Ⅲ.陰謀
今回、ちょっと短めです。
「アオイさん、街に……行きませんか?」
エルガーがそんなことを言い出したのは一緒に暮らし始めて三日ほど経ったときのことだった。
一度は生死の境をさまよったアオイだったがエルガーの適切な処置のおかげもあってか、だいぶ傷も癒えてすっかり元気になった。
だが、窓の外は生憎の雨。とてもじゃないが“お出かけ日和”とは言い難い天候だ。
「今日、ですか?」
昼食で使った食器を洗う手を一度止めて訊ねる。
アオイは自ら、居候させてもらっている身だから。と手伝いをさせてくれるよう頼んだのだ。最初は「仮にも客人だから」と言ってなかなか首を立てに振らないエルガーだったが、必死な姿に折れて今や、食器洗いはアオイの仕事となったのだ。
「ええ。貴女もこれから此処で暮らしていくわけですし、いろいろと必要なものもあるでしょう?」
あのときのアオイには衣服や食べ物はもちろん、お金すら持ってくる余裕など無かった。無論、なにも持たずに逃げてきたため、どうにかしなくては、とは思っていたがエルガーにそこまでしてもらうのには少しばかり気が引けた。
「ですが、そこまで彼方に迷惑をかけるわけにはいきません」
アオイはそうは言ってみたものの、自分で解決できるような問題ではないのは分かっていた。
そんな彼女に、エルガーはにっこりと目を細め、口元を緩める。
「私はそこまでお金には困っていません。だから貴女ひとりの生活費くらい大したことありませんよ」
アオイはそう言われて改めて考えてみる。確かに一人暮らしには大きすぎる家や高そうな家具の数々からしても、彼がお金に困っているようには見えなかった。
「では、出来る限り彼方の負担にはならないようにします。だから……少しだけ、お言葉に甘えさえていただけないでしょうか」
アオイはその場で跪くと胸の前で両手を交差させ、頭を下げる。
これが森の民の、アオイたちの住んでいた村での最敬礼であった。そのため、エルガーには奇抜な行動としか思えなかったが、アオイなりに敬意を払っているのだということだけは察することができた。
「お顔を上げてください」
アオイはその体勢のままゆっくりと顔を上げる。
彼は微笑んでいた。とても、とても優しい笑みで……。
――貴重な森の民ですよ? 大事にしなくては。
彼の優しさにアオイは涙が溢れた。
――どうしてここまで親切にしてくれるんだろう。あたしなんて全くの他人なのに……。
「ありがとうございます、エルガーさん」
アオイは再び頭を下げる。髪の色だって目の色だって、年齢だって違う自分を助けてくれた。優しくしてくれた。そんな嬉しさで胸がいっぱいになる。
じんわりと熱くなった瞳から零れる大粒の涙が小さな水溜りを創った。
「出かけるのは、夜になってからにしましょうか。とりあえず落ち着くのが先ですね」
彼の言葉で床に出来た水溜りは更に水かさを増すのだった。
「温かいミルクでも用意しますね」