困った方ですね
フローレンス、アラン18歳。
メインはフローレンスの両親の出会いの話。
読んで頂きありがとうございます!
「アラン様休憩致しましょう」
「…もう、そんな時間か?まだ、半分残っているのに」
扉がノックされてどうぞ、と返答すればサービングカートを押してフローレンスが入ってくる。
予想より残っている書類を見て目を伏せるアランと対照的にフローレンスは目を輝かせた。
「まあ、アラン様もう半分も捌かれたのですか!期日までまだ五日もありますから充分過ぎる程ですわ」
「いや、だがフローレンスはもう自分の仕事を終わらせたのだろう?」
「アラン様、私は十一の頃より当主となる事が不本意ながら決定しておりましたのでその頃より政務を習い十三の頃から父の補佐についておりました。領地の事はこれでも熟知しておりますから早くて当たり前なのです。これが、ランディール公爵領の事であったなら全く異なる結果となっておりますわ」
「それは…そうかもしれないが……」
「オスカーがアラン様は真面目ですが考えが堅すぎず素晴らしい素質の持ち主だと絶賛していましたわ。私もそう思います」
オスカーが「やる気のある当主様なんて歴代初なのでは…」と目を潤ませていたのは黙っておく。
「そ、そうだろうか…」
アランは意外と褒められ慣れていないようで、フローレンスが絶賛する度にたじろぎながらも嬉しそうにするので、良いところを見つけては褒めるのがフローレンスの新たな趣味となっている。アランはわからない事は素直に聞き同じ失敗を二度繰り返さない、日々コツコツと努力する姿勢、最初の出会いの傲慢な態度は夢だったと思うくらい誰にでも丁寧に接するので褒める所には困らない。
「良い香りだな、ハーブティーか?」
最初は飲み慣れない味に戸惑っていたアランだったが、今では紅茶と同じくらいハーブティーを嗜むようになっていた。
「はい!今日のハーブティーは私の新しいブレンドなのですよ!渋みと苦味を抑えたので随分と飲みやすくなりましたの!」
「それは楽しみだな。この前のは確かに身体は楽になったがかなり飲みにくかった……」
思い出して顔をひきつらせるアランに「それでも全て飲んで下さいましたわね」と笑顔で返しながらテーブルに軽食とティーカップを並べるフローレンス。
白地のティーカップには美しい青紫色のお茶が注がれている。
「…飲みやすい。これなら毎日だって飲みたいな」
「まあ!嬉しいですわ!」
「それにしても何が原因だったんだ?」
「それがですね原因はスグネムクナールの摘み取り時間と乾燥の度合いだったんですの!
スグネムクナールは花粉を摂取してしまうと気絶するように眠ってしまうのですが、花が咲く前の葉には疲労回復と僅かな覚醒作用が認められるのです。
しかしフレッシュな状態で使うと渋みと苦味とエグみのオンパレードで、かといって乾燥させ過ぎると疲労回復の効果が無くなりただの不味い液体となってしまうのですが、何度も試している内に早朝の日が昇る前に摘み取る必要があると気づいたのです!そこからは乾燥の度合いを調整するだけでしたのであっという間でしたわ!」
興奮すると早口になるフローレンスを可愛いと思いつつハーブティーを味わう。本当に前回飲んだものと原料が同じとは思えないほど美味しい。
「そうか、だが早朝は暗いからな。一人は危ないから誰か連れて行くか俺を起こしてくれても」
「ご安心下さい!庭師のガイヤがすでに活動を始めておりますので採取する時は同行をお願いしていますわ!アラン様の睡眠を邪魔する事は致しませんのでご安心下さい!」
「そうか…」
ちょっぴり残念に思ったアランだった。
軽食を楽しんだ後、フローレンスの誘いで庭を散策する事になった。
色とりどりの植物が美しく育っているがこの半分が何かしらの効能がある薬草に分類されると知ったのは最近だ。なんでも非常時に植えてある植物を煎じればある程度の薬は作れるとのこと。見た目も美しく一石二鳥だと誇らしげなフローレンスが可愛らしかった。
「アラン様、父がこれ幸いと私達が式を挙げて三ヶ月で代替わりの手続きを済ませてしまいましたが、負担になっていませんか?」
