に当たる人らしい。らしい、というのは、実際おじいちゃんに会うのはこれが初めてで実感がないからだ。何度かこの実家には帰省していたのだけれど、おじいちゃんと会うことはこれまで一切なかった。かつてお父さんに「おじいちゃんはどこ?」と尋ねたとき、お父さんは何と答えたらいいのか困った表情を浮かべて、「おじいちゃんはね、とても忙しいんだよ」と言葉を濁らせたのを覚えている。

 おじいちゃん……恵一さんは、私を立たせると、「用がないのなら家に戻りなさい」とだけ言って、さっさと薄暗い部屋の中に入っていった。そんな姿に少し腹を立てた私は、先ほどの警告を全力でスルーして部屋の中へ侵入する。

 「うわっ、あっつぅ……」

 夏場のこの時期にカーテンを全て閉め切っているせいで、室内は蒸し風呂状態だった。室内を見回す。窓から見たときは、部屋の中心にある不思議な機械以外に目立ったものは見当たらなかったが、よく見ればその機械を起点に、輪車や螺子、スパナなど、沢山の工具が散らばっていた。足の踏み場もないというのは、まさにこういうことだ。

 「ねぇ、恵一さん、一体こんなところで何をやってるの?」

 私はたまらず聞いていた。本来なら「おじいちゃん」と呼ぶべきなのだろうが、さっきも思った通り、これが初対面で「おじいちゃん」という実感がなかったし、何よりも腰を抜かした孫を前にしてすぐに助けようとしなかったことに腹を立てていたので、他人行儀っぽく言ってやった。実際、他人と同じ距離感なのだ。この方が私の中でしっくりくる。

 私の呼びかけにじろりと一瞥を投げると、興味をなくしたかのように視線をあの機械に移し、足元にぶん投げられていたドライバーを手にとって機械をいじり始めた。

 私の頭の血管がプチプチと切れていくのが分かった。

 ああ、そうですかそうですか。

 無視ならいいですよ、二度と来るかよこんなむさくるしいところ!!

 私が踵を返してドアノブに手をかけたところで、背後から打ちひしがれた声が聞こえた。

 「タイムマシーンを作っているんだ」

 ……は?

 思わず振り返った。

今、なんて言った?このじーさん。

 「タイムマシーンを作っているんだ」

 彼は再び言った。タイムマシーン? タイムマシーンって、時間を飛び越えるっていう、あのタイムマシーン?

 「タイムマシーンを作っているんだ」

  ………。

 「タイムマシーンを――」

 「い、いや、もういいよ!分かったよ、感動したよ!!」

 私は改めて馬鹿でかい機械を眺めた。沢山のチューブやコンテナがごちゃごちゃになって形を作っており、時折、パイプのあちこちから勢いよく蒸気が漏れ出している。とてもじゃないが、このオンボロ機械が時間を飛び越えられるほどのポテンシャルを秘めているとは思えなかった。古く痛んだ機械を見て、私はふと、ある仮説を思いついた。

 「これって、いつぐらいから作ってるの?」

 「……20年ぐらい前からだ」

 彼は少し逡巡した後に、そう答えた。

 なるほど。その頃からずっと作業してたんだ。

 私が何度かここに来ても逢えなかった訳。そして、お父さんが答えに詰まった訳が、ようやく分かった。

 しっかし、タイムマシーンねぇ……。

 思わず鼻で笑っていた。

 私は年頃の女の子だし、まだ中学一年生と子供だから夢は見る。

 夢は見るけど、こんな非科学的な夢想は見ない。だって、そんなのあり得ない。

 それなのに、このいい歳したじーさんから、「タイムマシーンを作っている」なんて子供じみた答えが帰ってくるとは。これじゃあ、どっちが子供か分かったものじゃない。

 私は作業に没頭している彼の横顔を覗き見た。

 「………」

 彼は機械の螺子を外し、よく分からない部品を組み込んでいる最中だった。彼の顔は皺だらけ、シミだらけと、お世辞でもカッコいい顔つきではなかったが、その表情から滲み出ている真剣さは本物だった。

 「……ねぇ、なんで、タイムマシーンを作ろうと思ったの?」

 これまで淀みなく動いていた彼の手が止まった。

 たっぷり5秒過ぎてから、恵一さんは、ようやくこちらに顔を向けた。

 「過去に行って、やり直したいことがあるんだ」

 彼はそう言って、語り始めた。



 「聞かされていないとは思うが、私は子供の頃に父親を交通事故で亡くしていてな。以来、母の手一つで私は育った。当然、父親という大黒柱がいなくなった以上、生活は厳しくなった。母親は多くの仕事をいくつも掛け持ちして収入を得ていた。だが、そうなると家に帰るといつも私一人だった。子供の頃の私にとって、それはとても耐え難いことだった。そんな時、母が教えてくれたのが、これだ」

