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第1話

木々の隙間からこぼれる木漏れ日が、舗装されていない街道を斑点模様に染めている。


「ノア、少し休もうか」


エルフの剣士、エルシェが歩みを緩め、振り返った。長身にしなやかな身こなし、腰には精緻な装飾が施された一振りの細剣。しかし、今の彼女が抱えているのは薪の束と、先ほどの町で買った甘い焼き菓子の紙袋だった。


「ふはぁ……助かります、エルシェ」


後ろを歩いていた人間の魔法使い、ノアがその場にペタリと座り込んだ。とんがり帽子を少し直しながら、深く息をつく。彼女の魔法旅箪笥(たんす)は浮かせて運んでいるものの、歩くこと自体はあまり得意ではない。


二人が腰を下ろしたのは、街道沿いにある大きな楠の木の木陰だった。心地よい風が吹き抜け、葉と葉が擦れ合う音がサラサラと響く。


「はい、ノア。水と、それからお菓子」


「わぁ、ありがとうございます!」


エルシェが差し出した革の水筒を受け取り、ゴクゴクと喉を鳴らすノア。そして紙袋から取り出したのは、リンゴのコンポートがたっぷり入ったサクサクのパイだった。ノアの丸い瞳が嬉しそうに輝く。


「ん〜っ! おいしい……! エルシェも食べてみてください、ほら」


ノアはパイを小さくちぎると、エルシェの口元へと差し出した。 エルシェは一瞬驚いたように長めの耳をぴくりと揺らしたが、すぐに柔らかく目を細め、ノアの手から直接それをハムリと口に含んだ。


「……うん、甘くて美味しいね」


「でしょう? あの町、果物も美味しかったし、宿のベッドもふかふかで最高でしたねぇ」


「そうだね。……ノア、口元にパイのくずがついてる」


「えっ、どこですか?」


エルシェは親指でノアの唇の端を優しく撫で、付いていた生地のくずをぬぐい取った。そして、何事もなかったかのように自分の口元へ運ぶ。


「! ……あ、あの、エルシェ……」


ノアの顔がぽっと赤くなった。魔法の修業では動じないのに、エルシェのふとした無自覚(あるいは意図的)なスキンシップにはいつも翻弄されてしまう。


「ふふ、可愛い」


「もうっ、またからかって……! 私だって、魔法使いとしてエルシェを守るくらい大きくなったんですからね」


「うん、頼りにしているよ。私の可愛い魔法使いさん」


エルシェは膝を折り、ノアの頭を優しく撫でた。柔らかい茶髪に指を滑らせると、ノアは口を尖らせつつも、気持ちよさそうにエルシェの手に頬を寄せる。


世界を救う旅は、もうずっと前に終わっていた。 魔王もいなければ、急がなければいけない使命もない。今の二人の目的は、どこか遠くの美味しいものを食べること、綺麗な景色を見ること、そして、今日を二人で穏やかに過ごすことだけだ。


「次の町までは、あと二日くらいかな」


「じゃあ、今夜は野宿ですね。エルシェ、スープは私が作ります! 魔法で火を起こすのは得意ですから」


「頼もしいね。じゃあ私は美味しいお肉と野菜を調達してくるよ」


「楽しみです。あ、でも……暗くなる前に帰ってきてくださいね? 一人だと、ちょっと寂しいので」


ノアが上目遣いで袖をちょこんと引っ張ると、エルシェの胸がキュッと温かくなる。エルフの長い寿命から見れば、人間のノアと過ごせる時間は決して永遠ではない。だからこそ、この何気ない一瞬一瞬が、何よりも愛おしかった。


「大丈夫。ノアを一人になんてしないよ」


エルシェはノアの手を優しく握り返し、その甲に小さくキスを落とした。


「さあ、もう少し風を感じたら、今日のキャンプ地を探そうか」


「はい! エルシェ」


急ぐ旅ではない。風の向くまま、足の向くまま。 二人のゆっくりとした時間は、木漏れ日の中でどこまでも続いていく。

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