「ああ、学生の間に丁寧に指導頂いたし引き継ぎの資料もわかりやすい。執事のオスカーや補佐官の人達はとても頼りになるし、それにフローレンスが支えてくれているからな」
「まあ、ふふ嬉しいですわアラン様」
ふわりと笑うフローレンスにアランは前々から伝えようと思っていた事を口にした。
「フローレンス……アランと呼んでくれないか。その、夫婦になったのに距離があるだろう」
耳まで真っ赤にしているアランの細やかな要望にフローレンスは目を見張ってふふ、と微笑んだ。
「そうですわね。アラン、と呼ばせて頂きますわ。ふふ、でも旦那様と呼ぶのも捨てがたいですわね」
少しだけからかうように目を細めて言えばアランはさらに顔を真っ赤にして俯いた。
「あらあらあら、見ましたか旦那様。フローレンスったらとても嬉しそうですよ。あの子本当によく笑うようになりましたわね」
庭が見渡せるガゼボでお茶をしていたフローレンスの両親は仲良く散策する娘夫婦を微笑ましい気持ちで見守っていた。
「ああ、夫婦仲が良いに越したことはない。しかし、本当に素晴らしい婿を捕まえたものだな。きっと私に似たのだろう。君という妻を捕まえた私は幸せ者だからな」
「まあ…そんな事おっしゃる割には毎年首と爵位を返上なさっていましたのに」
「それを仕方ないと見送ってくれる君以上の理解者などおるまい。やはり私は幸せ者だ」
「困った方ですね」
そう言いながらもラオスの妻マリーナは穏やかに微笑んだ。
最初は婚姻前に聞いていたとは言え、いざ本当に腹を括って首と爵位を返上しに行く姿を見送るのは内心酷く動揺したものだ。
しかし、人とは適応する生き物である。
数年経てば「旦那様の、歴代当主達の積年の願いが叶うか否か」を執事のオスカーと賭けにできる程度には慣れていった。結局どちらも叶わないに賭けたから賭けとして成立する事は無かったが。
「懐かしいですわね。ふふ、わたくし旦那様に初めてお会いした時の事今でも時々思い出しますの」
「……個人的にはあまり喜べないな」
「うふふ、わたくしにとっては良い思い出ですわ」
***
二十八年前
マリーナは出来の良い他の姉弟に対してこれといった才能の無い自分に自信が持てず、社交界では壁の花になるのが恒例となっていた。
春の王家主催の夜会で一通りの挨拶を終えると一人きりになりたくて中庭のベンチに座っていた。
「よし…あと一瓶開ければ酩酊状態手前になるだろう」
植木の奥からそんな声が聞こえて気になって立ち上がる。人の事を言えた立場ではないがホールを抜け出して一人で恐らく酒を飲んでいる人物に興味が湧いた。
「ん…?誰かおられるのか?」
「あ…申し訳ありません。声がして気になったものですから」
できるだけ静かに近づいたつもりだったがあっさりと気づかれてしまい素直に謝罪する。
「いえ、こちらこそこのような場面を見られてしまうとは…お恥ずかしい限りです。どうか内密にして頂けると助かります。レディ」
「も、もちろんです。あ、あの、なぜここでお飲みに?」
「すみやかに途中帰宅するためです」
「途中帰宅、ですか?」
「王家主催の夜会でしがない子爵家の私が夜会の半ばに差し掛かる前に途中帰宅するには誰の目から見ても確固たる理由が必要です。今回は『調子に乗って飲み過ぎたためにこれ以上の醜態をさらす前に帰る』…という完璧な計画なのです」
そうなの…?醜態をさらしている時点でよくないのではないかしら。
「ついでに『あんな醜態をさらす奴が当主になどふさわしくない』という声が広まって爵位返上となればなおよし。私は天才だったのかもしれない」
まるで爵位を返上したいかのように言いながらグラスにワインを注ぐ青年。
マリーナより少し年上に見えるがそれでもまだ精々二十二、三くらいだろう。足元に空になった瓶が二本置いてあるのを見て心配になる。
「お、お酒はお強いのですか?」
「人並みには飲める筈だ」
「筈…という事は普段は嗜まれないのでしょうか?」
「成人して一度飲んだが味が好きではなくて以来飲んでいないもので。つまり五年ぶりです」
それはあまり大丈夫ではないのではなかろうか。
マリーナの予想は当たり青年は注いだワインを飲み干した直後顔を思い切り歪ませた。そして青年は二十一歳のようだ。
