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雪の日の神様

作者: 猶崎 迅
掲載日:2026/02/22

リハビリ作品、コメディです

その日、首都圏では珍しく大雪が降った。

乗り換え駅の通路は人でごった返していて、うんざりした気分で普段以上に遅い人流に身を任せていると、

大きなホワイトボードを押した駅員が通路に出てきた。


「大雪のため、しばらくの間列車の運行を休止します」


天を仰いでため息をつく。天候に文句を言っても仕方ない。

大雪、と言ってもせいぜい5cmか10cmか。大したことのない深さだ。

田舎に住んでいた頃は、それぐらいの降雪で運休かよと、首都圏の交通網の脆弱さに呆れていた物だが、

実際に毎日利用していれば解る。

まず運転間隔が違う。1時間に2-3本しか運行しない故郷の鉄道と違って、

引っ切りなしに列車が走っている。

駅間の距離も全く違う。隣の駅まで7kmと言う田舎から出てきたばかりの頃には、運動のために一駅歩くとかどんな修行かと驚いていたのだが、そもそもの前提が違っていた。何にせよ全く間隔が違う。そのせいで感覚も違う。ダジャレか。

それになんと言っても昇降人数が違う。2両編成でもゆとりのあった地方の列車からしたら、

10両編成に人がみっちり詰まった首都圏の列車はまるで別物だ。

重量で言えば単純に5倍では効かないだろう。雪が降れば車ですら制動距離が変わるのだ。

これだけの重量物、その上車と違ってスノータイヤに履き替えられる訳でもない。

腹立たしくないと言えば嘘になるが、安全のために運行休止は仕方がないことだ。と理解はできる。

飯でも食って時間を潰しながら、運行再開を待つか。と思っていたら、怒鳴り声が響いた。


「運行休止とか、勝手なこと言ってんじゃねぇよ!何とかしろよ!お客様は神様だぞ!」


どっかのオッサンが駅員に詰め寄っている。馬鹿じゃねぇのかと踵を返しかけた時、別の、大きくはないがよく通る声が聞こえた。


「お客様は神様だって自分で言う客って、本当にいるんだ…。いわゆる都市伝説というものだとばかり」


感心したように言うその声が聞こえる範囲にいた何人かが吹き出した。かく言う自分も肩が揺れるのが堪えられない。クスクス笑いがさざなみのように広がっていく。


「何だと!」


真っ赤になったオッサンが睨みつける視線の先には、1人の女性が立っている。雪の日にしては薄着に見える白い服と、日本人形のようにパッツリと揃えた黒髪。歳の頃はよく判らない。


「神様だと言うなら、駅員に絡んでないで雪を止ませればいいのでは?」


笑いの被害者が増えた。


「…このっ!」


今にもつかみかかりそうな物騒な気配のオッサンも、オッサンの形相に怯む周りの人間も目に入っていないかのように、女性はハッと目を見開いて言葉を続けた。


「そうか、判った!神様ならちゃんと拝むから」


そうして、それはそれは見事な柏手を打った。


「神様、どうか雪を止ませて、皆が帰れるようにして下さい」


こんなにも人がいると言うのに、一瞬驚くほどのしじまが訪れた。その静寂を破ったのは如何にもノリの良さげな大学生のつぶやき声。


「あ、オレも拝むわ」


おれも俺もと何人かが続いて柏手を打つ。段々と醸成される一体感。その場の空気に皆が乗り、大勢で1人のオッサンを拝み始めた。何このカオス。


「あれ?拝む時って拍が先だっけ?礼が先?」

「そんな最近できた習慣なんて、気にする神はおわさないよ。心がこもっていれば」


誰かの疑問に、最初の女性がニコニコと返事をする。


「お、ホントだ。平成頃に言われるようになった習慣だってさ」

「へー。そんなに最近なんだ」

「と言う訳でもう1回拝もう」


パンパンと大勢の柏手が綺麗に揃う。


「雪止ませてください、神様!」

「お願い、電車動かして」


口々に言われて、オッサンもとい自称神様は真っ赤な顔で「憶えてろ!」と捨て台詞を吐いて逃げていった。


「うわー、こんな典型的な捨て台詞、映画の中しか見ないと思ってたのに」


その場の空気は笑いに包まれて、和やかなものになっていた。女性は今度は駅員に話しかけている。


「駅員さんも大変ねぇ。変なのに絡まれて。雪の中寒いし大変だろうけどがんばって」


駅員さんが泣き出した。ありがとうございます、と幾度も呟きながら、泣き笑いの表情でいる。女性はちょっと慌てたようだ。


「えー、さっきの神様じゃなくて私が泣かせたみたいになってる!ええと、飴ちゃん食べる?」


カバンから飴ちゃんが出てくる辺り、関西人なのかもしれない。駅員さんの肩を、まぁ頑張ってやーと叩いて去っていった。

さっきのオッサンが女性にまた因縁をつけにきたりしないか心配になった俺は、念のため彼女の後ろについていくことにした。役に立つかは判らないが、護衛がわりのつもりで。おそらく同じように思ったのか、最初に同調した大学生とその連れもすぐ後ろにいる。

女性が階段を降りて右に折れる。3段分遅れて階段を降り、右に曲がると彼女はいなかった。エッとあたりを見渡すが、どこにもいない。今のタイミングでは、視界の範囲から消えられるはずもない。


大学生たちと顔を見合わせて、呆然と立ちすくんだ。そして思った。…じつは彼女こそ神様だったのではないかと。

今日は帰りが遅くなっても、よく寝られそうな気がした。



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