 彼は地面に転がっていた螺子を摘んで、私の前に見せた。

 「えっと……螺子が……なに?」

 「螺子じゃない、機械いじりだ。分かるだろう、それぐらい」

 知るかよ。

 私の中の不快度指数が一気に高まったが、彼は私のことなどお構いなしに話を続けた。

 「もともと母親の実家は下町の電気屋だったから、ある程度の技術は叩き込まれていたんだ。私はすぐに機械を分解、再構築する楽しさにのめり込んでいった。孤独な時間は、研究の時間に取って代わり、毎日が楽しくなった。何より――」

 彼はそこで言葉を切り、どこか遠い場所を眺めるかのような瞳を湛えて言った。

 「機械と戯れることで、母と繋がっているような気がして、幸せだったんだ」

 いい年してマザコンかよ。

 まぁ、でも男はいつまでたってもマザコンと言うし、仕方のないことなんだろう。

 「……でも、それだけ聞くと、何もやり直すべき出来事は見当たらないんだけど」

 私が尋ねると、彼は「あるんだ、一つだけ。それも、致命的な過ちを」と、皺の寄った顔に暗い影がかかった。

「小学4年の頃だ。その頃には、私は時計やラジオなどの、ちょっとしたものなら作れるレベルになっていた。そして、私は自分には偉大な力がある。何でも作れると錯覚していた。これが致命的な過ちだった」

 もともと低い声のトーンが、さらに低くなる。思い出すのも辛い、という印象だった。

 「母親の誕生日に、私は一つの発明品をプレゼントした。12月生まれで冷え性の人だったから、湯たんぽを作った。だが、ただの湯たんぽじゃない。中にモーターが設置されていて、スイッチを押すと熱が出る仕組みだ。母は喜んで使ってくれた」

 「へぇ……」

 そりゃあ、子供から自分のためにわざわざ造ったものをプレゼントされたら嬉しいだろうな。そういえば、私が小学校に入って間もないときに、図工で作った孫の手をプレゼントしたら、えらい喜んでたっけ。校庭に落ちてた木の枝の先端に、これまた校庭に落ちてたテニスボールをくっつけただけのものだったけど。

 「……だが、その湯たんぽには欠陥があったんだ。私も、もちろん母親も、そんなことは知らなかった。プレゼントした日に母親は早速使ってくれて――結果、湯たんぽは高熱を発してして、母の両足は酷い火傷を負った」

 そう呟く彼は、さながら自らの大罪を神の御許の前に告白するかのような神妙さだった。

 「その火傷のせいで、母は足に障害を持ってしまった。泣きじゃくる私に対して、母は気にしなくていい、と言った。だが、私は未だに後悔の念を抱いている」

 彼は部屋に置かれているタイムマシーンに手を触れる。

 「私は科学者として生きてきたが、この通り、もう歳だ。いつ向かえが来てもおかしくは無い。だから、最後は本気になってタイムマシーンの開発に挑みたいんだ」

 彼は言う。

 「過去に行って、母を救うんだ」



 この後、彼は「作業に入る」と言って私を問答無用で小屋から締め出した。

 私の不快度指数はまたも跳ね上がったが――まぁ、いいや。夕食の時に文句の一つでも言ってやろう。

 だが、夕食時になっても、彼は一向に姿を見せなかった。

 しかも驚いたことに、私の親を含め、親戚一同が、彼の不在を気にも留めずに自然に食事にありついていることだった。

 私はお父さんに、彼はどこにいったのかを尋ねた。するとお父さんはとても返答に窮した表情を浮かべた。25メートルは泳げそうなくらい、たっぷり視線を泳がせた後で、「おじいちゃん、お腹いっぱいなんだってさ」と言った。嘘が下手な人だ。

 田舎の夜は早い。夜の九時には、親戚のみんなが床に付いた。深夜の2時くらいまで平気でネットサーフィンしている私にとっては、この時間に就寝だなんてとてもじゃないけど信じられない。修学旅行かよ。しかし、かといって時間を潰すようなものも持ち合わせていなかったので、素直に布団の中に潜り込んだ。

 それにしても。

 私は、あの薄汚れた小屋と、ポンコツの機械と、彼を思い出していた。

 タイムマシーンを作っているんだ、と言った私のおじいちゃんなる人。

 私はこれまで、過去を語る人を小馬鹿にしてきた。何故なら、過去を崇高なものとして語るだけで、「今」をよりよくしようという気持ちが見えなかったからだ。

 彼も、初めはそんな口先だけの人種の一人に思えた。

 だが、実際にタイムマシーンを造っている。私はタイムマシーンなんてものは絶対に作れないと思っている。理由こそ後ろ向きで、絶対に叶う訳の願いであって、口先だけの「彼ら」と似たものはある。それでも、そんな馬鹿げたことに対して彼は、至って真面目に、真剣に取り組んでいる。その姿に私は、他の人たちとは違う何かを感じた。