「……父上はうわばみだったのか…」
青年は酔いが一気に回るタイプだった。
「あ、あのお水をお持ち致します、それか肩をお貸し致しましょうか」
「お気遣い感謝致します。しかしこのような醜態をさらしておりますが、レディに迷惑をかけるほど落ちぶれてはおりませぬ…うえぇ…」
青年は酒などロクなものではないと思いつつ徐々に増す吐き気を堪えながらマリーナを見た。
「レディ…そろそろ質の悪い連中が一晩の夢だとか愚かな事を宣いはじめる時間です。こんな薄暗い場所に居ては危険ですぞ。ご家族の元に戻られた方がいい……ぐおぉ…飲み過ぎた…」
「え、あの…私の事よりあなたの方が一大事では…それに私なんかに声を掛けるとは思えませんし」
「何を言いますか。艶のある黒髪も光を帯びると金に見える琥珀の瞳も夜の妖精と並ぶ美しさだ。何より貴方はこの醜態しかさらしていない男にも親切にしてくださる良識の持ち主だ。それは素晴らしい事です。誇りにしていい……本当にまずい…吐く…」
人生で言われたことの無い褒め言葉の連続に顔を赤くしたマリーナだが本気で吐きそうな青年に今度は顔を青くして背中を擦る。
「あ、あのやはり肩をお貸し致します。その、そうすればわたくしも声を掛けられなくてすみますし」
「……面目次第も無い……ありがとうございます」
その後青年は馬車で待機していた執事にご令嬢に迷惑を掛けるとは何事かとしこたま説教され、その通りだと反省した。
そうして、マリーナに後日礼をしたい、是非名前をと聞き掛けて自分が名乗っていない事に気がついた。
「私はラオス・アリスドールと申します。どうか貴方の名前を知る栄誉を頂けないでしょうか……ぐぅ…」
何とも締まらない自己紹介にマリーナは自然と微笑んでいた。
「マリーナ・エルドと申します。お大事になさって下さいませ。アリスドール子爵」
謝罪と言っても手紙とお礼の品が届くくらいだろうと考えていたマリーナはエルド伯爵家当主である父より、
「アリスドール子爵より謝罪と礼の為にうちを訪問したいと手紙が届いたが、了承しても構わないか?」
と尋ねられて大層驚いた。
助けたといっても庭園から馬車まで少し肩を貸しただけ。それもラオスはほとんど自分で立っていたから重くも何ともなかった。彼は予想よりとても律儀な性格のようだ。
もし、ご縁があれば…とは思ったけれど。
あわよくば、接点が出来ればと名前を名乗ったがこんなに早い再会となるとはマリーナにとって予想外で鼓動が速くなる。
「マリーナ?嫌なら断りを入れるのは可能だぞ?」
父親に心配そうに尋ねられてはっとなってマリーナは顔を上げた。
「いえ、断らないで下さいっ!あ、その…せっかく申し出て下さったので」
勢い良く返事をし過ぎてしまい顔を赤くした娘に、父親は少し寂しさと嬉しさの混ざった表情をしたがすぐに穏やかな表情を浮かべて頷いた。
「そうか、わかったよ。日程は来週で構わないかい?」
「は、はい!」
***
「本日は訪問の機会を頂き誠に感謝申し上げます」
玄関ホールで伯爵夫婦に出迎えられたラオスは手土産の事を話して侍従に預けた。そして、応接室にマリーナ以外に長女のクリスティーナと長男のマルスが同席しても良いか尋ねられ了承した。
全員に紅茶が行き渡ったタイミングでラオスが切り出した。
「先日は大事な娘さんに多大なご迷惑をお掛けした事誠に申し訳なく思っております」
「娘も一人きりにならずに済んだのです。こちらこそお礼をと思っていたのですよ」
「エスコートしたのであればいざ知らず…お礼などとんでもない。改めまして、マリーナ・エルド伯爵令嬢先日は助けて頂き誠にありがとうございます」
「いえ…あの、体調は大丈夫でしたか?」
「ええ、次の日はしっかり二日酔いにはなりましたが、紅茶の代わりに酔い醒ましを飲みながら政務は終わらせましたので。その翌日からはすっかり元通りです」
「そ、それは大丈夫なのですか?酔い醒ましをしながらお仕事なんて」
「ええ、日にティーカップ五杯までなら大丈夫だと専属医より言われております」
違う、そうじゃない。
この場にいるラオスとアリスドール家の侍従以外はそう思ったが誰も声には出さなかった。
