「街道宿〈三つ鍋亭〉 食堂の落書き」
食堂の机には、傷が多い。
ナイフで付けた切り跡、酒瓶の底でできた輪染み、焦げた跡。
誰が書いたのか分からない落書きが、木目を埋めるように彫り込まれている。
冒険者の悪口。
種族の噂。
酔っぱらいの自慢話。
中には妙に達筆なものもあれば、
酔って手元が狂ったのか途中で終わっているものもある。
料理を待つ客は、それを読む。
酒が回れば、自分も何か彫る。
店主は文句を言わない。
どうせ削っても、次の客がまた彫るからだ。
木の表面には、何年分もの酔っぱらいの知恵が刻まれていた。
そしてその中には、
妙に納得してしまうものもある。
一番近くの落書きを指でなぞった。
「この店のスープはうまい。
ドワーフが火を見て、エルフが水を見て、人間が鍋を見てる。
だが、客は猫獣人。
熱くてまだ飲めてない」
「天使は食堂にあまり来ない。
来ても静かに食って帰る。
ただ一つ分かっていることがある。
カレーを食わない。」
「人間は食材の解毒が得意だ。
数が多い分、馬鹿も多いんだろう。」
「エルフと呑みに行ったことがある。
俺が肉料理を待ち望んでいた時も、
三皿目を平らげた時も、
サキュバスをナンパし始めた時も、
あいつはずっとサラダを食っていた。
勘定のために席を立った時、
ようやく肉料理に手をつけた。」
「堕天使が食堂に来た。
羽は黒く、態度も気楽だ。
酒も肉も遠慮なく頼む。
いい客だ。
ただ一つ分かったことがある。
あいつらはソースを気にしないらしい。」
「竜人はよく一人でソファー席に座っている。
カウンターだと尻尾が通路を塞ぎ、
椅子だと尻尾がつっかえるからだろう。
それはそれとして友達もいない。」
「ドワーフとサキュバスの二人が酒場をやっていた。
一方は酒を選り好みし、
もう一方は丁寧な接客術を心得ていた。
確かに、いい店だ。
だか、がっかりした。
俺はドワーフの酒と、サキュバスの接客術を期待していた。」
「樹霊族を花瓶に入れて連れてきたバカがいた。
食堂では珍客だ。
店は大いに盛り上がった。
高級料理をふんだんに与えてやった。
だが、あいつらは皿をひっくり返し、
根っこから栄養を取っていた。」
「獣人は意外と理性的だ。
味覚も鋭く、隠し味も見抜かれた。
だが、あいつらは野生的だ。
食卓に並べる前に、俺の分は消えていた。」
「吸血鬼はサシの入ったいい肉ばっか食いやがる。
赤身肉は血生臭いんだとよ。
確かに。
あいつらの口の匂い嗅いで、俺も赤身肉が嫌いになりそうだ。」
「子供の妖精が食堂に来た。
料理を頼まず、
テーブルの花瓶に止まった。
蜜を舐めて満足したらしい。
だが帰ったあとで分かった。
花がやたら元気になっていた。」
「また、こんなくだらないことを机に彫っている。
隣には付き合いの長い悪魔がいた。
消化もできないのになんで飯屋に着いてきてくれたのか聞いた。
だって飯を食ったら人は口を滑らすからだと。
それをつまみに呑んでるんだと。
俺はやっぱり悪魔が嫌いだ。」