 しかし、何故うちの家族や親戚は、彼をあからさまに避けているのだろうか。

 ……明日、また小屋に行ってみよう。

 そう決めると自然と睡魔がやってきて、私は割りとすんなり眠りに付いた。



 翌日。

 朝食の食卓の席にも、やはり彼はいなかった。何故朝食にも姿を見せないのかお父さんに尋ねてみた。お父さんはとても返答に窮した表情を浮かべた。30秒ほど低い声で唸った後に、「おじいちゃんは体調が悪いから朝食はいらないってさ」と言った。相変わらず嘘が下手な人だ。

 朝食後、あの小屋に行くと、案の定、彼はタイムマシーンの製作に没頭していた。ちなみに体調が悪そうな印象は見受けられない。

 私が取り付けの悪いドアノブを開けて入ると、薄暗い部屋の中からぎろりと彼の瞳が光った。

 憎まれ口の一つでも叩かれるかと少し身構えたが、彼は数秒私を見ただけで、すぐに作業に戻った。まるで、お前なんか相手にしている時間などない、と言われているようだった。

 ……まぁ、いいけどね。

 私は近くに佇立していた椅子に憮然とした態度で座った。

 彼の作業はよどみなく進んだ。

 作業の手が、一回も止まらない。淡々と、しかし恙なく進行していく作業風景は、ド素人の私でも少し惚れ惚れしてしまった。伊達に科学者の道を選んだ訳じゃない。

 山の間を流れていく河川の如く彼の作業は進んだ。その流れを見学していた私は、開けていたドアから差し込む陽光で、もう時刻は夕方に差しかかっていたことに気が付いた。

 私は驚きつつも、今日一日、私は一体何がしたかったのだろうかと後悔した。朝、ここに来たはいいけど、後はただずっと作業を見てただけだなんて。しかも、彼の手際良い作業に時間を忘れていたとは、なんだか悔しい。

 「園子」

 「は、はいっ!?」

 不意に、彼が私の名前を呼んだ。完全に油断していた私は、思わず口から上ずった声を漏らす。

 「お前、何しにここに来たんだ?」

 ………。

 知るかよ、バカ。

 私の不快度指数が急上昇した。私は返事を無視して椅子から立ち上がり、外に出る。

 「完成したんだ」

 不意に、彼がそう呟く。

 「えっ…?」

 外へ向かう足が止まる。

 「ついに完成したんだよ、タイムマシーンが」

 彼の顔は、これまでの険しい顔から一転、憑き物が落ちたかのように晴れ晴れとしていた。

 しかし、そんな彼とは対照的に、私は困惑していた。

 完成?

 タイムマシーンが?

 え、それって、フツーに考えてすごいことじゃない?

 いやいやいや、フツーに考えてタイムマシーンなんてありえない!

 だ、だけど……。

 私の心は半信半疑だった。だけど、穏やかな目でタイムマシーンを眺める彼の様子を見たら、もしかしたらもしかするかもしれない、と思ってしまう自分がいた。

 「――Flowers for Algernon――」

 彼の口から突然英語が飛び出した。

 「『アルジャーノンに花束を』――この話を……園子。お前は知っているか?」

 私は唐突な質問に身じろぎしつつも、首を縦に振った。確か、知能障害を持った主人公が、手術を受けて天才的な知能を持ったが、知識を持ったが故にこれまで自分がいじめられていたことに気づき、人を見下し、悩む。そしてある日、手術が不完全であり、今まで得た知識をだんだん失っていく――そんな話だったような気がする。

 私がそう答えると、彼は、「ああ、そうだ」と頷いた。そして、こう言葉を続けた。

 「人間はな、生まれてから沢山の大切なものを得て大人になり、そしてこれまで得てきた宝物を一つ一つ還していくんだ」

 彼はそっと瞳を閉じる。

 「もう、十分なんだ。科学者として十分に生きた。だから、還しに行かなければならない。あの時、あの場所に行って、母を救うんだ。それによって、私にどういう変化が生じるのか、検討もつかない。もしかしたら、科学なんてすっぱりやめていて、別な道を歩んでいるかもしれない。けど、それでいいんだ」