「エルド伯爵家への手土産は先程伯爵へお渡ししたのですが、これはあなたへ。気に入って頂けると嬉しいのですが…」
「まあ…素敵なハンカチ…」
受け取った箱を開けると手触りの良い、色とりどりのハンカチが十枚入っていた。贈り物には珍しく刺繍のない無地のもの。
「刺繍がご趣味だと耳に挟んだもので」
「嬉しいですっありがとうございます!」
どんな刺繍を刺そうかしら…どれも本当に素敵だわ色味もだけどこの手触り……使うのが勿体無いわ…。
箱を抱き締めてお礼を言うマリーナにラオスは目を細めた。
「エルド伯爵、夫人」
「はい、何でしょう?」
「彼女は醜態を晒した私を嗤うことなく手を差しのべて下さいました。その優しさに私は感謝と感動と尊敬を抱きました。本当に素晴らしい娘さんです」
ラオスの言葉を夫婦が嬉しそうに聞き、言葉を返そうとしたタイミングで今まで静かに座って様子を見ていた長女のクリスティーナが立ち上がりそうな勢いで口を開いた。
「アリスドール子爵様!マリーナの良さに気づくとは見る目が御座いますわね!!!」
「クリスティーナ!?子爵に失礼な態度は―」
夫人が言い終わる前に今度はマルスが深く頷きながらクリスティーナの言葉に同意する。
「マリーナ姉上の事、地味とか言ってる奴らより百倍良い男です」
「マルス!?あなた達失礼でしょう!?どうしてもと言うから同席させたのですよ!それなのに」
「エリーゼ、落ち着きなさい」
夫の言葉に我に返るエリーゼ伯爵夫人。
「アリスドール子爵申し訳御座いません」
「申し訳御座いません」
爵位が上である伯爵と夫人が青い顔をして頭を下げた。両親に続いてマリーナも頭を下げたのを見て、クリスティーナとマルスも慌てて頭を下げた。
「顔を上げて下さい。どうか、お気になさらず。そもそも、私の失態のお詫びと、ご令嬢へのお礼が理由ですから。姉弟仲が良いのは素晴らしい事です。ご夫婦の育て方がよかったのでしょうな。彼女の控えめで穏やかな気質は伯爵に似たのでしょうか?相手を安心させる話し方は奥方似か…」
「そうなのです子爵様!マリーナの心根の良さは稀少な宝石よりも尊いもの…っ我が妹ながらとんでもない逸材ですわ」
「そうですな、その上ただ優しいだけでなく自分の意思も持っておられる」
「…子爵だったらマリーナ姉上にどんな髪飾りを贈りますか?」
「ふむ………髪に映える銀細工が似合うだろうか…真珠を散りばめた花のバレッタや髪に差し込むタイプの物も似合いそうだな…その場合小ぶりの宝石を散りばめたらそれこそ月の女神すら恥じらう程美しい事だろう」
「…っ!!!わかってますね子爵様!そうなんです、マリーナ姉上は本当に美しいんです。ドレスだってもっと明るい色も似合うのにいつも落ち着いた色とデザインを選ばれていて……」
「華やかな髪飾りは気後れしてしまいますので…私には勿体ないですから」
「何を仰る。その美しい黒髪を引き立てる事ができるなら髪飾りも本望でしょう。ドレスも先日着ておられたドレスももちろん似合っておいでだったが、淡いグリーンや水色などもお似合いになられるのではないだろうか?いや、瞳の色も美しいから白地に金の刺繍も捨てがたいか……いや、濃い青色に金の刺繍の方が似合うか?」
真剣に髪飾りやドレスについて考えはじめたラオスと顔を真っ赤にしているマリーナを交互に見て伯爵はおずおずと口を開いた。
「あの…子爵はマリーナと婚約されるおつもりなのでしょうか?」
「お、お父様っ!?」
「確かに婚約前の令嬢のドレスについてアレコレと大変不躾でした。申し訳ない」
深々と頭を下げたラオスにマリーナは落ち込んで、そんな自分に驚いた。
「本日は謝罪とお礼だけをして、後日改めようと考えていたのですが……マリーナ嬢とお呼びしても?どうか私の事はラオスと」
「は、はい!」
「マリーナ嬢、どうか私と婚約ひいては結婚して頂けないでしょうか」
「……っあ、は、はい!よろしくお願い致します」
先程落ち込んだ反動か子爵の手をギュッと握ってマリーナは返事をした。
「まあ、子爵様なら安心だわ!私の事は是非とも義姉上と呼んでくださいな」
「僕も、マリーナ姉上の良さをわかってくれてるあなたなら義兄上と快く呼べます!」