 母から貰ったものを、還しに行くだけなのだから。

 彼はそう締めくくった。



 もう遅いから帰りなさい。

 彼に諭され、私は素直に小屋を出た。

 夕飯の席にやっぱり彼はいなかった。

 食事が終わると、私は真っ直ぐ部屋に向かった。電気もつけずに部屋の布団の上に寝っ転がる。

 目を閉じると、まるで罪が洗い流されたかのような、救われた表情が思い浮かんでくる。

 取り戻したかったのだろう、と私は思う。

 過去に、自分の失敗で自分の大切な人に、生涯取り除くことの出来ない傷を負わせてしまった。そうじゃない未来。彼が本来、望んだ未来を。



 そして次の日。

 私はあの小屋に向かった。

 勢いよくドアノブを引っ張る。

 「………!!」

 小屋の中には、何もなかった。

 かつて小屋のほとんどを支配していたタイムマシーンが忽然と姿を消し、後には、かつてこの部屋に機械があったことを証明する数々の散らばった部品のみ。

 私は窓に近づき、締め切っているカーテンを一気に開けた。そして全ての窓を解き放つ。暗くじめじめしていた空気は、朝の新鮮な空気に追いやられ、小屋自体も元気を取り戻したかのようだ。私はいくつかある窓の一つから顔を突き出して外を眺めた。視界には、大きく広がる大森林が広がっている。朝の日差しを浴びてその緑葉の色を鮮やかにしている姿は、まるで親から頭を撫でられて喜んでいる子供のようだった。

 彼は、タイム・トラベルに飛び出した。

 私の心の中で、そんな想いが込み上げてきた。

 不思議だ。

 数日前までは、こんなこと絶対にありえないと思っていたのに。

 私は振り返り、部屋の中心を見る。

 かつて、そこに図体だけは立派なオンボロタイムマシーンと、その開発に全てを賭けた老人を思い出す。

 「いってらっしゃい」

 くすりと笑って、私は旅の門出を祝ってあげた。



 彼が実家に姿を現したのは、それから翌日の朝のことだった。

 親戚一同は騒然としていた。

 それは私にとっても寝耳に水のような話で、だって、タイム・トラベルに行ったんじゃないの!?

 父の話によると、彼は玄関口で何やら騒いでいるらしい。

 私は渦巻く疑念に突き動かされて、玄関に向かった。

 ざわざわと群がる親戚達を押しのけて玄関口に立った。そこにいたのは、紛れもなく彼、恵一さんだった。

 ただ、どうにも様子がおかしい。

 彼は膝を抱えるようにうずくまっていた。視線はあちらこちらに泳がせ、どこか落ち着きがない。

 そして、彷徨わせた瞳が私を捉えると、彼は――それはそれは見事なくらいに――とびっきりの笑顔を作った。

 「おかあさん!!」

 そう言って、私に抱きついてきた。

 一瞬、何が起こったのか理解できなかった。

 「は……はああああぁぁぁぁ~~!!?」

 「おかあさん、あのね、あのね! ぼく、おかあさんのまねをして時計を作ったんだ! 見てこれ! すごいでしょ!?」

 彼は私に嬉々として大きな円盤を差し出した。状況の整理がつかないままにそれを受け取った。

 「………!!」

 私は目を疑った。それは、あのタイムマシーンに設置されていたアナログ時計だったのだ。

 「ちょ、こ、これって…!」

 言いかけた私の言葉は、彼の強い抱擁によって遮られる。

 「すごいでしょ!? ね、褒めて褒めて!」

 言葉じりこそ子供のそれだが、発している人物は老人である。

 身近から漂ってくる老人独特の加齢臭も相まって、その時の私の不快度指数は100パーセントを軽く越えた。

 「いやっ!! は、離れてっ!!」

 私の絶叫で、固まっていた親戚がようやく動き出した。

 私に抱きついて離れない彼を引き離すのに、たっぷり10分かかった。



 医者の診断によれば、彼は「年齢の増加による、後天的な知能低下」、いわゆる認知症である、という話だった。

 父の話では、彼の奥さん、つまりおばあちゃんが死んだあたりから、時折意味不明な言葉を発するようになったという。そんな彼が、タイムマシーンを作るようになったのは、それから間もなく、とのことだった。

 親戚の人があの小屋の周りを捜索していたところ、あのタイムマシーンがボロボロになって捨てられているのを発見した。私に抱きついた時の彼の手が傷だらけになっていたことから、錯乱した彼が、自分で壊したのだろうという結論に至った。

 ――もう十分なんだ。

 そう言った彼の言葉を思い出す。

 ――人間はな、生まれてから沢山の大切なものを得て大人になり、そしてこれまで得てきた宝物を一つ一つ還していくんだ。

 皮肉な話だ。

 病室で介護士のことを「おかあさん」と呼ぶ彼を見て、私は思わず深いため息をついた。

 「おじいちゃん」

 私は言った。

 「よかったね。タイム・トラベルは成功みたいだよ」




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― 新着の感想 ―
[良い点] 最後のセリフはなんというか、残酷ですね。 良いお話を読ませていただきました。 次の作品の予定はありますか。是非読みたいです。 [一言] ・私が尋ねると、彼は〜影がかかった。(湯たんぽの回…
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