「わかりました。アリスドール子爵は領地経営の手腕も素晴らしく、何よりマリーナの事を大事に思って下さっている。後日婚約の場を正式に設けましょう」
「ありがとうございます」
「こちらこそ、マリーナをよろしくお願い致します。よかったわね、マリーナ」
「は、はい」
「子爵様!我が家主催の夜会が再来月にあるのですが、マリーナのドレスはどうされますか?」
ラオスはそう言われて記憶を引っ張り出すと、招待状は来ていたが返書をまだ出していなかったと思い出す。帰って一番に出さねばならない。高位貴族からの招待状は失礼にならない限界まで悩むのがラオスだった。
「伯爵が構わないなら私の方から贈らせて貰いたい」
「それは構いませんが」
「マリーナ嬢、希望の色はありますかな?」
「えぇと…」
今までなら紺とか深緑とか落ち着いた色味に飾り気の少ない、あまりお金の掛からないドレスを選んでいたマリーナ。
「その…ら、ラオス様の仰っていた淡いグリーンや青い生地に刺繍というのも素敵だと思いました。ただ、金糸は華やか過ぎるような……」
「ふむ…金糸ではなく銀糸にするか…そもそも生地によって色味が異なるから刺繍の色は生地を決めてからだな」
「濃い青色にするなら生地を薄くして重ねるのはどうでしょうか?」
「なるほど、そういう手もありますな。流石は義姉上」
「刺繍の代わりに宝石を散りばめるのも良さそうですね」
「そうね…最近の硝子は質の良いのもあるから宝石を六割くらいにしたら良いんじゃないかしら」
「全て宝石ではいけないのですか?」
「宝石は欠片でもやはりドレスに使う量となると値が張りますから」
ラオスの問いにマリーナが答える。高位貴族だから資産が豊富と決まっているわけではない。むしろ、必要経費が高い分、裕福な下位貴族や商人の方が贅沢をしているなんて話も珍しい話ではなかった。マリーナの実家、エルド伯爵家の資金力は伯爵家の中でも中の下。家の維持費、伯爵夫妻の社交費、二人の娘の持参金、嫡男である息子の教育費などを考えるとドレスに必要以上の金は掛けられないというのも納得だった。
「そういう事でしたら、費用は問題ありませんので宝石も視野に入れましょう。これでも、そこそこ資産はあるのです。普段は私もあまり使わないものですから、マリーナ嬢へのプレゼントに使えるのなら本望です」
「クリス姉上っ」
「マルスっ」
「マリーナを飾り立てるチャンスよ!!!」
翌週、晴れて婚約者となったラオスが贔屓にしている仕立て屋を呼んで、夜会のドレス以外にも服を仕立てる事になるとはこの時のマリーナは知らなかった。
そして、財政的にやや苦しいエルド伯爵家にラオスが事業を持ち掛けて財政が潤い、クリスティーナの持参金とマルスが使える予算が倍増してエルド伯爵夫妻が困惑するのはもう少し先の話。
*おまけ
「君が行きたがっていた隣国のリゾートホテルの予約が取れたんだ。一緒に旅行などはどうだろうか」
「まあ…覚えていて下さったのですか?」
「当たり前だろう。隠居後に首が残っていれば連れていこうと思っていた」
「まあまあ、お首が無かったらどうするおつもりでしたの?」
「マリーが仲の良い友人と行けるように手配する予定だった」
「悪い人、私は旦那様と行きたいのですよ」
「それはすまなかった。来月なのだがどうだろうか」
「一年先まで旦那様以外との予定は御座いませんわ」
「それは良いことを聞いた。たくさん予定を作ろうじゃないか」
「楽しみですわ」
「向こうは少し気候が暖かい。オードルで肌触りと通気性の優れた服を幾つか見繕っている。気に入ってくれると良いのだが」
「ありがとうございます。旦那様はセンスがおありですもの、早く見たいですわ」
「君に似合うものは不思議と目につくのだよ。フィリアやフローレンスへのプレゼントは不評な事が多い」
「うふふ、旦那様」
「なんだい?」
「私も旦那様と結婚できて幸せです」
「…改めて言われると照れるものだな」
「あらあら、ご自分から言い出したのに、本当に困った方ね」
嬉しそうに笑う妻マリーナにやっぱり自分は幸せ者だとラオスは微笑み返した。
父が婚姻してすぐ→式を上げて三ヶ月に変更しております。




